終末時計

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81プロローグ

(7)
「私、頑張っていますよね!?なのに、なのに、どうしてこんなにいじめられなくっちゃいけないんで
すか!?」
 新垣の目には光るものが溢れていた。
「私がブスだからとか、歌が下手だからって叩かれるんだったらわかります。でも、コネだとかお金を
積んで入ったとか謂れのないことをいわれるのはもう嫌です!!」
「里沙ちゃん、もうやめなよ……愚痴はいくらいっても……」
 新垣とは同期生になる小川麻琴が洩らした。
「好きなだけ話させてあげようよ」
 小川の肩に手を乗せながら、隣りの席に座っている辻希美が囁いた。
「ご、ごめんなさい」
「いいんだ、新垣ちゃん。どんどん話してよ。いくらでも聞いてあげるから」

 テーブルの上にあるシーフードピザとフライドポテトはすっかり冷めていた。コールスローサラダは
干乾びていた。紙コップに注がれたジュースはもう温くなっている。袋のまま詰まれたスナック菓子に
至っては封を切られてすらいない。これらの食べ物は、辻が自分で食べるために用意したものだが、辻
はほとんど手をつけていなかった。新垣の話を聞くのに専念していたからだ。
 新垣は依然として話し続ける。辻は真剣な表情で聞いている。
82プロローグ:02/09/18 04:03 ID:krbFiPwE

(8)
<大食いの辻ちゃんが食べ物に目もくれないで話を聞いている>
 吉澤ひとみは思った。これは辻希美の特技ではないか。他人の話に聞き入り、相手の話す問題が、自
分にとっても世界の重大事件であるかのような表情で頷くのである。そうしているうちに、辻に話して
いる相手は、返答を待つまでもなく自分なりの答えを見つけることも多い。辻が真剣に話を聞いている
だけで満足するのだ。なるほど、辻が多くの人々に愛されるのもむべなるかなと。このグループの他メ
ンバー、雑務を取り仕切るスタッフ、テレビ局の製作担当者、雑誌記者など辻を悪く云う者はいない。
だから、辻はこのグループでも派生ユニットでも一度もセンターを取ったことがないにもかかわらず、
主力メンバー級の扱いを受けてきた。こうした辻の態度はファンにも伝わるのか、ファンにも愛された。

 そんな辻が口を開いた。
「もしかしたら、新垣ちゃんは本当に呪われているかもしれない。でもね、新垣ちゃんは、新垣ちゃん
の仕事をしていればいいと思うんだ。スマイルスマイルでね。呪いなんか笑い飛ばしてやろうよ」
 ここで辻は変な顔をした。隣りにいた小川が吹き出した。吉澤は声を立てて笑い出した。
「本当に変な顔……」
 新垣もくすっと笑った。表情が目に見えて明るくなっている。現金なものだった。だが、当面はそれ
でいい。
 そう。あくまで当面は、だ。本当は、新垣に関するネガティブな噂がなぜ執拗に出るか見極めないと
解決にならない。噂の発信源を調べたいが、自力で調べることは不可能だ。
 辻の心中は心とは裏腹に、暗鬱としていた。