45 :
名無し娘。:
(14)
こうして青年たちが保田の家に落ち着いてから一年の月日がたとうとしていたある日、梨華が青年に
云った。
「はじめは、両親にとがめられるのがこわくて、あなたと二人で逃げました。あの時は、ああするより
しかたがなかったのですから。でも、光陰矢のごとし、一年がたとうとしています。それに、わが子が
憎い親はありませんもの、今あたしたちのほうから帰ってきたなら、きっと喜んで会ってくれ、そして
罪を許してくれることでしょう。生みの親の恩はなにものよりも大きく、断ち切れるわけがありません。
会いに帰りましょうよ」
青年もその通りだと思い、二人で帰った。家の近くまで来ると、梨華は青年に云った。
「駆け落ちしてから一年、いまいきなりあなたといっしょに帰って行ったら、父は腹を立てるかもしれ
ません。ここはひとまずあなたひとりで先に行って様子を見てください。あたしはここで待っています
から」
そして行こうとする青年を呼び止め、例のかんざしを渡し、
「もし信じてもらえないようでしたら、これを出して見せればいいでしょう」
と云った。
46 :
名無し娘。:02/08/29 00:27 ID:gVtWDG+I
(15)
青年が家の門に着くと、矢口は喜んで出迎え、矢口の方からあやまって言った。
「あの時は、私のお世話がゆきとどかず、あなたに落ち着いていただくことができず、よそへ行ってし
まわれるようなことになってしまいました。こうなったのもこのおいぼれが至らなかったためです。ど
うかおとがめにならないでください」
青年の方は地にふれ伏し、顔も上げられず、ただ申しわけないとあやまり続けるばかりだった。矢口
はいぶかしげにたずねた。
「なんの落ち度があってそんなにあやまるのです。どうか私の納得のいくように説明してください」
青年はやっと身を起こして云った。
「人目をしのぶ惚れた仲、燃えさかる恋の炎を抑えきれず、不義の烙印は覚悟のうえ、私通のおきてを
踏みにじり、親御さまにおことわりもせずに駆け落ちをいたしました。お嬢さまを連れて逃げ、田舎に
かくれたまま、歳月もいつしか過ぎ、すっかりご無沙汰に、お便りもさしあげずにおりました。いかに
夫婦の情が篤いとは申せ、父母の恩を忘れてよかろうはずはありません。いま、お嬢さまを連れてご両
親のごきげんをうかがいに帰ってまいりました。どうか私どもの気持ちをお察しくださり、この重い罪
をお許しいただき、共白髪の末までも添いとげられますよう、おとりはかりいただきたく存じます。父
上にお嬢さまをかわいいと思ってくださるお気持ちさえあれば、私ども夫婦は仲むつまじく幸福に過ご
せるのです。お願いです。どうかあわれみをおかけください」