終末時計

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126第二章

(1)
 激しい雨の日だった。
 暗い。昼間だというのに、街灯が晧晧と照らしている。道ゆくクルマもランプを明明と光らせている。
だが、これらの光はかえって闇の深さを感じさせる役にしかたっていない。

 1998年の4月下旬だっただろうか。
 東京都心よりやや外れた、再開発地区に位置する、あるテレビ局のスタジオへ向う途上である。
 矢口真里・保田圭・市井紗耶香の三人は、モーニング娘。のメンバー五人と対面しようとしていた。

 矢口たちは、ユニット・モーニング娘。の追加メンバーオーディションの合格者だ。彼女たちが合格
を知らされた直後に、モーニング娘。のマネージャー・和田薫は三人を呼びつけ、恐るべき言葉を突き
つけている。
「明日から芸能人だから」
 なんと、モーニング娘。になった初日から仕事が始まるというのである。三人の初仕事は、モーニン
グ娘。の新曲のジャケット撮影だ。その現場で、オリジナルメンバー五人との初対面も行われる。
127第二章:02/10/17 03:03 ID:oZQjSvCx

(2)
 三人とマネージャーの和田薫を乗せたクルマは雨の中を往く。
<まるで氷雨だ>
 がちがちと歯を鳴らせながら、和田薫はそう思った。とにかく寒い。クルマの中でもこうなのだから、
外は尚更だろう。
「運転手さん、暖房を強くしていただけないか」
 
 この道のひどさはどうだ。道路には大きな水溜りができている。それも、泥交じりの水溜りだ。クル
マが通る度に泥水が撥ねていく。対抗車線をすれ違うクルマのせいで、和田たちが乗っているクルマも
ドアから窓ガラスから泥まみれである。和田薫は泣きたくなった。

<少しは彼女たちの前途を祝福してやってもいいじゃないか>
 彼女たち三人は、五千人もの応募があったオーディションの合格者である。芸能界を夢見る幾多の少
女たちから、厳正な審査の結果選ばれた精鋭がこの三人なのである。真実は少し異なるのだが、当の三
人は知る由もない。ともあれ、天気は、三人の門出を祝うつもりはないようだ。