1 :
名無し:
世界の終末までの残り時間を示す終末時計。
もし娘。やこの板にもあるなら今、何時何分でしょうか?
とりあえず
娘。=午後11時27分
羊 =午後11時08分
2 :
2:02/08/04 22:50 ID:2m0Ow7U0
2
3 :
名無し募集中。。。:02/08/04 22:50 ID:uUed6j8A
2?
5 :
名無し募集中。。。:02/08/04 22:51 ID:BdRv3bVG
i
、 i!
i,`ヽ、 i |
i 丶、 ,i :|
i;::_,、-、`1_ | .:|
-'‐'"1i !、'i゛ヽ:;、__
ヽ:::|| | /' _,、‐'" '`‐、
ヽ|i!r'/ \
W'" ̄''‐-、_. \
`''‐-―一
7 :
(ё):02/08/04 22:54 ID:YXw5UfaE
(ё)<0時5分、さあワタシの時代になりますた。
10ゲッツ
11 :
名無し娘。:02/08/06 20:47 ID:aSebXSoR
暑いので、怪談を書いてみた。
タイトルは『鳳凰の金かんざし』。
12 :
名無し娘。:02/08/06 20:48 ID:aSebXSoR
(1)
元和年間、武蔵国・瀬谷郡の富豪、矢口は、旗本の家柄である隣人の芦という者とたいそう親密に付
き合っていた。矢口には真里という娘があり、芦にも一人息子がいた。どちらもまだ幼い子どもであっ
たが、ある日、芦が矢口に云った。
「矢口どの。娘ごをいただけぬか」
「息子様に?」
「わしのわけがないわ」
「真里のほうが二年と三月年上ですが」
「それがよい。俗に云う、年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せと」
「よろしいよろしい。うちの娘でよろしければ貰ってください」
こうして、芦家から、婚約のしるしに黄金造りの鳳凰をあしらったかんざしが真里に贈られた。
13 :
名無し娘。:02/08/06 20:49 ID:aSebXSoR
(2)
やがて、芦は遠国に転任して十年、芦家からは一通の便りもなかった。真里は箱入り娘のまま育てら
れて十九歳になっていた。ある時母親が夫の矢口にいった。
「芦さんの坊ちゃんは、行ってしまわれてから十年、音信不通のまま。真里はもう年ごろですから、前
のお約束にこだわって、婚期を逃すようなことになっては困りますわ」
矢口は云った。
「親しい友人の申し出を受け入れて、婚約まで交わしたのだから、二言があってはならぬ」
娘は帰ってこない婚約者を待ちわびるあまり、病の床に臥すようになった。
14 :
名無し娘。:02/08/06 20:54 ID:aSebXSoR
(3)
病魔に蝕まれている真里も、時折楽しそうな表情を浮かべることがあって、そんな時は決まって、青
年の夢を見ているのであった。十年前にはほんの小さな子どもだった青年も、いまは美しい若者になっ
ていた。眉目は涼しく、切れ長の目に豊かな頬。小袖を着せたらそのまま美しい娘になりそうだった。
十七歳の婚約者は、思慮深そうな外見をしていながら、稚気満々なところを残していて、体つきは少女
のように小柄だけれども、しっかり者の真里とは似合いの二人であった。そんな二人で野山を駆け巡る。
疲れたら、青年に膝枕してあげよう。彼が帰ってきたら、病から癒えたら、すべてはうつつになる。真
里は信じた。
15 :
名無し娘。:02/08/06 20:55 ID:aSebXSoR
(4)
そのころ、青年も真里の夢を見ていた。遠国の、街道沿いにある安宿の一室でだった。後姿だけを見
れば、少女と見間違えそうな小さな肢体。けれども、柔肌のきめ細かく、おくれ毛が首筋に絡まる様は
なんとも悩ましげだった。それでいて、挙措に奇妙な優雅さがある。男にとってはたまらない女なので
ある。そして、青年にとって真里を一層魅力的にしているのは、不思議なまなざしだった。控えめにし
ていても、見るべきものは充分見る奇妙さが真里には備わっていた。そんな真里に早く会いたい。それ
だけが青年の願いだった。だが、今はここを離れられないのだ。わが身が鳥であったら、すぐにでも東
へ飛んでいったのに。
16 :
名無し娘。:02/08/07 19:31 ID:RemalGSM
(5)
真里と青年の願いは叶えられなかった。
病に倒れて半年の後、真里は息を引き取ってしまった。両親は身も世もなく泣き崩れた。母親は納棺
のさいに、婚約のしるしの金の鳳凰のかんざしで亡骸をさすりつつ、涙ながらに、
「これはお前の夫となるはずだった人の家から贈られたものなのよ。今お前が亡くなってしまっては、
とっておいてもしょうがないものね」
と、語りかけ、かんざしを娘の髪に挿してやり、棺を蓋って祭壇に安置した。
17 :
名無し娘。:02/08/07 19:32 ID:RemalGSM
(6)
それから二か月ほどして、芦の息子が訪ねて来た。矢口は彼を迎え入れ、なしのつぶてであったのは
どうしてなのか、と尋ねた。すると、青年は、
「父は長崎奉行の与力で亡くなり、母もそれより数年前に亡くなりました。今ようやく喪があけました
ので、千里の道を遠しとせずにお訪ねしたのです」
という。矢口は涙を流しながら、
「真里は幸薄き娘でした。あなたを思いこがれたあまりに病気になり、二月前に恨みをのんで亡くなり
ました。今は祭壇にまつってあります」
そういって青年を案内して、棺をまつってある部屋へ案内し、一家そろって慟哭した。矢口は云った。
「あなたのご両親は亡くなられたことだし、帰ってゆかれるにも道は遠い。今ここにいらっしゃったの
ですから、私の家に寄宿なさったらよろしい。親友の息子さんだもの、わが子も同じだ。真里が死んだ
からといって、他人行儀になさらんでください」
そして荷物を運びこみ、門のかたわらの小さな部屋に落ち着かせた。
…Since the new thread was made, I say.
\|/
〆⌒ヽ、
「Congratulations!!」 |´D` | tehe
.ノ| フ tehe...
ノ___ ヽ,
 ̄
19 :
名無し娘。:02/08/08 20:50 ID:lwLJQF+U
(7)
半月もたとうとするころ、ちょうど春分の時節、矢口は娘が亡くなって初めての彼岸に当たるので、
一家うちそろって墓参に出かけた。真里には十七歳になる梨華という妹があり、この日は彼女も一緒に
行った。青年はただ一人家に残って留守番をしていた。
夕方矢口一家が帰ってきた時には、もう日はとっぷりと暮れていた。青年は門の左脇に立って出迎え
た。二挺の籠が乗り付けられ、前の籠はすでに門内に入り、後ろの籠が青年の前にきた時、チャリンと
いう音がして、何かが落ちた。籠が通り過ぎるのを待って、いそいで駆け寄って拾いあげると、それは
黄金造りの鳳凰のかんざしであった。とどけてやろうと思い、奥にはいろうとしたが、中門がしまって
いてはいることができない。しかたなく自分の小部屋へ引き返し、灯火をかき立ててただ一人座り込ん
だ。
20 :
名無し娘。:02/08/08 20:51 ID:lwLJQF+U
(8)
つくづく考えた。結婚はうまくいかなかったし、一人ぼっちで身寄りもない。父は旗本で、ひとかど
の働きをしていたが、自分が元服する直前に急死したので、芦の家を継ぐこともかなわぬ。忠臣の息子
でも、上様に御目見えしない限りは、家を継ぐことは許されないのだ。下克上の世なら、せめて父が若
かった時なら、槍一本で戦功を挙げ、芦の家を再興することもできる。だが、大阪城が落ちた今となっ
ては、その望みも断たれた。徳川様が百年の平和を実現した時に、一介の牢人を召抱える奇特な大名が
どこにいようか。それでも学問や職を付けていればまだよい。だが、自分にはそんなものはなかった。
まさに八方塞といえた。他人様の厄介になっているものの、しょせんいつまでも甘えてはおられぬ。出
るものはため息ばかりだった。
21 :
名無し娘。:02/08/08 20:53 ID:lwLJQF+U
(9)
もう寝ようかと思っていると、いきなりコツコツと扉を叩く音がする。だれ、と声をかけるが返事が
ない。二、三回そんなやり取りをくりかえしたあげくに、青年は扉を開けてたしかめてみた。なんとそ
こには一人に美しい女が立っていた。扉が開くとみるなり裾をかかげて部屋にはいってくる。青年はた
まげた。女は面を伏せ、呼吸を整えると、そっと彼にささやいた。
「あたしをご存知でしょう。真里の妹の梨華です。さっき、籠からわざとかんざしを落としたのを拾っ
てくださったでしょう」
22 :
:02/08/09 18:18 ID:qzySxTwi
23 :
:02/08/12 05:46 ID:tP4uUWSc
25 :
:02/08/15 13:35 ID:8ayzUxsj
続きが気になる…
期待アゲ
いいところでやめねーでくれ。
たのむから続けて。
ほ
30 :
名無し娘。:02/08/21 06:08 ID:MdG6ZpAe
(10)
「女の口からは言いにくいのですけれど……」
青年は呆気にとられていた。梨華は何のために現れたのか。
「あたしを抱いてくれませんか」
青年は、娘の父親が娘を眼の中に入れても痛くないほどにかわいがっているのを知っていたから、
「とんでもない」
とかたくなにこれを拒んだ。
「お父さまに怒られますよ」
「あなたとでしたら、父も喜ぶと思います」
「お姉さんが見ていますよ」
「姉をまだ想っていらっしゃるんですね。うれしい。でも、姉はあなたがいつまでもおひとりでいられ
ることは願っていないはずです」
娘はあきらめずに彼に迫りつづける。
31 :
名無し娘。:02/08/21 06:09 ID:MdG6ZpAe
(11)
こんなやり取りが一刻ばかり続いただろうか。やがて娘は顔を赤らめ、怒って云った。
「父はあなたのことをわが子同然に思って、あなたをここに置いてお世話しておりますのに、そのあな
たが夜更けにあたしをこんな場所に誘い出し、いったい何をなさるおつもりですか。あたしは父にこの
ことを話してお上に訴え出てもらい、けっしてあなたを許しはしないわ」
青年はこわくなり、しかたなく梨華のいうとおりになった。夜更けとともに彼女は去って行った。
それからというもの、夜になると人目を忍んでやってきて、朝こっそり帰って行く。こうして門の脇
の小部屋通いは一月半余りも続いた。
32 :
名無し娘。:02/08/21 06:14 ID:MdG6ZpAe
こんな小説でも読んでいただけることに感謝して、ふて腐らず更新。
読んでいるよ
待っとったワーイヽ(´ー`)ノ
まだかな まだかな〜♪学○のオバチャンまだかな〜♪
保全あるのみ。
保全
断固保全
ho
41 :
名無し娘。:02/08/27 22:33 ID:WWIA/s67
42 :
名無し娘。:02/08/27 22:39 ID:WWIA/s67
(12)
ある夜、梨華は青年にこう云った。
「あたしは邸の奥の部屋で暮らし、あなたはこの外の離れにいらっしゃいます。この二人がこうしてお
遭いしていることは、幸いに誰にも気づかれていません。でも好事魔多し、月にむら雲花に風、などと
言います。もしも、事が漏れてしまったなら、両親から責められ、籠に閉じ込められます。あたしは甘
んじて罰を受けるのももとより覚悟の上ですけれど、あなたのお顔に泥を塗るようなことになったら大
変です。ここは事が発覚する前に先手を打ち、大切な宝物を持って逃げるのが一番。どこかの田舎
に逃げるのもいいし、他の国に行って行方をくらますのもいいでしょう。そして二人で共白髪まで離れ
ることなく添い遂げましょう」
青年もなるほど梨華の云うとおりだと思い、
「あなたのおっしゃることはもっともだ。ぼくもそう思っていたところです」
と答えた。
43 :
名無し娘。:02/08/27 22:40 ID:WWIA/s67
(13)
とはいうものの、ひとりぼっちで、親戚も友達もないわが身を思うと、逃げるとしてもいったいどこ
へ逃げたらいいだろう。と思案するうちに、ふと思いついたのは以前父親の言った言葉。昔使っていた
使用人の保田というひと、実直な人柄で、故郷の上総の国に帰っているはず、訪ねて行ったならば、無
下に断られることもあるまい、こう思って、その翌日の夜明けを告げる鐘の音とともに、梨華と二人、
とりあえず身の回りのものだけを持って旅に出た。船をやとって矢切の渡しを経由してその上総の村に
着き、村人に尋ねると、はたして保田という者がおり、家はなかなか裕福だとのことだった。青年はすっ
かり嬉しくなっていちもくさんにその家に向かった。はじめは誰だかわからなかったが、青年が父の
姓名、役職、住所、それに自分の幼名などを告げると、はたと思い当たり、主人の位牌をまつって泣い
て弔い、彼を上座にすえて、
「わたしの若旦那さまだ」
と云った。青年が一部始終を語ると、母屋をあけてそこに住まわせ、もとの主人に仕えたのと同様に
仕え、着る物食べる物、至れり尽くせりの世話をしてくれた。
ho
45 :
名無し娘。:02/08/29 00:26 ID:gVtWDG+I
(14)
こうして青年たちが保田の家に落ち着いてから一年の月日がたとうとしていたある日、梨華が青年に
云った。
「はじめは、両親にとがめられるのがこわくて、あなたと二人で逃げました。あの時は、ああするより
しかたがなかったのですから。でも、光陰矢のごとし、一年がたとうとしています。それに、わが子が
憎い親はありませんもの、今あたしたちのほうから帰ってきたなら、きっと喜んで会ってくれ、そして
罪を許してくれることでしょう。生みの親の恩はなにものよりも大きく、断ち切れるわけがありません。
会いに帰りましょうよ」
青年もその通りだと思い、二人で帰った。家の近くまで来ると、梨華は青年に云った。
「駆け落ちしてから一年、いまいきなりあなたといっしょに帰って行ったら、父は腹を立てるかもしれ
ません。ここはひとまずあなたひとりで先に行って様子を見てください。あたしはここで待っています
から」
そして行こうとする青年を呼び止め、例のかんざしを渡し、
「もし信じてもらえないようでしたら、これを出して見せればいいでしょう」
と云った。
46 :
名無し娘。:02/08/29 00:27 ID:gVtWDG+I
(15)
青年が家の門に着くと、矢口は喜んで出迎え、矢口の方からあやまって言った。
「あの時は、私のお世話がゆきとどかず、あなたに落ち着いていただくことができず、よそへ行ってし
まわれるようなことになってしまいました。こうなったのもこのおいぼれが至らなかったためです。ど
うかおとがめにならないでください」
青年の方は地にふれ伏し、顔も上げられず、ただ申しわけないとあやまり続けるばかりだった。矢口
はいぶかしげにたずねた。
「なんの落ち度があってそんなにあやまるのです。どうか私の納得のいくように説明してください」
青年はやっと身を起こして云った。
「人目をしのぶ惚れた仲、燃えさかる恋の炎を抑えきれず、不義の烙印は覚悟のうえ、私通のおきてを
踏みにじり、親御さまにおことわりもせずに駆け落ちをいたしました。お嬢さまを連れて逃げ、田舎に
かくれたまま、歳月もいつしか過ぎ、すっかりご無沙汰に、お便りもさしあげずにおりました。いかに
夫婦の情が篤いとは申せ、父母の恩を忘れてよかろうはずはありません。いま、お嬢さまを連れてご両
親のごきげんをうかがいに帰ってまいりました。どうか私どもの気持ちをお察しくださり、この重い罪
をお許しいただき、共白髪の末までも添いとげられますよう、おとりはかりいただきたく存じます。父
上にお嬢さまをかわいいと思ってくださるお気持ちさえあれば、私ども夫婦は仲むつまじく幸福に過ご
せるのです。お願いです。どうかあわれみをおかけください」
結構保全
48 :
名無し娘。:02/08/30 08:07 ID:bQC1qwEC
(16)
これを聞いた矢口は驚いた。
「うちの娘は病の床に伏したまま、もう一年になろうとしておる。お粥さえ咽喉を通らず、寝返りをう
つにも人の手を借りる始末、どうしてそんなことがあろうか」
青年は、家門の恥が人の耳にはいるのを恐れて、そんなうそをついているのだと思い、
「いま梨華はあちらの旅籠におります。籠をやって連れてこさせてはいかがでしょうか」
と云った。矢口は信じかねていたが、それでもともかく下僕をやってたしかめさせた。下僕が行って
みると誰もいない。それを聞いた矢口は青年を、でたらめもいいかげんにしろ、となじった。そこで青
年は袖の中から例のかんざしを取り出し、矢口に手渡した。矢口はそれを見てびっくりして言った。
「これは死んだ真里の棺の中へ入れて埋葬したものだ。それがどうしてここに」
49 :
名無し娘。:02/08/30 08:08 ID:bQC1qwEC
(17)
事情がのみこめずにいると、そこに梨華が床から起き上がり、まっすぐに広間にやってくると、父に
拝礼して云った。
「真里は幸薄く、早く父上のおそばを離れて、遠くさみしい墓地へ葬られました。でも、芦家の若様と
のご縁が切れることなく続いていました。いまここにまいりましたのは、ほかでもありません。ただか
わいい妹の梨華に後添いになってもらえればと思っています。もしあたしの望みを叶えていただければ、
この病気はすぐにでも治ってしまうでしょう。おききいれいただけなければ、あたしの命はこれまでです」
bookmark
51 :
名無し娘。:02/08/31 07:34 ID:eqk2sAoI
(18)
家中の者はあっけにとられていた。娘のからだつきをよくよく見れば梨華だが、話す言葉やしぐさは
真里そのものである。父親は問いつめた。
「おまえはもう死んでしまったはずなのに、どうしてこの世にもどって人を惑わすのだ」
「あたしは死にましたが、冥土のお役人さまはあたしには罪はないからとおっしゃって、捕らわれの身
にはならず、冥土の国のお役所の文書係りをしていました。あたしのこの世の縁はまだ切れておらず、
とくに一年の休暇をちょうだいし、この世にもどって芦さまとのご縁を結びおおせました」
父親は、その切々たる訴えを聞いて胸をうたれ、これを許した。すると娘の霊はいずまいを正し、拝
礼して感謝し、さらに青年の手を握ってすすり泣き、別れを惜しんだ。
「父も母も許してくれました。あなたはうまいぐあいにお婿さんになれて、新しい奥様ができたからと
いって、古いおいらを忘れてはいやだよ」
そう云い終わると、身も世もなく泣きくずれると床に倒れた。見るともう死んでいた。あわてて薬を
煎じて飲ませると、やがて息を吹きかえし、病気はけろりと治り、起居振舞いももとどおり、以前のこ
とを尋ねてもまったく知らず、まるで夢から覚めたような調子であった。
52 :
名無し娘。:02/08/31 07:35 ID:eqk2sAoI
(19)
こうして、吉日を選んで芦の息子と婚礼を挙げた。青年は真里の情に感じ、例のかんざしを売って銭
を得、そのすべてをはたいて線香、蝋燭などを買いととのえ、僧侶をやとって、三昼夜にわたって祈祷
して真里の真情に報いた。すると、真里の霊がまた青年の夢枕に立ち、
「あなたに供養をしていただき、いまでもお情けをおかけくださり、三途の川を挟んではいますけど、
ありがたさ身にしみて感じています。妹は気立てのいい娘、どうかよろしくお願いします」
と語った。青年ははっと目を覚ました。それきり真里の霊は二度と現れなかったという。さても不思
議な話ではないか。
=完=
お疲れ様でした
いい話だ・・・終わった早々に申し訳無いんだが、次は?
55 :
:02/09/02 03:03 ID:qZ75lwtz
56 :
:02/09/02 05:01 ID:qZ75lwtz
57 :
じぞぽん:02/09/03 02:39 ID:juLG7Kix
このスレは漏れがもらった。
ほ
60 :
名無し娘。:02/09/06 08:41 ID:6vLmWnBM
>>57 どうぞ。といいたいのですが、ご利用される気配がありませんので再びこのスレを使わせていただきます。
もし、捨てスレが必要でしたら、私のほうで用意いたします。
>>58 私が書いてもいいですか。
61 :
名無し娘。:02/09/06 08:43 ID:6vLmWnBM
『ピエロ』
この物語はフィクションである。
62 :
プロローグ:02/09/06 08:47 ID:6vLmWnBM
(1)
兵頭ゆきや森高千里・シャ乱Q・モーニング娘。・ソニンなど数々の芸能人のマネージメントを勤め、
辣腕マネージャーの名声を欲しい侭にした和田薫は病床にあった。
和田を見舞っているのは、上司であり、最大の理解者である、山ア直樹一人であった。山崎は和田の
経営する芸能事務所の親会社たる大手芸能プロダクション・アップフロント・エージェンシー(UFA)
の会長である。病室から人払いを済ますと、和田は口を開いた。
「これより後は七難八苦が待ち構えていると存じます。会長はそれを抱え込むおつもりでしょうか」
自分なくして、魑魅魍魎が跋扈する芸能界で、UFAが生存することはできないといっているのである。
この言葉の奥には、和田薫の強烈な自負がある。この芸能プロダクションに人多しといえど、自分をお
いて、これから先の困難を乗り切ってゆける者はいないという意識である。事実、それだけの力を和田
は持っていた。
だが、和田亡き後、山アらは事態をどう乗り越えたらよいのか。
「私と瀬戸だけでは力不足か……」
「寺田君をお使いくださいませ」
寺田とは、アイドルグループ・モーニング娘。など、UFA所属タレントの多くのプロデュースを手が
ける敏腕プロデューサー・つんくこと寺田光男である。
「……寺田君を使うべきか……」
「…………」
63 :
プロローグ:02/09/06 08:48 ID:6vLmWnBM
(2)
無言が続いていた。
周囲の人間から見ると、この二人は反目しあっているのではないか思えるほど、対話が少なかった。
実際、確執説を唱える芸能関係者は多かった。だが真相は違う。
山アと和田は親密な関係だった。和田の忠節ぶりは山ア一辺倒といってよい。山アもそれに応えてい
た。この二人の仲は、上司と部下というより親友に近い。お互いに相手の考えが手に取るようにわかっ
ているので、まるで禅問答のように口数が少ない。
同じく山ア側近にいた瀬戸由紀男が、後日知人に語ったところによると、モーニング娘。の六枚目の
シングル『ふるさと』の売上が思いのほか低調で、山アらが楽曲の大幅な路線変更を検討しようとして
いた時、売上の数字を入手した夜の十時ごろに、和田は山ア宅に電話したが、山アは既に寝室に入って
いた。和田は電話口で咳払いを一つして、
「お早いお休みで」
といったという。
「何の用だ」
「モーニング娘。の楽曲をどうなされますか」
「私もその事を考えている」
「それで安心致しました。失礼致します」
そのまま和田は電話を切り、山崎もそれ以上一言も云わなかったという。山アはこの後、モーニング
娘。のアレンジャーにダンス☆マンを起用し、彼の編曲による楽曲『LOVEマシーン』を七枚目のシング
ルとして売り出し、大ヒットさせたことは周知の通りである。それほどの大事についての山崎と和田の
打合せが、たったこれだけだったというのである。二人の意思の疎通の早さ、思うべし、とでもいうべ
きであろうか。
64 :
プロローグ:02/09/06 08:50 ID:6vLmWnBM
(3)
「先程とは別件ではありますが……」
その和田が重い口を開いた。
「寺田君をお呼び出しくださいませ」
「あの事を伝えるのか?あれは寺田君も承知の筈だ」
「この件は幾ら強調しても過ぎる事はありませんから」
山アは、やや離れた場所で打合せをしているつんくを、携帯電話から呼び出した。
三十分もしないうちに、つんくが病室にやってきた。和田は、つんくの姿を認めると、挨拶の
言葉もなしにいきなり云った。
「呪われた娘を手の内に」
その目が厳しくつんくを見つめた。
「呪われた娘が……」
山アとつんくは沈黙を守った。
「アップフロントに福音をもたらすか、滅びをもたらすかは……」
この言葉を最後に、稀代の名マネージャー・和田薫は二度と沈黙を破ることはなかった。
和田の遺言を、山アとつんくはどう受け取っただろうか。
65 :
名無し娘。:02/09/06 08:55 ID:6vLmWnBM
訂正です。
○山崎
×山ア
山崎直樹UFA会長の姓は、正確には「山ア」なのだそうですが、「ア」は機種依存文字なので、
「崎」に訂正しておきます。
期待
機体
69 :
プロローグ:02/09/11 04:37 ID:+PK3nLdW
(4)
「私は呪われた子なんでしょうか?」
新垣里沙は呟いた。
「そんなことないよ。新垣ちゃんは頑張ってる」
シーフードピザにペッパーを掛けながら吉澤ひとみが答えた。
「頑張ってるんですけど……、報われていないんです。ファンの人たちは私のことを嫌いみたいで」
新垣は吐き出すように云った。
「嫌ってなんかいないよ」
吉澤はピザを切れ目から切り離す動作を止めて答える。
「喉かわいてない?ジュースを買いに行こう」
紺野あさ美は、隣りの席の高橋愛に小声で話し掛けた。
「べつにいいけど」
怪訝な顔をした高橋が答えると、紺野は高橋の腕を掴んで、席を立った。ジュースの自動販売機は彼
女たちのいる部屋の外にあるのだ。
「喉かわいてないのに、なぜ?」
高橋は自動販売機で清涼飲料水を買い終えると、紺野に尋ねた。紺野はジュースなど欲しくないのに、
突然自分を買いに誘ったのはなぜかと訊いているのだ。
「ジュースじゃないんだ」
高橋はより怪訝な顔をする。
「私たち二人がいると、里沙ちゃんが気にするかと思って、」
紺野は続ける。
「好きなだけ話させてあげたかったんだ」
高橋はやっと合点がいった。紺野は新垣に気を使ったつもりなのである。
「あの子は繊細だから仕方ないね……」
高橋はため息交じりに答えた。
栞
>「私は呪われた子なんでしょうか?」
> 新垣里沙は呟いた。
ちょっと笑った。
73 :
名無し娘。:02/09/12 02:16 ID:12WGBHeG
74 :
プロローグ:02/09/12 03:10 ID:IMzI6vcF
(5)
新垣たちはあるアイドルグループのメンバーである。このグループには面白い習慣があって、その日
の仕事が終わるとメンバーが一堂に会してミーティングを開く。結成以来、このしきたりは破られたこ
とはない。この日も、テレビのバラエティ番組の収録後に反省会をもった。滞りなく議題が消化され、
各自が意見や感想を述べ合うと、会はお開きとなった。その後は、そのまま自宅に帰る者、食事に出か
ける者、その場に残って出前を注文する者と様々であった。予め持ち込んだ菓子を広げる者もいた。こ
の日、反省会の場に居残っているいる者は六人であった(当時メンバーは計十三人である)。
「私が初めてコンサートのステージに立ったとき、」
新垣はすがり付くような顔をして語り始まる。
「『コネガキー!』と叫んだ人がいました。次のステージでは、私のMCのときだけ、わざと後ろを向く
人がいました。その次も、そのまた次もこんな感じでした」
「変な噂に踊らされている人を気にしちゃ駄目だよ」
吉澤は幼い妹を諭すような口調で答える。
「はい。わかっています。そのうちみなさんも誤解に気が付くと思って耐えてきたんです。二か月くら
い我慢していると、誰も私にブーイングすることはなくなりました」
「ほら、誤解なんだってば。でも、なんで突然こんなことを言い出したの?」
「私がトレカを集めてるのは知ってますよね?」
トレカとは、このアイドルグループの写真がデザインされたトレーディングカードを指す。新垣は、
以前からこのグループのトレーディングカードを収集しており、自身がそのグループのメンバーになっ
てからもその趣味を続けていたのだ。
75 :
プロローグ:02/09/12 03:12 ID:IMzI6vcF
(6)
「トレカがどうしたの?」
「昨日、トレカを買おうとして近所のお店に行ったら、小学生の男の子が、どの袋のトレカを買おうか、
友達の子と一生懸命考えていたんです。結局、その子たちが一番下のトレカを買ってくれたんで、私、
嬉しくなってこっそりその子たちの後をつけました」
「それからどうなったの?」
「お店の外に出ると、男の子は嬉しそうに袋を開けました。そうしたら、袋の中から私のカードが出て、
要らないからお前にあげるって言ったんです。そうしたら、連れの子も要らないって言って、私のカー
ドをごみ箱に捨ててしまいました」
「きっと、その子たちは新垣ちゃんのカードを持っていたんだよ」
吉澤は慰めるように話す。
「同じカードを持っていただけならいいんですけど……」
新垣は続ける。
「その子たち、コネのカードなんか欲しくないって言ってたんです。とどめに、こいつ一人だけ消えて
欲しいよなあ、なんて言ってました。私、ブルーです」
この饒舌は何だ、と吉澤は思う。気の昂ぶり以外の何者でもない筈だ。その証拠に次第に喋り方が早
くなっている。
76 :
名無し娘。:02/09/12 03:14 ID:IMzI6vcF
bookmark
sage
79 :
:02/09/15 23:30 ID:qlcVO55Y
sage
81 :
プロローグ:02/09/18 04:02 ID:krbFiPwE
(7)
「私、頑張っていますよね!?なのに、なのに、どうしてこんなにいじめられなくっちゃいけないんで
すか!?」
新垣の目には光るものが溢れていた。
「私がブスだからとか、歌が下手だからって叩かれるんだったらわかります。でも、コネだとかお金を
積んで入ったとか謂れのないことをいわれるのはもう嫌です!!」
「里沙ちゃん、もうやめなよ……愚痴はいくらいっても……」
新垣とは同期生になる小川麻琴が洩らした。
「好きなだけ話させてあげようよ」
小川の肩に手を乗せながら、隣りの席に座っている辻希美が囁いた。
「ご、ごめんなさい」
「いいんだ、新垣ちゃん。どんどん話してよ。いくらでも聞いてあげるから」
テーブルの上にあるシーフードピザとフライドポテトはすっかり冷めていた。コールスローサラダは
干乾びていた。紙コップに注がれたジュースはもう温くなっている。袋のまま詰まれたスナック菓子に
至っては封を切られてすらいない。これらの食べ物は、辻が自分で食べるために用意したものだが、辻
はほとんど手をつけていなかった。新垣の話を聞くのに専念していたからだ。
新垣は依然として話し続ける。辻は真剣な表情で聞いている。
82 :
プロローグ:02/09/18 04:03 ID:krbFiPwE
(8)
<大食いの辻ちゃんが食べ物に目もくれないで話を聞いている>
吉澤ひとみは思った。これは辻希美の特技ではないか。他人の話に聞き入り、相手の話す問題が、自
分にとっても世界の重大事件であるかのような表情で頷くのである。そうしているうちに、辻に話して
いる相手は、返答を待つまでもなく自分なりの答えを見つけることも多い。辻が真剣に話を聞いている
だけで満足するのだ。なるほど、辻が多くの人々に愛されるのもむべなるかなと。このグループの他メ
ンバー、雑務を取り仕切るスタッフ、テレビ局の製作担当者、雑誌記者など辻を悪く云う者はいない。
だから、辻はこのグループでも派生ユニットでも一度もセンターを取ったことがないにもかかわらず、
主力メンバー級の扱いを受けてきた。こうした辻の態度はファンにも伝わるのか、ファンにも愛された。
そんな辻が口を開いた。
「もしかしたら、新垣ちゃんは本当に呪われているかもしれない。でもね、新垣ちゃんは、新垣ちゃん
の仕事をしていればいいと思うんだ。スマイルスマイルでね。呪いなんか笑い飛ばしてやろうよ」
ここで辻は変な顔をした。隣りにいた小川が吹き出した。吉澤は声を立てて笑い出した。
「本当に変な顔……」
新垣もくすっと笑った。表情が目に見えて明るくなっている。現金なものだった。だが、当面はそれ
でいい。
そう。あくまで当面は、だ。本当は、新垣に関するネガティブな噂がなぜ執拗に出るか見極めないと
解決にならない。噂の発信源を調べたいが、自力で調べることは不可能だ。
辻の心中は心とは裏腹に、暗鬱としていた。
83 :
名無し娘。:02/09/18 05:49 ID:krbFiPwE
>>82 誤字発見。
最終行
誤)心とは裏腹に
正)顔とは裏腹に
昼飯時チェック
85 :
第一章:02/09/19 21:10 ID:r/E71AU/
(1)
それから数年がたった。
外では冷たい雨が降っている。
朝には、叩き付けるような激しさだったのが、一時小降りになり、今では再び激しさを増し、雨音は
単調ではない微妙な合奏になっている。
ミラクルボイスは唄っている。
熱い光線を浴び、二人の汗の出るさまは滝のようだ。
ファンたちの歓声、音響機器が発する音が、耳を破りそうに鳴り響いている。その中で二人の歌声が、
腹の底にこたえる頼もしさと力強さをもって響き続けていた。
86 :
第一章:02/09/19 21:13 ID:r/E71AU/
(2)
「ミラクルボイス」という名のこの女性デュオは、AIとRIKAと名乗る二人の女性で構成されている。
二人は、かつて、あるアイドルグループに所属しており、そのグループから脱退した後、ある者の推挙
で、事務所を移籍し、このユニットを結成したのである。
ミラクルボイスは奇妙なユニットだった。一流の作曲家に依頼したメロディーに、やはり一流のアレ
ンジャーに依頼したサウンドを聞かせ、B=M=アローという正体不明の作詞家の詞を乗せ、AIとRIKAにヴォー
カルをとらせた。
この二人の歌唱には不思議な魅力があった。清楚な、雑然とした現代ではありえないようなロマンチッ
クなモードを歌ったかと思えば、物憂くけだるく、どんより淀んだ都会の日常を歌い上げる。楽しげな
歌声で、すべてを明るく変えてしまう、可愛らしい妖精のような幻想的な一面を見せるかと思うと、抑
揚のない歌声で、聴く者を息苦しく眠くさせ、死に追いやるのではないかと思わせるような一面を披露
する。変幻自在で、捉えどころがなかった。こんなところは文字通り、奇跡の歌声としかいいようがな
い。この二人は、アイドル時代には、必ずしも歌唱力を評価されていなかっただけに、世間はなおさら
ミラクルボイスに夢中になっていった。
AIとRIKAの持ち味を引き出しているのは、二人のパフォーマンスや、楽曲のメロディやサウンドもさ
ることながら、二人の唄う歌の歌詞に拠るところが大きい。平易な語彙で情景を描いていく。だが、そ
の何気なさの中にひそんでいる美と恐怖を、鮮やかに切り取る鋭さを感じさせる。なにか、ミラクルボ
イス専属の作詞家・B=M=アローの情念が肌身に迫ってきそうだ。
栞
知?
つぁん
B=M=アローのBって何やろ?
カップ?
いやいや。
続く
92 :
第一章:02/09/26 18:28 ID:3zyogY5M
(3)
このB=M=アローという人物について、詳しいプロフィールなどは公開されていない。この作詞家は何
者だろうか。この名前は勿論ペンネームである。作品の出来があまりに素晴らしさから、名だたる作詞
家が変名を使って書いているのではないか、と人びとは噂した。
だが真相は違う。B=M=アローは、ミラクルボイスの所属事務所たるヤグチオフィスの社長・矢口真里
のペンネームである。世間は、このアイドル上がりの芸能プロダクション経営者に、作詞など出来るわ
けがないと思い込んでいたので、この作詞家が矢口だとは想像することすら出来なかった。
かつて、矢口はあるアイドルグループのメンバーであった。このグループは、矢口が脱退するころに
は、バラエティ色が強くなってしまっていたが、元来はコーラスを売り物にしているグループで、メン
バーのアーティスト志向が強かった。そのせいか、各々のメンバーは作詞・作曲を密かにおこなってい
た。そのグループは、プロデューサーが楽曲の作詞と作曲を一手に担当しており、その必要はなかった
にもかかわらず、である。
矢口もアイドルとしての活動の忙しさの合間を縫って、詞を書き溜めていった。当時、矢口がどのよ
うな詞を書いていたか、その全貌を知ることはいまや不可能だ。だが、どうも、まだ青臭く、頭でっか
ちな詩を書いていたらしい。時折、テレビ番組やラジオ番組の企画で、矢口は自作の詩を披露していた
が、とても人前に出せる代物ではなかった。当時の流行からの剽窃。有名な小説からを安易に引用。し
かも、これらが未消化で、表現が作詞家の血肉になっていない。独創性がゼロと断じられても仕方がな
かった。矢口が詞を書けなかったのは、所詮人と世の中について暗かったためかもしれない。
その矢口が、いまとなっては世人をうならすような詞を書くのだ。矢口が現役を退いてから久しい。
その年月が彼女を変えたのだろうか。それだけではあるまい。凡庸な詞しか書けない少女が、名作詞家
へと変身した背景には如何なるドラマがあったのか。
93 :
第一章:02/09/26 18:31 ID:3zyogY5M
(4)
コンサートの会場となった市民ホールは超満員の観客で埋まっていた。観客全員を酔わせ、狂気にと
りつかせるのが二人の仕事である。唄うだけで酔わせることが出来なければ、歌い手は浮き上がること
になり、確実にコンサートは失敗する。ファンに自分の熱と狂気を伝染させねばならない。ミラクルボ
イスの音楽に燃え上がらせなければならない。すべてはAIとRIKAの気力にかかっていた。
二人の気力は充分に充実している。頭の中にはこの場で燃え上がる思いだけがぶんぶん音を立ててい
る。他のものは一切消えていた。
<この調子だけを外さずに唄い続ければいい>
矢口はいつかそんな気になっていた。
スタッフ席で二人を見守る矢口真里がたった一つだけ気にしているのは、ミラクルボイスは活動を始
めてからまだ日が浅いということだった。これはどう仕様もない。初めてのツアーなのだから。AIと
RIKAにも嘗て満員の観客を悉く熱狂させた時期があった。二人は国民的アイドルと呼ばれたグループの
メンバーだったのである。だが第一線から退いてから随分経った。観客の大半は、二人のアイドル時代
の熱狂を知らないだろう。知っていても忘れているかもしれない。アイドル時代の遺産など、今更通用
しないのである。AIとRIKAは自らの喉一つで観客を酔わせなければならなかった。それでも今コンサー
トが盛り上がっているように見えるのは、二人の血を吐くような修練の結果だった。
94 :
第一章:02/09/26 18:39 ID:3zyogY5M
(5)
ミラクルボイスを結成した時、AIとRIKAの歌唱は素人同然だった。二人はあるアイドルグループの一
員だったが、そのグループにはさほど歌唱力は求められていなかった。それにそのグループは忙し過ぎ
た。昨日北海道でロケをしたかと思えば、今日は東京で記者会見をするといった具合で、スキルを高め
ようとしても、鍛錬に励む時間が取れない。だから、グループ脱退の時の歌唱力は、加入の時と比べて
も(ちなみに二人は同期生である)さほど変化がなかった。それゆえ、所属事務所社長たる矢口の当面
の課題は、何とかして二人の歌唱力をある水準まで引き上げるかという点にあった。その為にはひたす
ら練習して貰うしかない。矢口はとあるボイストレーナーに二人の指導を依頼した。この道を長くつと
め、多くの歌手を育ててきた実績のある人物である。
老ボイストレーナーは驚いた。長年、歌手だのアイドルだのタレントだのという人種を多く見てきた
が、AIとRIKAほどひどい声をしている人間は見たことがなかった。よくもこの声でCDを出し、客前で歌
っていたのか。否、歌うことが許されたのか。何より下手糞である。その辺の音楽学校の生徒のほうが
よほど巧く歌を唄える。そして発声と歌唱の基礎が出来ていない。おそらく、基礎的な訓練も碌に受け
させて貰えないまま、ステージに立たされてしまったのだろう。アイドルとして活動中もまともなレッ
スンは受けていまい。その証拠にあちこちにおかしな癖がついている。長きに渡って、自己流の発声と
歌唱を繰り返してきたからだ。これを矯正するのは至難の業だ。白紙の状態の素人を教育するほうが楽
に思える。二人にべっとりついたアイドル時代の垢をそそぎ落とし、正しい方向へ導くのは、恐ろしく
気の遠くなることだと考えるのは自然だった。
95 :
名無し娘。:02/09/26 18:50 ID:3zyogY5M
ネタバレしてしまいましたが、B=M=アロー=矢口真里でした。
何故こんな名前になった理由は、種明かしすると実につまらないのですが、
矢=arrow
口=mouth
ま=ball
り
と英単語に直して逆から並べ替えただけです。
96 :
名無し娘。:02/09/26 18:59 ID:3zyogY5M
さっきのは蛇足だったかな。でも、このB=M=アローという名前がこれからの展開の
鍵になることはないから、よしとしますか。
「mari」のMかと思った。
h
保全
100 :
名無し募集中。。。:02/09/29 20:23 ID:LAfBZQjB
age
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期待sage
103 :
第一章:02/10/01 01:05 ID:DAYRb+Y3
(6)
ミラクルボイス二人のうち、RIKAは矢口の期待通りに成長した。まだアイドルグループにいた時分、
RIKAの悪声と音痴はファンの間で笑い種になるほどであった。それが薄紙を剥ぐようにという言葉がぴっ
たりの、驚くべき上達ぶりを見せるのだ。もうどんなステージに上げても恥ずかしくない。本来、彼女
は歌唱の才を持ち合わせていた。それを発揮できなかったのは、今まで余程放って置かれたからに違い
ない。彼女には鍛錬の機会も時間もなかった。その余裕もないほど、多忙な日々を送っていたといえる。
「こういう言い方をすると失礼かもしれませんが……」
ボイストレーナーは切り出した。
「RIKAさんがここまでやるとは思ってもみませんでした」
「いいえ。こちらの計算通りでしたよ。あの子は根性あるし、あなたが先生ですしね」
女社長はしてやったりとほくそえで言う。
「計算違いなのは、もう一人のほうなのですか」
「ま、まあ、見込みよりは遅れているかもしれませんけど……」
矢口の表情が曇った。
「私はもう少し期待していたのですが……今のままでは……多少遅れてでも、社長さんのご期待に答え
るような結果を出してくれればよいのですが……こちらも最大限に努力いたしますので……」
「これからも頼みましたよ、先生」
104 :
第一章:02/10/01 01:06 ID:DAYRb+Y3
(7)
矢口とボイストレーナーの悩み所はAIの伸び悩みである。何とかしないと矢口の構想は崩壊する。
AIは歌唱に自信があった。そもそも、彼女がこの世界に入ったのは、あるオーディションで歌声を高
く評価されたのがきっかけなのだ。その後、彼女は大人気を博することになるが、その理由は必ずしも
歌唱の力のおかげばかりとはいえない。楽曲にも恵まれたし、運命の女神に愛されたこともある。だが、
本人は己の歌唱の賜物だと思っていた。矢口がAIを口説くようにしてこのユニットに引き込んだのも、
彼女の声とまだ見えない才を見込んだからだ。
AIは自分に自惚れるあまり、レッスンに不熱心だったのではない。トレーナーの目から見れば、むし
ろ相方のRIKA以上に真面目な生徒だった。毎朝、自分が来るよりはるか前にレッスン場へやってくる。
指示した課題は的確にこなす。地味な基礎訓練も怠らない。彼女の態度は真摯そのものだった。
だがなにかが足りない。老トレーナーの長年にわたる経験から得た直感がそう伝えていた。
彼女の発声は日一日と良くなり、遂には矢口と老トレーナーの期待している水準を超えるかに思われ
た。だがそこまでだった。ある一転で進歩はぱたりと止まり、なんとしてもそれ以上に良くならない。
当然のことだった。だがAIは焦った。これでは不充分だった。もっともっと良い声を出さねばならぬ。
再びステージに立ち、観衆から大声援を受けるためには、人間の限界を超えた歌声を聞かせる必要があ
る。ひたすらそう信じ、無理な訓練を続けた。
105 :
第一章:02/10/01 01:51 ID:1nEYjvdq
(8)
ある晩、喉頭に激烈な痙攣が走り、息がしにくくなった。限界に達したのである。AIは絶望し、この
まま朽ち果てていくのではないか、と思った。RIKAが救急車を呼び、病院に連れて行った。医師の診察
では、何の異常も見当たらないが過労なので充分に静養するように、とのことだった。RIKAと矢口が交
代で看病した。数日で喉の痛みはとまり、呼吸は元通りに出来るようになったが、すぐさまトレーニン
グにかかろうとするAIを、珍しくRIKAがこわい顔でとめた。AIは歯牙にもかけずトレーニングを再開し
たが、報いは立ちどころに来た。今度は声が出なくなったのである。RIKAの云う通りだった。無理は禁
物だったのである。だがAIはやめなかった。かすれるばかりな声で発声練習をし続けた。意地になって
いるとしか思えなかった。
「これ以上声が出なくなったらどうするの?」
RIKAがたまりかねて詰った。
「いい声が出ない喉ならなくなってもいい」
AIはそう答えた。
声はかすれの度合いを増し、最後の限界が来た。ある日、歯をくいしばって練習していると、がくん、
というような音と共に、嘗て味わったこともない凄まじい痛みが咽喉に走った。AIは危なく失神すると
ころだった。もうかすれた声すら出ない。
訂正です。
>>103の10行目(下から7行目)。
誤)ほくそえで
正)ほくそえんで
( ^▽^)<完璧でっす♪
購読
109 :
:02/10/03 04:23 ID:nJd1VAm5
sage
保田圭2011の矢口版?
111 :
第一章:02/10/04 19:18 ID:JGpilpss
(9)
<終わりか>
AIは絶望し、部屋に戻るとすぐ寝込んだ。矢口が部屋に駆けつけたが、AIは知らない。今日までの疲
労が一気に発したかのように、只もう眠りこけた。頬をげっそり落ち窪ませて只もう眠りこけた。まる
で黄泉の国に呼ばれているかのようだった。
<ここまで追い詰められていたのか>
AIの寝顔を見ながら、矢口はそう思った。あの時、彼女の望み通りにすればよかった。そうすれば、
ひょっとしたらユニット・ミラクルボイスの構想は潰えるかもしれないが、AIが声を失うことはない。
だが今となっては後の祭りである。
112 :
第一章:02/10/04 19:19 ID:JGpilpss
(10)
ミラクルボイスの二人が老ボイストレーナーの元に付けられてから数ヶ月たった頃、AIは一勝負に出
る。社長の矢口に直訴するためである。
RIKAに差を付けられて焦っていたせいもある。老トレーナーの視線が冷たい気がするせいもある。そ
して何より、本人が歌手としての才能に限界を感じていた。とても歌で食っていく気にはなれなかった。
こんな声なのに歌が巧いと思っていた自分が羞ずかしかった。こんな自分では矢口の役には立つまい。
迷惑を掛けるばかりだ。
矢口の仕事場のドアをノックしても返事がない。不躾だと思ったが、ノブを回すと、あっさりドアが
開いた。
女社長は詞を書いていた。机の片隅にはカップラーメンの空容器が無造作に積まれ、床にはペットボ
トルが散らかっていた。
sage
フラワールームにいたミニマムさんが
ここでは女社長なのか…
115 :
第一章:02/10/08 03:11 ID:yDxhmSLP
(11)
「社長!」
AIは矢口に話し掛けた。返事はなかった。矢口は詞の世界に没頭し、AIのことなど歯牙にも掛けてい
ないかのようだ。自分のことも気にしない。目の下には隈が出来、髪はぼさぼさ、勿論化粧などしてい
ない。
<この人はいくつになるのだろう>
AIは思った。自分より五歳年長の筈だから、まだ二十代の若さである。だがその顔には幾条もの深い
皺が刻まれている。とりわけ口のまわりの皺が深く、矢口を老婆のように見せていた。
以前の、立っているだけで、花が咲いたようにその場が明るくなる、驕慢な華やかさが、いつの間に
か影を潜めてしまった。今の矢口は、ふと気がつくと、
<かつては、アイドルだったのか>
痺れたように打たれる、そんな女性に変わっている。
矢口がはたと背を伸ばした。それだけでどきりとするような迫力があった。矢口は身長150センチに
も満たない小柄な女性だが(その点ではAIも同じである)、非常に大きく見えた。
116 :
第一章:02/10/08 03:11 ID:yDxhmSLP
(12)
「突っ立っていないで踊りなさい」
矢口の言葉は、切り付けるような鋭さだった。
AIは返事が出来ないでいる。
<この人は変わった>
AIはアイドル時代の矢口を知っている。気さくで優しかった。今は、暗い。眼の底に冷やりとしたも
のを見るように思う。そして、内に何か途方もなく恐ろしい物を飼っている気もする。それは芸能と云
う名の魔なのか。それとも魔に憑かれた矢口自身なのか。
AIはそんな矢口が恐ろしかった。
<芸の道が人をこんなに暗くするのなら、私はごめんだ>
腹の中でそう喚いていた。
矢口の突き刺すような視線を受け、AIは無言のままだったが、遂に切り出した。
117 :
てへてへ:02/10/10 07:45 ID:+I1TbcHp
∋oノハo∈.テヘテヘ .
(´D` )__
(( ⊂⊂ _)
(__ノ ̄ 彡
118 :
第一章:02/10/11 18:43 ID:CeUA594K
(13)
AIは重い口で、ぽつりぽつりと自分の思いを述べた。今の矢口は頭脳鋭利、すべてを見透かしそうだ。
このような人間に回りくどい弁解は不要であり、むしろ有害である。だから歯に衣着せず直截に話した。
自分は体力と気力の限界まで挑戦したこと。それにも拘らず成果が上がらないこと。なぜなら、自分に
は歌唱の才能を有していないこと。だとすれば、自分では矢口の役に立てないので、この仕事から降ろ
して貰いたいことを語った。
女社長の反応は意外だった。
矢口は気性の激しい女性である。感情の振幅が並の女より遥かに大きい。
錐のように鋭い聡明さを持つ。何気ない言葉、さりげない仕草一つから、敏感に人の心を知り、即座
に反応を起こす。笑う時は大いに笑い、怒る時には感情を大爆発させる。この資質のために矢口はアイ
ドルとしてファンの人気を集めることが出来たし、引退後は芸能プロダクションを順調に運営できたと
いえよう。
だから、AIが打ち明けたとき、矢口は、
<この若さで限界とは何だ!>
こう大声で怒鳴りつける筈だった。内心では矢口にそういわれるのを期待していた。
ところが、矢口はAIの顔をしばらく見つめると、にこりと微笑んで、
「また歌いたくなったらおいでよ。おいらはまだ諦めないからね」
これはどんな叱責よりもAIにはこたえた。
いっそ面と向って大声で罵倒されたほうが気が楽だった。
AIは魂の抜けたような顔で部屋を出て行った。
<えらいこといっちゃったな……>
仕事場のドアがばたんと閉まる音を聞くと、なおさらAIは自分の言葉の重みを知った。
その日の晩から今まで以上に過酷な練習を自らに課すことになる。
119 :
第一章:02/10/11 18:44 ID:2Jtcyima
(14)
AIは眠りこけている。矢口とRIKAは只見守るしかなかった。
朝が来た。自然に目覚めたAIは不思議そうに、部屋の中を見廻し、RIKAを見ると、
「お腹が空いたよ、リカちゃん」
「声、治ったね……」
AIはおやっ、と思った途端に、昨日のことを思い出した。
<喉を切り取られた……>
恐怖が襲い掛かり、AIは跳ね起きた。錯覚に過ぎなかった。咽喉は依然としてある。しかも、声はか
すれていない。気のせいか、以前より良い声が出せるような気がする。
「どういうことなんでしょう」
AIは首を横に振った。さっぱり訳が判らなかった。部屋を出てレッスン室へ行った。一瞬躊躇ったが、
思い切って歌ってみた。嘘のように一切の痛みが消えていた。声を次第に大きくしてみた。喉に異常は
なく、高音も低音も自由自在だ。しかも以前より明らかに声の質は良くなっている。
「やった!」
AIは叫んだ。
「やったよ、リカちゃん!」
RIKAは床にべったりと坐りこんだまま、身も世もなく泣いていた。その手を矢口が堅く握っていた。
120 :
第一章:02/10/11 18:46 ID:2Jtcyima
(15)
市民ホールを埋め尽くしている観客たちはそんな事情を知らない。だが、さっきの修練の結果、二人
の歌唱力は飛躍的に伸び、聴衆を魅了できるまでになった。そして、その努力を可能にした気迫を剥き
出しにしたまま、二人は唄っている。その姿は充分に感動的なのだ。だから、AIとRIKAは市民ホールに
集まった人びとを酔わせ、狂気に駆り立てることが出来た。
121 :
第一章:02/10/11 18:47 ID:2Jtcyima
(16)
二人はよくやったと矢口は思う。否、自分の期待以上の出来だろう。正直、この二人がここまで聴衆
を惹きつけるとは思わなかった。ここまで歌で観衆を煽り立てられるとは思わなかった。AIとRIKAには
天性の華やかさがあった。アイドル時代に大人気を博したのもむべなるかな。この華やかさに歌唱力が
伴えば鬼に金棒だ。ある水準の力がつけば、このユニットは何とかなる。歌唱力がどうにもならなけれ
ば、華やかさが宝の持ち腐れになったまま、尻つぼみで終わる。矢口はそう計算した。ところが、二人
は矢口の期待を上回るほど上達したのである。この二人は、歌にも天才を持っていたとしか思えなかっ
た。そうでなければ、超満員の観客を、喉一つで一斉に狂わせることは出来まい。自分は二人の才能を
過小に見ていたのだ。二人はアイドルに収まらない器なのだ。これからも、ファンを魅了し続けてくれ
るだろう。だから、このコンサートは必ず成功する。ミラクルボイスも売れるだろう。矢口は、二人の
才能と、それを開花させた努力に感謝した。そして、このユニットを立ち上げる時に協力してくれた数
かずの人びとの尽力にも。
122 :
第一章:02/10/11 18:48 ID:2Jtcyima
(17)
雨はまだやまない。しかもさらに激しさを増すようだ。無慈悲な、なにか恐ろしいものさえ感じられ
る。降るというより流れている。まるで大雨の洪水だ。神経も何も掻き毟るようにひっきりなしに、屋
根を騒然と鳴らしている。まるでなにか激しい感情でも持っているかのようだ。
だが、コンサート会場の熱狂は雨に負けていない。それどころか、この雨音を伴奏にしているかのよ
うだ。
<そういえば、あの時もこんな雨の日だった>
矢口は、かつて所属したアイドルグループでの青春の日々を思い出していた。
期待sage
bookmark
ほ
126 :
第二章:02/10/17 03:01 ID:oZQjSvCx
(1)
激しい雨の日だった。
暗い。昼間だというのに、街灯が晧晧と照らしている。道ゆくクルマもランプを明明と光らせている。
だが、これらの光はかえって闇の深さを感じさせる役にしかたっていない。
1998年の4月下旬だっただろうか。
東京都心よりやや外れた、再開発地区に位置する、あるテレビ局のスタジオへ向う途上である。
矢口真里・保田圭・市井紗耶香の三人は、モーニング娘。のメンバー五人と対面しようとしていた。
矢口たちは、ユニット・モーニング娘。の追加メンバーオーディションの合格者だ。彼女たちが合格
を知らされた直後に、モーニング娘。のマネージャー・和田薫は三人を呼びつけ、恐るべき言葉を突き
つけている。
「明日から芸能人だから」
なんと、モーニング娘。になった初日から仕事が始まるというのである。三人の初仕事は、モーニン
グ娘。の新曲のジャケット撮影だ。その現場で、オリジナルメンバー五人との初対面も行われる。
127 :
第二章:02/10/17 03:03 ID:oZQjSvCx
(2)
三人とマネージャーの和田薫を乗せたクルマは雨の中を往く。
<まるで氷雨だ>
がちがちと歯を鳴らせながら、和田薫はそう思った。とにかく寒い。クルマの中でもこうなのだから、
外は尚更だろう。
「運転手さん、暖房を強くしていただけないか」
この道のひどさはどうだ。道路には大きな水溜りができている。それも、泥交じりの水溜りだ。クル
マが通る度に泥水が撥ねていく。対抗車線をすれ違うクルマのせいで、和田たちが乗っているクルマも
ドアから窓ガラスから泥まみれである。和田薫は泣きたくなった。
<少しは彼女たちの前途を祝福してやってもいいじゃないか>
彼女たち三人は、五千人もの応募があったオーディションの合格者である。芸能界を夢見る幾多の少
女たちから、厳正な審査の結果選ばれた精鋭がこの三人なのである。真実は少し異なるのだが、当の三
人は知る由もない。ともあれ、天気は、三人の門出を祝うつもりはないようだ。
おっ、いつのまに…。
惚
sage
132 :
第二章:02/10/23 23:35 ID:j57aW2/J
(3)
矢口真里は、モーニング娘。についてよく知らない。だが、テレビ番組に映る彼女たちからは、素朴
な印象を持っていた。保田圭と市井紗耶香の二人も似たようなものだった。ブラウン管の中のモーニン
グ娘。には、概ね好意を抱いていた。
だが、実際に対面してみるとその印象は一変していた。
モーニング娘。のメンバー五人の顔貌に変化があったのではない。オリジナルメンバーの矢口たちを
見る眼が尋常ではなかったのである。
とにかく氷のような冷たさだった。
133 :
:02/10/24 04:17 ID:7tpziBMg
ほ
ho
136 :
ゴマ乳:02/10/30 17:02 ID:ffZW7GGB
ハァハァ
あ
138 :
第二章:02/11/04 05:50 ID:iCgKGR6J
(5)
翌日も仕事である。たまりかねた追加メンバー三人は、オリジナルメンバー一人一人の下に出向き、
改めて挨拶をした。その上で、三人の中では最年長の保田圭が、自分たちは芸能界に飛び込んだばかり
であり、技能も礼儀も未熟であることを率直に語り、歌やダンス、そして芸能界の仕来りなどを教えて
くれるよう、頭を下げて頼んだ。返ってきた答えは、にべもない拒否だった。私たちはご縁があってた
またまあなた方より先にこの世界に入ったが、まだまだ未熟で修行中のみであるから、人様に教えられ
ることなど何もない。仮にあったとしても、下手に教えてあなた方を駄目にしてしまってはスタッフの
皆さん、ひいてはファンの皆様に迷惑をかける。私たちが中途半端なことを教えるよりも、スタッフに
直接訊いたほうが正確だし、あなた方のためになる。だからこの件はご容赦願いたい。五人が五人、揃っ
てそう云うのであった。
一応理屈は通っているが、矢口たちは嘘だと直感した。五人の眼が揃って冷たいのだ。せせら笑って
いるような気配すらある。理解できなかった。自分たちがオリジナルメンバーを怒らすようなことはし
た筈がなかった。そもそも初対面から二日目である。悪意の対象になる理由がなかった。むしろ、先方
がこちらに気を遣っているとも考えたが、それにしても眼の冷たさが尋常でない。
139 :
第二章:02/11/04 05:51 ID:iCgKGR6J
(6)
矢口たちは途方に暮れて、愚痴をこぼすしかなかった。
「あそこまで冷たかったなんてね……」
「怖かった……。あの人たちとなんか一緒にやって行けないよ」
「私たちにはどうしようもないよ。あの人たちとの間に大きな壁が出来ているから……」
愚痴など云っても始まらないことは、よく判っていたが、自分たちなりに最善の努力をした上でも事
態が変わらない以上、不満を口にでもしないとやりきれなかった。
「明日は明日の風が吹く……かも」
「吹けばいいけどね」
「やれることはやってみようよ。無駄かもしれないけど」
「そうだよね。明日こそ口を聞いてもらえるように頑張ろう」
だが、次の日も、追加メンバー三人は、五人に碌に口を利いて貰えなかった。
その次の日も、その又次の日も、更にその又次の日も、五人は三人を相手にもしようとしなかった。
140 :
第二章:02/11/04 05:52 ID:iCgKGR6J
(7)
そんな三人を労わるつもりだったのだろうか、マネージャーの和田薫は矢口たちを呼び出してねぎら
いの言葉を掛けている。オリジナルメンバーが冷たく感じられるかもしれないが、彼女たちも悪意があ
って君たちにそう接しているのではないから、どうか耐えて欲しい。増して、自分たちに原因があるの
だと思い込むのはやめて欲しい。遠くはない日に、このギクシャクした雰囲気も打ち解けるであろう。
否、モーニング娘。八人が一致団結しなければ、このユニットの明日はないのだ。
更に和田は続ける。
「五人が君たちに冷たく当たるからといって、君たちに非があるんじゃない。理由は、むしろあの子た
ちの境遇にあるのだ」
追加メンバーたちは無表情でマネージャーの次の言葉を待つ。
「君たちもテレビで見て知っていたと思うが、そもそもあの子たちは好んで今の仕事をしているわけで
はないのだ。自ら志願してモーニング娘。になった君たちとは違ってな」
141 :
第二章:02/11/04 05:53 ID:iCgKGR6J
(8)
モーニング娘。はオーディションの落選者を集めて結成されたユニットである。
1997年の春、あるテレビ番組の企画で『シャ乱Q女性ロックヴォーカリストオーディション』なる企
画が告知された。後にアイドルユニット・モーニング娘。のオリジナルメンバーとなる安倍なつみ、飯
田圭織、石黒彩、中澤裕子、福田明日香はこのオーディションに応募した。五人は音楽が、ロックが好
きで、歌唱にはそれなりの自信があった。そして、五人は苦もなく最終選考まで勝ち残った。全国約一
万人の応募者から選ばれた11人の最終候補者の枠に残ったのだ。
11人の誰もが、よもや自分が受かるはずはあるまい、と思っていた。だが、ここまで来ると欲が出て
くる。あわよくば自分が合格するかも、と内心では微かに期待していた。何しろ、合格者は大手レコー
ドレーベルからデビューでき、日本武道館でライブを催せるのである。自分が受かることはないだろう
が、合格する可能性はゼロではないだろう。
さっき確認したら、(4)が欠落していましたので、補充しておきます。
143 :
第二章:02/11/05 07:10 ID:D/kuYpv/
(4)
矢口たちもそれなりの覚悟はしていた。
前夜三人で宿泊したホテルで話し合った結論は、口を利いてもらえなくても頑張ろうね、だった。な
るほど、自分たちが逆の立場、すなわち既存のメンバーとして追加メンバーを受け入れる立場ならば、
やはりいい気にはなるまい。多少は冷たくされても仕方がないのではないか。
そう、あくまで、多少は冷たくされても、だ。
ところが実際に対面してみると、五人のオリジナルメンバーたちは実に素っ気なかった。あたかも自
分たちのことなど歯牙にも掛けていないかのようだ。
事実、オリジナルメンバーの一人・中澤裕子は当時を振り返ってこう証言している。
「三人の印象ですか?ないです。何も思わなかった」
さらに中澤は続ける。
「心配はあったんですけど、仲良くなる必要はないと思ってたから……」
他の四人も似たようなものだった。自分たちなど意に介す気もないらしい。
ヽ(`Д´)ノ ユーチャソコワイヨウワァァン
保全。
今日初めて読ませてもらいました。
硬質な感じの文章が読む事を集中させて一気読みしてしまいました。
リアルな話なのか虚構的な話なのか自分には判断できませんけど、とても面白かったです。
もしかしたらあの作者さんかな?と思いつつ保全
147 :
第二章:02/11/14 05:54 ID:WvpPFeQ3
(9)
『日本武道館』が候補者たちを狂わせたといっていい。日本武道館は、多くのアーティストたちがこ
こでのライブを目標にする場所である。いわば、アーティストたちの聖地である。日本武道館でライブ
を催せるということは、一流のアーティストの一員と見なされてよい。彼女たち一人一人は、日本武道
館の満員の観衆を前にして熱唱する己の姿を空想のうちに描いて、ほとんど陶然としていた。
とりわけ安倍なつみにはこの思いが強かった。このオーディションでは、候補者たちに歌の発注を出
し、そのVTRチェックを行い、発注とVTRチェックを繰り返す中で徐々に候補者を絞り込んでいく形式を
とっている。ところが、安倍の第一回目のVTRチェックを行っていた選考委員の面々は意外な結論を出す。
「安倍ちゃんは即決勝」
つまり、安倍なつみは、発注とチェックという段階を省略していきなり最終選考候補者となった。全
国約一万人が参加したこのオーデションで、このような扱いを受けたのは安倍なつみ一人だけである。
結果、最終合格者となる平家充代でさえ、これらの段階を一歩一歩踏んでいる。
安倍が狂うのはむしろ当然ではないか。
148 :
第二章:02/11/14 05:55 ID:WvpPFeQ3
(10)
そんな安倍たちの思いとは裏腹に、『シャ乱Q女性ロックヴォーカリストオーディション』のナレー
ションは非情に最終選考の結果を伝えていた。
「……というわけで、平家充代いかがでしょうか?」
このオーディションの最終合格者には、三重県の高校生・平家充代が選ばれた。中澤も、石黒も、飯
田も、福田も、そして安倍も、日本武道館で歌わせては貰えなかった。
合格者の平家充代(のちに『平家みちよ』と名乗る)は、いかにも日本武道館にふさわしかった。声
質・声域・声量・技術・そしてロックへの適性。どれをとっても、最終選考候補者11人の中で抜群だっ
た。平家はロックヴォーカリストとしての才能に溢れていた。
そんな平家と比較すると、落選者たちはロックヴォーカリストとしては何枚も格落ちだ。
飯田は音感に問題がある。石黒は発声におかしな癖がついている。中澤と安倍は声質が優しすぎてロ
ック向きではないし、声量が足りない。福田には、先に挙げた四人のような問題は見当たらないが、彼
女は当時中学一年生、ロックヴォーカリストとしてはいかにも幼すぎた。
厳しい現実を突きつけられた。ショックだった。泣きたくなった。自分の実力で、日本武道館にて歌
えると、たとえ一瞬でも思っていた己が愚かしかった。五人が五人とも、そう思った。
なっちにそんな過去が・・・この先が楽しみっす。
今思えば福田が一番ロックだったな・・・
ほぜん
152 :
第二章:02/11/20 18:24 ID:iUcKrhTt
(11)
合格者が平家充代と決定した日(正確にはオーディション合格者発表の収録が行われた日である)の
深夜、和田薫は上司たる芸能プロダクション社長(当時の肩書)・山崎直樹にある事項を伝えに来てい
た。山崎が経営するアップフロント・エージェンシーは平家が所属する予定のプロダクションである。
「テレビ局側にこちらの条件を飲ませることが出来たか?」
「はい。八割方はこちらの予定通りになりました」
「八割?何か通らなかった条件があったのか?」
「いいえ。こちらの要求はすべて通りました。プロデュース方針・プロモーション費用の按分・起用す
る人材すべて社長の構想通りでございます」
「うむ。平家のデビューを日本武道館ライブで華々しく飾る。一万人の観衆の前で『GET』(オーディ
ション当時から決定していたデビュー曲)を熱唱する。その動員をテレビ局の招待で賄えば、こちらの
懐は傷まないで済む」
「日本武道館公演は如何にやり繰りしても赤字になるのが通例でございますれば……」
「そうだ。だが、タレントに『箔』を付けさせるのに日本武道館ライブほど効果的な手段もない」
153 :
第二章:02/11/20 18:25 ID:iUcKrhTt
(12)
山崎の口上は続く。
「『日本武道館』で勢いを付けた平家が、洋楽ポップスの名曲〜例えばカーペンターズあたり〜をカバー
すれば世間の注目を集めるのは確実だろう」
「さようでございます。平家ならば実現できるでしょう」
「そして、アップフロントとテレビ局側の叡智を結集したファーストアルバムで、日本中の音楽ファン
を魅了する。こうすれば、平家は一線級アーティストの仲間入り、アップフロントも安泰なのだ。それ
をテレビ局の金と人で実現できるのだから、これほど喜ばしいこともない」
「おっしゃる通りでございます。社長の条件はすべて受け入れられました」
「条件は100%ではないか。何の問題もない。残りの二割など存在しないぞ」
「残りの二割というのは……向こうが提示した新規の条件でして……こちらとしては受け入れ難いもの
でしたが、平家の条件をすべて認めるという代償として認めて欲しいといわれましたので……」
和田が山崎の前で言葉を濁らせるのは、余程の場合に限られる。この二人の関係は上司と部下と云う
よりは親友同士に近いと、先に書いた。だから、このテレビ局が新規に追加した条件は、山崎と和田に
とって、相当の不利益が見込まれるに違いない。
「新規の条件とはまさか……」
「そのまさかでございます」
154 :
第二章:02/11/20 18:26 ID:iUcKrhTt
(13)
「落選者の安倍なつみを使って何かをせよ、というのが先方の要求だな?」
「厳密には、落選者十人を集めてユニットを結成して欲しいのだそうです。勿論、安倍は中核をなすメ
ンバーです」
「オーディションの選考過程で安倍なつみ一人だけ特別待遇するのを見て、嫌な予感がしたのは、虫の
知らせだったのか……」
「今になって思えば、テレビ局の指示でいびつな選考が行われたのが、伏線になっていたのですね」
「それにしても、十人か……。いかにも多すぎる」
「十人全員でユニットを結成できるとは思えません。わたくし、この打診を受けた直後に、安倍家を秘
密裏に説得することには成功したのですが、他の九人については依然交渉中でして……」
「さすが君だ。テレビ局の意向としては、安倍中心のユニットを作りたいのだから、要求の半分以上は
既に満たされていよう」
「引き続き、残りの落選者たちとの交渉にあたります」
「残り数日しかないが、健闘を祈るよ」
山崎に一礼すると、和田は社長室から立ち去り、無人のオフィスへと向かった。
155 :
第二章:02/11/20 18:33 ID:iUcKrhTt
(14)
このオーディションは、福岡・東京・大阪・札幌と全国三会場で実施され、三会場から候補者が選出
された。栄冠に輝いた平家(三重県在住である)は大阪会場で受験した。
オーディションを最終選考まで勝ち進みながら、力及ばず落選したのは、以下の十人である。
福岡会場からは、青木朗子(20)OL・松本弓枝(19)専門学校生・高口梓(18)フリータの三人。
東京会場からは、河村理沙(16)高校生・兜森雅代(19)フリーター・福田明日香(12)中学生の三人。
札幌会場からも三人で、安倍なつみ(16)高校生・飯田圭織(15)高校生・石黒彩(19)短大生である。
大阪会場からは、中澤裕子(24)OL一人が枠に残った。
この数日間、和田薫は目まぐるしく動いた。日本中に散らばっている落選者たちの説得(ただし、本
人に知らせず家族やそれに準ずる人と交渉にあたったのである)に奔走した。一日で東京と福岡を二往
復したこともあった。
だが、これらの落選者たちのうち、和田の説得に応じたのはたったの五人であった。
福田明日香・中澤裕子・飯田圭織・石黒彩・安倍なつみ。
この五人で新ユニットを結成することになった。
156 :
第二章:02/11/20 18:34 ID:iUcKrhTt
(15)
テレビ局の設定した期限の日になった。
「もう少し集めることは出来なかったのかね?」
山崎は和田を詰るようにいう。
「申し訳ございません。青木は人妻ですので、旦那の許可が得られませんでしたし、他の四人も学校や
職場の都合があるのです」
和田が答える。
「高口と兜森はフリーアルバイターではないか」
「彼女たちは職場ではリーダー的存在なのです。アルバイトたちを束ねる、いわば副店長でして、この
副店長を引き抜くのは並大抵では行きません」
「仕方がない。この五人で行こう。それにしても、中途半端な人数だ」
「五人は演技が宜しゅうございます。ビートルズは結成当時五人でした。ローリングストーンズも五人
ですし、最近では、イギリスのアイドルユニット・スパイスガールズもそうですし、日本ではチューリッ
プや……」
「シャ乱Qを忘れているぞ」
シャ乱Qはこの事務所に所属するバンドである。平家をプロデュースするのは、このシャ乱Qである。
「ははは。これは失礼しました」
「わっはっは。君らしくないなあ。元マネージャーじゃないか」
部屋中に二人の哄笑が響いた。
157 :
第二章:02/11/20 18:35 ID:iUcKrhTt
(16)
「そのマネージャーの件だが、新ユニットのチーフマネージャーは君に任せたい」
山崎は再び真剣な表情に戻っている。
「わたくしは平家の担当ではないのですか?」
「当初の予定では、私も、君を平家付けにして万全の体制を敷こうと思った。ところが、ぽっと出た新
ユニット結成だ。メンバーのご家族を説得した縁もあるし、このユニットのマネージメントは君が適任
だろう。それに……」
和田は山崎の言葉を待つ。
「それに、平家はどの道成功するだろうから、君の力を使うまでもないと思うのだよ。だが、新ユニッ
トが成功する可能性は、正直なところ、私にも見込めない。その状況を君の敏腕で何とかして欲しいの
だよ」
「わかりました。不肖、わたくし、尽力いたします。では、失礼させて……」
「待て!」
158 :
第二章:02/11/20 18:37 ID:iUcKrhTt
(17)
「新ユニットのプロデュースは寺田君にさせたい。彼を説得して欲しい」
寺田とは、シャ乱Qのボーカル・つんくの本名である。
「寺田君ですか?彼はシャ乱Qの活動に専念したいようですから、一筋縄ではいかないと思われます」
「心配は無用だ。彼は応じてくれるはずだ」
「社長には勝算があるのですか?」
「あるとも。シャ乱Qの楽曲を作っているのは、主に寺田君と畠山君(シャ乱Qのギター・はたけの本名)
だが、乱暴な言い方をすると、寺田君の曲は歌謡曲調で、畠山君の曲はロックそのものだ。その音楽性
の違いは、近い将来に空中分解を引き起こす原因になりかねない」
「しかし、その危うさがシャ乱Qの魅力です」
「問題はシャ乱Qだけじゃないのだよ。平家のプロデュースはシャ乱Q全体に任せているが、早晩、畠山
君一人がプロデュースを担当することになるだろう。平家はロック歌手だが、寺田君にロックは書けな
いのだからな。そうなると、畠山君の一人勝ちとなり、空中分解を促進しかねない」
「では、シャ乱Qのガス抜きのために、寺田君を新ユニットのプロデューサーに据えると?」
「そうだ。それに、新ユニットは歌謡曲路線ですすめようと思っている。ロックには適性のない連中だ
からな。そんな彼女たちには、やはりロックには向かない寺田君が適任だろう」
159 :
第二章:02/11/20 18:40 ID:iUcKrhTt
(18)
「彼女たちは捨て石ですか?」
和田は云う。
「そうさせないのが君の仕事だ。若いタレント五人を雇うと、給料やら家賃やらすべて含めて月500万
円ほどの経費が掛かる。その金額は、平家のプロモーション費用だと考えれば安いかもしれない。しか
し、一旦雇用したからには、彼女たちもアップフロントのタレントだ。それなりに働いて貰わないと困
る」
ここで山崎は一呼吸置く。
「時に、アップフロントの企業哲学は何かね?」
山崎は和田の頭脳に叩き込まれている筈のことを問う。
「『若い時が花なタレントは悲しい、30歳になっても現役でいられるタレントにならねばいけない』で
す。」
当然のように和田は即答する。
「その通りだ。彼女たち五人が、30歳の誕生日をアップフロントのタレントとして迎えるようにしてく
れよ。現時点では厳しいかもしれないが、君の努力次第で何とかできる筈だ。そのために、アップフロ
ント一の辣腕マネージャー・和田薫を新ユニットのチーフマネージャーに任命した」
「そこまでおっしゃるのでしたら、わたくしも最大限に努力致します。まず第一弾として、寺田君の説
得に行きます」
160 :
第二章:02/11/20 18:42 ID:iUcKrhTt
(19)
<途方もない話だ>
新ユニットのメンバーが30歳になるまで現役でいさせろ、というのだ。最年長の中澤裕子(24)が30歳
になるだけでも6年掛かる。まして、年少のメンバーがその年齢になることを考えたら、気が遠くなり
そうだ。例え、自分が説得に成功してプロデューサー・つんくが素晴らしい楽曲を提供したとしても、
例え、マネージャーの自分が持てる力を最大限に発揮して(今まで培った人脈を駆使して営業に励むな
どして)も、彼女たちは持ち堪えて半年、あとは多くの泡沫タレントのように、この世界から退場を余
儀なくされるだろう。和田が今まで手掛けてきたタレントは悉く成功したが、今回ばかりはとても大成
する見込みがない。正直云って、引き受けたくない仕事だった。だが、敬愛する山崎が彼女たちをよろ
しく頼むという以上、和田は全力を以って新ユニットのマネージメントにあたるしかない。
「俺はやるぞー!!新ユニットで天下を取ってやる!!」
両の拳を振り上げ、和田は夜の街に叫んだ。だが、内心は不安だった。天下など取れるとは微塵も思っ
ていなかった。こうでもしないと内なる弱の虫に負けそうだった。
この日に構想された新ユニット・モーニング娘。(この時点ではまだ命名されていないが)が大成長
して、アップフロントの大黒柱になるとは、そしてこのユニットのメンバーから、芸能界を震撼させる
人物が次々と輩出されるとは、和田にも、山崎にも、そして日本中の芸能関係者誰にも想像すらできな
かった。
遅々として進みません。この小説は年末までには、いや、新メンバー加入までには、
それでも駄目なら、( `.∀´)脱退までには完結できるかしら。
先の話になりますが、この小説には6期メンバーは登場しない予定です。
別に私が新メンバー加入反対派だからではなくて、6期メンバーが存在すると、
プロットを大幅に変更する必要が出てくるからです。それにキャラがわからない時点で
小説にする蛮勇は持ち合わせておりません。あしからず。
162 :
161:02/11/20 18:59 ID:v6wGHB+I
IDが変わってしまいました。作者は私です。
大量更新━━( ●´ー`)゜皿゜)`.∀´)^◇^)´Д`)^▽^)0^ー^)‘д‘)D`)’ー’川`▽´∬o・-・)・e・)━!!
気長に待ってます
読者1
今一番気になる小説
保田
全部
167 :
第二章:02/11/26 01:06 ID:VgdrH6j4
(20)
朝が来た。
石黒彩は自然に目覚めた。
<平家さんに負けたのだから、仕方ないな>
オーディション落選のショックも和らぎ、今となってはこの現実を受け入れられる。
歌も頑張った。ダンスも頑張った。けれども、平家は全部自分以上だったのだから、認められる。過
ぎたことだ。これからは私の日常を頑張ろう。そう思い、洗濯をはじめる。
洗濯物を全自動洗濯機に押し込み、洗剤を投入し、洗濯機を作動させると、遅めの朝食を作る。六つ
切りの食パン二枚に、スクランブルエッグとシーザーサラダ。軽く焼いたベーコンも添えた。予め沸か
しておいた湯を、ティーバッグをセットしたモーニングカップに注ぎ、紅茶を作る。スティックシュガー
は一本半。これ以上多いと甘すぎるが、これ以上少ないと物足りない。
<芸能人はもっと豪華な朝ご飯を食べているのかな?>
食パンにイチゴジャムを塗りながら、石黒は、一流ホテルで出されるようなイングリッシュ=ブレッ
クファストを食べる己の姿を空想した。今朝のメニューにヨーグルトとチーズが加わり、その上シリア
ルもつく。しかも、食材は更に良いものを使っている筈だ。
電話が鳴った。空想の世界から現実に連れ戻された。
168 :
第二章:02/11/26 01:07 ID:VgdrH6j4
(21)
電話の主は意外な人物からだった。
「わたくし、『シャ乱Q女性ロックヴォーカリストオーディション』の担当ですが、彩さんはご在宅で
しょうか?」
「本人です」
「では、用件を伝えますね。何があるか、現時点では申し上げられないのですけれど、今月の20日に東
京へお越し願えないでしょうか?」
「は、はいっ」
石黒は驚きのあまり、返事をまともに出来なくなっている。
「もう一つお願いがあるのですけれど、よろしいでしょうか?」
「はっ、はい」
「東京に呼ばれたことを他の参加者には絶対に言わないでください」
169 :
第二章:02/11/26 01:11 ID:VgdrH6j4
(22)
通話中だった。
暫く経ってから掛け直そうと思い、朝食の続きをとっていると、向こうから電話が来た。
「飯田です。飯田圭織です。お元気でしたぁ?」
石黒と飯田はともに北海道・札幌市在住である。やはり北海道の室蘭市に住む安倍なつみを含めた三
人は同郷の誼もあってか、気が合い、最終選考落選後も、何かあったら連絡しよう、と約束しあうまで
になっていた。
「彩っぺにはなんか変わったこと起きたぁ?」
「起きたよ。番組の人から、東京に来いって言われた」
石黒は嘘や隠し事の出来ない性格である。しかも、例え二部の理しかなくても、先にした約束を優先
して守るタイプだ。だから、番組スタッフに上京の件を口止めされていたが、飯田たちとの約束が先な
ので、飯田にありのままを話した。
「いいなぁ、彩っぺ。よかったね。圭織には何も連絡がなくってさ……」
石黒は若干気まずさを覚えた。だが、約束をした時点で、こういう事態は考えられたのだから、やむ
を得まい。
飯田との電話が終わると、石黒は安倍なつみに電話を掛け、飯田に話したのと同じ内容を伝えた。や
はり、同じような気まずさを覚えた。
約束をしたことを少し悔やんだ。
170 :
第二章:02/11/26 01:12 ID:VgdrH6j4
(23)
ほんの数十分だけ時を遡る。
実は、石黒が飯田宅にその日はじめて電話したとき、飯田は安倍と通話中だった。
「もしもし、なっちです。圭織には変わったこと、あった?」
(『なっち』は安倍なつみの愛称である)
「なかったよぉ。なっちは?」
「全然ない。やっぱり何もないね?しょうがないね」
二人とも、番組スタッフから上京するように云われていたが、その件については、お互いが全く喋ら
ないでいた。
石黒が上京組に含まれていることだけは、のちに石黒本人からの連絡で知ることになる。
だから、安倍と飯田は、上京して番組スタッフの元へ一堂に会した時、互いに対して、そして石黒に
対してかなり気まずい思いをすることになる。それはそうだろう。ここにいない筈の自分がここにいる
のだから。
当時を振り返って、石黒は苦笑しながら話す。
「いやあ、世の中、ウソつきが多いんだなって思いましたよ」
171 :
第二章:02/11/26 01:54 ID:+u9XHycq
(24)
約束の日が来た。番組スタッフから召集された五人はスタジオに集合した。
いささか気まずい空気に包まれながらも、彼女たちは尋常ならざる不安を抱いていた。
特に、最年少の福田明日香は極度の緊張状態にあった。
これから何が起こるかはわからないが、ここにいる五人で何かをせよ、というのは間違いない。中学
一年にして、年上ばかりの集団に放り込まれた少女の心理は容易に想像できよう。だが、福田を不安に
させる原因はそれだけではない。
<私とは背負っているものが違う>
これが、自分以外の四人に対して福田が受けた印象だった。彼女たちには、自分にはない匂い〜地方
出身者が放つ故郷の匂いとでも云えばいいのか〜が感じられる。
172 :
第二章:02/11/26 01:55 ID:+u9XHycq
(25)
福田以外の四人は地方出身者だった。中澤は京都府出身で、石黒と飯田そして安倍の三人は北海道で
生まれ育った。四人とも、いざとなれば故郷を捨てる決心を固めているだろう。
四人は故郷から離れ、東京で成功しようと体一つでやってきた。家族とも、友人たちとも、場合によ
っては恋人とも、別れてきたのだ。そんな四人の情念は全身に滲み出ている。自分は四人に呑まれるか
もしれない、そう福田は思った。
自分は、平家にこそ負けたが、いまテレビ局スタジオで同席している四人には歌で負ける気がしない。
それでも、気持ちの張りという点で、自分は四人に勝てないのではないかと福田は思っている。四人は
故郷を捨てて、単身で勝負しようとしている。そこに甘えはない。
だが、東京の区部(大田区)で生まれ育った福田にとって、故郷というものを意識したことはなかっ
た。今暮らしている町が故郷であり、友人たちも同じ土地に住み、家に帰れば家族がいる。福田にして
みれば、故郷は空気のようなものだった。そこに隙が生じる。これが自分の弱みになるのではないか、
と福田は危惧しているのだ。
<故郷を背負っている女たちとたたかうのか>
こう思うと、福田明日香は気が重たくなるばかりだった。
保全
田
保
175 :
.:02/12/01 14:48 ID:h8gv6lej
田
圭