「つんくさん!!!」
「久し振りやな」
「つんくさん、どうしてここに?」
つんくは「娘。」解散後、所属事務所も辞め、全てを整理すると世間から姿を消した。
それ以来、一切音信不通だった。
髪の毛も黒くなり、眉毛も普通の太さに戻っていたが、その男はたしかにつんくだった。
見かけは変わっても、黒ぶちの眼鏡の奥の、いつも策略を巡らしている目つきは変わっていない。
「今日からレコーディングやって聞いたから、社長に無理言うて同席させてもらうことにしてもらったんや。」
(そういうことか。)
今まで疑問に思っていたことがこれで一気に解決した。
全てはこの男が、裏で糸を引いていたんだ。
ロサンゼルスに次のシングルのレコーディングと、プロモーションビデオ撮影の予定を全てキャンセルしたこと。
昨年のニューヨーク公演がきっかけで、せっかくできた海外レコーディングスタッフとの人脈。
それだけでも大きな損失だ。
狡猾で自己中心的なマネージャーの多賀が、自らハルギスタンにまで出かけて現地交渉をしたのもそうだ。
全てはこの『祈り』を聞いたときから動き出していた。
たしかにこの曲はそれだけの価値のあるいい曲だ。
だからこういう結果になったのだろう、そう思っていた。
「つんくさんが黒幕だったんですね。」
「おいおい、人聞きの悪い言い方やなぁ
俺は何にもしてへんで。
『祈り』の曲を録音して社長に送った、たったそれだけや」
そう言ってつんくはニヤリと笑った。
「それより、社長に聞いたで。ノバクのおっさんに会うてきたらしいな」
「うん」
「強烈なおっさんやったやろ。あ、いい意味でな」
ノバクの体つきに似合わない優しい笑顔を思い出し、笑みがこぼれる。
「あのおっさん、発声とか歌唱法とか技術的なもんムチャムチャやけど、ものすごいええやろ」
「うん、感動したよ」
「俺、しばらく外国を放浪しててな、その時に偶然あのおっさんに会うたんや。
初めて歌を聴いたときは感動したよ。
あんまり、いい歌やから録音して社長に送ったんや。
ぜひ、バラードの女王保田圭にも聴いてもらおう、そう思っただけや」
「どうだか……」
この歌を聴いたら、保田はきっとこう動くだろう、
つんくは自分の思った通りに事が運んでいるのが、さも嬉しそうにニヤニヤしている。
どうしてこの男はこう策士なんだろう?
しかも、この男の策略通りに動かされている自分。
「なんか、私はずっとそうやってつんくさんの掌の上で踊らされてきたって訳ね」
「そんなことあらへんよ。」
そう言いながら、目は笑っている。
「そうよ、あの時からずうーっと踊らされてきた、そんな気がするわ……」
この男が、あの時、あのオーディションで自分を選んだこと、それが全ての始まりだった。
TVを見て出した一枚の履歴書が、自分の人生をここまで連れてきてくれたのだ。
「あの時って、お前達のオーディションの時か?」
つんくはタバコに火をつけた。
「今やから言うけど、お前達3人は『芯の強そうな娘』っていうテーマで選んだんや。
「娘。」初代の5人は高いハードルをクリアしてデビューを決めた、でも俺はこの5人がそのまま小さい5角形で固まってしまうことを心配したんや。
この5角形をブチ壊して、もっと大きい新しい「娘。」の形を作ってもらおう、そう思た。
そやけど、それをやろうと思たら、新旧のメンバー間で絶対軋轢が生じる。
それに耐えられるくらいの『芯の強さ』、それを乗り越えて新しい「娘。」の形を作ってくれる『強い娘』
そう思て選んだ。
保田も矢口も市井も思った以上の働きをしてくれたよ。
「娘。」は更に大きく、更に強くなってくれた。
でも俺の思い通りにやらせてもうたんは、思えばお前達2期加入だけやったな。」
「え?」
「その次の後藤のときはな、1999年9月9日に9人のメンバーでスタートするってのが事務所的に決まってた。
やけど、後藤見たらな、もう一人選ぶ気がせんかった。
結局加入は1人、1999年9月9日に8人のメンバーでスタートすることになってしもた。
あん時はもめたよ。
それがきっかけでな、新メンバー加入は何名ってうるさく言われるようになった。
4期の時も2人って決められてた。10人超えたらグループとして存続が難しくなるってさんざん言われた。
でも、直前で2人増やして4人加入にした。
俺的には加入したメンバーは全部成功や思てるけど、事務所的には面白くなかった。
結果オーライで何とか乗り切ってきたけど、摩擦は回を追うごとに大きくなってた。
5期の時も、”11人超えたら絶対ダメです、加入は2名にして下さい!”って話を無理やり3名加入にするってゴリ押しして、直前で紺野を追加で4名に増やしたった。
無茶をやれたのもそこまでやったなぁ」
「どうして6期みたいなメンバーを選んだの?」
さすがのつんくも6期の話題には顔が曇る。
「言い訳する気はないんやけどな、6期の選考には俺は全然タッチしてないんや。
5期加入であんなムチャしたからな、6期は表向きは選考責任者やったけど実際は単なるプレゼンテイターやった。
俺には全然選ばしてくれへんかったんや。
まあ、最初っからあの3人が選ばれることが決まってたんやけどな。
確かに6期3人の能力はビックリするほど高かった。
それなら「娘。」にせんと、ソロで出したらええやんって俺は反対したけどな。
事務所的にはベストの人選やと思とったみたいや。
でもあんな結果になるとは誰も思わんかったよ。
でも結果はどうあれ、「娘。」の総合プロデューサーである以上”6期は関係ありません”言う訳にいかんしな。
解散後もなんとかみんなタレントになってくれたらよかったのに、まさか後藤まであんな目にあわされるなんて……」
そこまで言ってつんくは言葉を濁した。
「メンバーはみんなどうしてる?」
「元気に……してるよ……」
「まだ、みんな事件のことを引きずってるんやろ?」
図星だった。
「保田……また俺の掌で踊ってくれるか?」
「え?」
「この歌でみんなの魂を動かしてやってくれ。
お前やったら……できる。
「娘。」の生みの親としての最後のお願いや。」
つんくはつんくなりにバラバラになった「娘。」達を心配してくれてたんだ。
そう思うと涙が出た。
「じゃあ、スタンバイお願いします!」
ディレクターの呼ぶ声で、レコーディングスタジオに入る。
マイクの前に立ち、背筋を伸ばして息を吸う。
目を閉じる。
初めてのレコーディングの時は、あのスタジオの廊下の隅で裕ちゃんに怒られたっけ。
オリコンで初登場1位を取った時、明日香と抱き合って泣いた。
彩っぺとカオリンと真里っぺの3人が「タンポポ」でデビューが決まったのが羨ましかったな。
紗耶香はプッチモニデビューで張り切りすぎて、直前に熱を出して倒れたっけ。
後藤は楽屋でよく居眠りしてた。
コンサート終わって、眠たいのに遅くまでホテルでよっすぃーと石川とおしゃべりしたな。
楽屋でふざける辻加護を追い掛け回したりした。
高橋はなまりがなかなか抜けなくって、標準語の練習したよな。
小川はコンサート前はいつもガチガチになってた。
ダンスがどうしてもできなくて泣いてた紺野と遅くまで練習したっけ。
楽屋を出るときはいつも最後に新垣の頭をなでてやった。
嬉しい時、悲しい時、辛い時、楽しい時、いつも一緒にいた仲間。
伝えようこの想いを……
「保田さん、いいです、すごくいいですよ!!」
社長は絶賛した。ディレクターも満足気に頷いている。
手ごたえのあるレコーディングができた。
たとえこの曲が売れなくてもいい、この想いが、この祈りがみんなの元に届けばいい。
みんなの魂が少しでも動くのなら、それでいいのだ。
「やったな、保田」
つんくはそうつぶやいて、一人スタジオを後にした。
振り返ると、ビルの間から覗く空は青く澄んでいる。
まぶしい日差しの向こうに、ジェット機雲がひとすじ伸びていた。
つんくは眼鏡をサングラスに替えた。
そして、誰にも聞こえないような小さな声で言った。
「俺もな、この歌に魂を動かされた一人なんや。」
++++++++++ ++++++++++ ++++++++++ ++++++++++ ++++++++++
数日後・北海道・室蘭市
「なつみ、保田さんから手紙がきてるよ。」
安倍なつみ……現在は結婚して曽根崎なつみとなり、夫の幸仁とふたりで室蘭市郊外で『お食事処なっち』を経営していた。
「え? 圭ちゃんから?」
メールやヴィデオレターが発達した最近では手紙が来ることは珍しい。
幸仁から手渡されたのは、手紙というより封筒大の小包だった。
「へー、なんだろう?」
中を開けて読んでみる。
「へー、圭ちゃん新曲が出るんだ。」
そして同封してある、金貨を手に取る。
再会の願いの叶うハルギスタンの金貨。
「また、会えるといいね、圭ちゃん……」
「保田さん何だって?」
「うん、新曲が出るんだって、TVに出るから見てねって……」
「いつ?」
「来月の……あ、なつきのお誕生日の日だ」
「おっ、もう来月か
なつきは何か欲しがってるものあるのか?」
「うん、欲しがってるっていうか、ディズニーランドに行きたいって」
「そう言えば言ってたなぁ」
「ほら、お友達のまーちゃんがお正月に行ってきたって、お土産もらったじゃない。それからずうっと行きたい行きたいって」
「そうか……よし、思い切って店休むか?」
「え、本当?」
「たまにはいいんじゃないか、泊まりは千葉の姉さんところに頼めばいいし」
「なつき、喜ぶよぉ」
「ついでに保田さんか誰かに会いに行ったら?」
「いいの?」
「ああ、東京に行く機会なんてめったにないだろ?」
「ありがとう」
嬉しくて思わず手にした金貨をぎゅっと握る。
チャリン
遠くでコインの落ちるような音がした。
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更に数日後・フランス・パリ郊外
「先生、日本から手紙がきてます。」
「あ、そこに置いといて。」
飯田圭織はデザインワークモニターの未処理のメモリーデーター数を見て、頭をかきむしった。
アシスタントは彼女の気をそらさないように、デザインデスクの端に手紙をそっと置いた。
飯田は一心に、モニターに映し出される、新作プレタポルテのデザインに次々チェックを入れていった。
しかし、メモリー数は一向に減らない。
イライラを抑えるように、コーヒーを一口すする。
飯田は「娘。」解散後、デザインの勉強をするために単身パリに渡った。
「娘。」時代から絵画やイラストなどをちょこちょこ描いていた。
本格的な勉強をしようと、フランス語を学びながら、デザイン学校に通った。
「先生、社長からお電話ですが……」
アシスタントが申し訳なさそうに言う。
「え、今忙しいのに……いいわ、つないで頂戴」
「やあ、カオリ。仕事ははかどってるかな?」
「アラン、悪いけど今メモリー数と格闘中なの。つまらない用事なら後にしてくれる?」
アラン・クレモンティーヌ、飯田がデザイン学校で知り合った男だ。
「俺は今に世界的なデザイナーになるんだ!」
それが彼の口癖だったが、その野心の強さに反してデザイン力は今ひとつだった。
「ここをちょっとこうすれば良くなるんじゃないの?」
気さくで、いつも熱く夢を語るアランに惹かれる内に、何度か彼のデザインにアドバイスするようになった。
襟の形、全体的なライン、ボタンの位置、ちょっとしたポイントで彼のデザインは大きく変わった。
元々飯田にはアランのような出世欲はなかった。
デザイン学校に通うようになったのも、絵の勉強役立つかもしれないと思ったからだ。
アランは学校を卒業後、小さい既製服メーカーのデザイナーに就職した。
しかし、彼はそこでデザイナーとしての実力を発揮することはなかった。
彼の野心はは経営者としてその才能を花開かす。
彼はほどなく、パリ郊外に小さな店を開いた。
「カオリ、僕の仕事を手伝ってくれないかな?」
飯田は突然アランの誘いを受けた。
アランは自分のデザイナーとしての才能の限界に早くも気付いていた。
店を開いたものの、ありきたりなデザインが客に受け入れらるとは思わなかった。
アランの経営手腕に反して、店の売上の伸び悩みは深刻だった。
もっと良いデザインにするためにはどうしたらいいか?
彼の頭に真っ先に浮かんだのは飯田だった。
飯田はアランのアドバイザーとして、彼のデザインした服を見事に変身させた。
彼女がアドバイスするようになってから、店の評判は日に日に良くなっていった。
小さいながら店は繁盛した。
勢いに乗った野心家のアランは”クレモンティーヌ”ブランドで事業を一気に拡大する。
店を始めてからわずか数年で”クレモンティーヌ”はプレタポルテの中堅メーカーとしての地位を確立したのだった。
そして、”クレモンティーヌ”コレクション新作発表会の開催。
こういった大々的な新作発表会は、ブランドの地位と名誉がかかる大事な晴れ舞台だ。
ここでのマスコミや評論家の評価次第で、売上やイメージに大きな影響が出る。
アランはそのメインのモデルに飯田を使った。
元々素晴らしいプロポーションの持ち主だったが、その姿は年齢とともに更に洗練されていた。
鋭角的なシルエットは、同性でも見とれるほどに美しかった。
年齢的には遅咲きのモデルだったが、彼女はその後も有名なデザイナーたちに愛され、活躍するようになっていた。
元、日本のトップアイドルがフランスでトップモデルとして活躍。
話題性はフランス国内に留まらず、日本でも大々的に報じられた。
現在はモデルをしながら、”クレモンティーヌ”チーフアドバイザーとしてデザインのチェックに追われる日々を過ごしている。
「そう怒るなよ、カオリ。今、例の件でスポンサーとの会議の真っ最中なんだよ。
カオリさえOKしてくれたら、すぐにでも……」
「今それどころじゃないって言ってるでしょ?
このメモリーの山を片付けるか、消えて無くなるかすれば、その話に付き合ってもいいわよ。
それまで、私の集中力を切らすような真似はやめて頂戴!!」
飯田は強い口調でアランの言葉遮ると、叩きつけるように電話を切った。
「ああ、もう何やってたか忘れちゃったじゃないの!!」
長い髪をかきむしる。
ふと、さっきアシスタントが置いていった手紙が目に入った。
手紙と言うより封筒大の小包。
(誰だろう?)
手にとると、差出人は保田圭からだった。
「圭ちゃん!!」
中を開けて読んでみる。
懐かしい手書きの文字。ひらがなが読みにくいのは相変わらずだ。
「へー、圭ちゃん新曲が出るんだ。」
そして同封してある、金貨を手に取る。
「そうか、長いことみんなに会ってないな……」
ワークデスクの端に置かれた写真立てに目をやる。
「娘。」解散のコンサートの後みんなで写した写真。
そこには既に卒業していた保田の姿は写っていなかったが、保田はずっと自分の側にいてくれた仲間であることには違いなかった。
あの時、保田が卒業を決めたときからなんとなく二人の関係はぎくしゃくしていた。
彼女は「娘。」のリーダーであったが、実際は保田のサポートに頼る部分は大きかった。
そんな保田が「娘。」を去る。
飯田にとってそれは自分の体の一部を失うに等しいほどの衝撃だった。
そんな感情をストレートにぶつけてしまった。
後悔した。
つい、感情的になる自分の性格を、こんなに恨めしく思ったことはなかった。
「これからは圭ちゃんに頼らずに「娘。」を引っ張っていこう。」
飯田はその時強く決心した。
そして、6期の事件が発覚。
「娘。」リーダーとしての責任。決心は強い意志となって、記者会見に臨んだのだった。
手紙には金貨のほかにメモリーユニットが同封されていた。
新曲のプロモーションビデオ。
「この新曲は”ミュージック・キューブ”で発表することになっています。
「娘。」のときにも出演したことのある、あの番組です。
でもフランスでは”ミュージック・キューブ”見れないと思うので、できたての私のPVを送ります。
まだどこのマスコミにも流れてない、激レアものだぞ!!」
(何言ってんのよ……)
笑いながら、メモリーをPCに差し込む。
デザインワークモニターの画面が変わった。
どこかの草原。
白いピアノが一台。
風が流れ、草がそよぐ。
ピアノのみの伴奏が流れる。
民族的な不思議なメロディ。
掌に一枚の金貨、彼女に贈られてきた金貨と同じものだ。
ぎゅっと握り締める。
ピアノの前に保田が立っている。
優しい歌声。
何故だろう、
体が震える。
何故だろう、
涙があふれる。
魂がしめつけられる思い。
彼女もいつの間にか、画面の向こうの保田と同様に金貨を強く握り締めていた。
フランスに来て7年。
それまで日本に帰りたいなんて、思ったことなかった。
「みんな……」
写真立ての「娘。」の写真が涙でにじんで見えなくなっていた。
すぐに飯田はアランに電話をした。
「アラン……」
涙声を悟られないよう、彼女は静かに言った。
「カオリ、さっきはゴメン。忙しいのに手を止めちゃったみたいだね」
「そのことはもういいの、あのねアラン、例の話、進めてくれる?」
「え、どうしたんだい急に?」
「支店を作る話、進めて頂戴って言ってるの。
その代わり、条件があるの。
今の仕事一週間以内に片付けるから、終わったらすぐに出発したいの」
「そりゃあかまわないけど、何の心境の変化だい?
あんなに日本へ行くの嫌がってたのに……」
受話器を持つもう片方の手は、金貨をぎゅっと握りしめたままだった。
チャリン
遠くでコインの落ちるような音がした。