紺野あさ美のシンデレラ小説スレ

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738『雲』
<いろんな人と出会えて、しかも自然と触れあえる。どう、あさ美。あなたもこっち来ない?そっちでのことはしばらく忘れてさあ>
そう言えば、この夏間じゅうずっと山の上にいたはずの愛ちゃんが、どうしてこっちの事情を知ってるんだろう? そう思って問い詰めてみたところ、案の定だった。まこっちゃんから電話が行ったのだ。なんでもまこっちゃんは、愛ちゃんに頼んだそうだ。
<私が言わなきゃいけないんだろうけど……愛ちゃんから謝っといてくれないかな>
739『雲』:02/12/31 14:11 ID:JwIQpaX5
ほんの半年前まで、小川麻琴は私や愛ちゃんと同じグループの仲間だった。ひょんなことから、私は笠松祐介と言うグループ内でも人気のある彼と、つき合うことになった。つき合いはじめてから、結局私たちが恋人同士だったのは一年足らず。

──恋人同士。

少なくとも私のほうはそうだと思っていた。休みのたびに待ち合わせて映画を観たり、学校帰りに互いの買い物につき合ったりして、腕を組んで街を歩き、夜の公園でキスしをし、明日また逢えるというのに長電話する……
740『雲』:02/12/31 14:21 ID:xa8rXyOH
そういう関係を<恋人>と呼んでいいならばの話だが。

でも、その関係ももう終わった。考えられる限り最悪のかたちで終わってしまった。

祐介君は、別の女性を好きになり、私には「友達と旅行にいってくる」と嘘をついてその女性と出かけた。
その嘘を、彼がどんな気持ちで口にしたのかはわからない。わかりたくもない。いずれにしても私は、ひとかけらの疑いもなく祐介君の言葉を信じていた。二人の乗ったバスがスリップ事故を起こしさえしなかったら、今でもまだ信じ続けていただろう。
741『雲』:02/12/31 14:29 ID:DU5UC9V0
幸い、事故自体はそれほどの大事には至らなかった。
単独事故だったし、死人も出なかった。
祐介君のほうは顎の骨折とむち打ちで入院、まこっちゃんは右腕の骨にひびが入ったものの他はかすり傷で済んだ。

<気持ちはわかる……なんて簡単に言われたらよけい腹が立つだろうけど>愛ちゃんの声も、さすがに沈んでいた。
<でもね、あさ美。あなた達三人の中で一番つらいのは、もしかしたら、間にはさまれた麻琴かもしれないよ>
私は黙っていた。
742『雲』:02/12/31 14:37 ID:5bs3zNog
<麻琴だってあさ美のこと、裏切ろうと思って裏切ったわけじゃないずじゃない。祐介君だってそうだと思うよ。
あなた達昔から仲良かったんだし、親友の恋人なんか盗りたいと思って盗るわけないよ。
もう、どうしようもないとこまで来てたんだろうと思う。だからさ、しょうがないよ。人を好きになるってそういうもんだし……>

そういうものだ、ということくらいは私にだってわかってた。それでも、どうしても納得できない。

あんなに私を好きだって言ったのに。

あのときの言葉も、みんな嘘だったのかな。
743『雲』:02/12/31 14:46 ID:xa8rXyOH

いつから二人で私をわらってたんだろ。

そんな卑屈な考えばかりが頭の中でぐるぐる回ってしまうのを、自分でも止められないのだ。
祐介君が旅行だと言った週末、まこっちゃんはまこっちゃんで私に、急におばあちゃん家に行ってくると嘘をついて出かけていた。
そんないくつもの後ろめたい嘘を、まこっちゃんと祐介君が二人で相談して用意しているところを想像すると気が狂いそうになった。
嫉妬と怒りで体がねじ切れるかと思った。
744『雲』:02/12/31 14:54 ID:lugw3cin
<そっちも少しは涼しくなってきたんじゃない>と愛ちゃんが言う。

私は、携帯を耳にあてたまま網戸のそばへ這っていった。夜風が入ってくる。
灯籠の足もとあたりで鳴くコオロギの声に混じって、軒下の風鈴が針の落ちるような音をたてた。
「うん、少し」と私は言った「そっちはどう?」
<朝夕はセーターが欲しいくらいよ。山の空気は澄んでるし湿気も少ないから、昼間の熱を貯めないんだ。だから夜にるとぐっと冷え込むって言ってた>

かなり長い沈黙が続いた後、再び口を開いたのはやなり愛ちゃんだった。
745『雲』:02/12/31 15:05 ID:JwIQpaX5
ふだんとは別人のように低い声で、愛ちゃんは言った。
<あさ美、麻琴が退院してきたらどうする気?>
「どうって……」
<いくらあさ美が鈍感でも、いま顔合わせるのは気まずいでしょ>

<ねえ。あさ美、冗談抜きでこっち来ない?>
「こっちって……どっち」
愛ちゃんが、深々とため息をついた。<分かってるでしょ>
「だって、もうすぐ学校始まるよ?」
<わかってるよ、そんなこと。けど、そんな状態で学校行ったってどうせ何にも頭にはいらないだろうし。
麻琴が退院してきたらどうすんの?>
746名無し募集中。。。:02/12/31 15:42 ID:lPZROhUl
『シンデレラに憧れて』
あまり、物語を深く読む事は苦手なんですけれども、
小川のエピソードで泣きました
それと少年の心境が自分と似通っていて
色々と考えさせられました
あと、チャコフィルの曲がイイカンジだとか思ってみたり
いち読者より
一応sageときます
747『雲』:02/12/31 15:47 ID:oZbQ+izD
<しばらく休んで、落ち着くまでこっちでバイトしてればいいじゃん。ちょうど来週末に私が抜けるから、かわりの人募集してたんだよ。>

私が黙っているのをためらっていると受け取ったのか、
<ね、あさ美来なよ>愛ちゃんは熱心に言った。<学校なんかちょっとくらいやすんだって大丈夫だって。あさ美なら進級だってちゃんと出来るよ>

しばらく考えて、その思いつきみたいな愛ちゃんの提案を受け入れてしまった。

とにかくココから離れたい。祐介君とまこっちゃんの気配を感じないで済むとこならどこでもいい。
748『雲』:02/12/31 15:59 ID:xa8rXyOH
そういう状態にあった私は、愛ちゃんの誘いがただ一筋の光明のように思えた。暗闇の中で光<非常口>の案内版みたいに。


「……ちゃん」

シャツのそでを引っぱられて我に返った。自分がどこにいるのか思い出すのに、ちょっと時間がかかった。
見れば、椅子の横に立ってしげしげと私を見つめているのは三歳くらいの男の子だった。
小さな左手で私のシャツをつかみ、溶けかけのソフトクリームをしっかり握っている。
「かーちゃん」と、男の子はくり返した。
749『雲』:02/12/31 16:07 ID:lugw3cin

自慢じゃないけど、三つにもなる子どもに母と呼ばれる覚えはまったくない。迷子かな? とあたりを見回したその隙に、何を思ったか、敵はひざによじのぼってきた。
「あ、ちょ、ちょっと待って」押し止めようとしたものの、どこをどう触っていいものやら見当がつかない。「ねえ、違うって、どこあなたのお母さん」

聞いていない。ひざの上で向きをかえようとした拍子に、彼がにぎっていたソフトクリームがべっちゃりと私のシャツについた。
若い母親らしき人が駆け寄ってきたのはその時だっあ「何やってんの、健太……!」
750『雲』:02/12/31 16:17 ID:hz1hiv4H

白いTシャツに色あせたジーンズ、無造作にはねたロングヘアー。年の頃は21、2といったところだろうか。すっきりとあか抜けた目鼻立ちと背の高さのせいで、周囲からえらく目立っている。
テイクアウト用の紙袋をテーブルに放り出し、母親は私のひざからこどもを抱き上げようとした。
「うわあぁぁぁぁん、かーちゃん!」
「母ちゃんじゃないでしょうが、この人は」
「かぁぁぁぁちゃぁぁぁん!」

しがみつこうとする男の子の手の中でソフトクリームのコーンが握りつぶされ、ドロリとした白い液体が私の、スカートーに落ちた。
751『雲』:02/12/31 16:25 ID:DU5UC9V0
(あ、あ、あああ)
「あ、ばか、何てことを」とうとう本格的に泣き出してしまった子どもを肩の上にゆすりあげた母親が、「すみません。この子ったら、ちょっと目を離した隙に……」

言いながら初めて私を正面から見おろしたとたん、目を見ひらいた。

一瞬の間に、彼女の表情は複雑きわまりない変化を一巡した。驚き。喜び。懐かしさ。あきらめ。哀しみ。非難。自制……。そんなふうなもねがめまぐるしくその目の中を出入りするのがわかった。
最後には値踏みするような目つきに落ち着いて、ひとの顔をまじまじ見ている。
752『雲』:02/12/31 17:40 ID:DU5UC9V0
「あの……何か?」
「ああ、ごめんなさい」彼女は、少し照れくさそうに笑った。「ほんとに似てたものだから」
誰に、とは聞かなくても想像がつく。……あれ? ってことは、この人は母親じゃ、ない……。
「待ってて。いま何か拭くもの借りて来るから」

いいと言うより先に、彼女はカウンターのほうへ行ってしまった。ぐずっている男の子を砂袋か何かのように肩をかついだまま。

とりあえず、手近にあった紙ナプキンで、シャツとスカートについたソフトクリームを拭った。甘ったるいバニラの匂いにつられて奥歯が痛くなる。
753『雲』:02/12/31 17:46 ID:oZbQ+izD
テーブルの上に残された紙袋からはフライドポテトの匂い。庶民のささやかな幸福を象徴するような二つの匂いが、柔らかな窓越しの日差しのなかで入り混じる。

ふいに、鼻の奥がつぅんと痛んだ。このところ、ちょっと油断するとすぐこれだ。
自分では何とかコントロールしているつもりなのに、ほんのささいなきっかけから感情のエアポケットのようなところにはまりこむと、自制心をガクガク揺さぶられ、上も下もわからなくなってしまう。
そのたびに私は、必死でどこかつかまりところを探した。
754『雲』:02/12/31 17:56 ID:DU5UC9V0
でも、つかまれるものなんか何もなかった。
まるで巨大な貯水槽の底に落っこちたみたいな感じだった。
はい上がろうとしても手に触れるものはつるつる滑るばかりで、爪の先すら引っかからない。夜は夜で、いやな夢ばかり見た。叫んでも叫んでも助けが来ない。
水の底から何か邪悪な意志を持った触手が伸びてきて、私の足にからみつき、ゆっくりとなぶるように引きずりこまれ、息が続かなくなり、鼻と口の両方から吸い込んだ水が肺にあふれ、やがて私はすべてをあきらめる……。
755『雲』:02/12/31 18:04 ID:WDCkqqNO
夢を見るからにはいくらかは眠っているのだろうが、眠ったという実感はまったくなかった。
きっと、まこっちゃんと祐介君を憎めば少しは楽になれるのだろうが。
でも、もともと私は誰かを憎んだりするのがあまり得意ではないのだ。
努力なんかしなくてもそういった感情を持続できる人間がうらやましいほどだった。
それでもやはり、恨めしい気持ちはあった。あの二人を赦せる日が来るとはとても思えない。
以前のように仲間みんなで笑いながら遊んだりする日がもう一度来るなんて想像もできない。絶対に無理だ。