老人は、帰ろうとしない紺野、高橋、小川に問い掛けた。
「少年が目覚めるまで、帰らぬ気か?」
「はい。」
小川は間髪いれず、力強く頷く。
紺野はそんな状況を見ながら、少年を目覚めさせる方法を考えていた。
(まこっちゃんの時もわからなかったけど、どうやったらああいう人は目覚めるの?
私も精一杯の言葉をかけてみたけど…。)
「でもまこっちゃん、もしあの人起きなかったら…」
「そんな事はないぞい。」
老人は、最悪のケースを言おうとした紺野に、笑って言った。
「シンデレラがきちんと、ワシにきっかけを作ってくれたからのう。」
そう言うと老人は、紺野にウインクをする。
小川と高橋は、紺野の顔を見て、口をそろえて言う。
「そうそう、かっこよかったよ!あさみちゃん。」
「ホント!やるときはやるねー。」
紺野は顔を赤らめ、照れて下をむいた。
「え…だってまこっちゃんもあの人も…。」
言いたい事がまとまらずに、下をむいた。
「さて、そこでお嬢さん方、お願いがある。」
老人は悪夢を見せた時のような、険しい表情を見せる。
「これから何が起きても、何も聞かず、黙っていてもらえるかの?」
紺野は老人の目に、今までとは違う怒りの感情を見た気がした。
三人は老人の迫力に圧倒され、黙って頷く。
「良い子じゃ。……おい、とっとと起きんかこのくそボーズ。」
三人は老人の低く攻撃的な声に、恐怖すら感じた。
しかし少年には全く動じる様子は無い。
自分を失いかけているせいもあるとは思うが、あの少年は凄いと紺野は感じていた。
動じるどころか、攻撃的な視線で老人を見つめている。
ここからでは老人の表情は見えないのだが、やはり老人も睨んでいるはず。
あんなに強い人が、なぜ自分を失いかけているのか紺野には不思議だった。
色々な事を考えていると、今度は少年が口を開いた。
そして老人と少年の口論が始まる。
「なぁ……どうしたら自分なんて愛せるんだ?」
「そのぐらい、自分で考えたらどうなんじゃ?甘えるのもいい加減にしたほうが良いぞい。
それにしても、やはり好きな女の子には心のトラップは無しかのぅ(笑)」
老人は三人の方をむいて笑ったが、少年は老人の行動を無視した。
表情を変えず、強い口調で続ける。
「自分に好きなところなんてひとつもない。
どうやったって好きになんてなれない。
自慢できる事っつったらそれぐらいだし…。」
「ふ…それは自分が何も努力をしてこなかったからじゃろう?」
少年の目は相変わらず輝きを持たないが、紺野には怒りの炎がともったように見えた。
激しい怒りの感情をあらわにしたまま、老人をさらに睨み付ける。
「小さい頃、自分で何を頑張っておいたら良いなんて、わかんないじゃないか。」
「と言うか、別に何かに優秀じゃなくても、自分を愛せると思うがのぅ。」
少年は老人のその言葉に何かを感じたのか、一度うつむいて、また顔を上げる。
「無能なまま人波に飲まれて、何もできずに死ねって事か…?」
「ふむ、まあそういう人生もありじゃのう。」
紺野は老人のそのセリフに驚いた。
落ち込んでいる人間に、そんな言葉をかけて良いのかと。
しかし黙っている約束をしたし、明らかに自分が話せるような状況じゃない。
「なんだよ…くそう!それじゃあ死んだほうがマシなんだよ!」
老人はここぞとばかりに少年に近づき、声を張り上げた。
「…そう、その考え方が…お前がここに来た理由なんだよ。
まあもともと死相が出てたけどな!
俺はそんなおまえをここへ一度呼び出してやった。
危険がせまってるって忠告してやったろ?
お前は心を取り戻したらすぐ帰れるんだよ!
帰りたいと思えばすぐ帰れるんだぞ!
お前の体は、まだギリギリ生きてんだよ!くそったれ!」
紺野は自分の目を疑った。
なんと、今さっきまで老人だった人が、急に若返ったのだ。
年齢は…そう少年と同じくらい。
自分と変わらないくらいだ。
さすがに少年も驚いたらしく、目を少し大きく開いている。
老人は姿だけでなく、声も少し若返っている。
「なぁ…お前みたいなやつに限って、
本気で自分を好きになるように努力なんてした事ないだろ?ああ?
言ってる事は間違ってねーし、それだけタチ悪いんだよ。」
少年は老人の変わりように驚いているのか、黙ってまま口を開こうとしない。
少年が反論する気配が無いのを確認すると、老人だった少年は再び話しかける。
「あんまり驚いてんじゃねーよ。
ここではな、強く思った事が現実になるんだ。
まあ、俺の本来の姿はこっちなんだけどな。」
(もう、何がなんだかわからない…ここに来た時からそうだけど…。
そういえばおじいさんは、矢口さんが誰って聞いた時、名乗らなかった。
神様か何かだと思ってたけど、違うのかな…。)
おじいさんだった少年は、もう神々しいオーラはまとっていなかった。
その代わり、とても悲しそうな目をしていた。
「なぁ…人が死ぬときっていつだと思う?」
おじいさんは…いえ、おじいさんだと思っていた人はそう言うと、
自分を失いかけている人だけでなく、ずっと黙って立っていた私たちも見たんです。
誰も喋ろうとしません。
私は色々考えているうちに、ある事をひらめいてしまいました。
「あ!…。」
私は思わず、声を出してしまいました。
まこっちゃんも、愛ちゃんも私の顔を見ています。
それだけでなく、自分を失いかけたあの人まで見てる…。
「シンデレラ様、何かご意見が?」
おじいさんだった人は、優しい目をしてそう言いました。
「いえ…なんでもないです。」
「そんな謙遜なさらずに、どうぞ思った事を言って下さい。」
「あの、本当になんでもないんです。」
私は必死に嘘をつきましたが、
おじいさんだった人はそれを見透かしているみたいでした。
私が喋るつもりがない事もきっと見透かしていたんでしょう。
「それで、おまえはどう思う?」
おじいさんだった人は、自分を失いかけたあの人に向き直りました。
「…そりゃあ、人が死ぬときって…死ぬときだろ…。」
自分を失いかけた人も、きちんとした答えはだせないみたいでした。
そんな自分を失いかけた人に、そして私達に、おじいさんだった人は言いました。
「それじゃあ、植物人間って生きてると思うか?」
…やっぱり。そういう事だったんだ。
一番この世界で苦しんでいたのは、この人だったんだ。
悲しみが姿を現す。
…植物人間?
あんたがそうだって事か?…そんな事言われても…なんだって言うんだよ…。
「帰りたいと思えば、いつでも自分の体に帰れる。
でもな、帰っても何もできない。
なぁ、頑張ってどうにもできないみたいなんだ。
…俺はどうしたら良い?」
かけられる言葉なんて無い。
「もう、何年も経ったんだ。
俺も何歳になったのか…60歳くらいかな。」
「おまえくらいの時だったよ。
事故に逢ってな。
両親は、そこで死んだ…。
俺にはさ、親戚とかいなくて…何年も病院に一人でいるんだ。」
「何回か死のうと思った…。
けど…俺は忘れられない!俺の名前を!忘れられるわけない…。」
「…実はさ、俺もおまえみたいに、‘死んでも良い’とか思ってた時に事故にあった。
でもさ、少し時間がたってから沸いてくるのは後悔、後悔、後悔なんだよ!
わかるか!?そんなの一時的な感情なんだよ!」
「…生きろ。」
気がついたら、私は涙を流していました。
まこっちゃんも、愛ちゃんも…。
私たちは、自分が軽やかに階段を登っているときは、気付かないんです。
自分がとても輝いている事を。
そして自分がつまずいて転んだとき思うんです。
ひたすら階段を登っている人が、輝いていると。
「まず生きてみろ。苦しめ。苦しんで苦しんで苦しめ。
それで、本当に死ぬときに死ね。お前はまだ死んじゃいない。
…おまえは誰だ?」
俺は…そうだ……………………俺の名前は…………
夢は、いつか覚める。
少年のまわりに、空気が流れていく。
少年は目を閉じたまま、空を見上げたかと思うと、深呼吸をした。
息をはくのと同時に、ゆっくりと輝いた目を開いた。
シンデレラを見た目は力強く、希望に満ちているように見えた。
「で、じいさんはこれからどうするんだ?」
少年の問いに、老人だった少年は強い口調で言う。
「俺の勝手だ。とっとと帰れ。」
ぶっきらぼうな答えに、少年は穏やかに笑った。
そしてシンデレラたちを見て、また笑って言う。
「ああ、モーニング娘。の皆様はどうするんですか?」
急に声をかけられたので、三人は顔を見合わせる。
先ほどまであんなふうだった少年に、なんて言葉をかければ良いかなどわからなかった。
「それじゃあ、お先…。」
少年はそう言うと、静かに光って、消えていった…。
少年は、目を覚ました。
体中が痛い。
とても長い夢を見ていた気がする。
横を向いてみる。
やはり、ここは病院らしい。
母親が置いていったのだろうか、ラジオがおいてある。
僕の奥の方 熱は量を増して 途切れず加速して 光を目指して
輝いているあの人にも見えない涙がある
走りつづける僕の胸に熱い命がある
駄目な自分を愛せはしない 強く生まれ変われ
やると決めたら背伸びはしない 体ひとつでぶちあたれ
少年と同じ病院で、何年も入院していた脳死の患者が、今日この日に亡くなった。
まだまだ階段は終わらない。
彼女は、自分がシンデレラだと気付いてないのだろう。
ガラスの靴をはいても、きっと満足しない。
大人の階段上るシンデレラ。
これからつまずき、時には転落してしまうかもしれない。
それでも、あなたはシンデレラだと思う。
その後少年がどうなったのか、誰も知らない。