紺野はまだ早い時間に起きてしまった。悪夢を見たわけでも無く、今日のコンサートで
緊張してるわけでも無い。
昨日の夜、ホテルで保田と矢口の会話を聞いていなければ、こんな時間に起きる事はなかったのだろう。昨日の夜更けだった…
「ねえ圭ちゃん、最近は誰も夢を見てないのかなぁ?」
「みたいだねぇー。誰もあの話をぶりかえさないしね。」
「でも圭ちゃんにむかって言った、おじいちゃんの言葉が正しいなら…。」
「うん、そろそろ起きてもおかしくないかも…。」
「…明日大丈夫かな?」
「矢口も感じる?なんか…うまく言えないけど…。」
「…うん、気のせいだと良いけど…。」
「…何もないと良いね。」
そろそろ?どういう意味?待って矢口さん、保田さん!
心の中ではこう叫んでいるのだが、声に出なかった。
急いで自販機に駆け寄った時には,二人はすでにその場にいなかった。
同じ夢を、今さっき見ていた。カーテンの間から漏れる朝日が、紺野を照らしている。
「胸騒ぎがする…。」
隣では新垣が寝息をたてている。今の独り言は聞かれてないようだ。
鳥のさえずりが聞こえる。
起きる時間にはまだ早いので、もう一度寝る事にした。
人通りが、ゆっくりと多くなって行く。
何をしていた訳でも無い。流れていく町と時間を、ゆっくりと見ていた。
気づいた時には、自転車を路上放置して、ふらふら歩いていた。
人は感じようとしなければ、感じられないのだと思う。
気づかなければ、一生気づかない事もあるんだろう。
何があったわけでもない。
ただ、自転車のスピードだと気づかない事がある気がして…。
ゆっくり歩くからこそ、見えるものがあると思う。
俺の中で、何かが変わっていく気がする。
何かを感じている。…何も無いのだけど。
ふと顔をあげるて見ると、信号が赤から青に変わった。車が動きだして行く。
ガードレールにもたれていた体をゆっくり起こす。
回り出す歯車。夏の終わりに見る夢。
悪夢であるが、喜びと未来を生む。
青になる歩行者信号。
いつものように渡る少年。
ふらふらと歩く赤ん坊。
きちんと手をつないでやらない母親。
それなりのスピードで走るトラック。
その後ろには、有名な少女たち。
悲しみがそのすべてを引っ張っていく。
少年が運命の渦巻きを作っていく…。
あーあの子まだちゃんと歩けて無いぞ。
お母さん、あんまり厳しい教育は良く無いと思うよ。
ほら、もっとしっかり手を握ってあげないと。
…やっぱり金髪のママって微妙だな。
あー転んじゃった!
あ、人形がひかれる!
おいおいシカトか?そこのおっさん!
おいママ!先行くなよおい…
いけない!そっちいったら駄目だ!危ない!
人間とは、信じられない力を秘めていたりする。
少年の精神は一気に収縮して、そして膨張し、…爆発した。
少なくとも、少年にはそんな気がした。
少年は、すぐ行動に移っていた。5m程の距離をダイブして、一瞬の
うちに右手で赤ん坊を抱いた。しゃがんだまま、後ろを振り返る。
相手はトラックだった。
無駄だとわかっていたが、少年は横断歩道へ飛んだ。
…ぶつかる!
無我夢中で受け身をとったが、無駄だった。
少年は左肩から、トラックと衝突した。
キイイイイイイイイイー!バン!
少年はまだ、一瞬の世界にいた。
右手の赤ん坊を、空中で横断歩道の通行人に投げつけた。
時間が止まったみたいだ。
少年の顔は笑っていなかったが、おもしろくて仕方なかった。
「あー、死ぬのかな(笑)」
少年は右肩から落下して、意識を失ってしまった。
トラックの運転手は、突然の出来事に驚いて大声をあげた。
「うわーっ!」
トラックもたまったものではない。赤ん坊は見えなかった上に、少年がぶつかる
様を目の前で見てしまった。急ブレーキを踏んだが、間に合うわけが無い。
ハンドルを横にきったが、すでに少年はアスファルトに真っ赤な血を
流していた。
しかもその行為は、確実に現状を悪い方向へと導いた。
トラックは派手に転倒し、交差点の丘となった。
そこに2台の変わった車が追突してきた。
外から中が見えないようになっているガラス。
大きめの車体。
芸能人が乗っているのではないかと、誰もが勘付くような車だった。
ガアアアアーーーーン!ガシャン!ガッシャン!
「ああああ〜!!!」
「あー、うるさいよ!どうしたのよっすぃー!」
モーニング娘。の中でも、1、2を争えるほどうるさい吉澤と矢口が、
車内の沈黙を破った。
「ちょっと叫んでみたくなっちゃった(笑)」
いつものようにヘラヘラ言う吉澤に、石川が文句を言う。
「もう、急に叫ばないでよよっすぃー。」
勿論吉澤は、石川の文句など聞いたりしない。
「石川さんは黙ってて下さい(笑)」
「何よそれぇー!(笑)」
二人の会話に、矢口は割り込む。
「あー、ほらほら、二人がうるさいから、圭ちゃんがつり目になっちゃった。」
「これは元々ですー!(怒)」
吉澤が叫んだだけで、一気にうるさくなった。
女ばかりのバスなんて、そんなものなのだろう。
そんな中で、後藤は一人微笑していた。
みんなの会話を聞きながら、胸騒ぎと戦いながら。
朝からずっと、胸騒ぎが絶えないのだ。
数分後に、その理由がわかった時には、すでに手後れだったが。
紺野の異常なまでのハイテンションは、いつのまにか終わっていた。
辻の持っていたお菓子を食べ終わった後、すぐにうとうとし始めた。
さっきまでの空気とは正反対の空気が、バスの中に充満する。
ここの全員は、静かに自分の世界に入っていった。
そんな時だった。前の年上メンバーが乗っている車が、派手な音をたてる。
ガアアアアーーーーン!ガシャン!
流石に紺野も目を覚ます。そして状況を把握しようとした。
しかし、覚醒したコンマ0、何秒後、紺野の体は、ぐったりとしていた。
ガッシャン!
「今日のコンサートも完璧にやってみせる!」
なぜかハイテンションの紺野に、バスの全員はさっきから目が点になっていた。
「どうしたのあさみちゃん?なんか変なものでも食べたの?」
少しなまった声で、高橋はボケてみた。
「あさみちゃん最近食欲増してるみたいやしなぁ(笑)」
加護が続けていじる。しかし、まるで頭のネジがぶっ飛んだかのような
行動をする紺野には、大したダメージは与えられなかった。
「今日の私も完璧です!」
狭い車の中で両手を上げる。まるでスターを取ったマリオのようだ。
あまりにも変なので、小川は朝から一緒にいた新垣に、いつからこうなのか聞いてみた。
「ねえりさちゃん、いつからあさみちゃんこんな風なの…?」
「私が起きた時からずっと…(笑)」
「あさみちゃん本当にいつもよりおかしいよねぇ(笑)」
後ろで小声で会話している二人に、水を得た金魚のような紺野がかぶりつく。
「私は全然暗くない!」
「そんな事一言も…(笑)」
新垣のつっこみは、紺野の耳には全く入らなかった。
「あ、ののちゃん、そのお菓子おいしそう!(はあと)」