それは、私が家に帰って、パーティーの余韻に浸りながら考え事をしていた時でした。
玄関から愛ちゃんの声が聞こえてきたんです。
驚いて出て行った私に愛ちゃんは言いました。
「あさ美ちゃん!大変なの!」
「どうしたの?そんなに慌てて。」
「いいから、早く私についてきて!!」
私はわけもわからずに、走り出した愛ちゃんの背中を追いかけました。
あまりに愛ちゃんのスピードが速かったので、どこをどう走ったのかまったく記憶にありません。
気が付くと私は村役場のような場所にいました。
大きな建物の隣の広場の隅に、大人が10人程で輪を作っていました。
私と愛ちゃんはその輪に近づいて行きました。
だんだんと輪の中心に何かがあるのが見えてきます。
オリがありました。大人の腰くらいの高さがある、動物を入れるようなオリでした。
よく見てみると、中にいたのは、あんなに私になついてくれたミカヅキでした。
「!!」
その瞬間、私はパニックに陥り駆け出しました。
それに気付いた大人達は驚いて私を止めようとしました。
しかし私にはミカヅキしか見えませんでした。
私は、大声で叫びながら、駆けていきました。
「なんで、なんでオリに入ってるの!?」
私は必死にオリに近づこうとしましたが、体を押さえられてそれはかないませんでした。
「落ち着きなさい!」
誰かが言いました。しかし私の耳にはそんな言葉は届かず、
涙をぼろぼろこぼしながら泣き叫びました。
それは私が長い間忘れていた感情でした。
私はしばらく泣きつづけました。
涙を流すのも久しぶりのことだったかもしれません。
涙って意外とあったかいなと感じた事を今でもなんとなく覚えています。
私がめれた服の袖でもう一度涙を拭こうとしたとき、
ついさっきまで一緒にパーティーをしていた仲間が、駆けつけてきました。
けれど、全員ではありませんでした。麻琴ちゃんがいなかったんです。
私がその事を聞くと、愛ちゃんは、「実は……。」と何か言おうとしましたが、
そのまま言葉を濁してしまいました。
そこで他の女の子の顔を見ると、もう帰っちゃったみたい、といわれました。
私たちが落ち着いたのを見て、一人のおじさんがこうなった経緯を話してくれました。
ただ、その人は私がたまたまこの村にいる事や、
もうすぐ北海道へ帰ってしまうことを知らなかったと思います。
知っていたらあんな話はしなかったでしょう。
おかげで私はあの後何度も聞かなければ良かったと後悔しました。
その日の昼、役場に「熊が出た。」と連絡があったそうです。
そして彼らが現場につくと、二頭の熊が畑を荒らしていました。
それを見てすぐに捕獲の準備に取り掛かったのですが、
その間に大きい方の熊が住民に襲い掛かろうとしたので、
そっちは射殺し、もう片方はこうして捕獲してきたのでした。
「それで、ミカヅキはこれからどうなるんですか?」
私は彼の話が終わるとすぐ、聞きました。
「……こいつがこうして騒ぎを起こすのも、もう二回目だから……、殺されるだろうな。」
私は、ハンマーで殴られたような、
もしくは一瞬で頭の中がからっぽになってしまったような衝撃を感じました。
それまでおじさんの顔を見ていたはずの視界が、すうっとぼやけていきました。
私はまた感情のままに泣きつづけました。
声がかれるほど大声で泣きました。
ミカヅキは何もしていないのに、
悪いのは自然を壊し彼らの生活の場を削り取っている人間なのに、ミカヅキは殺される。
あまりにも理不尽で、不公平。私はただひたすら、泣きました。
私はこの日から、ゴキブリも殺せなくなりました。
目を腫らし、声ががらがらになりながら家路についた時には、
もう辺りが真っ暗になっていました。
何度もため息をつきトボトボと歩いていると、愛ちゃんが話し掛けてきました。
「あのさ……。」
「……何?」
「……実はさ、麻琴ちゃんの話なんだけど。」
「うん……。」
「なんか、私たちに嘘ついてたみたい。」
「え?」
「麻琴ちゃん、施設で生活してるんだって。」
「……。」
「両親の虐待で、だって。あの車椅子に乗ってるのも、そのせいなんだって。」
背中をぞくっと何かが駆け上っていきました。
同時に体の中で何かが燃え上がるような気がしました。
「そっか……。」
「……。」
「♪わたしかーらー あなたへー このうたーをー おくります♪」
「あ、あさ美ちゃん、どうしたの?」
愛ちゃんはもの凄く変な顔をしてました。
「私の夢は、歌手になること。だから今から練習するの!二人に負けないように。」
「あさ美ちゃん……。」
「いつか、愛ちゃんと麻琴ちゃんと歌手デビューしてやるっ!」
私と愛ちゃんの歌声は綺麗な夜の闇に溶けていきました。
その2日後、私は北海道に帰りました。
夏休み前はあれほど嫌だった学校は、いつしか大好きな場所へ変わっていました。
いじめはだんだんなくなり、4年生が終わる頃には、
私をいじめてた子達とも仲良く話せるようになっていました。
卒業式のときは泣いて抱き合ったほどです。
私の人生の中で一番思い出に残っている夏休み。
匂いまで思い出せるその記憶は、一生私を励ましつづけていくと思います。
――こんこんの夏休み おわり――