石川さんが何かを囁いて顔を離した後、あさ美ちゃんの表情が強張った。
それとは対照的に、石川さんは頬杖をついて あさ美ちゃんの反応を楽しむように、切れ長の瞳に媚笑を湛えた。
それから暫く、食事もそこそこに急に帰りたいと言い出したあさ美ちゃん。
何を思っているのだろう、頑なな彼女は。
「あさ美ちゃんからウチに来たがるなんて初めてだね」
「そうだっけ?」
「うん。だからなんか変な感じする」
誰もいない家の中。 静まりかえった空気にひやり。
ソファに彼女が腰をおろす。
あたしの強要ではなく、彼女の意思で彼女は此処にいる。
それだけで あたしは嬉しい…。
でも、
「あさ美ちゃんさぁ…やっぱ今日いつもと違う」
あさ美ちゃんの変化を素直に受け止められない。
どうしても引っ掛かる事があるから。
心のビジョンに繰り返されるのは、あさ美ちゃんに囁きかけた石川さんの眼と、あさ美ちゃんの人形みたいな生気のない顔。
「お昼食べないし、ウチに来たがるし、絶対に変」
「私だって食欲ない時あるよ。それに、まこっちゃんの家に行きたいと思うのっておかしいこと…」
「ほら、またそうやって愛想笑いで誤魔化す」
だからぁ、それがオカシイっつーの。
あたしの家に来たいってトコが。
あたしの指摘に、あさ美ちゃんはムッと口元を結んだ。
けれど、すぐにまた緩む。
何か言いたげに震える唇。
「別に愛想笑いなんてしてないよ。私は、まこっちゃんの家に遊びに来たかったの。それでいいじゃない…」
ほんと何を考えてんだか分からないわ。
「はいはい。じゃあ、いいよそれで」
半ば投げやりに言うと、あさ美ちゃんに背を向けるかたちでソファに座る。
か細い溜息が一つ聞こえた。
今日といい昨日といい、やけに色々とあり過ぎて目が回りそう。 脳の許容量は、とっくにオーバー。
それでも鮮明に思い出せるのは、
熱を帯びた滑らかな褐色の肌。
紅く尖った乳首に舌を絡めると、細い指が髪の毛をかき乱し、もっと強い悦びを求めてあたしの腰を太腿で挟み込む。
溢れ出る愛液は蜜のように甘く、揺れ動く乳房はみずみずしい果実。
快楽に囚われて正気を失っている“石川梨華”の裸体。
カラダの細胞一つ一つが覚えている。
“禁断の実”の甘さと舌触りを。
どれくらい経ってからだろう、背中を何かが小突いた。
弱々しい衝撃は、恐る恐る触れたといった感じ。
「……今日は…しないの…?」
声も同じように弱々しい。
驚いて振り返ると、あさ美ちゃんの顔がすぐ目の前にあった。
大きな垂れた瞳が、ジッと見据えてくる。
「あっ…まこっちゃん」
言葉より先にのびた手。思わずそのふくらみをさすり上げた。
微かに開いた唇からは、熱っぽい吐息が洩れて、あたしの中のケダモノじみた血を騒がす。
でも、すぐに手を引っ込めた。
「どうして…?」
「それは…こっちが聞きたいよ。今日のあさ美ちゃんオカシ過ぎる」
あたしを欲しがっている彼女の眼が切なそうに潤む。
あさ美ちゃんがあたしに抱かれるコトを望んでいる、…嬉しい…一時の気まぐれでも嬉しいよ…、だけど…。
求められた喜びも、戸惑いによって掻き消されてる。
「あさ美ちゃ…ん?…んんっ!?」
我慢しきれなくなったのか、あさ美ちゃんが覆いかぶさる恰好でキスをしてきた。
油断して開けてしまった唇から舌が滑り込み、絡めとられる。
けして上手いわけじゃないけれど、慣れない動きで一生懸命舌を重ね、舐めるあさ美ちゃんの深い口づけに、頭の芯から溶けてしまいそうになる。
あさ美ちゃんのことが好き過ぎて、触れているだけで気持ちよくなっちゃう。
「ふぁ……ぁん…」
受け身だった あたしから、あさ美ちゃんの口腔内を貪るように舐め回しはじめると、彼女は声を洩らした。 舌を吸ったり、その舌の裏を舐め上げる。 長く深いキスを貧るようにする。
「…んふっ…んっ」
あさ美ちゃんの身体から力が抜けたのを見計らって、そこでやっと唇を離した。
2人を透明な糸が繋いでいる。
それを指で掬って口に含むと、あさ美ちゃんの顔が紅くなった。