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何を食べよう。どうしよう…。
状況に頭が追いつかない。
冷静でいられたのは、瞬きをしたほんの少しの間。
「紺野ちゃんスープだけでいいの?」
グラスの氷が溶ける経過を見つめる私に、隣に座った柴田さんが問い掛けてくる。
すぐ目の前には石川さん。
斜め向かいにまこっちゃん。
まさに逃げ場はなしって感じ。
「ちょっと…お腹空き過ぎて食欲なくなっちゃったみたいです」
「ならいいけどさぁ」
ほんとの原因はコレなんでしょ?と、目線でまこっちゃんを指され、曖昧に笑った。
でも、さっきまこっちゃんにしたみたいに上手くは笑えない。
「紺野が食欲ないなんて珍しいね」
石川さんのとびっきりの甘い声でも私は自然に笑えない。
ますます不自然に唇を上げて微笑む私を見兼ねたのか、柴田さんが突然立ち上がり、
「サラダ選びに行こっか♪」
向かいに座るまこっちゃんに猫撫で声で言うと同時に、ランチサービスのサラダバーの方へと有無を言わさず引っ張っていってしまった。
その様子に石川さんは、ノンキに手を振っちゃったりする。
これで必然的に私と石川さんは二人きりになるわけで…。
緊張しないわけがない。
「……混んでなくて良かったですね…」
「そうねー。まあ、いつも来る時よりは若干混んでるかなぁ。ランチどきだし」
「あの…柴田さんと…来るんですか?」
「うん。タンポポ一緒になってからは特にね」
店内には私たち以外には 数える程度にしかお客さんはいない。 それを見渡す石川さんの表情はリラックスしきっていて、必死に会話を探している自分とは違って余裕だ。
ただの先輩・後輩の関係な石川さんと私。 特別な意識なんか抱かれるワケもなく…。
無駄だと分かっているコトに挑む。
それは無謀で、勇気があるとは言わない。
でも、何もしないで簡単に諦めつく奴よりは…マシじゃない?
私は、そんな奴にはなりたくないし、ならない。
まだ、一歩だって石川さんに踏み出していないのだから尚更。
「石川さん」
映画の1シーンみたいに石川さんがゆっくりと私に視線を移す。 感情が洪水の如く胸におしよせる。
あなたが好きです。 ずっと好きでした。
今なら言えるのに……、声が出ない。
柴田さんと迎えた朝みたいに何かが違うから。
恋い焦がれていた石川さんでも何か欠けてる…から?
「小川ってイイよねー」
一瞬の躊躇いが、命取り。
なんの脈絡もなく出てきた名前は、私を戸惑わせるのに充分だった。
石川さんの眼は、もう私を見はしない。 離れた所で柴田さんと笑っている まこっちゃんを確かに捉らえている。
「優しいしー、笑うとお子様過ぎるけど、黙ると大人っぽいし。好みかも」
目線でまこっちゃんを追いながら、石川さんは うっとりした口調で言う。
「紺野はどう?小川のこと」
「どう?って言われても…」
「そっかぁ。じゃ、別にいいよね?」
厭らしい微笑み方。 オカシイ。
こんなの石川さんじゃない。
私の好きな石川さんは……。
「何がいいんですか?」
「やだ、紺野ってば。分かってるくせにー」
過度の緊張で渇いた喉にグラスの水を流し込む。
こうゆう時に当たる予感。
最悪の予感。
石川さんは、こちらに来る二人に私たちの会話がまだ届かないのを見遣ると、ぎりぎりまで私に顔を近付けて囁いた。
「小川を……しちゃってもいいよね?」