石川さんと一緒に迎えた朝、めちゃくちゃ違和感。
なんか足りない、なんか欠けてる。
オマケにすっごく気まずい。
そう思っているのはあたしだけ…?
途中まで送ってくれるだけの筈なのに、いつの間にか二人で朝食を食べに行こうってことになっているし。 学校さぼらなきゃだし…。
「お・が・わ♪」
新たな悩みのタネになりつつある石川さんが肩に凭れかかってくる。
一夜限りの情事とは言え、とんでもないことをしてしまったのだとモーレツに後悔。
こんなことを後藤さんに知られたら……、特にあさ美ちゃんに知られたら…。
サイテーの中のサイテーな奴と思われる。
って、もう既に思われてるか。
「ねえ〜、小川ってばぁ」
「なんです?やっぱり食べに行くのやめますか?」
「違うよぉ。小川とのこと…ごっちんには内緒にしてね」
それはもう当然ですと頷こうとしたら、
「私も紺野には内緒にしておくから♪」
「あっ、あ、あたりまえじゃないですかっ!!」
「やだぁ、小川ってば可愛いぃ」
くすくすと悪戯っぽく笑われ、完全にペースをもっていかれ、
今もほら、コートの袖を引っ張られ、連れ去られるように電車を降ろされた。
駅時計の針はちょーど12時を指してる。
「この時間だとランチタイムで混みそうですねー」
「オイシーお店だけど人目につかない場所にあるから大丈夫♪小川の好きなカボチャのコロッケとかあるよ〜」
着いたのは横浜駅。 此処に石川さんのよく行く美味しい洋食屋さんがあるらしい。
中華街を横目に洋食だなんてナンセンスだと思う。
あたし的には初横浜だから中華街に行きたいけれど、さすがに陽が高いとはいえ朝食に脂っこいモノは遠慮願いたい。
「早く早くぅ!」
あたしのコートを放した石川さんは、あたしよりもずっと先まで走っていて、世の男性を虜にするチャ〜ミ〜スマイルとやらで手招きする。
…微妙に楽しいけど……、やっぱりなんか足りない、なんか欠けてる。
「早く来ないと置いてっちゃうぞぉ」
「待って下さい〜。今いきますからぁ」
清々しい夏風に背中を押され、仕方なくあたしは駆け出した。
そして、石川さんに辿り着く前に、風と供に上昇しかけた心を見事に撃ち落とされた。 心臓が大きくのたうち回る。
あさ美ちゃん…?
あたしの視線に気付いた瞳は拳銃のように危うい。
「おがわぁ、どうしたのぉ」
遠くから石川さんの呼び声が聞こえたけれど、あたしの視線はある一点に注がれ、彼女に応えることが出来なかった。
風船みたいに萎んだ心が、上空から一気に地上へと加速して叩きつけられる。
お互いの存在に気付いたあたしたちは、嘘でも互いを無視することは不可能で。
あさ美ちゃんも瞬き一つせず、大きな瞳であたしを認識したまま動けないでいた。
逃れたいのに逃れられない二人。
犯した罪の重さに押し潰されそう。
「あーっ!柴ちゃんと紺野だぁ」
先に声を上げたのは、石川さんだった。
柴田さんとあさ美ちゃんが近づいてくる。
「梨華ちゃんどうしたの〜?偶然だねえ」
「柴ちゃんこそぉ。紺野もいるしぃ」
「ちょっと遅めの朝食に来たんだよね〜」
戸惑った様子のあさ美ちゃんに柴田さんが笑いかけると、あさ美ちゃんはぎこちなく頷く。
それを聴いた石川さんは「そーなんだぁ…」と呟いてから、あたしの方を盗み見て、
「私たちも食べに来たんだよねぇ。あのお店に…」
「もしかしてあそこ?」
柴田さんと石川さんは同じ店の名前を言って嬉しそうに何やらお喋りを始めたけれど、あたしとあさ美ちゃんからしてみれば最悪な流れ。
一緒に食べに行くのは明らか。
あさ美ちゃんを伺ってみると、彼女は……にっこり微笑んだ。
「まこっちゃんも今日は学校さぼり?」
そのシュンカンに分かった。
欠けているモノ。
それは…たぶん…絶対にキミ。