私が知っている事。
石川さんは後藤さん一筋で、私に振り向かないこと。
愛ちゃんは本気で人を好きにならずに、いつでも自由でいたいこと。
まこっちゃんはサイテーで、私を脅かす存在なこと。
私の知らない事。
石川さんが寂しさに囚われていること。
愛ちゃんの秘め事。
まこっちゃんの私への気持ち。
自分自身が、大切なモノを見失いそうなこと。
今朝はとても目覚めの辛い朝だった。
一人で起きる朝よりも……、まこっちゃんが隣にいる朝よりも。 瞼を擦る私に気付いて柴田さんも目を覚ました。
「おはよう」
裸の肩が昨夜の行為を現実だったのだと改めて思わせる。
「…おはようございます…、あの…寒くないですか?」
「ううん、大丈夫。紺野ちゃんにくっついてるから」
そう言うと、柴田さんは微笑みながら私の胸に顔を埋めた。
猫みたいに柔らかそうな茶色の髪からは、昨日と同じいい匂いがして……、胸が…苦しくなった。
それは石川さんへの気持ちに対する自己嫌悪でも、柴田さんからの好意に対する罪悪感からでもない。
正体は分からない。 ただ、まこっちゃんに抱かれている時に胸を突く痛みに似ていると思った。
「柴田さん…、ごめんなさい…。私…」
最後まで言う前に、“何も言わないで”と言うように柴田さんが唇を掠めとった。
昨日とは違う冷静な口づけが、柴田さんの今の心情を痛いほど表している。
彼女は初めから全てを悟った上で私に抱かれた。
私の気持ちが自分に向かないことも、向いていないことも全て。「分かってる。わたしのカタオモイだってことくらい。だから……今だけこうしていて」 胸の辺りに生暖かいモノが流れてゆく。
「…ごめんなさい。柴田さん」
私の胸に顔を埋め、声を押し殺しながら柴田さんは泣いていた。 ぽろぽろ零れる涙は草花を濡らす朝露のように美しいだろう。
でも、それを見る資格は私にはない。
こんなに汚れている私に抱かれてもキレイに泣ける柴田さんが羨ましい。
柴田さんの髪を撫でて暫くそうしていると、ぐぅっと私のお腹が鳴った。
なんでこんな時に鳴るかなぁ…と焦っていると、柴田さんは拗ねたように顔を上げた。「紺野ちゃんのバカ」 ムードないんだからと付け足す彼女の目は真っ赤だったけれど、表情は優しい。
「いや〜、もうお腹空いちゃって…。朝ごはん何処かに食べに行きませんか?」
「それってもちろん奢りだよねえ?」
「う〜…いいですよぉ」
ゴチになりますと嬉々として笑う柴田さんに複雑な思いを隠して微笑み返す。
私と3才しか変わらないのに、彼女は随分と大人だ。
自分の想いを上手く消化できるのだから。 混沌の迷路で面白いほど彷徨っている自分はまだまだ子供なのだと感じる。
まこっちゃん以外の人と迎えた初めての朝は、何の違和感も私に与えない。
でも、なにかが欠けている気がした。