278 :
高紺:
手の甲を這ってゆく水の筋を眺めた。
皮膚の上を流れる細い雫は、まるで血管のよう。
熱が冷めた後の現実は いつだって私を自己嫌悪に悩ませる。
例え 相手が愛ちゃんだったとしても。
「…ごめんね」
行為でグチャグチャになったそこを拭いた手を水で洗い流して蛇口を閉めると、私は愛ちゃんへ振り返った。 愛ちゃんは何故 謝るの?と言いたげに
首を傾げる。
「ほら…なんて言えばいいんだろ…」
最後に、『まこっちゃん』なんて名前を叫んじゃってゴメン…なんだけど。
いざとなると口ごもる私。
279 :
高紺:02/09/06 03:34 ID:d+PHNR+v
それを見た愛ちゃんは、「なるほど」と髪をかきあげて、
「あぁ、あれね〜。別にいいよぉ、わたしの方が謝らないと」
そう言って 両手の平を合わせ ゴメンのポーズをとった。
「私こそ全然平気だから。ちょっと驚いたけど」
ううん、実はかなり驚いた。
前々から愛ちゃんの『つまみ食い』の噂らしきものは聞いたことがあったけど、まさかマジ話だったとはね。「ホントにぃ?……いやぁ、まこっちゃんとあさ美ちゃんがしてるの見てたら ついね」 したくなっちゃったんやよー、と 付け足して愛ちゃんは照れ臭そうに笑う。
280 :
高紺:02/09/06 03:36 ID:7uFhfouQ
さっきのやっぱり見られてたんだ。
そりゃそうだよね、あんなに…声出しちゃったんだもん。
「ほんで、あさ美ちゃんと まこっちゃんはいつから付き合ってたの?ビックリしてもたわ」
それは一番触れられたくない質問。
愛ちゃんは 私を抱いてる時に見せたクールな雰囲気が嘘みたいに興味津々といった子供の顔で私を見てる。 照明を受けて瞳はキラキラと輝き、そこには無邪気な光が湛えられていた。
「…そんなの忘れちゃったよ」
笑いながら誤魔化す自分は、我ながら上手く出来たと思う。
281 :
高紺:02/09/06 03:38 ID:xYPfGQ8E
もし仮に私と まこっちゃんが恋人同士ならば、付き合ってから二週間は経つかな?
露骨に言ったら、初めて犯された日から二週間経つってこと。
今日までの間、何度抱かれたのだろう?
覚えてはいない。
抱かれる度に私の体には まこっちゃんの理解し難い念いが刻み込まれ、ついには
他の人に抱かれても彼女の名前を叫んでしまった。
体も、心も絡めとられ始めた私は、蜘蛛の巣に引っ掛かった蝶。「照れちゃってぇ、可愛いなぁ」
「ひゃっ!…もぅ、愛ちゃんてば」
何も知らない愛ちゃんは、私が照れの為に多くを語らないと勘違したのか、背中に抱きついてきた。
282 :
高紺:02/09/06 03:41 ID:tKGy4g0m
まこっちゃんのことはもう話したくなくて、首に回された細い腕に手を重ねて 私は それとなく話題を逸らした。
「愛ちゃんこそ さっき誰と電話してたの?メンバーの誰か?それとも彼氏?彼女とか?」
「えぇ!?違うよぉ」 愛ちゃんは抱きしめる腕にグッと力を入れて ふるふると頭を振った。
…息が苦しいかも。「あれはぁ 石川さんやよー」
石川さん。
屈託ない口調で言われたその名前に、今度は胸が苦しくなった。
283 :
高紺:02/09/06 03:43 ID:HsbTEMNa
「石川さん…?」
ゆっくりと向き直り、呆けたように呟き返すと愛ちゃんはコクリと頷いた。
腕ばかりか、頷いた反動で揺れた長い髪が首にまとわりついてきてくすぐったい。
そう感じられるのなら まだ私は正気を保っているのだろう。
石川さんのことになると私って神経質になるから。
無理矢理に笑顔を作っても先程よりも上手くいかなくて、頬の筋肉はほとんど動いていないみたいだ。
「愛ちゃん、石川さんと仲いいんだね」
動揺で震える声を抑え、なるべく不自然にならないように尋ねると、
「こないだハロプロニュース撮った時に買い物に行く約束したんだぁ」
ごく普通の答えが返ってきた。
284 :
高紺:02/09/06 03:46 ID:7uFhfouQ
「今日はキャンセルされちゃったけどぉ 代わりに今度食事に連てってもらうんだ〜」
「そう……良かったね」
嬉しそうに喋る愛ちゃんを横目に、シェイクスピアの脚本さながらに眉間を押さえる。 安心するべきか?
不審に思うべきか? メンバーをつまみ食いする癖のある愛ちゃんがいくらなんでも
石川さんまで…。
「愛ちゃん」
「ん〜、なにぃ?」
のんびり構えている愛ちゃんの腕を 首から外させると、愛ちゃんは大人しく背中から離れた。なかなか話し出さない私を不思議そうに待っている。
285 :
高紺:02/09/06 03:52 ID:7uFhfouQ
石川さんは 私みたいな人じゃない。
誰かれかまわずに抱かれてしまうような人じゃない。
それに、だって、
石川さんには、
「石川さんには後藤さんがいるんだから 変なことしちゃ駄目だからね」
言った後、妙に空しくなった台詞。
本当は自分が石川さんのことを好きだからなのに、後藤さんの名前を盾にして曖昧にぼやかしている。
私のこの言葉に愛ちゃんがどう反応したかなんて見ていない。
ただ、耳には室内に反響する笑い声が届き、永遠と思われる苦悩が過ぎた。
去年の夏、私は石川梨華に恋をしたと同時に失恋した。
彼女には恋人がいたから。
その恋人は後藤さん――後藤真希だった。