243 :
高紺:
……ううん、出ないわけじゃない、枯れたわけじゃない。
もう泣かないと決めていた。
でも、頬に伝う雫は生暖かくて 少しだけしょっぱい味がして、いつもみたいに泣いていた。
ねえ、本当に限界みたいだよ、私。
「心配してくれてアリガトね、愛ちゃん」
それでも笑っていないと。
気持ち誤魔化すように今日もまた微笑む。 愛ちゃんは 名前が示す通りの、愛らしい笑顔を返してくれた。 素直な笑顔で私を見つめる愛ちゃんが羨ましくて眩しかった。
244 :
高紺:02/08/30 02:13 ID:WfT6ee+V
「でもぉ、ホントに大丈夫なの?」
閉めたはずの蛇口からパタッと一粒の大きな水滴が落ちて 全面タイル貼りの空間に涼しい音を響かせた。
なんとなくだけれど私は 右手をゆっくりと蛇口に伸ばして堅く締め直し、
「何が?」
探りを入れるような返事をした。
愛ちゃんの再度の質問は 何かを知っていることを前提とした口調だったから。
「何って…ねえ」
声を弾ませながら 愛ちゃんはやはり笑顔のまま私との距離を徐々に縮める。
245 :
高紺:02/08/30 02:17 ID:vRN46iGo
スニーカーの裏のゴムとタイルが擦れる度にキュッキュッと軽快なリズムが生まれ、愛ちゃんは楽しそうに歌を口ずさむ。
聞いたことのない英語の歌。
陽気なメロディ。
キュッ――
一段と高い音を立てて愛ちゃんは 私の真ん前で止まった。
息がかかる距離にまで顔を近付けてくる。
目線を少しだけ下げた先に見える 小柄な愛ちゃんは私の顔を
チャームポイントであるあの印象的な瞳で認めると、器用そうな長い指先で私の頬に触れた。
「やっ、な、なに?」 クーラーで冷えた個室のドアが素肌にあたった。
246 :
高紺:02/08/30 02:20 ID:cK5++0Id
驚いて一歩後ろへ下がったのは、触れられた部分がカッと熱くなり、全身を巡る血が騒めいたせい。
「逃げないでよぉ」
あくまでも愉快な声で、私の下がった分だけ一歩前進。
水晶の光を湛えた瞳が体の自由を奪う。
占い師が水晶の向こう側に運命を見つけるように、愛ちゃんは私の心を見透かしている。
247 :
高紺:02/08/30 02:22 ID:7vwlLeLt
愛ちゃんは さっきのBOXでの行為に気付いている?
もっと他のことも? 例えば、まこっちゃんと私の関係とか、あの日の事とか。
「あさ美ちゃん可愛いからなぁ」
カワイイ……?
悪戯っぽい笑み。
ゆらりと空気が傾いて、薔薇にも似た秘密めいた匂いが漂った。 そして、それと混ざり合い、私の中に愛ちゃんの声が降り落ちて来る。
指先は下へ下へと向かって涙の軌跡を辿っていた。
「まこっちゃんの気持ち分かるわ…」
軌跡の終着点に着いた指先が顎に添えられる。
頬を這う動きを成すがままに見つめていた視線を、すぐに愛ちゃんへ戻す。
ぶつかる二人。
愛ちゃんの瞳は私の全てに注がれていた。
248 :
高紺:02/08/30 02:24 ID:vRN46iGo
「……愛ちゃん」
熱に浮かされた私の声に、愛ちゃんは優しい笑みで頬を緩め、鼻先まで顔を近付けてきた。
透った目。
端正な顔立ち。
花弁に似た唇からはちろりと舌が覗き、素早くなぞる。
二人の視線が絡み、まるで体が溶けてゆくような感覚に陥った。 でも、そんな甘美なムードも呆気なく終わる。
「あさ美ちゃん」 顎が引き寄せられ、吐息混じりに名前を囁いた唇が 不意に私へと重ねられた。