【小説】(　´�D｀) 〜のの、の夏休み〜(　´�D｀)

聖な〜る　鐘が鳴り響く夜〜

ちょっと早いけど、このスレへのクリプレは、本編作者さんの復活？

またまたおじゃまさせていただきます。

『小さなサンタの贈り物』

♪ジングルベール　ジングルベール　鈴が鳴る〜

この季節、色とりどりなクリスマスのイルミネーションが光り輝き、老若男女を問う事なく、街行く人々みんなが暖かく幸せな気持ちに包まれている。

そんな街の喧騒から少し離れた場所に、古い木造建築の２階建てアパートがある。
そのアパートの２階の一室で、目に涙を浮かべた女の子が、ボロボロになった本の最後のページを開き、滲んで黒くなった文字を指でなぞっていた。

その女の子の名前は、紺野あさ美。小学４年生。

彼女はどんな事でもそつなく完璧にこなし、学校でも担任の教師から褒められる事が多かった。
しかし、そんなあさ美の何でも完璧にこなす態度を、クラスの一部の女子からは「先生に取り入ってる」と感じられていた。
あさ美はそんな女子達からイジメられる事があり、今日も学校でこんな事があった。

５時間目の授業が終わり、すぐに家に帰りたくなかったあさ美は、放課後３階の教室の窓際にある自分の席に座って本を読んでいた。
廊下から下校する生徒達の賑やかな声が聞こえる中、突然教室の前にある引き戸が手荒くガラッと開けられ、クラスメイトの女の子が入ってきた。
あさ美は、その子が忘れ物でも取りに来たのかと思い、一瞬目を向けるもあまり気にする事なく、また本に目を戻して続きを読んでいた。
しかし、彼女は自分の席を通り越し、あらかじめ決めていたかのように、真っすぐにあさ美の席の近付いてきた。

「ねぇ、あさ美ちゃん。なに読んでるの？」

あさ美の席まで来た彼女は、優しい口調とは裏腹に、机の上に広げていた本を乱暴に取りあげた。

「あっ、返して下さい」

あさ美は椅子をサッと引いて立ち上がり、彼女が中を読むでもなく、ただパラパラとページをめくる本に手を出した。

「あっ、ゴメンね〜。手が滑っちゃった〜」

あさ美の出した手よりも一瞬早く、彼女は開いていた窓から本を放り投げ、あさ美の顔を見て鼻をフンッと鳴らして含み笑いをし、教室から出ていた。


彼女が教室から去った後あさ美は、彼女が出ていった開けっ放しになってる教室の引き戸をじっと見つめ、体を震わせ必死に込み上げてくる涙にたえていた。
そして、大きな涙の波を一度たえたあさ美は、引いた椅子を机に戻し、ロッカーから鞄を取り出して両手で胸に抱え、本が放り投げられた中庭に向かって走って行った。

走って中庭に降りたあさ美は、涙こらえた目でキョロキョロと辺りを見回して本を探した。
しかし、葉の落ちた銀杏の木の枝や、枯れかかった芝生の上のどこを見ても本は見つからなかった。
どこを見も本が見つからないあさ美は、どんどん不安な気持ちが募り、胸が張り裂けそうになっていた。

中庭の隅々まで見て歩いたあさ美は、今までずっと避けて探していた、校舎のすぐそばにある池に歩み寄った。
あさ美が池の縁まで近付くと、銀杏の枯れ葉や誰かのテスト用紙、牛乳のテトラパックのゴミが浮かぶ、へどろが溜まった汚い池の水の底に沈んでいる本を見つけた。
一番あって欲しくなかった場所で見つけたあさ美は、焦る気持ちで池の中から本を拾いあげようと、服も靴も汚れる事を気にする事なく、冷たく底がドロドロになっている池に足を入れた。

池の深さはあさ美の膝下ぐらいだが、あさ美が池の中で足を動かす度に幾分透明な池の水が、沈んでいた泥や藻を巻き上げ茶色く濁っていった。
あさ美はその透明度が全く無くなった滑りやすい池の中をすって歩き、本が沈んでいた辺りで服の袖を肘まで捲り上げ、底の泥をさらうように手を動かして、藻と泥で汚れた本を拾い上げた。

「あさ美ちゃん、本が見つかって良かったね〜。
ていうか、そんなに大事だったら、学校にもってくんなよ。ばーか」

池の泥水で汚れながら、必死に拾い上げた本を胸元に抱えているあさ美の姿を見て、本を放り投げた彼女、離れた場所からあさ美を嘲笑っていた。

彼女の声にまた涙が溢れそうになったあさ美は、足を滑らせながら池から上がり、服やＧパンから泥水を垂らしたのずぶ濡れのまま鞄と本を持った。そして、水で重くなった靴で彼女の横を通り、走って家に帰った。

夕暮れの中、誰もいない家に着いたあさ美は、いつもの通りポストの中から家の鍵を取り出し、玄関の鍵を開けた。

あさ美の父親は、あさ美が幼稚園の卒業が間近だった春先に、あさ美と公園に遊びに行く途中、道に飛び出した子供を助けようとして交通事故に合い、帰らぬ人になっていた。
それから４年間、あさ美は母親と二人で暮らしている。
そして最近は、母親が始めた仕事が深夜遅く続き、母親が帰って来るまでの間、一人ぼっちで過ごす毎日だった。
そんなあさ美は母親に心配をかけまいと、いつでも気を張って弱音を吐く事もなく、何でも完璧にこなそうと自分の心に誓っていた。

夕日が窓から差し込み、オレンジ色に染まった部屋に入ったあさ美は、汚れた服のままで、泥水で濡れた本を机の上に置き、タンスから洗いざらしのタオルを取り出して、一所懸命に本を拭いた。

「お母さん、ごめんなさい。お母さん、ごめんなさい。」

あさ美は本を拭きながら涙をぐっとこらえ、うわごとのようにそう呟いてた。

「なんか、後ろ姿が、とっても悲しそうなのれす……」

本を拭くあさ美の後ろ姿を、子供達のプレゼントを調べ歩いていた、真っ赤な服に身を包んだののサンタが、夕日を背に浴び、空に浮かぶソリに乗って見ていた。

「そんなん、一軒一軒子供のいる所で感情入れてるから、プレゼントを調べんのに１年中世界を飛び回らなあかんようになんねん。
ちょっとはソリを引く、こっちの身にもなれっちゅうの！」

ののサンタのソリを引く、首に鈴をつけた関西訛りな犬っ鼻のトナカイが、やれやれという感じで首を振り、小声で愚痴っていた。
自分に対する褒め言葉といやみ、そしてお菓子の袋を開ける音にはとても敏感な耳を持つののサンタは、その犬っ鼻のトナカイ、通称みそじのお尻を掌で軽くパチンと叩いた。

「これが、ののの心を込めたプレゼントを送る秘訣なのれす！
あんまりごちゃごちゃ言ってると、みそじの夕飯まれののが食っちまーのれす！」

ののサンタの言う事が冗談じゃない事を知っているみそじは、口をつぐんでいた。
ののサンタは、段々と薄暗くなる部屋であさ美が必死に拭いている、びちょびちょになった本のタイトルを、首にかけたプリクラがいっぱい貼ってあるピンクの双眼鏡を使って覗き、
ソリの小物入れから油性ペンを取り出して、みそじのお尻に大きく書くと、シャンシャンと鈴の音を鳴らして空へと消えていった。

陽が落ちていき、部屋の温度も段々と寒くなっていく部屋で、あさ美は電気も暖房もつけずに本を拭いていた。
あさ美が本をめくり丁寧に拭いていくと、濡れてくっついたページがあった。あさ美は、そのページを破かないようにと、慎重に両手を使ってゆっくりと剥がしていった。

「あっ」

しかし、水に濡れた本はあさ美がさほど力を入れずとも、ページの端から真ん中辺りまで、音もなくもろくも破けてしまった。
その瞬間、あさ美は体を震わせ、堰を切ったように、今まで耐えていた涙が溢れ出した。そしてあさ美は、声を押し殺しながら泣いた。


いつしか泣き疲れて眠ってしまっていたあさ美が目を覚ますと、いつの間にか汚れた服から水玉柄のパジャマ姿に着替えさせられて、暖かい布団の中に入っていた。
居間と寝室兼あさ美の勉強部屋の二間続きの部屋で、あさ美は泣き腫れた瞼をこすり、布団の中から目を細めて薄いカーテンで仕切られている居間の方を見た。
そこには、あさ美を起こさないようにと気を使い、電気を薄暗くしたままで一人遅い夕食を食べている母親の姿が見えた。
あさ美は、その母親の後ろ姿を見た瞬間に顔が熱くなり、破れた本の事を思い出してまた泣いた。
もちろん、弱音を吐かないあさ美らしく、布団の中に頭までもぐり、枕を顔にギュッと押し付けて、泣き声が母親に届かないようにしながら。

あれから数日が過ぎ、学校は冬休みに入った。
あの日からあさ美は、本を机の引き出しの奥にしまい、母親に後ろめたさを感じながらも、破れた本の事を隠していた。
そして、１２月２３日。
今日は、子供も大人も楽しいはずのクリスマスイブだというのに、あさ美の母親は仕事に出掛け、深夜まであさ美が一人で過ごす事になった。

夜になり、あさ美は隣の家から聞こえてくる、家族で歌うクリスマスソングや笑い声が交じった楽しげな会話に、目と耳をふさいで布団の中にもぐっていた。

シャンシャンシャン

布団の中で耳を両手で押さえて、小さく丸まっているあさ美の耳に、テレビやラジオからではなく、窓の外の方からはっきりとした鈴の音が届いた。

「ののサンタさん。着いたで〜」

忙しくプレゼントを渡し歩くののサンタは、時折体をピクッと痙攣させながら、ソリの中に横たわり、プレゼント袋を枕にして寝ていた。

「ちょっとあんた！　寝てへんでちゃんと起き！　仕事中やで！」

みそじの怒鳴るような声に渋々目を覚ましたののサンタは、口から垂れたよだれを手でこすり、両手を雲ひとつない夜空に大きく延ばして体をほぐした。

「ふぇ〜？　もう着いたんれすか？　んじゃちょっと行ってくるのれ、待っててくらはいね。
あっ、ののがいない間に、ソリにある“みるくポッキー”を食べたら駄目れすよ！」

寝起きでも、自分には甘く、食べ物には人一倍厳しいののサンタは、キッときつい目でみそじを睨んだ。

「んなもん、食うか！」

みそじは漫才のツッコミのように、間髪を入れず前足をののサンタの方に振っていた。

ののサンタは、あさ美の家の寝室になっている部屋の窓にソリを横付けし、窓にかかっている鍵を、魔法を使ってポーッと光った人差し指をピンッと弾いて開けて、音を立てないようにそっと静かに窓を開けた。

「おじゃましま〜す。ののサンタなのれ〜す。
別に怪しいもんじゃねーのれすよ〜」

煌々と電気が点いた、二組みの布団が敷かれた部屋に、ののサンタは小声で誰に言うでもなく、決まり文句のように言って入っていった。


（えっ？　一体誰なの？）
部屋の中とは違って暗い布団の中で、あさ美は目を大きく見開き、鈴の音と共に現れた、怪しい者じゃないと言う、あからさまな不審者に体をブルブルと震わせていた。
そして、その不審者が布団の外で何かを物色している物音や、足音が近付いたり遠ざかったりする度に、あさ美の心臓は激しく脈打った。

「あっ、この引き出しに本が入ってるのれすね」

部屋にあるお菓子に気を取られながら部屋を物色していたののサンタが、本がしまわれているあさ美の机の引き出しをガタガタと開けた途端、二組み敷かれていた布団の片方がガバッとめくり上がり、中からあさ美が飛び出してきた。

「そこは開けないで下さい！」

ののサンタが引き出しに手を入れ、泥水が乾いてボロボロになった本に手をかけた瞬間、ののサンタの横からあさ美が勢い良く引き出しを押し閉めた。

「いってーのれす！」

見事に右手を引き出しに挟まれたののサンタは、あさ美が両手でギュウギュウと押し閉める引き出しから、力任せに手を抜き取った。
そしてちょっと涙目になったののサンタは、赤く引き出しの跡が付いた手に、フーフーと息を吹き掛けて手を振った。

「あ〜もう！　箸持てなくなったら、ろう責任取ってくれるんれすか！
最近の学校はゆとり教育とか言って、あんま勉強しねーから、年上への配慮とかがなってねーのれす！」

激しくまくし立てるように怒鳴る、顔も服も手も真っ赤なののサンタに圧倒されたあさ美は、驚いて体を硬直させ頭を下げた。

「ごめんなさい。でも、そこだけは駄目なんです」

ののサンタは、挟まれたジンジンと痺れる手をさすりながら、顔を真っ赤にして机の前に立ち、後ろ手に引き出しを押さえるあさ美に近付いた。

「え〜っと、紺野あさ美ちゃんれすよね？　ののは、じゃなかった、ののサンタはれすね、ボロボロになったあさ美ちゃんの本をクリスマスプレゼントとして、新しい本に交換してあげよーと思って来たんれすけろ……」

あさ美は俯いたま首を振るだけで、ののサンタの言葉には答えなかった。
そんなあさ美の前にしゃがみ込んだののサンタは、目と口をギュッと閉じて俯くあさ美の顔を下から見上げた。

「あの本に何かあるのれすか？
良かったら、ののサンタが聞いてあげるのれすよ」

優しい眼差しで語りかける、不審者だと思っていたののサンタの言葉が、何故か心に優しく響いたあさ美は、引き出しの中から本を取り出して机の上に置き、椅子を机の下から引き出して座った。

「この本は、私がずっと前から欲しかった本なんです。
それで、お母さんが私がテストで１００点を取った時に、あさ美が良く頑張ったご褒美だよって、一所懸命に働いたお金で買ってくれた、私の大切な宝物なんです……
だから、例え同じ本でも、違う本になるのは駄目なんです！」

あさ美の前にしゃがんでいたののサンタは、唇を震わせて涙をこらえながら話す、あさ美の母親に対する気持ちの優しさに、涙をポロッとこぼしていた。

「のの、新しければ喜ぶと思ってたけろ、間違ってたのれすね……
分かったのれす。あさ美ちゃん、ちょっとその本を、ののに貸してくらはい」

涙を服の袖で拭ったののサンタが、八重歯を覗かせてテヘッと笑顔であさ美に微笑むと、あさ美は少し不安げな表情を浮かべながら、本をののサンタに渡した。

「ちょっと布団を動かしますね。それじゃ、せ〜の、
のんのんのんのんっ！　のんすとっぷ！　のんのんのんのんっ！　のんすとっぷ！」

ののサンタは両手で本を頭の上に掲げ、呪文を唱えながらクルクルとその場で回転し始めた。

「えっ？　なに？」

回ってるののサンタが眩しい程の光りに包まれ、本からもピカピカと部屋中に散らばるように光りが放たれた。
そして、何度か回ったののサンタの回転と呪文がゆっくりと止まっていくと、ののサンタを包んでいた光りも弱くなり、部屋中に散らばっていた光りが吸い込まれるように、また本に集束していった。
体を包んでいた光りがおさまり回転が止まったののサンタは、手で口を押さえ、足をフラフラさせながらあさ美に近付いた。

「うぇっぷ。ちっと、気持ち悪りーのれす……
あさ美ちゃん、これれ、元通りの奇麗な本になったのれすよ」

まだほのかに光りが残る奇麗になった本を渡されたあさ美は、何かを確かめようと、震える手で本の最後のページを開いた。
するとそこには、濡れてから滲んで読めなくなっていた文字が、元通りの母親の柔らかい字の「紺野あさ美」に戻っていた。

「じゃあののは帰るのれ、その本は大事にしてくらはいよ。一回魔法を使うと、めちゃくちゃ腹が減るのれすから。
あっ、それとあさ美ちゃん。たまには弱音を吐いた方がいーのれすよ。いつも“完璧れす”とか言ってると、疲れちまうのれすから」

ののサンタは奇麗になった本を潤んだ瞳で見ているあさ美の顔を見ながら、まだ少し目が回ったヨロヨロとした足取りで、入ってきた窓に向かった。

「あの、本当にありがとうございます」

今までに無い程の弾むような声に、ののサンタは出て行こうとした窓の桟に片足を掛けたまま、身をよじって上半身だけをあさ美の方に向けた。

「お礼なんていらねーのれすよ。らってののはサンタなのれすから。
それに、ののもあさ美ちゃんから、大切なプレゼントをもらったのれす」


ソリに戻ったののサンタは、窓から落ちそうな程身を乗り出して大きく手を振るあさ美に両手で手を振り返し、シャンシャンと鈴の音を響かせながら夜空へと消えて行った。

あさ美が夜空に上がっていくののサンタのソリを小さくなるまで見つめていると、外の廊下の方からカツカツと靴音が聞こえ、ちょうどあさ美の家の玄関の前で止まった。

「あさ美、ただいま〜。今日はクリスマスイブだから早く帰っていいって言われたからさぁ、クリスマスケーキ買ってきたよ」

玄関から母親の声が聞こえたあさ美は、奇麗になった大切な本を胸に抱え、「お母さ〜ん」と叫びながら玄関に向かって走り、母親の体にギュッと抱きついた。
そしてあさ美は、暖かい母親の温もりを感じながら、何年か振りに大声で甘えるように泣いた。

色とりどりなクリスマスのイルミネーションに包まれた街に、今年１年の全ての汚れを覆い隠すように、空から真っ白な雪が落ちてきた。
今年の初雪となるその雪は、何故か甘〜いミルクの味がしていたという。


「ちょっと、ののサンタ！　あんた、ボロボロお菓子のカス、こぼさんとき！」

「あーい」