サウンドノベル5「赤と青」

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85辻っ子のお豆さん
真里とよく行くラーメンのうまい店、珍丼屋。
「安倍の思い入れの場所ってこんな所しかないの?」
 圭織はちょっと呆れた様な顔で、店の入り口を眺めていた。期待してたのと違ったのか
なぁ?悪うございましたね、庶民にはこれが精一杯ですよーだ。
「せっかくだから入りましょ、本当においしいんですから。」
私は半ば強引に圭織の背中を押して、店内へと足を進めた。
「らっしゃい!おお、なっちゃんか。」
「どーもー。」
 常連の私は店長の小池さんとはすでに顔見知りの間柄である。今日は相方がいつもと違
う為、小池さんは物珍し気な眼でこっちを見ていた。
「今日はヤグと一緒じゃねえのかい?えらい美人さん連れてよ。」
とりあえず紹介することにした。
「えーと、今日朝日奈署配属になったばかりの飯田警部補。」
「はじめまして、いただきます。」
「おうよ。」
 圭織の上品な挨拶を小池さんは少し照れながら返した。お品書きを圭織に見せると、私
に任せると言ってきたので、とっておきの奴を頼むことにした。
「味噌ラーメン大盛りネギダク二つ。」
86辻っ子のお豆さん:02/07/27 00:02 ID:Dbe1tN6i
ズズズズズズズズズ……
「うん、うまい。」
「でしょ。でしょ。」
私達は勤務中ということを忘れ、普通に食事を楽しんでいた。

「さっきの話。」
ほぼ食べ終えたくらいの所で、圭織が突然声を掛けてきた。
「どうしてカオリがここへ来たのか、まだ言ってなかったよね。」
 私はスープを啜りながら小さく頷いた。そういえば聞きそびれていたことを、すっかり
忘れていたのだ。横目で見た圭織の顔がやけに真剣な眼差しだったので、私は慌てて器か
ら顔を上げ、ちゃんと話を聞く体勢に移った。結果としてその行動は正解だった、そうし
ていなければ多分私は器ごとスープを吹き出していただろう。

「あなたに会う為に来たの。」
87辻っ子のお豆さん:02/07/27 00:02 ID:Dbe1tN6i
「ゲホッゲホッゲホッ!」
 むせた。そ、それは一体どういう意味で?圭織が私に?もしかして私の事を…でも圭織
は女の人だし私だって女だし、もしかしてそういう趣味の?そりゃ私は今独り身で恋人欲
しいなぁなんてしょっちゅう思ってるけど、私にそういう趣味は…
「アハハハハハハハ!」
なんて私が混乱していると、圭織が大声で笑い出した。
「へ?」
「冗談に決まってるでしょー。オロオロしちゃっておっかしー。」
まだ頭がパニくっている。何、何、私もしかしてハメラレタ?
「上に行く前に一度現場を経験しておきたかったの。ここに来たのはただの偶然よ。」
長い髪をなびかせて圭織は颯爽と立ち上がった。
「今日は案内ありがと、先に帰ってるね。」
 軽く手を振って千円札を一枚カウンターに置き、圭織は店を出ていった。しばらくボー
ッと呆けていた私がハッと気付いて店の外へ出た時には、すでに圭織の姿はなかった。
(なによ、それ…)
冗談かどうか真意は定かじゃないけど、圭織はまだ何か隠している様な、そんな気がした。
88辻っ子のお豆さん:02/07/27 00:04 ID:Dbe1tN6i
「飯田警部補?まだ戻ってないけど。」
「えっ!」
 珍丼屋を出て、そのまま真っ直ぐ署へ戻った。私より先に出た圭織はとっくに署に戻っ
ているだろうと思って、受付の子に尋ねて返ってきた言葉がそれだった。
(まずった、やっぱりまだ道に迷ってるのかなぁ)
 課長に知れたら大目玉をもらいそうだ、私は大急ぎで元来た道をUターンした。珍丼屋
から朝日奈署まではそんなに複雑な道を通る訳じゃないし、まさか迷うとは思わなかった。
やっぱり一人で帰したのは失敗だったなぁと後悔した。

 いくら小さな街といえど、なんの当てもなく一人の人間を見つけ出すなど容易な事では
ない。気が付くともう午後六時を回り、日も沈みかけていた。
(どうしよう…)
(一度署に戻ろうかな、もう帰っているかもしれないし)
そう決めた私は夕焼けの坂道を振り返った。

トクン……

ふいに胸の鼓動が一つ高鳴る。
西日に照らされた坂の向こうに一人の少女がいた。
89辻っ子のお豆さん:02/07/27 00:05 ID:Dbe1tN6i
(あの制服、夕女のだ。)
 私と真里の母校でもあり、現在愛が通っている私立夕凪女子校の制服を纏った少女が一
人、傾斜の緩やかな坂を向こう側から下っていた。それ自体は特に珍しい事ではなかった、
この辺りなら夕女の生徒とすれ違うことなんて毎日のようにある。だけど、なんでか分か
らないけど、この瞬間は違ったんだ。

トクン……

また鼓動が一つ。
無意識の内に私の体はその行動を停止していた。神が自らの手で造形したのではないかと
思わせる圧倒的な美しさを放つ少女。紅色の夕日がその美しさをさらに際立たせていた。
気が付けば、五感全部がその娘を追っていた。私の視線と彼女の視線が重なり合う。その
瞬間、私の体に何かが走った。

「生きて…いたの…」
90辻っ子のお豆さん:02/07/27 00:07 ID:Dbe1tN6i
夕凪の制服を着た美しい娘の口から漏れた言葉。
私は彼女を知らない。
初めて聞く声、初めて見た顔。
彼女は震えていた。喜んでいる様な、絶望している様な表情。
わからない。

トクン……トクン……

私は押しつぶされそうな空気の中、やっとの思いで言葉を発せた。

1.「誰?」
2.「……うん。」
3.「失礼ですけど、人違いじゃないですか?」