サウンドノベル5「赤と青」

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824辻っ子のお豆さん
 体当たりで扉を破ろう。私は少し距離を取り、そのまま全体重を乗せて扉に突撃した。
それを見た圭ちゃんも同じ様に扉に体当たりを始めました。その後方で美貴は場違いなコ
メントを発して浮かれている。

「嗚呼、なつみ刑事の新しい伝説をこの目で見れそう!感激です。」
「アホかー!あんたも手伝え!」
「はい、喜んで!」

 美貴も私達と同じ様に体当たりを始めた。流石にスポーツをしているだけあって、重心
の安定した良いぶちかましを魅せてくれる。不本意だが猫の手も借りたいこんな状況だ、
犯人の手を借りるのも仕方ない。私は美貴から注意を外さず、体当たりを続けた。少しで
もおかしな行動に出たらすぐにとっ捕まえてやる気でいた。ミシィと木製の扉が軋む様な
音を立てた。

「よし、もう少しよ。」
「全力を込めて一斉に行こう。圭ちゃん、美貴ちゃん!」
「OKです!」

三人で同時に突っ込もうとしたその時、廊下の向こうから待ち焦がれた助っ人が現れた。
825辻っ子のお豆さん:02/09/13 10:34 ID:iDMbsPld
「騒がしいな〜おいらに黙って何やってんの?」
「真里!」
「おチビ!」
「やぐっつぁん!」

 私達は同時に振り向いた。北校舎真ん中に位置する階段から、騒ぎを聞きつけた矢口真
里が駆け上ってきたのだ。真里は音楽室の扉の前で並び立つ私達を見て、首を傾げた。

「なっちに圭ちゃん、それに美貴っちまで、どったの?」
「この中に石川さんがいるんです!やぐっつぁんも協力して!」
「なにぃ石川って、あの殺人犯の石川か!マジで!」
「マジで。早くしないと逃げられちゃうから体当たりしてんの。真里、あんたも。」
「よーし、任せろい!」

 と言うと、ちっちゃな弾丸、矢口真里が宙を舞った。メキメキッと物凄い音を立てて音
楽室の扉は破壊された。私達4人は同時に音楽室の中に飛び込んだ。そこで私達は見てし
まった。熱く勇んでいた真里の表情が凍り付いた。崩壊の音が聞こえた。
826辻っ子のお豆さん:02/09/13 10:34 ID:iDMbsPld
それはいつからだったろうか。
あの日、あの夕暮れの坂道で石川梨華と遭遇した日から?
私が真里の家に転がり込んだ日から?
マキと名乗る少女の夢を見始めた日から?

ささやかな幸せだった。
私と、真里と、その妹の愛と、三人での何でもないごくありふれた日常。
いつからだったのか、そんな日常に少しづつ闇が侵食を始めたのは。
ゆっくりと、音も立てず、そして確実に。
闇は確かに私の周りを包み込もうとしていた。

この日、全てが崩壊した。
もう二度と、あのささやかな幸せも戻らない。
827辻っ子のお豆さん:02/09/13 10:35 ID:iDMbsPld
「……」

 愛ちゃんの眼はこちらを見ていた。音の消えた音楽室は闇に包まれ、彼女の肢体だけを
ほのかに映し出している。そこには石川梨華の姿はなく、そして高橋愛も存在してなかっ
た。高橋愛はもう存在していなかった。

私の意識は安倍なつみを離れ、まるで第三者の様な感覚に陥っていった。
矢口真里は高橋愛に駆け寄り、揺り起こす。何度もその名前を叫びながら、揺り起こす。
保田圭もその横に駆け込み、愛の呼吸を脈を確認する。やがて目を閉じ顔を顰める。
隣で悲鳴があがる。藤本美貴が口元に手を当て泣いていた。
矢口真里はそれでも何度も何度もその名前を呼んでいる。何度も何度も。何度も何度も。
やがて保田圭の視線が別の方向に移る。獲物を狙う様な鋭い視線。
それにつられたかの様に、藤本美貴もその方向に向き直っている。
安倍なつみもその方向を見る。

暗幕が一枚、風に揺れていた。窓が一枚空いていた。
828辻っ子のお豆さん:02/09/13 10:39 ID:iDMbsPld
矢口真里を覗く全員が、その窓の前へと駆け込む。
藤本美貴が石川梨華の名前を叫ぶ。保田圭もその姿を捉える。安倍なつみも見た。
対面に位置する校舎の影から、顔をひょっこり覗かせる娘。
その髪型は、忘れもしない、あの坂道で出遭った娘と同じ。
影の中で顔だけを出し、娘はこちらを見据えている。
その口元に微かな笑みが浮かんだ気がした。
そして娘は校舎の向こう側へと姿を消してしまった。
逃がすなと叫び保田圭は走り出した。藤本美貴も後に続き音楽室を飛び出す。
安倍なつみは動かなかった。動けなかった。
矢口真里はまだ、愛する妹の体を抱きかかえ、その名前を叫び続けていた。

(だからさ、あいつには幸せになって欲しいんだ)

矢口真里がどれだけ呼んでも、どれだけ願っても、もう決して叶うことはない。
高橋愛は死んだ。
829辻っ子のお豆さん:02/09/13 10:40 ID:iDMbsPld

〜第五話 終〜