690 :
辻っ子のお豆さん:
「まさか彼氏!」
私が尋ねても、亜弥ちゃんは押し黙ったまま口を開こうとしない。
もう一度窓ガラス越しにテーブルに向かい合う二人を見た。
だけどどうも恋人同士という雰囲気には見えない。
愛の表情が少し強張っている。向かい合う彼の表情も同じだ。
「亜弥、あんた何か隠してるだろ?」
真里が亜弥ちゃんの肩に腕を掛け問い詰め出した。
それで心を決めたように亜弥ちゃんはようやく重い口を開いた。
「実はですね…」
この町には夕凪女子校以外にもう一つ男子校がある。
彼はそこの三年生、サッカー部のエースで、夕女にも多くのファンを持つ人気者だそうだ。
そんな彼が愛に告白をした。三日前の出来事。
チア部として応援に来てくれた愛に惹かれていったそうだ。
実は愛も同じ様に、彼に憧れていた。
「てことは両想い?めでたしめでたしじゃん。ねえ真里。」
「……」
「だけど、愛。返事はできなかったんです。」
「へ、何で?好きなんでしょ?」
「結局返事は今日する約束になって。それが今、多分愛は…」
それきり亜弥ちゃんはまた押し黙ってしまった。
だがその悲しい気な表情がその先の言葉を物語っている。
私は理解できなかった。だけど真里は何かを悟ったみたいだった。
「あいつ、まさか…」
顔を上げた真里は突然店内へと駆け出していった。
私と亜弥ちゃんが引き止めようとしたが、もう遅かった。
「…だから、ごめんなさい」
相手の目を見ようとせず俯きながら返事をする愛。
鼻の頭を指で掻きながら、彼は苦笑いを浮かべた。
「そっか、それじゃ…」
「愛ぃっ!!」
そんな重苦しいムードの中へ、突然火の玉が割って入って来た。
愛はびっくりして口をポカーンと開けた。
「お姉ちゃん!何でここに?」
「何でじゃねえよ、このバカヤロウ!」
何がなんだか分からない彼は呆然としていた。
突然の喧燥に周りの客は何事かと振り返る。
そんな事はお構いなしに真里は愛を攻め始める。
「お前さあー自分に嘘付くなよ、好きなら好きって言えばいいじゃん!」
「ちょっと、お姉ちゃんは関係ないでしょ!ほっといてよ!」
「うっさい!あんたがあんまりバカすぎるからだ!」
「仕方ないでしょ!だって…!だって…」
愛は泣いていた。
「お父さんも…お母さんもいなくなって…お姉ちゃんひとりで…私の為に…
がんばって働いてるのに…私は何にもできなくて…だからご飯とか洗濯とか…
せめて家のことくらいやんないと私…お姉ちゃんに…何にも…」
「バカ」
「だから…私だけのん気に…恋したり…遊んだり…楽しんだりなんて…できないよ。」
「バァァァァァァカ!!」
「おい、そこの好青年!」
戸惑う彼を真里はビシッと指差す。
「こんなバカだけど、根はいい奴だから、よろしく頼むな!」
「…!、お姉ちゃん」
落ち着きを取り戻した彼は、真剣な真里の眼を見据え、静かに頷いた。
それを見た真里はよしと笑ってクルッと店外へ駆け出した。
外に出てくるとそのまま大通りを駆け足で走っていった。
愛のことは亜弥ちゃんに任せ、私は後を追った。
細い路地裏で、息を切らし真里は立ち止まっていた。
「真里…」
「うちの馬鹿親が離婚しちゃってからさ、愛には辛い想いばっかさせてたんだ」
「…」
「いっぱい遊んだり笑ったり恋したい時期のはずなのにさ」
しゃべり続ける背中が震えていた。
「あいつ、小遣いなんて無いに等しいんだぜ、全部生活費に回してさ」
「…」
「でも何にも文句言わねえの。ちっとも辛そうな顔見せねえの」
「…」
「私はあいつに何にもしてやれてねえの」
(そんなことない)
私はそっと彼女に近づき、後ろから抱きしめた。
ちっちゃなおねえちゃんも泣いていた。
「だからさ、あいつには幸せになって欲しいんだ」
「…」
「愛が笑っていてくれれば、私はそれでいいんだ」
「幸せだよ」
「え?」
「こんな優しいお姉ちゃんがいて、愛ちゃんは幸せだよ」
振り向いた真里は泣きながら少しはにかんで見せた。
私はあらためて真里と愛の姉妹が大好きになった。
「そっかなあ?」
「そうだよ」
「ヘヘ…でも帰ったらいじめてやろ」
「ん?」
「だって羨ましいじゃん、あんなカッコイイ彼氏。チョークスリーパー掛けちゃる」
「アハハ、なるほど」
1. 私は愛ちゃんを庇ってやるか
2. 私は腕ひしぎ十字固めだ
3. 私はお尻ペンペンだ