ここは私が圭織の道案内をするべきだろう。
「はい、私がやります。」
自ら挙手して言った。確かに圭織と二人きりになるのは気まずいけど、今動かなければ
ずっとこのままの関係になる気がした。そんなの絶対嫌だし、さっき真里に元気を分けて
もらったばっかり、なんとかなる気がしたんだ。
「そうだな、安倍とは同期みたいだし、その方がいいだろ。」
課長も承諾し、私は圭織に街案内をすることになった。
ドサッ!
真里の机の上に山積みの書類が乗せられる。
「矢口、お前は今日中にこれ片付けとけよ。」
「しょんな〜!なっちぃーやっぱおいらが行くぅ!代わって代わって!」
あまりの量に泣きべそかきながら真里は私の腕を大きく振りまわしてきた。私は軽く笑
みを浮かべ、あっかんべーした。
「もーおそーい。」
「よろしく。」
署の入り口で待っていた圭織は、私の顔を見つけるとそっけない挨拶を一つくれた。
「じゃあ行きましょうか。」
私の敬語に対して、もう圭織は何も言及しなかった。そのまま私が門を抜け外に出よう
とすると、ボーッと立ったままの圭織が首を傾けながら声を掛けてきた。
「どこ行くの?ミニパトあっちっしょ?」
その指は駐車場の方を指している。どうやら車に乗って街巡りすると思っていたみたい。
「現場の基本は足です。車中じゃわからないことはいっぱいあるんですよ。」
少し言葉強めの返答だったけど、圭織はどうやら納得したみたく、なるほどと言いなが
ら私の後を小走りに追っかけてきた。
ミーンミーンミーン
セミの鳴き声が鳴り響く線路沿いの道を制服の二人が並んで歩く。夏真っ盛り、気温も
とっくに30℃をオーバーしているらしい。歩くだけで汗だくになってくる。署を出てから
圭織との間にはまだ沈黙が流れている。頑張ってみようと思ったけど、何を話したらいい
か思い付かないよ。仕事の話といっても、エリートと落ちこぼれに共通する話題なんて、
大体どうして彼女はわざわざ東京の本部からこんな小さな街の署になんかやって来たのだ
ろう?何か特別な理由でも……
「どうしてカオリがここへ来たのか?」
口を開いたのは圭織、私が思っていた事をそのまま言われたので心臓が喉から出そうな
程びっくりした。私が胸を落ち着かせていると圭織は続けた。
「そう考えていたっしょ、そんな顔してるよ安倍。」
「う、うん。あーじゃなかった、はい。」
動揺していたので思わず口からこぼれた返事を、私は慌てて訂正した。そんな私のうろ
たえる様を見て、圭織はクスクスと笑い出した。
「二人きりなんだし無理に敬語使わなくていいよ、まぁ安倍がそうしたいならいいけど。」
「ありがとうございます。だけど私不器用だから
敬語の使い分けなんてできそうにないんで、このままでいいです。はい。」
「確かに、見るからに不器用そうだもんな。」
「あーそれひどいですよー。訂正して下さい飯田さん。」
圭織は今度は声を出して笑った。そんなやりとりで、二人の間にあった壁が少しづつ取
り壊されていく気がした。急行の電車が横を走り二人の笑い声を掻き消す。少しの間だけ
できた電車の影が、厚さをほんの少し和らげ心地よかった。
駅前、商店街、港、数時間かけて私達はこの街の中心と呼べる場所をグルリと回った。
白い入道雲に覆われた青い海を眺めながら、圭織はうんと伸びをした。
「良かった。いい街だ。」
その言葉が、まるで自分の事を誉められた様に嬉しく感じた。時計を見ると午後4時を
少しまわったところであった。私はまだ海に見とれている圭織に大きく声を掛けた。
「もうあんまり時間ないけど、飯田さん他に寄りたい所ありますかー。」
圭織は口元に手をやり、ちょっと考えた素振りの後口を開いた。
「安倍が思い入れのある場所を見てみたい。」
意外な返答に私はまた少し驚いた。飯田圭織という人物の考えをまだどうも把握しきれ
ない。エリートってのはおかしなもんだと思った。さて、私の思い入れのある場所、果た
してそんな所あっただろうか。少し思考を巡らせ、私の頭に一つの名前が浮かび上がって
きた。
1. 真里とよく行くラーメンのうまい店、珍丼屋
2. 二年前に卒業した母校、私立夕凪女子校
3. 落ち込んだ時等によく足を運ぶ、街を一望できる緑の丘