サウンドノベル5「赤と青」

このエントリーをはてなブックマークに追加
550辻っ子のお豆さん
閑話休題A「後藤真希の愛」

かっこいい自分が好きで、かっこ悪いことなんか絶対したくもない。
寄ってくる男はいっぱいいた。だけどそれは全部お遊び。
心まで奪われるなんてことは一度もなかった。
愛のない環境で育ち、愛を拒み続けた自分に、愛なんて分かるはずもない。
クールでかっこよくて何でもできる大人びた自分を演じ続けてきた。

心を許せたのはよっすぃーと梨華ちゃんくらいだった。
二人は仲間だから。この辛い環境を共にしてきた仲間だから。
親も兄弟もいない私にとって、それは残された最後の安息の場所。

ワールドカップのあったその年、私達は三人で初めての海外旅行を計画した。
飛行機に乗って、一路ハワイへ。
その機内で私は一人の少女とすれ違う。
少女は大勢の友達と楽しそうにはしゃぎ、優しそうな家族に甘えていた。
私に無い物を全て持っている少女を、私は憎らしくさえ思った。

そしてあの事故が起きた。
551辻っ子のお豆さん:02/08/27 09:13 ID:wPbAsh69
最初はほんの気まぐれだった。
今にも崖から落ちそうにしている娘に、私は必死で手を伸ばした。
あの少女だった。
柄にもなく声を荒げ、汗をかいて、命懸けで人助けなんかしている。
(かっこわるい、こんなの私じゃない…)
(どうしてこんな見ず知らずのガキを助けなきゃならない?)
(下手すると私まで落ちちゃうかもしれないのに?)
少女は首を横に振りながら叫んだ。
「ののはもう死んでいいんだから!だから手を…」
(死んでいい?)
(親も兄弟もみんないなくなったからか?)
(ふざけんなよ!)
許せなかった。こっちは物心付いた時から一人なんだ。そう思ったら声が出た。
「死ぬなんて言うな!あんたはまだ生きてるでしょ!」
(私はそうやって生きてきたんだ。)
(お前だって生きてみろ!)
よっすぃーと梨華ちゃんの助けが入り、私は少女を生かすことができた。
552辻っ子のお豆さん:02/08/27 09:13 ID:wPbAsh69
砂浜に下りてきた私達は、乗ってきた飛行機の爆発を目撃する。
一刻も早くその場を離れなければならない。
みんながそう思い後退を始めたとき、あいつだけが信じられない行動に出た。
なんと燃えさかる機体の方へと走り出したのだ。
私は思わずあいつを追いかけて、その腕をつかんだ。
「あんたバカ?死ぬ気?」
「中に!中にまだトモダチがいるかもしれないのっ!」
少女は私の手を振り解き、躊躇う事なく飛行機の中へ入っていった。
衝撃だった。
(こいつはトモダチの為に命を賭けるっていうの?)
(中にいるかどうか、生きているかどうかもわからないのに?)
(できる?私にそれが?)
気が付くと私も走り出していた。後ろでよっすぃーの私を呼ぶ声がした。
「あの子を助けに行く!先に逃げてて!」
私はよっすぃーと梨華ちゃんにそう告げ、機内へと向かった。
こんな行動に出る事、少し前の自分なら考えられなかった。
自分が少しずつ変わっていっていることに、まだ私は気が付いていなかった。
あの少女との出逢いから少しずつ…
553辻っ子のお豆さん:02/08/27 09:14 ID:wPbAsh69
炎の中で、少女は佇んでいた。
その足元に、少女が探していたと思われる人物が、変わり果てた姿で転がっていた。
それが現実であった。
(ああ、そうなんだ…)
(彼女も全てを失ったんだ…)
(私と同じなんだ…)
私は手を伸ばした。
振り向いた少女はその手を掴んだ。暖かかった。
(変われる。この子なら凍り付いた私の心を溶かしてくれる)
(この子は私なんだ…)
(絶対に死なせない。生きていくんだ)

爆発から生き延び、流れ着いた砂浜で私は泣きじゃくる少女を抱きしめた。
誓おう。
「私が、あんたの生きる支えになってやる。」

「後藤真希の愛」終