535 :
辻っ子のお豆さん:
閑話休題@「藤本美貴の夏」
夏が来ると思い出す。
何でも一番じゃないと気が済まない子供でした。
スポーツも、勉強も、遊びでも。誰にも負けたくなかった。
特に小学校から始めたバレーボールは、本当に誰にも負けない自信があった。
あの夏、彼女のプレーをこの目で見るまでは。
私がまだ中学生だった頃、友達と一緒にとあるバレーボール大会を見学に行きました。
そこで私は彼女に目を奪われました。
負けた。そう思いました。
実際に対戦した訳でもない、比べてみた訳でもない。でもそう思ったのです。
ひとつひとつの動き、スピード、キレ、パワー、そして気迫、どれをとっても勝てないと。
私に始めて挫折を与えた人物の名前。
吉澤ひとみ。
私の人生に目標ができました。
吉澤ひとみに勝つこと。吉澤ひとみを越えること。
私はひたすらバレーに打ち込みました。
でもどれだけ練習を重ねても、彼女に追いつかない様な気がしました。
高校に進学した私はバレー部と兼ねチアリーダーにも参加することにしました。
チアの持つスピーディーな動き、バネ、スタミナ、柔軟性。
これらがバレーにも活かせるのではないかと考えたからです。
一日も欠かさずチアとバレーボールの練習をする日々。
大変だったけどそれは充実した日々でした。心に決めた目標があったから。
そして気が付けば高校三年生。私はチア部の部長にしてバレー部のエース、さらに生徒
会副会長という立場になっていました。
そんな多忙な毎日に変化の兆しが見え始めたのはあの日だったと思う。
私のクラスに一人の転校生がやってきた。
スラッと伸びた細い手足、やや色黒、女の私から見ても目を奪われる程の美人。
正直な話、校長の趣味で美人が多いこの女子校の中でも、自分はトップクラスのいい女
だろうという自信は持っていた。私と競えるのは同じクラスで生徒会書記の柴田あゆみく
らいだと。だが、彼女はそれ以上に圧倒的に美しかった。
石川梨華。
私にとって二つ目の敗北感を味合わせてくれた女の名前。
ミーンミーンミーン
セミの鳴き声が、忘れられない夏の始まりを告げていた。
「藤本美貴の夏」終