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辻っ子のお豆さん:
〜第三話 赤の章 私立夕凪女子校殺人事件〜
夜の帳が静かな住宅街を包む。深夜遅くまで様々なネオンが彩る繁華街とは異なり、こ
の辺りは普段、こんな時間ともなると小さな外灯が所々に見えるくらいである。ところが
この日は違った。ネオン街ばりの眩しさが辺り一面を照らしている。しかしその光の元は
店の看板でも輝かしいオブジェでもなかった。
「直ちに現場急行せよ!鑑識と増援も頼む!」
サイレンの音が閑静な住宅街を不穏な色に染める。何十台というパトカーがその場所を
囲むように並べられていた。いずれの車両もライトを全開に灯し、その空間だけまるで昼
間の様な明るさを浮かべている。
誰もが必ず何かしらの思い出を抱える場所なんてそうはない。そういう意味で、そこは
ある種の特殊な空間と言えるだろう。闇の中に大きくて白い建物が映える。まだ建造され
てあまり年月が過ぎていない様だ。一人の警官が無線機に向けて大声でその名を発した。
「現場は朝日奈北3丁目、私立夕凪女子校!」
一台のミニパトが学園脇の路上、他の車両と並ぶように停止した。左右の扉がほぼ同時
に開き、中から二人の女性が姿を見せる。運転席から降りた小柄な女性と目配せすると、
助手席から下りたその女性は、短く切った髪をさっとかき分け一斉に校内へと駆け出した。
彼女の名前は安倍なつみ。この事件が自分の運命を大きく左右することなど、今はまだ知
らない。
「安倍、矢口、こっちだ。」
先に到着していた先輩の後に続き、私と真里は校内へと足を踏み入れた。職員玄関から
内部へと入館する。何度も通った廊下や見覚えのある教室、それもそのはず、ここは私と
真里が少し前まで通っていた母校なのだから。階段を一つ上がり廊下を右に曲がると、突
き当たりの部屋の前廊下に大勢の警察が集まっているのが見えた。
(理科準備室……)
扉の横の札にそう書かれていた。それがなければきっと何の部屋かわからなかったと思
う。在校時もあまり利用した覚えのない部屋だったからだ。私は開け放たれた扉から、室
内の様子を窺った。
ドクン……
意識とは無関係に体が反応した。20代前半…私とさほど変わらないくらいの女性の死体
が部屋の中央に転がっていた。その周りには赤い染みによって小さな湖ができている。顔
は見れなかった。刃物で顔をめちゃめちゃに切り刻んだ跡があったからだ。あまりに惨た
らしい状況で、私はすぐに視界を室内から移した。全身に脂汗が浮かんでいた。
いくら刑事といっても、こんな小さな街だ。死体なんてそうそうお目にかかる物ではな
い。とはいえ経験がない訳でもなく、怖いとか仕事できないとまではいかない。確かに残
酷で凶悪な事件である。だけど正直な話、私にとってはこれ以外の他の事件と同じ、仕事
の中の一つでしかなかった。少なくとも今この死体をお目にかかるまでは。
トクン…
あの死体を目にした瞬間、体が反応したんだ。今まで、他のどんな事件と関わってきた
時でも、こんなことはなかった。この鼓動の正体が自分でもさっぱり分からない。だけど
これと同じ感覚に覚えがある。まだたった数時間前のことだ。
「生きて…いたの…」
夕暮れの坂道で偶然であった美しい少女。
彼女は私を見て立ち止まり、そんな言葉を口にした。
あの時と同じ感覚を今も感じている。
トクン…トクン…
「はい、どいてどいて。」
人込みを掻き分けて、鑑識の一団が到着した。その中にはよくわたしの相談を聞いてく
れる圭ちゃんの姿もあった。鑑識とは、犯罪の発生した現場で犯人を特定できる証拠品を
探す仕事をいい、指紋や足跡、髪の毛1本も見のがさない。この現場鑑識が終るまでは例
え刑事といえど無意味に現場に侵入することはできないのである。
「やだねぇ、自分の高校でこんな事件があるなんて。」
隣にいた真里が、泣きそうな顔で私の腕にしがみついてきた。彼女は私より一つ後輩な
分、あまりこの様な状況に慣れていない。特に少し前まで毎日通っていた場所での事件だ。
悲しい気持ちも人一倍つらいだろう。
「…うん。」
被害者を病院へ運び、現場鑑識が終わる。この間、私には何もできなかった。私達の仕
事はここからである。そうして得た死亡推定時刻、現場状況を元に犯人を捜索することで
ある。やがて校長の寺田氏を筆頭に、呼び出された当校の教師陣がほぼ全員集まっていた。
その中には見覚えのある顔もいっぱいあった。私はその中の一人に声を掛けた。
1. 校長の寺田氏
2. 担任だった中澤先生
3. 全然知らない鈴木先生