237 :
辻っ子のお豆さん:
「お姉さんまで落ちちゃう!もういいよ、手を離して!」
すでに死を覚悟していた私は、危険を冒してまで自分を助けようとするこの女姓を巻き
添いにすることを恐れました。その恐れから出た言葉でした。苦痛に満ちていたお姉さん
の顔に、怒りの様なものが混じってきたことを私は感じ取りました。そうさせたのは私の
言葉です。
「離せるか!馬鹿!」
そう叫ぶお姉さんの額に大粒の汗が玉の様に浮かんでいました。右腕で私の腕を掴み、
左手と両足を付近の木々に絡め体を支えているのです。だけどそれももう限界が近い様に
見えました。お姉さんの体の震えが伝わってきます。このままだと、二人とも谷底へとい
うことになりかねません。私はまた叫びました。
「ののはもう死んでいいんだから!だから手を…」
そのとき、お姉さんの声が私の声を掻き消したのです。
「死ぬなんて言うな!あんたはまだ生きてるでしょ!」
私の諦めの気持ちを消し去ったのです。
(生きている。そうだ、私はまだ生きている。)
(死にたくない。死にたくないよぉ!)
奇跡は起こりました。限界を迎えていたお姉さんの後ろから、新たに二人の女性が姿を
見せたのです。二人はすぐに事情を察し、私の体をお姉さんごと引っ張り挙げてくれまし
た。私は助かりました。泣きました。
お姉さん三人組の内の一人、色黒だけど女性らしい美しさを備えたお姉さんが、そんな
私の事をあやす様に優しく抱きとめてくれました。
「もう大丈夫だよぉ。」
私はさらに泣きました。
「泣くな、泣くな。」
おっきくて暖かい手が、私の髪の毛をクシャクシャッとしました。顔を上げると、男の
人と見間違える程のかっこよさと天才的な美貌を兼ね備えたお姉さんの、あったかい笑顔
が見えました。私も泣きながら必死で笑顔を受かべました。
「あんたで二人目。」
少し離れた所で腰を下ろしたお姉さんは、他の二人とは違いクールにそう言い放ちまし
た。そのクールさが彼女の美貌をさらに引き立てている様に見えました。
(二人目?)
私はその言葉が引っかかり、頭の中で復唱していました。
「希美!」
森の奥から麻琴ちゃんが声を掛けてきました。
「あれ?まこっちゃん!」
そこでようやく私は麻琴ちゃんが悲鳴をあげていたことを思い出しました。
「まこっちゃん、無事なの?」
「あのねえ、それはこっちの科白よ。驚いたのはこっちなんだから。」
頭の中に?マークが浮かびました。
「どっちもどっちだ。」
かっこいいお姉さんがそう言うと、あとの二人も声を上げて笑い出しました。
話を聞いてやっと納得しました。真琴ちゃんも私と同じ様に谷に落ちそうになり、三人
に助けられたそうです。あの悲鳴はその時のものと分かりました。
「これで生き残りは6人目ね。」
色黒のお姉さんがそう言って、立ち上がりました。
(6人?ここには5人しかいないけど…あさ美ちゃんのこと知ってるのかなぁ?)
私が密かに疑問に思っていると、その疑問を麻琴ちゃんが解決してくれました。
「あのね希美、あっちに里沙もいたのよ。あの子も生きていたの!」
事故の時、お姉さん達三人は最後尾の休憩室で休んでいたそうです。そこへ飛行機酔い
で気分を悪くした里沙がたまたま訪れてきました。里沙が横になった次の瞬間、飛行機は
凄い勢いで下降を始めたそうです。4人は休憩室の柔らかいクッションのおかげで、大き
な怪我を負わずに済み、すぐに脱出することができたのでした。ただ、小さな里沙だけが
ショックで気を失ったままだったので、お姉さん達がおぶって今近くの森で休んでいるそ
うです。
「合流しようか。」
かっこいいお姉さんの合図で私達5人はその場から移動を始めました。合流というのは、
あさ美と里沙のことです。私はもう一人の生存者を海岸に置いてきたことを、お姉さん達
に伝えました。それで、海岸と森で寝ている二人の所へ行こうということになったのです。
移動の間に私達は互いの自己紹介をすることになりました。
「辻希美、中学三年生です。」
色黒だけどため息が出るくらい綺麗なお姉さんの名前は、石川梨華でした。
かっこよさと美貌を併せ持つお姉さんの名前は、吉澤ひとみでした。
クールで怖いくらい美人なお姉さんの名前は、後藤真希でした。
このとき、私の胸に今まで感じたことのない何かが生まれていました。
胸がドキドキしている。
怖かったから?助かって嬉しいから?
違う。こんな感じは初めてだよ。
気が付くと、あの人のことばかり目で追っている。
私を助けてくれたあの手のぬくもり。
「生きろ」と言ったあの声。
誰か教えて下さい。
この胸のドキドキはなあに?
〜第二話 終〜