23 :
辻っ子のお豆さん:
「愛ちゃん、最近学校の方はどう?」
何気ない話題で私は二人の眼をこちらに向けさせた。
「楽しいですよ、チアも結構上手になってきたし。」
愛はすぐ近くの私立夕凪女子校に通っていて、部活動でチアダンスを始めたらしい。
「でね、部長の藤本さんがとってもかっこいいんですよ。チアも上手で。」
「おいらが小さい頃にもいたなぁ、そういう憧れの先輩って奴。」
「何言ってるの、お姉ちゃん今でも十分小さいでしょ。」
「あーそっかーー、ってまた言ったなぁ愛!」
「キャーなつみさん助けてー、お姉ちゃんに襲われるぅ!」
やれやれ、結局こうなるのか。もう知らないよ。
「ピンポーン。」
玄関からチャイムの声真似が聞こえた。その行為だけで誰が訪れたのか皆わかっている。
「あややだ。やっばい、もうこんな時間。」
「おっはよー愛、学校いこーよー。」
「うん、今行くー。」
愛は食べかけのトーストを咥え、カバン片手に飛び出した。
「いっふぇきはーす、あふぉよろひく。」
親友の松浦亜弥と一緒に、愛は一足早く登校していった。
「なっち、うちらも急がなきゃ。」
「だね。」
私達も即急に朝食を済ませ家を出た。一日の始まり。
もうすっかり夏が訪れた街を急ぎ足で走る。汗が首筋を滴り落ちてきた。大通りに出て
道沿いに進むとやがて真っ白で大きな建物が視界に入る。あれが私と真里が勤務する朝日
奈警察署だ。
「よっ、お二人さん。今日も遅刻?」
署の入り口をくぐった所で、コンビニ袋をぶら下げたお姉さんが声を掛けてきた。
「あー圭ちゃんだぁ、おはようございまーす。」
「なんか眠そう、また泊りっすかぁ?」
口を尖らせて頷いた彼女の名は保田圭、鑑識課に所属する私の一つ年上の先輩だ。出来
損ないの私に厳しく当る先輩が多い中で珍しく、対等に話せて相談にも乗ってくれる頼り
になる先輩なのである。
「例のバラバラ事件の解明にてこずってさ、今日も徹夜だよ。」
アクビをかみ殺しながら圭ちゃんは応えた。先週、県境の山奥にてバラバラに切り刻ま
れた女性の死体が発見された。その身元調査で鑑識課は今大忙しらしい。
「まあ後で暇あったら顔出してよ、雑用でもしてもらうからさ。」
「それは勘弁、お昼ならいいけどね。」
「なっちなっち、やばいやばい遅刻する。」
「ウソ!?て訳でうちら行くね。圭ちゃん。」
「おう、行け行け。」
時間もなかったので軽く挨拶だけ交わして私達は圭ちゃんと分かれた。
8時の合図。
「ギリギリセーフ。」
どうにか今日も遅刻を免れたみたい、でも毎朝毎朝大慌てでの登場は上司の眼が痛い。
明日こそは余裕を持って来ようと私は心に誓った。(確か昨日も誓った気がするが)
朝礼が始まる。いつもの様に課長が前に立って代わり映えしない話をする。と思ってい
たのだがこの日は違った。課長の横に、見慣れない長身の美しい女性が立っていたのだ。
「ねえねえ、あの人誰だろ?」
隣の机の真里が私の耳元まで首を伸ばして尋ねてきた。新人の真里が知らないのも無理
はない。だってあの人は入社以来ずっと警察本部勤務のエリートなのだから。でも私は知
っている。彼女とは少しばかりの縁があった。
入社式にて向こうから話し掛けられて知り合い同士となった。話してみると同じ出身に、
生まれた日もたったの二日違い、本当は歌手になりたかった等共通する点がいっぱいあり、
すぐに打ち解けることができたのだ。ただ一つ、大きな違いがあることをその時は気付い
ていなかった。
「本日付けで我が朝日奈署刑事部捜査第一課勤務となった飯田警部補だ。」
警部補。課長の紹介から聞こえたその響きに私は動揺を隠せなかった。巡査である私と
比べてすでに階級が二つも上なのだ。異例のスピード出世である。これが私と彼女の大き
な違い、落ちこぼれとエリートの差。
「飯田圭織です。まだまだ若輩者ですのでよろしくご指導ご鞭撻のほどお願いします。」
一年半ぶりに再会した同期の仲間が、まったく別人の様に写って見えた。
このときの私の彼女に対する気持ちは……
1.彼女の出世が素直に嬉しかった。
2.もう対等じゃない気がして寂しかった。
3.実は殺してやりたいほど嫌いだった。