218 :
辻っ子のお豆さん:
考える暇はない、悲鳴の聞こえた方向へと急ぐ。
(まこっちゃん!)
私は飛行機を駆け下りて悲鳴の聞こえた方を仰ぎ見ました。あさ美ちゃんはさっきまで
と変わらぬ場所で同じ様に横になっていました。悲鳴が聞こえたのはもっと向こうの森の
中から。そう、あの足跡を追って麻琴ちゃんが向かった方角です。
「まこっちゃーん!!」
私は大声で彼女の名前を連呼しながら、足跡の続く森へと足を踏み入れたのです。
(どうして悲鳴なんか聞こえたの?)
(足跡を追っていっただけなのに)
木々の合間を掻い潜りながら、様々な考えが私の頭に浮かんでは消えます。やがてそれ
は最悪のイメージへと辿り着きました。例えば、あの複数の足跡が野蛮な男の集団だった
としたら、事故で気が狂った彼らが麻琴ちゃんの様な若くてかわいい娘を見つけたら、一
体どの様な行動をとるか……想像に難くはなかった。
(まこっちゃん…)
全身に鳥肌が立つのを感じました。怖くて逃げ出したかった。だけど私は走り続けまし
た。怖くて仕方なかったけれど、大切な友達を失う事の方が今はもっと怖かったからです。
ふいに、それまで地面を踏みつけていた足の感触がなくなったのです。体全体が滑り落
ちるような感覚に襲われました。いや実際に落ちているのだと気付いたときには、すでに
頭が地面を下回っていました。密集した木々と、恐怖から来る緊張によって、深い谷が走
っていたことに気が付かなかったのです。
「うわあああああああああっ!!!」
落ちたら間違いなく生きてはいられない深さの谷でした。寸前で私は、体に絡み付いて
いた長い草にしがみ付きました。それでなんとか落下を防ぐことができたのです。地上下
2m程の所で宙ぶらりんの形となりました。だけどまだ命の保証ができた訳ではありませ
ん。聞きたくない音が聞こえてきたのです。
ブチッブチブチッ……
私の体重を支えきれなくなった草の千切れる音です。
(失礼だよ、そんなに重くないもん!)
きっと重かったのでしょう。徐々に体が降下してゆくのを感じました。下を見ると、細
い川が流れるているのが見えました。落ちたらまず間違いなく助からない高さです。デコ
ボコの岩肌がむき出しで、捕まれる様な物は何も見当たりませんでした。
死。
一つの文字が私の思考全てを埋め尽くしました。
落ちたら死ぬ。
私の命を繋ぎとめている草々は、無情にもその使命を放棄せんとしていました。
手の届く所には、引っかける様な都合のいい枝も突起もない。
助かる術はもう残されていませんでした。
(のの、死ぬの)
不思議と私は落ち着いていた。
ありのままを全部受け入れられた。
もうお父さんもお母さんもお姉ちゃんもいない。
生きていたって何もいいことなんかない。
心が諦めの感情に支配されてゆく。
(お母さん、お父さん、お姉ちゃん、ののも今そっちに行くね。)
(もう疲れたよ。)
私は死を覚悟しました。
もしあの瞬間、あなたの声がなければ、あなたの手が見えていなければ……
辻希美はなくなっていたよ。
「つかまれっ!!」
気が付くと、完全に千切れた草々の代わりに、一本の細い腕が私の腕を掴んでいました。
きれいな女の人でした。
崖の際に身を乗り出し、私を助けようとしているのです。自分の危険も顧みず。
(誰?このお姉さん?)
だけど細腕一本では、私の体を引っ張り挙げるどころか支えることすら困難です。
女の人の顔色が徐々に苦痛へと変わり始めてゆきました。
1.「お姉さんまで落ちちゃう!もういいよ、手を離して!」
2.「離さないで!死にたくないよ!助けて!」
3.「早く引っ張れ、タコ!」