164 :
辻っ子のお豆さん:
あさ美ちゃんをおぶって、すぐに出口を探す。
「もう少しの辛抱だからね。」
それはあさ美ちゃんにだけではなく、自分に言い聞かせたい為に出た様な台詞でした。
背負ったあさ美ちゃんの体は思ったより軽く感じ、それが少し怖かった。私はなるべく下
の方を見ない様に周りを見渡しました。そしてシート十席分程前方の壁からうっすら光が
漏れているのを見つけました。
(あそこから出れるかもしれない!)
意識を失ったままのあさ美ちゃんを背負いながら、私はその小さな希望の光へと足を進
めました。機体はどうやら傾いているみたいで、通路は少し下り坂になっていました。
グチョ!
ふいに堅いような柔らかいような変な感触を足の裏に感じました。
「何?」
その正体は薄々気付いていたのかもしれません。眼を足元に向けて確認なんてしなけれ
ば良かった。肉の削げ落ちた褐色の棒が通路を横切る形であったのです。私が踏みつけた
ものは人間の腕でした。お父さんくらいの年齢の男姓、その生気のない双眸が踏まれた事
を怒るかの様にこちらを睨み付けていました。
「うわああああああああああ!!!!!」
私は慌てて足を上げ、夢中で走り出しました。
私が見つけた微かな光は、墜落の影響でできたと思われる亀裂によるものでした。亀裂
は私の身長の倍くらいの大きさがあり、外へ脱出することはそれほど困難ではありません
でした。機内程ではないけど外も少し薄暗かった。日が昇った後なのか前なのかは分かり
ませんでした。でも砂の感触と波の音で、そこが海岸であると言う事はすぐに分かりまし
た。私はとりあえず、背負っていた友人を砂浜で横にさせました。
「んん、んんっ……」
つらそうなあさ美ちゃんの吐息が、私の不安を一層かきたてる。私は願いました。
「お願い、お願いだから死んじゃ駄目だよ!私を一人にしないで!」
彼女からの返事はなく、荒い息使いが聞こえるのみでした。このままじっとなんてして
いられない。何かできないものかと私は辺りを見渡しました。砂浜の向こうにはジャング
ルみたいな森があり、それは海岸線に沿ってずっと連なっていました。今見える範囲では
変わった物は何もないことが分かりました。
(やっぱりここしか……)
後ろを振り返る。さっきまで乗っていた飛行機はやっぱり斜めに傾いていて、前の方半
分くらいは海水に浸っていました。救急道具とか食べ物とか必要な物が何かこの中にある
かもしれないです。さっきのこともあり、できればもう入りたくはなかったんですけど、
そんな事は言ってられません。私は意を決して立ち上がりました。
「希美っ!!」
突如、私の名前を呼ぶ大きな声。
振り返ると右方向、海水に浸った飛行機の頭付近、砂浜に一人の少女がいました。
「まこっちゃあああああん!!」
私は大声で彼女の名前を叫びました。走りました。麻琴ちゃんも走ってきました。
私達はちょうど真ん中辺りで抱き合って、互いの名前を何度も何度も呼び合いました。
「本当に希美!希美だ!あんた生きてたの!本当に生きてたの!?」
「生きてるよ!まこっちゃんも!良かったぁ!良かったよー!まこっちゃああん!!」
とっくに枯れ果てたと思っていた涙が、まだ全然込み上げてきます。
だってこの涙はさっきの涙とは違うもん。嬉しいときの涙だもん。
多少の擦り傷は持っていたけれど、麻琴ちゃんもほぼ五体満足と言えました。
「やっぱりまこっちゃんは丈夫だね。」
その言葉に反応した彼女は、目に涙を浮かべたまま私のおでこを小突いた。
「あんたに言われたくないわよ。この体力バカ。」
そう言ってまた私の事を抱きしめました。
「信じてたから。あんただけは殺しても死なないって信じてたから。」
なんだかヒドイ事言われている様な気がしたけど、今はそれすら嬉しく感じた。いつも
負けん気が強くて泣いてる所を人に見せたことのない麻琴ちゃんが、私の胸で思いっきり
泣きじゃくっている。彼女も私と同じだ。
「そうだよ。ののは絶対死なないんだから!」
墜落の時、あの亀裂のすぐ傍の席だった麻琴ちゃんはそのまま海面に放り出されたそう
です。一緒に放り出されたシートが衝撃を吸収し、奇跡的に大きな怪我を負わずに済んだ
のだと説明してくれました。いくつかある擦り傷は、海の中で機体の破片に触れてできた
ものだとも言ってました。砂浜まで泳ぎ着いた後は、その絶望的な光景を目にしてしばら
く泣き続けたそうです。泣き疲れ、飛行機近くへ歩き出した所で私の姿を見つけ出したの
です。
「そうか、あさ美も生きてるか。」
砂浜に横になっているあさ美ちゃんの所へ戻り、私もこれまでの経緯を麻琴ちゃんに説
明しました。意識はまだ戻っていないけれど、ちゃんと息はしているあさ美ちゃんを見て、
麻琴ちゃんは安堵の表情を浮かべていました。彼女は自分の家族の安否に付いては決して
触れようとしませんでした。本当は一番知りたいはずなのに。多分麻琴ちゃんは分かって
いたのだと思います。聞いても聞かなくてももう答えは変わらないことを。口に出すと思
い出して辛くなるだけだということを。
「生き残ったはのの達三人だけなのかなぁ。」
俯きながらそう口にすると、麻琴ちゃんが私の背中を強く叩きました。
「そんな顔するなよ。殺しても死ななそうな奴がもう一人いるだろ。」
私の脳裏に一番の親友が浮かびました。今まで口に出さなかったけれど、ずっとずっと
彼女の事が気になっていたんだ。あいぼん。
「きっとあいつもその辺で生きてるよ。それに里沙も、あれで中々しぶとい奴だし。」
前向きな麻琴ちゃんの言葉に私がどれだけ励まされたことか。本当に彼女と再会するこ
とができて良かった。
「ねえ、あれ。」
麻琴ちゃんは自分が来たのと反対方向を指差して、何かを見つけたみたいです。私もそ
の指の先をよーく見てみました。すると飛行機後部から森の方へ向かう足跡があったので
す。しかも複数。
「私達以外にも生きている人がいる!」
また、新たな希望が湧き上がってきました。
1. あさ美ちゃんをこの場に残し、足跡を追う。
2. 機内から、薬や食料を探し出す方が先だ。
3. へたに動くより、この場で固まっていた方が良い。