116 :
辻っ子のお豆さん:
「誰?」
少し首を傾けて問い掛けた。その短い言葉が、目の前で立ち尽くすこの美しい娘にどん
な感情をもたらしたのか、私には知る由もなかった。
ツウ……
彼女の頬を透明な雫が伝い落ちる。
(涙!?)
私は衝撃を受けた。彼女を泣かす様なことを言っただろうか?今初めて会ったばかりの
この娘に?
「ねえ、あなた誰?私の事知ってるの?」
もう我慢できず、近づいて問い詰めることにした。急に生きてたのと驚かれたり、急に
泣かれたりしては敵わない。どういうことなのかちゃんと説明して欲しい。しかし、私の
手が彼女の腕に触れようとしたその時、坂の向こうから聞きなれた別の声が聞こえた。
「なつみさ〜ん!」
声の主は愛だった。隣には今朝迎えに来た親友の亜弥ちゃんもいた。その声を聞いた途
端、関を切ったかの様に彼女は反対方向へと走り去っていった。
「あ、まって…」
追おうかと迷ったけれど、なぜか足がそれを拒否していた。動けなかった。
顔を上げるともう彼女の姿はなかった。
「なつみさんお仕事中ですか。今の人は?」
固まっている私を不思議そうに覗き込みながら愛達が近づいてきた。
「知らない子。ねえ愛ちゃん知ってる?」
愛は首を横に振った。そりゃそうだよね、いくら同じ学校とはいえ誰でも分かるっても
のではない。がっくしと肩を落とす素振りをすると、横から一本の手が伸びた。
「あやや知ってるよ。多分3年の石川先輩だと思う。」
救いの手を出してくれたのは、愛の親友である松浦亜弥ちゃん。アイドルと言ってもお
かしくないくらい、めっちゃかわいい子である。私は思わず彼女を抱きしめたくなってし
まった。驚いたのは愛も同じみたいだ。
「すっご〜いあやや、どうして知ってるのぉ?」
「へへー、石川先輩とは一回だけお話したことあるんだぁ。」
自慢下に鼻の頭を指でこする亜弥。ほんといい友達をもったな愛。私はさらに何か情報
を得ようと亜弥ちゃんに尋ねた。
「その石川さんって、どんな子かわかる?」
「すっごい綺麗な人でぇ〜、ついこないだ転入したばっかりらしいですよ。」
転校生。何かひっかかる。明日一度尋ねてみようかな。
「ありがと、じゃあ私まだ仕事だから、行くね。」
「うん、お姉ちゃんによろしくぅ。」
二人と分かれ、私は一路朝比奈署へと足を速めた。
「おっそーい、何やっとる安倍!」
戻ってイキナリ課長のカミナリを受けた。案の定、圭織はすでにそこにいた。どうやら
入れ違いになったみたいだ。
「ごめんごめん、ちょっと迷っちゃった。」
席に戻るとすぐに圭織が謝りに来た。だが特に咎めるようなことはしなかった。正直な
話そんなことより、あの夕焼けの少女のことが頭の中でいっぱいだったからだ。
「なっちぃ〜ヘルプ。」
すると今度は隣の席から半泣き声、見ると書類の山にちっこいのが埋もれていた。
「まだやってたの真里。」
「ウー!こんなのおいら一人じゃ無理だよ〜。」
しょうがない。早く帰りたいし、手伝ってあげるか。
「ほら、手分けしてとっとと片付けちゃお。」
二人がかりならあと一時間もあれば終るかなと思った。だが、この日結局私達が帰路に
就くことはなかった。
午後八時、非常呼集が掛かる。
私立夕凪女子校にて他殺死体が一つ発見されたのだ。
〜第一話 終〜