★★【小説】 ☆☆【 BATTLE AFTER 】 ★★

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【 BATTLE AFTER 】第二十二話

 願成寺というお寺が有る。
そこには保田圭の小さな墓石がひっそりと佇んであった。
墓石には、保田のお気に入りの小さなネックレスが掛けられている。
安倍と矢口は、たまに墓の掃除をしに来ていた。
今日はその日だった。

「おわっ、なんだ?このバイク」
矢口が目を丸くする。
「でっかいバイクだねえ、かおりのよりデカイよ」
安倍も驚嘆の声を出す。
願成寺の入り口には漆黒のドゥカティ996Rが止めてあった。


いつものように綺麗に掃除をして、手を合わせる。
矢口は毎回同じ念仏を唱える。
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ユルシテクラハイ....」
安倍はそれを見てハハハと笑う。
「もう、化けて出ないよ、圭ちゃんは」
墓石に掛けてあるネックレスの青い宝石のペンダントヘッドをチョコンと指で弾いた。


帰り際に、御神木の大木に寄り掛かり腕を組み、此方を見ている女性に気付いた。
漆黒のフルフェースのヘルメットを被り、黒の上下のライダースーツに身を包んだ
その人物が何故女性かと分かったかといえば、
大胆に開けた胸元の白い谷間が眩しかったからだった。

「多分、あのでかいバイクの持ち主だよ」
「そうだねえ」
ひそひそと話しながら何故かその女性に会釈する
安倍と矢口は愛想笑いを浮かべていた。


此方をチラチラ見ながら寺を後にする安倍と矢口を無言で見送る女性ライダーは
おもむろに保田の墓石に向かう。
何を思うのか、墓石に掛けてあるネックレスをそっと拾い上げて、
手の平に乗せ静かに握った。


ドルルルルルンーーー
漆黒のドゥカティに乗り願成寺を後にする女性ライダー。
その白い胸の谷間には、ブルーサファイアのペンダントヘッドが揺れていた。


【 BATTLE AFTER 】第二十三話

 いつものように『バーパンサークロー』でブランデーをあおる中沢裕子。
チィママの平家は石川達のマネージャー業で今日はいない。
そこにドアを開けて入ってきた石黒彩はニヤニヤ笑っていた。
「どうしたん?あやっぺ、ニヤニヤして気持ち悪い」
「へへへ〜、面白いの見付けて来たよ」
「面白い物?」
「うん、アナタ〜♪」
呼ばれて入ってきた真矢は、片手に小柄な白衣の老人を摘んでいた。
無造作に放り投げられイタタタと腰を押さえる老人。
「ありゃ、アンタ生きていたんだ?」
足元に転がる老人に冷笑を浴びせる。
「あやっぺ、よく見付けたね」
中沢は老人のボサボサの白髪を掴み、顎を上げる。
「さぁて、どうしようかねえ・・・ドクターマシリト」
マシリトと呼ばれた老人の顔が蒼ざめる。


ーーードクターマシリトーーー
『ツョッカー』最高のマッドサイエンティストの彼は
その技術で最強の改造人間を造り上げた。
造り上げた超魔人、中沢達は組織さえ手が出せず日本本土に放逐するが
その責任を取らされそうになり、ドクターマシリトは組織を抜け逃げ出した。

マシリトは町で買い物をしている時、偶然石黒夫妻に見付かり捕まったのだ。


「離せ、中沢!これが見えんか!」
マシリトはポケットから起爆装置を取り出す。
「なにそれ?」
「おまえ等の心臓に取り付けた爆弾の起爆装置じゃ!」
スイッチに指をかけるマシリト。
それを見る中沢達はニヤニヤと侮蔑の笑みを漏らす。
「押してみなよ」
「なにぃ!」
「だから、押してみろって」
マシリトはスイッチを押す、しかし何事も起こらなかった。
【 BATTLE AFTER 】第二十三話

 「はっは〜、私等の念能力は強烈でね、爆弾を無効にするぐらい簡単なんだよ」
勝ち誇る中沢はマシリトの耳を持って引き立たせる。
「あんた、今私達を殺そうとしたね、これで私に殺されても文句は言えない訳だ」
中沢の不敵な笑みに今度こそ震え上がるマシリト。
「わ、わしはお前達を生き返らせたんじゃぞ!」
「頼みもしないのにね」
「最強の改造人間にもした!」
「それも、頼んでない」
「・・・・な、何が望みじゃ?」
「・・・もう、あんたに叶えられる事なんて無いよ」
「・・・・・・」
「殺してええかな?あやっぺ」
同意を求めて石黒に向いた中沢の顔が凍りつく。
「うん?どしたの裕ちゃん」
中沢の視線の先が自分の後ろに向いているので振り向く石黒・・・
「・・・!!・・・」
愕然として、その場を飛び退き、石黒は真矢の後ろに隠れる。

「何者だ!おまえ?」
音も無く、いや、気配さえ無く、石黒の後ろを取る漆黒のフルフェースヘルメットを被る
ライダースーツの女・・・
その女のはだけた白い胸元にはブルーサファイアのネックレスが揺れていた。

「おお!ケイ!助けに来てくれたか!」
バタバタと這いずりながらケイと呼んだ女の後ろに隠れるマシリト。
「・・・ケイ・・・?」
中沢達の表情が曇る。
ヘルメットを取るその女の顔・・・・
「・・・圭ちゃん・・・」

それは保田圭だった。
だが、中沢は知っている。
「け、圭ちゃん、アンタ、改造に失敗して肉塊になったんじゃ・・・」
無言の保田の後ろに隠れるマシリトが哂う。
「ヒャハハハ・・・確かに肉体はな、じゃが脳みそは崩れなかった・・・
ワシは、それを持ち帰り密かに造ったんじゃよ、最強の人造人間・・・
最強のサイボーグをな!!」

愕然とする中沢・・・
保田は人間では無かった。
脳だけが、人間の・・・サイボーグ・・・
だから、気配など無かったのだ・・・



【 BATTLE AFTER 】第二十三話

 「マシリト・・・おまえ、何人の運命を弄ぶんや・・・」
中沢の心が、どす黒い瘴気で満たされていく。

「ドクター・・・」
初めて保田が声を出した。
「なんじゃ?」
「私の体に爆弾を取り付けてるって言ってたよね・・・」
ギクリとするマシリト。
「ドクターの言う、起爆装置・・・さっき押したね・・・」
「あ、あれは・・・」
「嘘だったんだ・・・」

「ち、ちが・・・・!!!!・・・」
保田の裏拳がグシャリとドクターマシリトの顔を潰した。


「ふう、すっきりした・・・今まで爆弾の事で脅されてたんだよ」
保田はニヤリと中沢に笑いかけて髪を掻き上げる。
「じゃあね・・・」

店を出ようとする保田に中沢が声をかける。
「ま、待ってや、圭ちゃん!」
立ち止まる保田。
「行く所、あんの?」
「・・・無いけど・・・」
「ほな、なあ、あやっぺ」
同意を求めると、石黒も頷く。
「そ、そうだよ・・・私達の組織に入らない?」
「・・・組織・・・?」
「そうそう、私達の他にみっちゃん、石川、松浦がいるよ、あと行方不明の紗耶香も・・・」

「ふ〜ん、面白そうな話しだね・・・」
保田はカウンターの席に座る。
「マスター、何か作ってよ」
無言で腕組みをする真矢に保田はウィンクしてみせた。

【 BATTLE AFTER 】第二十三話

 保田はあれ程の大事件(テレビ局襲撃事件)を知らなかった。
保田が人造人間として生まれ変わったのは1ヶ月ほど前の事だったからだ。
それだけの開発期間を掛けてドクターマシリトは保田を造ったのだった。

「悪い連中だなあ、パンサークローってのは」
ハハハと保田は笑う。
「なあ、入いらへんか?マジで」
「私はその念なんとかっての使えないよ」
「かまへんがな」
保田はカクテルのグラスに視線を落とす。

「裕ちゃん、私、お酒飲んでも酔わないんだよね」
「・・・それがどしたん?」
保田はニッと笑う。
「私から見れば裕ちゃん達は人間だよ、改造って言っても肉体強化手術だけだろ・・・
私の体は機械で出来てるから・・・」
保田はライダースーツの腕をまくって見せる。
中沢達は愕然とする、黒く光るメタリックの腕が見えたからだ。
「肌が露出してない部分は殆んどこんなんだよ・・・」
保田はタバコに火を点けてフーと吹き出す紫煙を気だるく見詰める。
「・・・変身もするし・・・」
中沢達は言葉にならなかった。
【 BATTLE AFTER 】第二十三話

 「・・・それに・・・私にも・・・」
薄く笑う保田。
「仲間じゃないけど、顔見知りなら・・・」
「いるの?」
「ああ、ドクターが生体実験で造った・・・吸血鬼だけどね・・・」
吸血鬼との言葉を聞いて中沢は呆れる。
「吸血鬼・・・はあ、私等も含めて色んな物、造るんやな・・・この爺は・・・」
中沢は屍と化したマシリトに冷徹な視線を送る。

「行ってみる?・・・その吸血鬼を見に・・・」
う〜んと唸る中沢は目を輝かせる石黒に気付いた。
「なに、あやっぺ 行きたいの?」
うんうんと頷く石黒。
石黒は吸血鬼と聞いて凄く興味が沸いたのだ。
「ええよ、行ってきて・・・」
「ほんと?」
喜ぶ石黒を見てフッと笑う保田。
「でも、知らないよ、どうなっても・・・」
「どういう事?」
「顔見知りなだけ・・・話した事も無いし、名前も知らない」
「ハハハ・・・それって、知り合いなの?」
石黒はニンマリと笑い返す、
どんな事になっても負けない自信があるからだ。


「じゃあ、行こうか・・・」
店を出ようとする保田に中沢が声をかける。
「圭ちゃん、私等の仲間になる事も考えといてや」
中沢は保田の入団を諦めてなかった。
チラリと中沢を見る保田は薄く笑うだけだった。

【 BATTLE AFTER 】第二十四話

 夕暮れの街並みを走る漆黒のドゥカティ996RとメタリックブラックのフェラーリF40。
ドゥカティの後を走るフェラーリのハンドルを握る真矢と助手席に乗る石黒彩。
保田の説明だと吸血鬼達は太陽を嫌わない、十字架も効かない・・・
やはり改造人間だ、伝説とは違っていた。

「おいおい、どこまで行くんだ・・・」
真矢がこぼす。
保田のバイクは街を外れ山道に入る。

「ちょっと擦らないでよアナタ」
その山道から舗装のない道に入りワダチに車底を擦らせる。
「しゃあないだろ、車高が低いんだから・・・」
コツコツと砂利がフェラーリの車体を傷つける。
「あ〜もう!まだなの?」
イラつきを隠せない石黒に真矢が促がす。
「おい見ろ、あれだ・・・」
「わぁお!なにあれ、凄いじゃない」

目を見張る石黒の視界に飛び込んできたのは小高い丘に建つ古びた洋館・・・
いや、古城と言った方が正確かもしれない。
靄のかかる城に着いたのは日が暮れた夜だった。

ヘッドライトに映るその洋館は映画のセットのようにも見える。
「アナタ・・・」
「ああ・・・」
2人は洋館に漂う異様な空気に気付いた、それは今までに感じたことの無い妖気だった。


【 BATTLE AFTER 】第二十四話

 「圭ちゃん、ここに住んでたんだ・・・」
車から降りて洋館を見上げながら保田に聞く。
「一ヶ月ぐらいだけどね」
保田はそのまま館に入り5分ぐらいで戻ってきた。
その手にはショルダーバックが握られていた。
「うん?何処かに行くの?」
バイクに乗り込みエンジンをかける保田に聞く。
「いや、もう此処には用は無いんでね・・・」
「どういうこと?」
「別に好き好んで此処に居た訳じゃないからね・・・好きにしていいって事だよ・・・
中には何匹か居るみたいだけど・・・気を付けてね」
「ふ〜ん」
石黒はニヤリと笑う。
「最後に聞くけどパンサークローには入るの?」
保田は薄く笑って答えなかった。
「たまに裕ちゃんの店に遊びに行ってみるよ・・・」
そう言って保田は爆音と共に闇に消えた。


「アナタ、どうする・・・私このお城、気に入っちゃった♥」
「保田は好きにしろって言ってたな・・・」
「じゃあ、決定ね」
石黒の体から念のオーラが立ち昇り始めた。

【 BATTLE AFTER 】第二十四話

 洋館の中はひっそりとしていた。
「ずいぶんと天井が高いねえ・・・」
見上げる石黒はシャンデリアに隠れる人陰を見つけたが無視し、
地下へ降りる階段を下った。

頑丈な扉には鍵がかかっていた。
「ここね、圭ちゃんが言っていたマシリトの研究室って・・・」
真矢は扉に五指を当てる。
「ふん、無駄な事を・・・」
真矢の超振動は扉を粉砕する。

中は案の定、研究室になっていた。
「なんか・・・思い出しちゃうね・・・」
「・・・ああ・・・」

石黒夫妻は昔の、改造された時の、忌まわしい記憶が甦り、
無性に怒りが込み上げてきた。
石黒は自分の念を指先に集中する。
「りゃああぁぁあああ!!!」
振り下ろす指先の念は全てを引き裂く。
バリバリと音を立てて引き裂かれる鉄の装置類は青い火花をスパークさせる。
「おいおい、爆発でもしたらこの城、乗っ取れないぞ」
「・・・でも・・・」
「俺に任せろ、全て砂に変えてやる・・・」
ブン・・・部屋全体が微細な振動に揺れる。

「もう、アナタ何時もやりすぎ!」
砂煙の立ち上がる階段を口を押さえて上る石黒は真矢を責める。
「正直、すまんかった・・・」
研究室は超振動で崩れた機械類の砂で埋まった。


【 BATTLE AFTER 】第二十四話

 「あらあら、出てきたわね・・・」
腰に手を当て辺りを見回す石黒の目が据わる。
一階フロアには3人の女性・・・ヴァンパイアが居た。

その中の一人、タキシード姿の女が一歩前に出る。
「私はこの館の執事をしています、里田まいと言います」
一礼する里田まい。
「貴方達・・・此処に居た人造人間のお友達?」
「まあね・・・」
「あの人造人間には辟易していたんです・・・出て行ってくれて清々しました」
「それで・・・?」
フンと鼻で笑う石黒。
「研究室を破壊するのが目的?・・・だったら帰ってくれないかしら・・・」
顔を見合わせて笑う石黒夫妻。

「まだ、用事は済んでないよ・・・」
「どういう事でしょう?」
「この洋館・・・空け渡してもらう・・・」
「そうですか・・・では、此方へ・・・」
そう言って2人を外に促がしながら歩き出す3匹のヴァンパイア。
「館内で暴れられては困ります・・・
まあ、地下の研究室は此方でも壊す予定でしたから構いませんでしたが・・・」
「ほう・・・」
後に着いて外に出る石黒夫妻。
「さあ、美貴様が帰っていらっしゃる前に決着をつけましょう・・・」

窓からの明かりだけが照らす、薄暗い前庭で対峙する里田と石黒。

里田の瞳は赤く染まる・・・・
 
【 BATTLE AFTER 】第二十四話

 「ふん、邪眼かい?・・・効かないねえ、紗耶香の足元にも及ばないよ・・・」
ズカズカと踏み込み念の手刀を打ち込む。
「ふむ」
石黒の手刀は空を切る、里田が瞬間にジャンプをして石黒の頭上を飛び越えたからだ。
「甘いね」
同時に同じ軌道をジャンプして着地と同時に里田の右腕を手刀で切断する。
「・・・!!!・・・」
驚いた里田は左手で落ちた右腕を拾おうとする。
刹那、石黒の右手の貫手が里田の胸の中心を貫き、背中から突き出た。
「うぎゃっ!!」
そのまま石黒の体にもたれ掛かる里田の体は弛緩していた。
「邪魔よ」
体を離そうと、右手を抜き取ろうとした石黒の首にヒヤリとした感触。
里田の犬歯は石黒の首に突き刺さる。

・・・吸われる感触があった・・・

「にゃろう!」
背中から抜けている右手をそのまま振り上げる。
右手が抜けると里田はその勢いのまま宙を飛び、ドウと地面に叩き付けられる。

石黒は首筋を触ると、自分の血で濡れていた。
「・・・殺す・・・」
一歩踏み出すと里田の声がかかった。
「き、来てはいけません!」
ググッと石黒の動きが止まる。

何故か体が動かなかった。

「おい、大丈夫か・・・?」
真矢が妻の肩に手を掛ける。
「だ、大丈夫よ・・・それよりアイツを・・・」
「おう・・・」
踏み出す真矢の前に立つのはメイド服を着た2人の少女だった。

「邪魔だ・・・」
真矢は両腕に念を込めて2人の顔面めがけてダブルパンチを繰り出す。
それを避ける敏捷な動きの2人は、伸びた真矢の両腕に跳び付いてしがみつく。
真矢の両肩にチクリとした痛みが走る。
「血を吸うのは首だけとは限りませんよ」
一人のメイドがニコリと笑う。
「馬鹿め・・・」
真矢の指は2人の少女の足首を掴んでいた。

2人のメイドは真矢の超振動で肉塊と化しズルリと崩れ落ちる。


【 BATTLE AFTER 】第二十四話

 「さて・・・」
里田に歩もうとする真矢は後ろからドサリと崩れる音を聞いて振り向く。
石黒は倒れていた。

「帰りなさい・・・」
里田が諭すように真矢に声をかける。
「私の近くにいると、その人は私の呪縛に囚われます・・・自殺させる事も出来ます・・・」

真矢は自分の肩に手を当てる。
血は吸われたようだが何ともなかった。
「なるほど・・・おまえが死ねば、呪縛も消える訳だな・・・」

ニヤリと笑う里田まい・・・

「なっ・・・!」


真矢は妻を連れて引き返すしかなかった。
里田は後ろに生い茂る森に逃げ込み闇に消えたのだ。



フェラーリが消えると森から出てきた里田は落ちている自分の腕を拾って肩口に当てる。
ヴァンパイアの再生能力は自分の腕を繋ぐ事が出来た。
溶けて肉の塊になった2人のメイドを悲しげに見る。
「美貴様のメイドを殺させてしまった・・・」
里田は自分の傷より、藤本美貴から受ける罰に体が震えた・・・
同時に身悶えし、自分の股間をまさぐる・・・
藤本の罰は、里田にとって激しく熾烈を極める地獄なのだ・・・



【 BATTLE AFTER 】第二十五話

 中沢はうっかりしていた。
もう、開店時間が過ぎているのにマシリトの死体をそのままにしていたのだ。
客が来ていない事が幸いだった。
ホッと胸を撫で下ろす中沢。
『バーパンサークロー』に来る客は皆良い人達ばかりだったからだ。
「あかんな・・・死体に慣れすぎてるわ」
自嘲気味に頭をポリポリと掻き、マシリトの死体に近付く。
「うん・・・?」
ピクリと死体が動いたように見えた。
いや、動いた。
「うわっ!」
少しビビッた。
ガバリと立ち上がったマシリトは潰れた顔面では目が見えないのか
手を振り回しながら何かを呻いていた。
「まだ、生きてたんかい!おとなしくせいや!」
手刀で首を刎ねようとした中沢の手が止まる。
マシリトの口に長く伸びる犬歯が見えたからだ。
「み、美貴様・・・お助けを・・・」

「なるほど・・・」
中沢は理解した。
「あんた、自分で造った吸血鬼に血を吸われたんだね・・・」
ハハハハと笑う中沢はマシリトの首を掴んでビップルームに連れて行き中に放り込んだ。
「馬鹿な爺だ・・・あんた、私の餌になってもらうよ」
ビップルームという名の蟲毒の壷に入れられたマシリトは今までの人生を悔やむ事になる。
「屑共をいっぱい連れてくるから頑張って生き残るんだよ」
言い残して蠱毒の部屋の鍵を閉めて、中沢はまだしていなかった店の開店準備を始めた。