★★【小説】 ☆☆【 BATTLE AFTER 】 ★★

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【 BATTLE AFTER 】第六五話

朝、中沢がボンヤリと目を開けると矢口の気配が無い。
「…うん…矢口…?」
矢口の布団に手を伸ばすともぬけの空だった。

「矢口…?」
慌てて飛び起きる。
何事かが起きたのかと心配になったのだ。

廊下に出ると階下の厨房から何やら音が聞こえてきた。

「どないした…? こんな時間に…」
矢口は食材を出して何かの準備をしている。
「へへへ…今日は体調がいいんだよ」
「…?」
「お弁当 作ろうと思ってね」
「弁当?…まだ朝の6時前やで…」

矢口はニカッと笑う。
「裕ちゃん、手伝ってよ」
「はぁ?」
「どっか、遊びに行こうよ」
「……」
「ほらほら、ボサッとしないで」
矢口は中沢の肩を持って厨房の中へ追い立てる。

「裕ちゃん、何が食べたい?」
「う〜ん…そやなぁ…って、何処に行くの?」
「まだ、決めてないけど…」
「えっ?」
「作りながら決めようよ」
中沢の口元が緩む。
「…ハハハ、まぁ いいか…よっしゃ、作ろうや」

サンドイッチの野菜を刻む矢口の手つきを見ながら中沢は感心する。
「上手くなったなぁ…料理なんて全然出来へんかったのに」
「まあね、一応主婦だもん」
「主婦?」
「色々定義があんのよ」
「…ハハ、かなわんなぁ」

中沢がハンバーグをフライパンに乗せると矢口が慌てて止める。
「ちょっと、解凍した?」
「してへんよ」
「もう、作り溜めして凍らせてるんだから、最初にレンジで解凍しなきゃ」
「あ、そうなん?」

鳥の唐揚げを油に入れようとする中沢を矢口が止める。
「ちょっと、油の温度計ったの?」
「してへんよ」
「もう、小麦粉を少し入れて、ジュンって跳ねてきたら頃合なんだよ」
「あ、そうなん?」

「……」
矢口が腕組みをして中沢を睨む。
「な、なんやねん?」
「裕ちゃん、料理した事ないでしょ」
「あ、あるがな…」
「嘘だ…」
「あるって!」
「じゃあ、何作れんのよ?」
「…焼き魚…」
「…」
矢口の目は点になった…


「何してんの?」
良い匂いに誘われて起きてきた加護が 目を擦りながらボ〜と突っ立っていた。
「…加護、起きたの?」
「…うん」
「お弁当作るの手伝うか?」
「お弁当?」
「そうだよ」
「何処かに行くの?」
「遊びに行こうかなぁって思ってね」
加護の顔がパ〜と明るくなる。
「行く、行く!」

「え〜!」
2人のやり取りを見ていた中沢が不満の声をあげる。
「私と矢口の2人で行くんとちゃうの?」
「もう、加護を置いて行ける訳ないでしょ」
「……」
「裕ちゃんは焼き魚でも焼いててよ」
「カッチーン!…ハハハ…分ったわ!じゃあ、全員で行くか? 
加護ぉ!隣の自転車屋の連中も呼んできな!」
「へい!」
加護は中沢に敬礼をして、喜び勇んで辻達を呼びに出る。
「…ありゃりゃ、アイツは堪えないやっちゃなぁ」
皮肉が通じない加護に 中沢は溜息を漏らす。

「なんやねん…?」
それをニヤニヤ笑いながら見ていた矢口をジロリと睨む。
「決まり…だね」
溜め息をつく中沢。
「…ハハ、負けたわ」

矢口と2人で出かける中沢の目論見は、あっけなく終わった…

【 BATTLE AFTER 】第六六話

大型ワゴンをレンタカーで借りて全員で乗り込む。
運転手は飯田だ。
「よっしゃ、行こうぜ!」
「お〜!」
助手席に座る辻と加護が手を上げて叫ぶ。
「せまい…」
飯田がぼやく。
一緒に座ると言い張る辻と加護は、前列に無理矢理 乗り込んだのだ。
中座席に矢口と中沢、後部座席には紺野と高橋が乗った。


「ディズニーランド!」
辻と加護の一言で行き先は決まった。
加護は自分のバックからゴソゴソとCDを取り出す。
「いっぱい持ってきたでぇ」
娘。時代のCDを皆で聞く。
「おっ、いいねぇ」
飯田は いきなり歌いだす。
「ハハハ、音程はずしてるよ」
矢口の指摘も無視して、飯田は楽しそうだ。
「のの も歌うのです」
「じゃあウチも歌うでぇ」
各々自然に歌いだす…
何時しかそれはハーモニーになりコーラスになる。

そして、最後にはカラオケ大会になった。

ディズニーランドの入り口に立って紺野は気付いた。
「ここって、お弁当の持ち込み 禁止なんですよね」
「そう言えば…」

全員分の弁当は飯田が でかいリュックに入れて担いでいた。
「ばれるな…」
「やばいよ やばいよ…」
「出川かよ!」
「三村かよ!」

「おまえ等、阿呆か?」
矢口は馬鹿なやり取りをする、飯田、辻、加護の漫才に終止符を打つ。

全員が顔を見合わせていると、中沢がいきなり大笑いをする。
「ハッハッハッハッハ〜!何、深刻そうな顔してんねん」
「どう言う事です?」
キョトンと聞く紺野。
「念能力者を舐めたらあかんでぇ」
「はぁ?」
「みんな着いてきな」

中沢は全員を引き連れて堂々と入る。

園内に入っても係員は気付かない。

「裕ちゃん、何をしたの?」
中沢は矢口にニカッと笑ってみせる。
「ハハハ、紗耶香 程ではないけど、邪眼ぐらい使えんねん」
「…さすがだ」
飯田が感心する。
「まあね」
「さすが、悪い事ばっかりして…」
ギロリと飯田を睨む。
「なんやねん」
「…いや…なんでも…」

入るなり、紺野は辻と加護が居なくなってる事に気付いた。
「大変です!」
「今度はなんやねん?」
「辻さんと加護さんが居ません」
「……」

辻と加護は入園するなり、皆の事を忘れてミッキーに着いて行ったのだ。

「…じゃあ、自由行動って事にするか?」
飯田が仕方ないと いうふうに提案する。
「そうしよっか」
矢口が中沢を見る。
「じゃあ、お昼になったら携帯で連絡するわ」

「そうしましょう」
高橋は紺野の手を取って駆け出す。
「行こう、あさ美ちゃん!」
高橋もミッキーを追い駆けたくてウズウズしていたのだ。

「なんだ…あいつ等?」
ポツンと取り残された初期メンの3人…
「さて、どないする?」
「あっ」
飯田がワザとらしい声を上げる。
「どしたの かおり?」

「私、行きたい所 有ったんだ」
ジリジリと後ずさりするように2人から離れる飯田は、踵を返すと脱兎のごとく走り出した。

「な、なんなんだ…?」
呆然とする矢口…
「アイツ、みんなの弁当 背負ってるんだぞ」

「……」
中沢は飯田の気持ちに感謝する。

飯田の念能力を見た日…

中沢は 飯田に全てを話した…

飯田は彼女なりに気を利かせているんだろう…

「うん?」

その飯田がドタドタと走って戻ってくる。

「どした?かおり」
「忘れ物だよ」
飯田は2人分の弁当を中沢に渡した。
「じゃ!」
飯田はまた そのまま走って何処かに消えた。

「…おかしな奴だなぁ?」
矢口はポカーンと飯田を見送る。
「ハハハ、おかしいのは前からやん」
「裕ちゃん、言いすぎ」
中沢はニーッと矢口に向って笑う。
「私等もどっか行こか」
「…うん」
「何乗りたい?怖いのはあかんでぇ」
「怖いって…裕ちゃんも怖いの有るの?」
「ハハハ、あるがな」
「何?」

「…内緒や…」

「フ〜ン、見つけてやる…行こ」

矢口は自然と中沢の手を握り、中沢を引っ張って駆け出した…


「あかんな…何処も込んでるわ」
各テーマパークは長蛇の列だった。
「今日は土曜日だからね」
矢口も諦め顔だ。

「なあ、ちょっと早いけどお弁当にしようか?」
「どこで?」
「あそこや」
中沢が顎で指す所は夢と魔法の王国のお城だ。
「お城の中?」
「ちゃう」
「うん?」
「てっぺんや」
「はぁ?」
中沢は矢口に弁当を持たせて、しゃがみ込む。
「ほら、背負ったるわ、乗りや」
「おんぶするの?」
「そやで」
「恥かしいよ」
「いいから、いいから」
中沢は嫌がる矢口を無理やり背負うと城を見上げる。
「どんなアトラクションより面白いの見せたる、行くでぇ!」

中沢は気合いもろとも猿のごとき素早さで城壁を登り始める。
「わぁ!怖い、怖いよ!」
「ハハハ、大丈夫や!」
グングンと遠ざかる地面に矢口は目眩がする。
「ひ、人が小さくなってくよ〜」
「もうちょっとやで」
「ひえ〜〜〜〜!!」

そびえる山のような城の頂上は鋭角な三角錐の小さな屋根だ。
「着いたで」
「降りれる訳無いじゃん!」
矢口は中沢の背中に しがみ付いて離れようとしない。
「大丈夫や」
「無理だって!」
「この屋根に念を貼ってる、落ちる事はないよ」
「無理だ!…ヒッ!!!…」
中沢はヒョイと矢口を抱き上げて屋根の上にポンと下ろした。
「わぁぁあああ!!……って、あれ?」
屋根に強力な磁力があるみたいにピタリと吸い付く。
「なっ、言ったやろ」
中沢はウィンクをしてみせた。

屋根の淵にチョコンと座って弁当を広げる。
「凄い景色だなぁ」
矢口は感嘆の声をあげる。
「そやなぁ」
「裕ちゃん、ありがと」
「ハハハ…さ、食べ食べぇ」

サンドイッチを頬ばりながら、ふと疑問が浮かぶ。
「誰も私達の事、気付いてないのかなぁ?」
「とりあえず、念で見えないようにしてるからな」
「へ〜、そんな事も出来るの?」
「それとな、人間、信じられない物は見えへんもんよ」
「そうなの?」
「ああ、そんなもんや…」
中沢は少し寂しそうだった。

「かおり も、出来るの?」
「…う〜ん、無理やろうなぁ」
「どうして?」
「かおり の念は右手にしか感じられへん、それに応用は出来ない性格みたいやし」
「…ふ〜ん、じゃあ‥」
「もう、質問多すぎ!」
中沢は矢口の唐揚げを取って口に運ぶ。
「あっ、裕ちゃんの有るでしょ」
「ええやん」
中沢は自分の弁当を開けていない。
「貸して」
矢口は中沢の弁当を取り上げて蓋を開ける。
「……」
そこには秋刀魚の塩焼きが一本無造作に入っていただけだった。

飯田は係員に大量の弁当を持っている所を見付かり事務所で絞られていた。
しょげて事務所を出ると、紺野が待っている。
「紺野…来てくれたのか」
「お弁当、取り上げられたんですね」
「ごめん…」
「仕方ありません、帰りに皆で食べましょ」
「…うぅ‥ありがとう」

近くのベンチに座って、買ってきたソフトクリームを舐める。
「なぁ、他の奴等は?」
「……」
答えない紺野は少し寂しそうだ。

「どうした?」
「私、あんまり楽しいと思わないんですよねぇ…子供っぽいって言うか…」
「ハハハ、お前らしいな」
「…ちょっと、辻さん達が羨ましいです」

「高橋はどうした?」
高橋と聞いて、紺野の顔色が少し変わる。
「そうなんですよ!愛ちゃんまで辻さん達と一緒になって はしゃいで!」
そこまで言って、紺野の顔が赤くなった。

「は〜ん…嫉妬か?」
「ちがい…そうかもしれません」
ハ〜と溜め息をつく紺野。

飯田はニコリと微笑み、紺野の頭を撫でて慰めた。
「大丈夫、大丈夫だって」
「何がです?」
「えっ…」
「何が大丈夫なんです?」
「うっ…そ、それは…」

紺野は焦る飯田に微笑み返す。
「大丈夫ですよ」
「へっ?」
「私なら平気です」
「お、お前なぁ…」
フフフと笑う紺野の方が飯田より一枚上手だった。


空には鳩がパタパタと羽ばたく…

「なあ、紺野…」
「はい?」
「…お前にだけは話しておこうか」
「何をです?」

飯田は少しためらう…

「矢口と裕ちゃんの事だよ…」

「矢口さんと中沢さん…?」

紺野の胸がチクリと痛む。

「…ああ」

飯田はベンチに もたれ掛かり天を仰いだ。

その瞳は遠くを見詰めていた…


屋根の上で取り留めの無い話しをしていた矢口が中沢の肩にチョコンと頭を乗せる。

「なんか、寒くなってきたよ」
矢口は震えている。
「うん?念で防備してるん…」
そこまで言って中沢は気付く。
「矢口…あんた…」
矢口の額に手を当てると凄い熱だ。
「ヘヘヘ…」
「ヘヘヘじゃないやん、…何時からや?」
「……」
矢口は無言で微笑んでみせる。

「あぁぁ…」

中沢は愕然とする。

今日、矢口が体調が良いと言った事は嘘だった。

仲間全員で楽しい思い出を造りたかったのだ。


最後の思い出造り…


矢口の命の残り灯は今、燃え尽きようとしていた…


「あぁぁぁ…やぐち!」

震える矢口を中沢は抱きしめる。

「ねぇ、裕ちゃん…」

「なんや…?」

「海が見たい…」

「……」

「裕ちゃんと…見たいの…」

「…よっしゃ、連れてったる」


グッタリとする矢口を背負う中沢に係員が「大丈夫ですか?」と声を掛ける。
悲壮感が漂う中沢は無言のままだ。
「お客様…」
「うっさい、ほっとけ!殺されたいんか?」
刺すような目に係員は尻餅をつく。

「裕ちゃん…」
「なんや?」
「殺しは駄目だよ…」
「…」

タクシーを拾って近くの海に行く。

「着いたでぇ」

「何処?」

「知らない海や…」

其処は広い海岸線が見える砂浜だった。

春ならば一面が花が咲き乱れるだろう草原の柔らかい草の上に矢口を横たえる。

「寒くないか?」

中沢は自分のジャケットを矢口に掛ける。

「もう、10月も終わりだもんね…」

「…そやなぁ」

カモメが空を滑るように舞う。

「裕ちゃん…」

「うん?」

「私ね…気付いてたよ」

矢口は蝋人形のように白くなった自分の手を見詰める。

「今日が最後の日になるって…」

「そうかぁ…でもなぁ、矢口」

「…なに?」

「矢口のその言葉…ハズレやわ」

「ハハ‥気休めだよ」

「本当だよ…矢口はなぁ、今日も、明日も…来年も、再来年も…ずうっと変わらずに生活するんよ」

「ハハ‥それも、寂しいなぁ」

「そうか?…穏やかで ええと思うんけどな」

矢口は未来を想像して微笑む。

「…うん、そうだね」

「だろ?」

みんなが笑って今まで通りに生活する夢…

「そうなったら…本当にいいのに…」

「……」

穏やかな風が中沢の頬を撫でる…

「矢口、向日葵って知ってるか?」

「…知ってるけど…」

「向日葵ってなぁ、何本も何本も寄り添うように真っ直ぐ太陽に向かって伸びるんやでぇ」

「……」

「そして、でっかい花を咲かせるんよ」

「…いいねぇ」

「そして、太陽のように皆を照らすんや」

「ハハハ…」

「私はなぁ、矢口」

「うん」

「皆で、そんな向日葵になれたらいいと思ってんねん…」

「…うん」

穏やかな海は波打ち際に白い飛沫の花を咲かせる…

白い雲…波の音と風の声…

矢口は中沢の手をそっと握る…

「裕ちゃん…」

「うん?」

「ありがとうね…」

「なんや、急に」

「裕ちゃん…」

「だから、なんや?」

優しく聞く中沢は矢口の目の焦点があってない事に気付いた。

「私…眠くなってきたよ…」

「…」

「霞んで目も見えなくなってきたし…」

「…」

「裕ちゃん…いる?」

「…うん…ここにいるでぇ」

「私…眠るね…」

「うん…」

「でも…」

「なんや?」

「眠る前に…おやすみのキス…してね…」

矢口は静かに瞳を閉じた…

「……」

中沢は矢口の唇に そっと唇を近づける…

その顔が止まった…

矢口の頬にポトリと中沢の涙が落ちて溶ける…

「…矢口…」


矢口の呼吸は止まっていた…