★★【小説】 ☆☆【 BATTLE AFTER 】 ★★

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【 BATTLE AFTER 】第六一話

「矢口〜、ナポリタン一つ追加ね〜!」
お昼の時間は『レストランプチモーニング』で一番忙しい時間帯だ。
でも、厨房からは返事が無い。
「もう、返事ぐらいせいよ」
中沢が厨房に顔を入れると矢口の顔色が変だ。
「矢口…」
青い顔で額から珠のような汗が吹き出ている。
「大丈夫か…?」
「ハハ‥大丈夫だよ…」
気丈に振舞うが様子がおかしいのは明らかだ。
「ちょ…ちょっと休んだら?」
「だって、今 忙しいもん」
「でも…」

そこにカウンターで暇を潰していた飯田が割って入る。
「おいおい、顔色が悪いじゃないか…よし、私に任せて矢口は休んどけ」
「ハァ?…かおり 出来るの?」
腕まくりをしながら厨房に入ってくる飯田に矢口は疑問顔だ。
「大丈夫だって、毎日 何の為に此処に来てると思ってるんだ?」

「そりゃ、かおり の店が異常に暇だから…」

「……と、兎に角だ、矢口は休んどけよ」

飯田は矢口に 邪魔だ邪魔だ と言いながらフライパンを手にする。

「おおぉ!」
油をひいて玉葱とピーマンを颯爽と入れる手際を見て矢口と中沢は感嘆の声を上げる。
「おおおおぉぉ!」
刻みベーコンを入れ、炒めだす姿に益々惹かれる。
「なっ…!」
しかし、スパゲティの麺を入れてフライパンを振ると麺はバラバラと零れ落ちた。
「出来へんやん!」
「…ごめん…」

結局、手伝う事で矢口の負担を減らす事にした。



忙しい時間が終わり矢口は自分の部屋で休む事にした。
ヨタヨタと階段を上る矢口を心配そうに見る中沢。
「矢口…この頃 少し調子悪いみたいだな…」
事情を知らない飯田も、心配そうに中沢に聞く。
「…そやな」
飯田にコーヒーを出しながら中沢は曖昧に答える。
「…」

「なあ、裕ちゃん」
「なに?」
「なんで、此処に住み込むようになったの?」
「ハハ‥なんでやろな」

「改心したの?」
少し間を置き中沢は微笑む。
「まあ…そんなとこや…」
「ふーん…」
頬杖をつき飯田も微笑み返す。

「かおり…」
「…なに?」

「もう…残ってるのは私と松浦だけや…」
「…」
 
「罰が当たったんかもな…」

微笑む中沢は寂しそうだった…



夕方…中沢はお粥を作り、矢口の部屋に入った。
「矢口〜、お粥 作ったでぇ」

矢口は寝たまま天井をぼんやりと見詰めていた。
「裕ちゃん、店は…?」
「今日は仕舞いや」
「…そう」

「さっ、体 起こしや」
中沢は矢口の背中に手を回そうとした。
「裕ちゃん…」
「なんや?」

「私…死ぬのかな…?」

中沢の手が止まる。
「な…なに言うてん」

「さっきね…」
「うん?」
「思い出しちゃった…」
「…」
「裕ちゃんの店での出来事…」

「…そ か」
中沢は項垂れて言葉が続かない。

「でもね…」
「…」
「私が死んでも、裕ちゃんは許してあげるよ」

「だから、何言うてん!」
中沢は涙と震える声を必死で我慢した。
「死ぬ訳ないやんか…ちょっと体調がおかしくなったなっただけや」
「…」
矢口の背中に手を回し、優しく抱き起こす。

「心配すなよ…」
「でも…」
「でもも何もあらへん」
中沢は矢口の手に粥の入った椀を持たせる。
「さっ、お粥 食べ…美味いでぇ」
「うん…」

お粥をすする矢口を見る中沢は怒ったような顔だ。
そうでもしないと、顔が崩れそうだからだった。
「なに? 裕ちゃん怒ってるの?」
中沢の顔に気付き、矢口は聞いた。
中沢は無言のまま頷く。
「…ごめんなさい」
ペコリと頭を下げる矢口に 中沢は怒った顔のまま、また無言で頷いた。
「あ、明日から、また頑張るね…」
ご機嫌を取るように矢口はヘヘヘと舌をだした…


しかし…翌日から『レストランプチモーニング』は店を開ける事はなかった…

【 BATTLE AFTER 】第六二話

安ホテルの一室で松浦は膝を抱えて震えていた。
怯える目の下には隈が出来ている。
複数の念能力者から命を狙われてると思うと眠る事も出来ない。

何故自分一人がこんな目に…

松浦の瞳に狂気の色が浮かぶ。

一人で死ぬのは嫌だ… 

何時しか それは強烈な憎悪に変わる。

みんな 道連れにしてやる…

死を目前にして松浦亜弥の精神は崩壊した。


フロントでチェックイン業務をこなしているホテルマンがフワフワと漂う無数のシャボン玉に気付く。
「…?」
指先で一つを割ってみる。
「うがぁぁああ…」
喉を掻き毟りながらホテルマンと客は絶命した。

キャハハハと笑いながらホテルを出る松浦の瞳には感情の色は宿っていない。
精神が崩壊した松浦の念のシャボンは人を殺す毒に変化していたのだ。


ホテルの前の通りをフワフワと舞うシャボン玉…
そのシャボン玉が広がる範囲の全ての人間は毒死した。


そして、東京の各街は人死の山を築く事になった…


【 BATTLE AFTER 】第六三話

矢口を蝕む瘴気の毒は 静かに、しかし確実に命のカウントを刻んでいた。
矢口の体調は改善する気配はなく、寝込みがちな毎日を送っている。

矢口と中沢と加護はトランプで遊んでいた。
「また、私がババやん!」
ババ抜きでジョーカーばかり引く中沢に矢口と加護が顔を見合わせてクスクスと笑う。
「やっぱり…」
「ババだから…」
ゴツンと加護の頭にゲンコツが降る。
「イッタ〜イ、なんでウチばっかり叩くの〜?」
「うっさい!アンタいちいち棘があんねん!ムカつく」
「ブ〜〜〜!」
加護が頬を膨らませる。
「さあ、もう一回 最初からや!次は負けへんでぇ」
カードを配ろうとすると、階段をドスドスと上る足音が聞こえてきた。

「たたた、大変だよ!」
飯田が何事か 慌てて部屋に入ってきてテレビのスイッチを入れる。
「どうしたの かおり?」
「いいから見て!」

テレビには累々と転がる人の死体が映っている。
「なにコレ?」
「人が次々と死んでるんだよ!」
「え〜!」
テレビでは すでに数千人の死者が出てると報告していた。
「犯人は?」
「知らないよ」
画面の中でシャボン玉が数個フワフワと横切る。

「ま、松浦や…」
中沢が呆然とした声を出した。
「なに裕ちゃん?」
「犯人は松浦や…」
「え〜?」

中沢は立ち上がり部屋を出ようとする。
「何処行くの?」

「決まってるやん」
中沢の声は怒気が含まれている。
「松浦を殺しに行くんや…」

「裕ちゃん!」
矢口の呼び止めに そっと振り返る。
「心配すな…」
「…」
中沢の決意を感じて矢口はそれ以上話せない。

「私も行くよ!」
階段を下りる中沢を飯田が追いかける。

「よし!ウチも…」
着いて行こうとする加護の袖を矢口が掴んだ。
「アンタは駄目だよ」
「え〜!」
「え〜じゃない!」
加護を引き寄せて抱きしめる。
「足を引っ張るんじゃないよ」
「でも…」
「信じるしかないよ」
「…」
「信じるしか…」
加護を抱きしめる矢口の体は震えていた。


「裕ちゃん待って」
飯田は中沢の腕を取る。
「私にやらせて…」

「アンタ念を無くしたって聞いたで」
「無くしてないよ」
「ホンマか?…感じられへんけどなぁ」
「試したい事があるの」
飯田は自分の右手をジッと見詰めた。
中沢は飯田の右手に確かな念を感じてフーンと少し感心した。
「…松浦は死の毒を撒き散らしてる…防毒マスクが必要や」
「待ってて」

飯田は自分の店からマスクを2つ持ってきた。
「紺野から借りてきた」
ハイと一つを中沢に渡す。
「私は要らへん…毒は効かへんからな」
「そうなんだ…」
飯田は じゃあコッチ とヘルメットを渡す。
「バイクで行くの?」
「早いよ」
シルバーに輝く愛車『サイクロソ』を飯田はガレージから引っ張り出す。

「さあ、乗って」
飯田はサイクロソのエンジンを掛けた。
「ホンマに大丈夫か?」
「大丈夫!」
「松浦は何処に居るか分かるんか?」
「分からない…」
へへへと笑う飯田の腰に手を回し中沢は溜め息交じりに笑い返した。
「しゃあない…私が念で探ってやるわ」
「じゃあ、行くよ!」
「よっしゃ行こう!」


飯田のサイクロソは魔都と化した都心に向って爆音を響かせた…

【 BATTLE AFTER 】第六四話

原宿通りの中央に松浦はポツンと佇む。
変装もしないで呆けた様に立ち尽くす松浦の周りには気付いた若者が集まり
黒山の人だかりが出来上がった。
揉みくちゃ にされ、松浦は自分の人気を感じながら芸能人生に別れを告げる。

「みんなぁ!サヨ〜ナラ〜〜♪」

死のシャボン玉が広がる…

バラバラと倒れる人波…

原宿通りには松浦が一人 所在無げに立ち尽くしていた。

いや、もう一人…

防毒マスクを被る革ジャンの女…

「…誰?」

マスクを外す女は長い黒髪をなびかせる…

「…飯田さん…?」

飯田は右手を突き出し、五指を広げる。

「…?」

飯田の指にはキラキラと光る細い鎖が絡まっている。

その鎖には赤く煌く小さな宝石が揺れていた。

「…ペンダント?」

ペンダントと気付いた時には細い鎖はスルスルと伸び、松浦の体に絡み 巻きついた。

「な…なに?」

細い鎖は松浦の動きを止める。

「クッ…」

松浦の胸には赤い宝石が揺れた。

その赤は深いブルーに変色する…


松浦の心の色を表す沈む深海の青…


飯田のペンダントは相手の心にシンクロし そして実行する…

安倍からのプレゼントは新たな念能力を飯田に授けた…

『シンクロなっちストーン』


飯田の想いと安倍の残留思念が奇跡を起こしたのだ。


ゴポッ…松浦の口から海水が溢れる…

「うわぁぁぁああああ!!」

松浦の心は深い海の中でもがき苦しみ、そして溺れた…

「死にたくない…死にたくない…死にたく   な     い    死  に…」

死にたくない…

嘘だった…

自我が崩壊した時点で自ら死を望んだのだ…

「死に   た    か   った   …」

松浦は自身の心に溺れ、深い海に沈み溺死した。


寂しげな瞳の飯田は、松浦の死を無言で見取る。

そして、音も無く右手に戻ったペンダントを見詰める…

「なっち…何時までも一緒だよ…」

握る拳の中でペンダントは溶け込む様に消えた…


飯田の戦いぶりを見ていた中沢が近寄る。
その顔は驚きの表情だ。

「かおり 今の技は…?」

肩を掴む顔は真剣だった。

「今の念はどんな技や!」
「どんなって言われても…」
「いいから、教えて!」
「……」


万という数の死体が累々と転がる原宿通りに佇む2人の影…

その光景は凄惨と言う言葉は似合わない、むしろ美しくさえあった…