★★【小説】 ☆☆【 BATTLE AFTER 】 ★★

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【 BATTLE AFTER 】第五八話

「中沢さん!」
紺野が青い顔をして『レストランプチモーニング』に駆け込んできた。
「どないした?」
「あのですね…」
言いかけた紺野は 何事かと此方を向く矢口に気付き、それ以上の言葉を続けられなかった。
「いや、あの…」
紺野はチョンチョンと手招きして中沢を外に連れ出す。
「何?」
中沢は只事では無いと気付くが、矢口に心配をかけまいと業と面倒くさそうに着いて行く。

その中沢と紺野を見る矢口は少し寂しそうだった。

店に戻った中沢は平静を装いながらも、黙って閉店の準備をしだした。
「ちょ、ちょっと裕ちゃん…どうしたの?」
「ハハハ…ごめん矢口、今日は閉めよう」
「閉めるって…説明してよ」
「……」
「裕ちゃん!」

「ごめんな…後で説明するわ…」

中沢の声のトーンは落ち込んでいた…


「これは…」
紺野は平家と石川の死体を発見して言葉を失う。
中沢は死体を前に無言のままだ。

紺野は後藤に連絡を取り、喋らない後藤から なんとかマンホールの場所だけを聞きだした。
高橋と相談して、中沢だけには話さなくてはいけないとの結論に達して
中沢と一緒にマンホールに来たのだ。

「私が平家さんに話したから…」
顔を覆う紺野と呆然と立ち尽くす高橋。

「紺野、高橋…ガソリンと骨壷を買ってきてや…」
中沢は二人に背中を向けたまま命じる。
「えっ?」
「死体を担いで街には出れないだろう…」
「ここで…?」
「そうや…仕方ないやろ」
「でも…」
「いいから行くんや!」

紺野と高橋がその場を離れると、中沢は平家の死体へ近付きしゃがみ込む。

「みっちゃん…アンタはアホやな…」

そっと平家の頬に手を添えて撫でる。

「いっつも、人の為ばかりに働いて…吉澤の事なんか、ほっとけば良かったやん」

溜め息をつく中沢は優しく語りかける。

「でも…みっちゃんには、それが出来へんねんなぁ…」

「なあ、みっちゃん…?」

「アンタ幸せやったんかぁ?」

「ずうっと、人の為だけに生きて幸せやったんかぁ?」

平家の顔は微笑んでいるように見える。

「…そっか…」

微笑む中沢の瞳からは涙が落ちる。

「で、どないすんねん?」

「私はアンタに借りた貸しは、全然返してへんねんでぇ…」

「いっぱい いっぱい 借りたままや…」

「どないすればええねん…」

うずくまる中沢の背中は、いつまでも震えていた…

【 BATTLE AFTER 】第五九話

『モーニングペアーの石川リカ、マネージャーと失踪』
翌々日の新聞テレビ等は大々的に報じた。
松浦はレポーターの追跡を恐れ、自分のマンションに閉じこもったままだ。
しかし、真に恐れているのはマスコミ等ではなかった。
後藤にビビリ 逃げたのはいいが、途中で石川と平家の死体を見つけ動揺した。
夢中で逃げてマンションに戻り、それから一歩も外に出ていない。
真に恐れているのは『パンサークロー』のメンバーが
仇を討ちに自分を殺しに来るかもしれないという事だった。
松浦は石黒と真矢が死んだ事を知らない。
スカウトしたと聞いた、保田が死んだ事をしらない。
松浦は事務所からの連絡も無視して部屋のベットで膝を抱えてうずくまっていた。

その日の深夜、携帯の着メロが鳴った。
出ると聞きなれた声が耳に入る。
「どや、気分は?」
松浦の顔から血の気が引く。
声の主は中沢だった。
「ど、どうして…私の番号を…?」
「ハハハ、元中沢芸能事務所社長やで、そんなん簡単に調べる事出来るわ」
「……」

「今日な…みっちゃんの密葬が有ったんよ」
「…」
「ついでに石川のもしてやったわ」
「そ、それで…?」
松浦のドクドクと波打つ心臓は破裂しそうだ。

「お前だけ生きてるのは不公平やん」
「な、なにを…」
「実はな、もうマンションの下に来てんねん」

松浦は慌ててベランダに出て階下を見ると、
中沢が携帯を片手に此方に向かって手を振っていた。

「ひっ…」
松浦は携帯を切り、マンションの屋上に逃げる。
隣のビルに飛び移り、その隣のビルにまた飛び移る。

その光景を眺めていた中沢は肩をすくめる。
「逃げ足だけは速いやっちゃな…」
呆れるように言い、溜息をついた。

その日を境に松浦も失踪し、新聞を賑わす事になった…

【 BATTLE AFTER 】第六十話

深夜に帰宅した中沢は音を立てずに そっと布団にもぐり込む。
隣では矢口が静かに寝息を立てていた。
さすがに安倍の部屋は使えず、中沢は矢口の部屋で寝食を共にしていた。

「裕ちゃん…何処行ってたの?」
不意に話しかける矢口は寝てはいなかった。

「お、起きてたんか?」
「…うん」

「まあ…ちょっとな…」
「ちょっと?」

「…松浦の所や」
「…殺してきたの?」

「いんや…逃げたよ アイツは」
「そう…」
矢口は寂しそうだった。

「あ…あのな、人は殺さないって言ったけど…仇は討つで…」

「そんな事じゃないよ」
「うん…?」

「みっちゃんと石川が死んだのは分ったけど…」
「…けど?」

「それだけなんだよね…」
「…」

「何時もそう…なっちが居た時は気付かなかったけど…
事件が有る度に私となっちは蚊帳の外…誰もちゃんと話してくれないんだ…」

「…そか…」

「みっちゃんの事だって皆 言葉を濁して…」
「…」

「仲間じゃ無いみたい…」
ポツリと矢口が寂しそうに呟く。

「アホやな…」
「えっ」

「矢口はアホや…」
「なんでよ」

「仲間だからに決まってるやないけ」
「…」

「みんな矢口が好きなんや…だから心配かけさせたく無いだけや」
「…」

「矢口は特殊な能力が無いねん…それぐらい、分かれよ…」
中沢の言葉は少し怒っているようだった。

「うん…分かった…でも、何か有ったら詳しい事ぐらい教えてよ…やっぱり寂しいからさ」
「…分かった…約束しちゃる…って、私もよう知らへんねん」
「辻、加護よりは知ってるでしょ」
「ハハ‥アイツ等は矢口より知らへん」

そりゃそうだ、と矢口も納得の笑みを漏らす。
「知らないって言うより、理解出来て無いだけなんじゃないの?」
「ハハハ、毒舌やなぁ」
「だから、アイツ等 私の事『おこりんぼ』って避けるんだな」
一人で勝手に納得して頷く矢口。

「何言うてん、みんな矢口の事好きやでぇ」

話しは妙な方へ脱線していく。

「裕ちゃんは…?」
「え?」

「裕ちゃんは私の事好きなの?」

「ハハハ…」
中沢はドキリとした…
「当たり前や…」
次の言葉を出すのに少し勇気が必要だった。
「む、むっちゃ好っきやでぇ」

「ほんとう?」
矢口は少し意地悪そうに聞く。

「本当やでぇ…そ、そや、チュ〜したるわ」
中沢は照れ隠しに業と矢口に抱きつき唇を尖らす。

「わわわゎゎ…ちょ、ちょっと!」
矢口は布団から這い出しバタバタと部屋の隅に這って逃げる。

「ハハハハ、なに慌ててん…」
指をさして笑う中沢の顔にバフンと矢口が投げた枕が当たる。

「や〜ぐ〜ち〜!」

睨む中沢に矢口はベ〜と舌を出してニカッと笑う。

「この〜!」
今度は中沢が矢口に枕を投げ返す。

「残念でした〜」

枕を受け止めニッと笑う矢口の顔にもう一つの枕が当たる。

「はっは〜、枕は一つだけや無いねんでぇ」

「もう!」
プウとほっぺを膨らませる矢口。

「なあ、矢口はどやねん?」
「何が?」

「わ、私の事…好きなんか?」
「えっ?」

「どうよ?」
「…」

「なあ、なあ、教えてや?」

「そ、そりゃあ… す き だけど…」

矢口は恥かしそうにボソリと呟く。

「え〜?何やて?聞こえへん」

顔を真っ赤にする矢口は枕を投げ返す。

「うるさい!もう、絶対言わない!」

「ハハハハ…」

部屋の明かりは点いていない…
笑う中沢の瞳からポロリと涙が零れた。

キャッキャッと はしゃぐ、深夜の枕投げ大会は明かりも点けずに続く…
点けない理由…?
それは電気を点けたら泣いてるのが ばれるから…

ハハ…

知ってるわ…

矢口が私を好きな事ぐらい…

でもな…

確信を持って言える事が、一つ有んねん…

それはな…

矢口が私の事を好き…それ以上に私の方が矢口を好きな事や…

だからな…

不安やねん…

不安で不安で堪らへんねん…

矢口がな…

矢口が…遠くへな…行ってしまう事や…

その時な…

その時、私はどないしたらええねん…?


どうしたらええ?…なあ、矢口…


答えは…


  答えは…        解かってんねんけどなぁ…




「うるさ〜い!」
部屋のドアがバンと開き、腰に両手を据えた加護が一喝する。
「うっ…ごめん…」
「…加護に怒られるなんて…」
無邪気な枕投げは、うるさくて起きだした加護に注意されるまで続いた…