★★【小説】 ☆☆【 BATTLE AFTER 】 ★★
【 BATTLE AFTER 】第四一話
矢口が目を覚ましたのは翌日のお昼になってからだった。
自室のベットの上でボンヤリと瞼が開くと加護が心配そうに見詰めていた。
「加護…」
「よかった〜!起きた〜!」
加護はバタバタと紺野を呼びに行く。
矢口の瞳から涙が一筋落ちる…
夢を見ていたのだ。
階段を上って来る足音が聞こえて矢口は慌てて涙を拭う。
「良かった〜、心配しました」
「高橋は…?」
「飯田さんと辻さんの病院です」
「そうか…」
加護は手拭いを絞って矢口の額に乗せる。
「ちゃんと休めって…中沢さんが言ってたよ」
「裕ちゃんが…?」
「そうです…あの…」
紺野は何か言い辛そうだ。
「体調はどうです?」
「体調?」
「ええ」
「なんともないけど…」
「そうですか…取り合えず一安心です」
「取り合えず…って、どゆ事?」
「あ、いや…」
「…?…」
矢口は中沢の店での出来事を思い出そうとする。
しかし、ぼんやりと霞がかかったように思い出せない。
でも、分かった事がある…
「…なかざ…裕ちゃんには悪い事したな…」
「えっ?」
「あ〜…私の勘違いみたいだったよ…」
中沢の血の為せる業か、矢口には中沢の想いが分かった。
夢を見たのだ…
安倍と、中沢と矢口…飯田…… そして保田…
楽しかった時の 思い出…
それが中沢の想いとシンクロした。
「う…ぅぅ ぅ う…」
矢口の瞳から大粒の涙がポロポロと零れる。
「ご、ごめんね…なっち うぇぇぇ ん」
声を出して泣きじゃくる矢口に加護と紺野も貰い泣きする。
「や、矢口さん…明日 渋川さんが来ます…」
「…遅いよ、あの爺…」
勿論、安倍に線香を上げに来るのだが
矢口は渋川が自分を診に来るとは思っていない…
加護と紺野は祈る思いで矢口を見詰めた…
【 BATTLE AFTER 】第四二話
「お疲れ様でしたー!」
ペコリとお辞儀をして音楽番組の録画を終える石川と松浦。
「いや〜、新しい事務所は天国だね」
「本当だね〜、私達の思い通りだし」
キャッキャと笑いあう2人は新しい人生を謳歌していた。
『パンサークロー』は解散、そして、中沢音楽事務所も同時に解散した。
解散理由は告げられなかったが2人には関係無かった。
中沢の束縛から抜けられるだけで充分だったのだ。
大手のプロダクションに自分達から売り込み強引に割り入った。
プロダクション社長の号令で2人は破格の扱いを受け、
売り込む為の様々なキャンペーンを張られた。
社長だけが知っている2人の秘密…
誰かに話せば自分は確実に死ぬ。
社長は2人に脅された…
しかし、裏を返せば…2人を手なずければ…芸能界で怖い物が無くなる。
社長もしたたかな人間だった。
面白くないのが事務所のベテラン…
大御所と言われている大物歌手達だった。
テレビに映る石川と松浦は清純そのもの…
非の打ち所の無いアイドル…
しかし、裏の顔は傍若無人の我がまま娘だった。
挨拶はしない、それどころか廊下で出会っても道さえ空けない。
しまいには「〜ちゃん」扱いだった。
一人の大御所がキレた。
事務所に居た2人を見つけて部屋に呼びつけた。
「うざい、ババアだね」
石川は人差し指と中指をクルクル回すと何故か一本の五寸釘が指に挟まっている。
「な、なにそれ?」
ドン!とテーブルに手の甲を打ちつけられた。
叫び声を出させないように松浦が喉に指をギリギリと食い込ませる。
「死にたいの?」
刺すような氷の視線に大物は怯え失禁する。
「汚いね〜…アンタ明日引退しなよ…」
「社長には言っとくわ」
石川と松浦には怖い物はなかった…
その2人を狙う殺し屋が居た。
芸能界の魑魅魍魎…
ある大物歌手が雇った「黒犬」の異名を持つ念の使い手だった。
石川の高級マンションを見上げる目は狂犬そのものだ。
「こんな所に住みやがって餓鬼が…」
吐き棄てる唇が歪む。
どんな事をしてもいいから殺す…
条件はなかった。
契約は3億、こんな美味しい仕事は無かった。
その黒犬の背中に戦慄が走る。
知らぬ間に殺意の気配…後ろに人が立っていたからだ。
一気に後ろに跳んで対峙する。
「てめえ 何者だ?」
警察手帳を見せながらマンションを見上げる吉澤ひとみ。
「サツ?」
「私の獲物だ…」
「獲物?」
「アンタ 念が使えるようだが…」
「キサマ…本当に警察か?」
吉澤の瞳に何を見たのか黒犬はニヤリと笑う。
「ククク…その目…俺と同じ匂いがするぜ」
ギラリと見せる歯は全て犬歯だった。
「俺と同じ殺人狂の匂いがな!」
バッと飛び掛る黒犬。
「その肉!食い千切ってやるぜ!」
ピンと一瞬だけ光る。
着地した黒犬の首がズルリと落ちた。
パチリと鞘に刀を納める音だけが闇夜に鳴る。
無言のままひっそりと闇に溶ける吉澤…
飢える狼の如く、吉澤の瞳は何かに乾いていた…
【 BATTLE AFTER 】第四三話
翌日に渋川剛気が来た。
矢口に対しての念治療を終えると紺野を手招きして部屋の外に連れ出す。
矢口は静かな寝息を立てていた。
「どうなんです?」
「……」
渋川は首を振る。
「紺野よ…」
「はい」
「わしの念も気休めにしかならん…」
「どういう事です?」
「持って、あと3ヶ月じゃ」
「そんな…」
紺野は絶句する。
「矢口が侵された瘴気はソレを造った奴でも完全に浄化する事はできん」
「ね、念法を憶えれば…」
渋川は静かに、諭すように紺野を見据える。
「無駄じゃ…3ヶ月で念を身につける程の体力は矢口には残っておらん」
「……」
「残された時間を大事にするんじゃ…」
「わ、私は 諦めません 」
紺野の声は震えていた。
「ふむ、それもよかろう」
渋川はチラリと時計を見た。
「紺野よ、後藤と吉澤とは連絡が取れるのか?」
「取れますけど…何故です?」
「飯田の事じゃ…」
「飯田さんの事?」
「…ふむ」
渋川は此処に来る前に飯田と辻の入院している病院を見舞った。
渋川の顔を見た飯田は薄く笑った。
その瞳からは大粒の涙がポロポロと零れる。
飯田の手をそっと取ると、強く握り返してきた。
握った渋川の手に額をつけて飯田は声を出して泣いた。
渋川は飯田の手を握って気付く…
飯田は念を喪失していた…
渋川は泣きじゃくる飯田に声を掛けることも出来ず、そっと病院を後にしたのだ。
矢口の部屋に戻ると矢口は目を覚ました。
「どうじゃ 矢口?」
「うん、だいぶ楽になったよ、アリガトお爺ちゃん」
「そうか…」
矢口は今朝までは何とも無かった。
しかし、朝食を取って少しすると吐き気がしてきて布団に入ったのだ。
矢口は瘴気のせいだとは気付いていない、色んな出来事の気疲れだと思い込んでいた。
「矢口よ…」
「なに?」
「飯田の心の傷はワシでは癒す事ができん」
「……」
「おぬしを中心に皆で支えてやるんじゃ…よいな」
「…うん」
渋川の心に虚無感が広がる…
「お爺ちゃん」
「なんじゃ?」
「ありがとう…」
渋川は言葉が無かった…
店を出る渋川を紺野が見送り、一緒に歩く。
「紺野よ…」
「はい?」
「ワシには何もできんかった…」
「…」
「すまんのう」
「…」
「先程、矢口には飯田を支えるように言ったが、おぬしが中心になって支えてくれ」
「…私が?…」
「そうじゃ…」
「何故…?」
「負担をかける事はできん…矢口には心に張りが出来ればと思って言ったことじゃ」
「…」
渋川は空を仰いだ。
「ワシにはこんな事しか、想い浮かばなんだ…」
「…」
「皆をサポートしてやってくれい」
「…はい」
一人の影が待ち構えるように立っていた。
「うん?」
吉澤はペコリと渋川に頭を下げる。
「紺野よ…」
「はい」
「もう、よい…帰りなさい」
「…?」
「此処からは、おぬしの突っ込む話しでは無いのでな…」
此方を気にしながら帰る紺野の後姿を見送り、渋川は吉澤に向き直る。
「後藤はどうしたんじゃ?」
「…今は別行動をしています」
「ふむ…」
吉澤と後藤は石川組と中沢組を監視する為に別行動をしていたのだ。
夕暮れの迫る海岸線を眺めながら渋川は砂浜にドカリと座った。
「おぬし…変わったか?」
「……」
無言の吉澤…
しかし、渋川には分かった。
吉澤から立ち上る微かな狂気の色を…
「おぬしからは血の匂いがする…」
「…殺人許可証が有ります」
「刀を見せてみい」
「…」
吉澤は自分の日本刀を渋川に渡す。
「…妖気じゃな…おぬしの刀は血を吸い過ぎておる」
「…処分してもらっても構いません」
「ふむ…」
渋川は刀身をパチリと鞘に収め吉澤に手渡した。
「おぬし、気付いておるんだろう…」
「……」
「自身の心の闇じゃ…」
「……」
「そして、迷っておるのじゃろう」
「…はい」
「じゃが、ワシにはどうする事もできん」
「どうしてです?」
「ワシは今日で現役を引退した…」
「引退…」
「そうじゃ…それに、ワシに頼っても仕方あるまい…
おぬしの心の闇は おぬし自身でしか解決できんわ」
渋川は立ち上がり砂をパンパンと払う。
「ワシは武に長けてはいても、人を救う事が出来ない事を今日 改めて知った…
吉澤よ、おぬしを含めての事じゃ…」
「……」
「飯田が念を喪失したんじゃ…」
「飯田さんが?」
「その事を おぬしと後藤に託そうと思ったんじゃが…」
渋川は寂しそうだった。
「迷ってる おぬし には無理な話しじゃ…」
拳を握り項垂れる吉澤…
震える拳からは自身の血が滲みポタリと落ちた…
それを静かに見詰める渋川が踵を返す…
夕日を浴びながら消える渋川の背中は小さく見えた…
【 BATTLE AFTER 】第四四話
吉澤は後藤と連絡も取らずに繁華街をさ迷う。
吉澤は乾いていた。
しかし、酒を飲んでも酔わない。
ーーーこの心の渇きを癒す物は有るのか?ーーー
答えは解かっている…
フラフラと歩く吉澤の肩がヤクザ者の肩に触れた。
「なんじゃ!こら…」
言い終わらずに男の首が落ちた。
雑踏の中、通行人の悲鳴が響く。
瞬速の抜刀…念で消える日本刀…目撃者は居ない…
フラフラと歩く吉澤の唇が歪んだ…
吉澤は魔に魅入られた…
最初の、あの島で保田を殺したように…
それは、禁断の麻薬だった…
人の命を奪う快感…
人生を奪う快感…
フラッシュバックのように殺人への快感に自分が埋もれていくのが分かった…
ズキリと肩口が痛む…
ふざけて後藤と一緒に入れた唇型のタトゥが疼いたのだ…
吉澤の顔が苦痛で歪む…
膝を突き道の真ん中で嘔吐する…
「う ぅぅ ぅ うぅ…」
嗚咽する吉澤は、生き返り 最初に見た後藤の笑顔を思い出した…
「大丈夫かい?」
下心丸出しの茶髪の男が声をかけ、吉澤を抱き起こす。
無言で男を払いのけて吉澤は雑踏に消える…
吉澤を追いかけようとした男の体が二つに裂けた…
その日から後藤は吉澤と連絡が取れなくなった…
【 BATTLE AFTER 】第四五話
『バーパンサークロー』に紺野と高橋、加護が訪れたのは
安倍が死んで3週間も過ぎた頃だった。
バサリと新聞を広げてタバコをふかす中沢。
「みっちゃん、大変やでぇ…ここんところ連日や」
「なんの話し?」
「通り魔や…」
「…ああ、首を刎ねる例のヤツね…」
「私が居たらねぇ…返り討ちなんやけどなぁ」
「ハハハ…そりゃそうだ」
そこに紺野と高橋、加護がペコリと頭を下げて入ってきた。
「おまえ等…」
「どないした?」
「中沢さんに お願いが有って来ました」
「お願い?」
顔を見合わせる中沢と平家。
入り口で立ち尽くす3人に中沢は手招きする。
「そんな所に突っ立ってないで、こっちにおいで」
「はい…お邪魔します…」
矢口は その後、普通の生活に戻った。
安倍の事は今でも引きずってはいるが、持ち前の明るさで沈む皆を奮い立たせた。
飯田と辻も退院して、何とか落ち着いたが
飯田だけは一日中 部屋に引き篭もる生活をしていた。
矢口は飯田は もう少し そっとしておいた方が良いと思って
腫れ物を触るように接触していた。
そして、店はまだ再開してはいないが、そろそろ…と思い始めているようだった。
その矢口が この頃 自然と漏らす言葉が有った…
「裕ちゃん どうしてるかなぁ…」
その言葉を何度と無く聞く紺野達は 居た堪れなくなって中沢に相談しに来たのだった。
「矢口がそんな事を…」
中沢は言葉が無かった。
「はい、ですので 一回 会いに来て頂けないかと…」
加護は唇を尖らして泣きそうだ。
「矢口さんは…あと、2ヶ月ぐらいしか…」
「えっ?」
中沢の顔からスーと色が抜ける。
「念法の達人に診て貰いました…」
「そうか…この事は 誰が知ってるの?」
「知っているのは私達だけです…」
「そう…」
「お願いします」
紺野と高橋、加護は頭を下げる。
「す、少し…考えさせてや…」
紺野と高橋、加護が店を出てからも、中沢は その場を動く事が出来なかった。
「みっちゃん…ちょっと 一人になってくるわ…」
そう言うと中沢はフラフラと店を出た…
「……」
黙って見送る平家には 中沢の答えは判っていた。
中沢が店に戻ったのは それから3時間後…
開店の一時間前だった。
中沢は大きな鞄を抱えていた。
そして、何かを決意した表情だった。
「みっちゃん…暫らく みっちゃんに店 任せていいかな?」
平家は微笑みながら頷く。
「嫌われてもええねん…最後まで傍に居たいんよ…」
「…うん」
「残り、2ヶ月ちょっと…悔いは残したく無いねん」
「…うん 店の事は任しとき…」
「アリガト」
「裕ちゃん…私も たまに遊びに行くよ」
「うん、来てや、約束やでぇ」
いそいそと店を出る中沢を見送る平家は こころなしか寂しそうだった…
【 BATTLE AFTER 】第四六話
「おぉ!矢口ぃ 元気かぁ?」
中沢は泣きそうなのを堪えて業と陽気に振舞ってみせた。
いきなり『レストランプチモーニング』に入ってきた中沢に矢口は驚く。
「ゆ、裕ちゃん…」
矢口は一瞬 笑顔を見せかけたが こちらも業と ぶっきらぼうに答える。
「何しにきたのよ?」
「ハハハ、寂しいかなぁと思ってな…」
「ハァ?」
「ほら、どいてどいて!なっちに線香あげなきゃ」
小さな仏壇に手を合わせる中沢は後ろに居る矢口にそっと伝える。
「なっち の仇は取ったよ…」
「…えっ?」
「保田を殺した…」
「……」
「あいつ…人の心を無くしてたよ」
「…」
「私は…取り戻したのに…」
「…そう…」
矢口は静かに答えただけだった…
「裕ちゃん、その荷物なに?」
中沢の でかいバックを見て矢口が怪訝そうに言う。
「ん〜、何だろうねぇ?」
そこに辻と加護が入ってきた。
辻は加護の「天然ボケのケア」で心の傷は治りかけていた。
「あ〜!!」
驚く2人に中沢はニンマリと笑いかける。
「お〜!元気やったか?」
「なんで〜?」
「ハハハ、いやな…」
中沢はポリポリと鼻を掻きながらチラリと矢口を見た。
「暫らく、ここで生活しようかなぁ な〜んて 思ってな…」
「え〜〜〜!!!」
矢口と辻、加護 同時に驚く。
「うっさい!もう、決めたの! 決めたから 来たの!!」
呆然とする3人に中沢はギロリと一瞥をくれた。
「文句ある?」
「い…いや…」
唖然としながらも矢口は少し嬉しそうだった。
二日後…
『レストランプチモーニング』は開店した。
「いらっしゃいませ〜!」
中沢の声が店内にこだまする。
「矢口〜!ランチ一丁!」
厨房にいる矢口はヘイヘイと慣れないフライパンを振る。
「もう、プチ じゃ無くなったな…」
飯田がカウンターでコーヒーをすすりながらポツリと呟く。
「なんやて?」
「い…いや なんでも…」
中沢が来て飯田も少し元気を取り戻した。
事情(中沢達が関係無い)が分かった飯田も頼れる人が欲しかったのだ。
中沢は すっかり皆に馴染んだ…
まるで 昔から そこに居たように…
ハハハと笑い合う声が店内に響いた…