★★【小説】 ☆☆【 BATTLE AFTER 】 ★★
【 BATTLE AFTER 】第三十八話
「楽しかったねぇ」
安倍は帰りの準備をしながら飯田に話す。
「ハハ‥そうだな」
「でも、まだ楽しい事があるのです」
「うん?辻、どゆこと?」
「あのですねぇ…」
何かを言おうとする辻の口を飯田が慌てて塞ぐ。
「ハハハ、何でもないよ」
「…?…」
「ありがとうございました〜!」
見送りに出た旅館の女将と主人にペコリと頭を下げて、手を振って別れた。
「かおり 何処行くの?」
飯田の運転する車は旅館を出ると登りはじめた。
「へへ〜、まあ すぐ分かるよ」
「すぐ分かるのです」
「ふ〜ん」
何かある と思った安倍は少し楽しみになった。
走る事30分…山の頂上付近に開けた小さな公園が有った。
「どうよ なっち」
飯田は車から降りて背伸びをする。
「すご〜い!」
眼前に広がる風景に安倍は感嘆の声をあげる。
「すごいのです」
安倍を連れて来たつもりの辻もポカーンと口を開けたままだ。
深い緑の間に流れる滝や界下に広がる街並み。
安倍と辻も思わず深呼吸をする。
「なっち 今日 誕生日だったよな…」
何にも用意していなかった飯田と辻は安倍に内緒で旅館の女将にこの場所を教えてもらったのだ。
「なんにも用意出来なくて…こんな事しか思いつかなかったよ…ゴメン」
「ううん そんな事ないよ」
安倍は左右に首を振る。
「安倍さん、オメデトウなのです」
「うん ありがとう 辻 かおり…」
安倍は ちょっぴり涙ぐんだ。
「へへ〜」
飯田は得意そうに手を広げる。
フッと仮面が現れる。
「かおり それ何処に隠してるの」
「内緒…」
飯田は仮面を被り変身する。
「な、なに?」
安倍に手を回し飯田はお姫様抱っこをする。
「とう!」
「キャッ」
飯田は安倍を抱いたまま公園に有るベンチが入った白い建物の屋根に飛び移る。
「わぁ〜、すごい すご〜い!」
さっきよりも高い所に立ち安倍は感激する。
「そうか?じゃあ…」
そう言うと飯田は安倍を抱き直してビョーンビョーンと大ジャンプをする。
「わぁ!! 怖い!かおり 怖いよ!!」
ハハハと笑う飯田の跳躍は軽く5mを越えた。
「飯田さん!のの もなのです!」
下で辻が手を振る。
「わかった わかった」
そう言いながら飯田が屋根から飛び降りる。
ーーボシュンーー
その飯田めがけて小型ミサイルが飛ぶ。
ーードォォンーー
空中でミサイルの直撃を受けた飯田はゴロゴロと転がりながら崖下に落ちた。
「…!!…な、なに?」
「飯田さん!」
「か かおり…かおりぃぃいい!!」
辻が走って落ちた飯田を追いかける。
「い、いないのです!」
飯田は崖下の森に消えていた。
「辻ぃ!ちょ、ちょっと ここから下ろして!」
安倍は屋根の上で手足をバタつかせる。
辻がキョロキョロと梯子を探して辺りを見回すと道路から黒い人影が現れた。
「わぁ!」
辻が驚いて腰を抜かす。
それは変身後の保田圭…ハカイダーだった。
「な、なんなの?」
目を見張る安倍をチラリと一瞥し、保田はジャンプをして崖下の森に消えた。
「辻ぃ!早く下ろして!かおり が…かおり が!!」
安倍の声は涙声になっていた…
ズキンと脇腹に痛みが走る。
飯田は首を振りながらヨロヨロと立ち上がった。
「な、なんなんだ…?」
飯田の瞳に漆黒のボディが映った。
「お、お前は…」
保田ハカイダーは悠然と佇む。
「まさか かおり が仮面の戦士だとは思わなかった…」
「…?…」
「だが…私の使命は仮面を破壊する事…」
「そ、その声…」
飯田は聞いたことの有る声に愕然とする…
「け、圭ちゃん…圭ちゃんか?」
「問答無用…」
そう言うと保田は突っ込む。
「うわっ!」
保田のパンチに飯田もパンチで応酬する。
ガシン!と拳同士がぶつかる音。
「な、なんで私を狙うんだよ!」
無言の保田は更に重いパンチを繰り出す。
「にゃろう!」
ソレを避けて飯田は念のパンチを胸に叩き込む。
バチバチと弾かれる念は保田のボディを流れるだけだ。
「…!…」
飯田は一気に後ろに跳ぶ。
「…そう言えば念が効かなかったんだっけ…」
飯田は念を全て防御に集中する事にした。
「どういう理由で私を狙うか知らないけどな!」
飯田が一気に間合いを詰める。
「この間のようには いかないよ!」
ドスンと保田にボディブローを放つ。
保田の頭を持ってガチンと頭突きをかます。
「おりゃ!」
チョップを肩口に叩き込む。
最初は痛んだ脇腹の痛みは気に為らなくなっていた。
飯田は気付いていない…
自分が以前より強くなっている事に…
一発のミサイルで全身の骨にヒビが入った以前の体では無くなっていた事に…
ビシリと保田の胸当てにヒビが入る。
「これで どうだぁぁああ!!」
ひび割れた部分に飯田の念能力『太陽のオーバードライブ』が叩き込まれた。
光の念は保田の漆黒のボディスーツの中に隠されたブルーの宝石、
『安倍から貰ったペンダントヘッド』で増幅された…
ーーバカァァァン!ーー
保田の胸当てが割れた。
ビシビシと脳を守る超強化ガラスにヒビが入る。
飯田は勝ちを確信する…
ーーしかしーー
振りかぶる飯田の瞳に手首の無い保田の右手が見えた。
ミサイル!
そう思い、顔面を十字ブロックでガードする。
「…!!…」
発射されたのはミサイルでは無かった。
ミサイルは保田の左手に一発しか入っていない。
右手首から出される武器…
それは保田の全身のエネルギーを一気に放出する『保田砲』だった。
「ぎゃぁぁあああ!!!」
1千度を超える瞬間の炎に包まれ転げ回る飯田。
保田はヨロヨロと立ち上がる。
しかし、保田も立ってはいられずゴロゴロと斜面を転げ落ちた。
安倍と辻は擦り傷だらけになりながら斜面を駆け下りてきた。
「あ、安倍さん あそこなのです」
辻の指差す先に飯田が横たわっている。
「か、かおりぃ!」
バタバタと駆け寄る。
飯田の体からは煙が上がっていた。
「かおり!」
仮面に手をかけた安倍は手を引く。
仮面は触れないほど熱かった。
「辻ぃ!も、戻って救急車!はやく!」
「でも…」
「いいから、はやく!」
辻は頷き駆け戻る。
「かおりぃ、かおり!」
安倍は地面を掘って土を飯田に被せる。
他に熱を下げる方法を思いつかなかった。
がむしゃらに掘った。
「…痛っ」
爪が割れた。
「かおり…かおり…」
それでも掘って土をかけた。
「かおり しっかりして」
着ていたワンピースを脱いで土と一緒に飯田の体を擦った。
安倍は一生懸命に飯田の体を擦り熱を下げる。
土が熱を奪い飯田の仮面の温度は下がった。
「どうすればいいの?」
飯田のマスクの外し方を知らない安倍は彼方此方と仮面を弄る。
「あっ…」
何処をどうしたのか分からないがカチリと音がして仮面が外れた。
「かおり!」
飯田はヒューヒューと不自然な呼吸をしていた。
一千度を超す高熱にも仮面の内部は耐えた。
しかし、瞬間的にもソレを吸い込んだ飯田は虫の息だった。
「かおり!」
安倍は飯田のホッペタをペチペチと叩く。
「かおりぃ!起きて!」
尚もペチペチ叩く。
すると飯田はゴホゴホと咳き込みながらも辛うじて意識が戻った。
「かおりぃ…」
「なっち…」
安倍は飯田の手を取り喜んだ。
「よ、よかったぁ」
「に、逃げろ…」
「えっ?」
「アイツは私を狙ってる…」
「だ、誰もいないよ…」
飯田はゆっくりと斜面の下を指差す。
「まだ…生きてる…」
安倍は立ち上がり下を見ると遠くにゴソゴソと動く人影が見えた。
「なっち が担ぐよ」
安倍は飯田を担ごうとするが非力な安倍には飯田は重くて担げなかった。
「どうしよう」
「だから 逃げろって…」
「かおり を置いて逃げれる訳ないじゃん…」
「そうだ…」
安倍は飯田のライダースーツの背中のチャックに手をかけた。
「な…なにを?」
「黙ってて」
安倍は飯田のスーツを脱がした。
半裸の飯田に自分のワンピースを掛けてそっと土を被せカムフラージュする。
「かおり は隠れてて」
飯田は体を動かす事も出来ない程、衰弱していた。
「よいしょ、よいしょ」
安倍は飯田のライダースーツを着る。
「ふう、やっぱり結構ブカブカだね…」
飯田はようやく気付いた。
安倍は自分の身代わりになる気だ…
「やめろ なっち…」
「大丈夫だよ」
「アイツは火を吹く…」
安倍の喉がゴクリと鳴った。
「大丈夫…このまま逃げるから…それに、このスーツ 丈夫に出来てるんでしょ」
「ちが…」
「しっ、来たよ」
ヨロヨロとしながらも保田は斜面を登ってくる。
「ア、アイツは保田だよ…」
「えっ?」
「でも、私達の知ってる 圭ちゃんじゃ な い …」
安倍はしゃがんで飯田の頭を撫でる。
「じゃあ、なっち が勝つよ…前に悪霊になった圭ちゃんをやっつけたもん」
安倍はニッコリと飯田に向かって笑って見せた。
「……」
安倍は飯田の仮面を被った。
飯田の見た天使の笑顔…
それは 安倍なつみ の最後の笑顔になった…
ーーー私、何やってるんだろう?ーーー
「ハハハハハ…こっちだ!こっち!」
安倍は保田を引きつけて走りながら ぼんやりと思った。
ーーーかおり はこんなに重いの着て走り回ってたの?ーーー
安倍は知らない…
飯田の仮面とスーツの秘密を…
飯田の肉体と精神にシンクロするライダースーツは安倍が着ても無意味…
普通の皮のスーツと同じだった…
ーーーやっぱり、普段から運動しないとねーーー
「よいしょっと…」
斜面を登る足が重い…
公園に登りきったら助かると…何となく思った…
ーーー圭ちゃん…私だと分かっても攻撃するのかなぁ?ーーー
「よいしょ、よいしょ」
安倍は声を出しながらチョコチョコと走り登る…
ーーー私、何にも悪い事してないのに…ーーー
「よいしょ、よいしょ」
声を出しながら少しブーたれる…
ーーーそう言えば、あの島でも かおり とずうっと一緒だったなぁーーー
「よいしょ、よいしょ」
安倍はあの島で飯田と一緒に見た満天の星空を思い出した…
ーーー昨日のお風呂も星が綺麗だったねーーー
「よいしょ、よいしょ」
心の中で飯田に話しかけた…
ーーー来年もまた来ようねぇーーー
「よいしょ、よいしょ」
公園の手摺りが見えてきた…
もう少しで登りきる…
だが、足が鉛のように重かった…
ーーーふう、なんか 私 疲れたよーーー
「よいしょ、よいしょ」
極端に視界の狭い仮面は保田が何処にいるかも分からない…
「よいしょ、よいしょ」
だから『保田砲』が安倍を狙ってるのも分からない…
「よいしょ…」
ーーー熱いーーー
一瞬そう思った…
それが最後だった…
「安倍さ〜ん!救急車…」
辻は見た。
白い光に包まれて燃え上がるライダーを…
「わぁぁあああ!!!」
辻は見た。
変身が解けた保田がエネルギーが尽きて斜面を転げ落ちる姿を…
「飯田さ〜〜〜ん!!!」
辻は燃え上がったのは飯田だと思った…
瞬く間に燃え尽きたソレは人の形をした炭になった…
あまりのショックに辻は気を失う…
辻が見たのは 安倍なつみ の最後の姿だった…
飯田は全ての念を回復に回す…
這って起き上がれるようになったのは30分後だった…
這いながら斜面を登ると、人の形をした炭が有った…
その炭からは白い煙がプスプスと立ち上っていた…
「い、いやぁぁぁああああぁぁぁ……!!!」
飯田の叫びに反応したかのように炭はザザーと砂のように崩れる…
残ったのは黒くすすけた仮面だけだった…
「あ ぁぁ ぁ ぁ …」
気を失う飯田の耳に救急車のサイレンが微かに聞こえた…
【 BATTLE AFTER 】第三十九話
『バーパンサークロー』
カチャリとドアが開いた…
「あ〜、まだ開店して…」
開店準備をしていた中沢の声が止まる。
「矢口…」
立っていたのは矢口と加護だった。
「どしたん…?」
矢口の瞳からポロポロと涙が落ちた。
「中沢ぁ!コンニャロー!」
矢口が泣きながら中沢に突っかかる。
「な、なに?」
胸をドンドンと叩かれて慌てる中沢。
「なっちを返せ!!」
「安倍さんを返せ!」
加護もワーと泣きながら跳びつく。
「ど、どないしたん?」
「とぼけんな!」
「…?…」
「お前んとこの保田が…」
「…圭ちゃん?…」
「お前んとこの保田が昨日 なっち を殺したんだ!!」
「…!!…」
中沢の顔が一気に蒼ざめる…
「ちょ、ちょっと待ってや…」
カウンターに居た平家が間に入ろうとする。
「うるさい!」
平家に一瞥をくれて矢口は中沢の襟を掴む。
「お前、言ったよな!」
「……」
「手を出さないって言ったよな!!」
「……」
「言ったよな!!」
ショックの余り中沢は言葉が無い。
「なのに、なんだ!」
ドンと押されて尻餅をつく中沢。
加護は拳を握り締めてブルブル震えている。
「なっち はな!毎月 保田のお墓参りに行ってたんだぞ!!」
「ぁぁ ぁ」
「なのに…なんで…なんで なっち が保田に殺されなくちゃならないんだよ!!」
中沢の瞳からブワッと涙が溢れた。
「なっち が何か悪い事したのかよ!!」
中沢は左右に首を振る。
「殺されなきゃならない事したのかよ!!」
中沢は何か言おうとするが言葉にならない。
「答えろ!!」
「……」
「答えろよ…」
矢口はガックリと膝を突きドンドンと床を叩いた。
「ぁ ぁぁ ぁ 」
中沢は腰が抜けて立つ事さえ出来ない。
「…そ、そうだ…」
中沢は何かを思いついた。
「た、助かるかもしれないよ」
「助かる?」
ウンウンと頷く中沢。
ビップルームには、まだマシリトがいる。
中沢は殺すのが面倒になってそのままマシリトを放っておいたのだ。
「これでもか?」
矢口はポケットに手を入れて何かを掴み出した。
それは安倍の墨のように黒くなった灰だった。
「これでも生き返るのかよ!!」
バッ!と灰を投げつける。
「なっち は、こんな灰になったんだぞ!!」
灰を被り中沢は我を失った…
「わぁぁあああ! ま、待ってて…今、今 生き返らすから…」
中沢は腰が抜けたまま、バタバタと這いながらビップルームに向かう。
中沢の頭は混乱していた…
「ばっ、ばかっ!裕ちゃん!」
平家が止めたが遅かった…
鍵が開き出てきたのは人の形をした死人…
ドクターマシリトは最早 人間ではなかった。
「うがぁぁあああ!」
マシリトは矢口に向かって襲い掛かる。
中沢は腰が抜けて動けない。
ボンと音がしてマシリトの頭が吹き飛んだ。
そのままドサリと倒れるマシリト。
平家の念弾がマシリトを殺したのだ。
しかし、マシリトの体からは毒の瘴気が漏れる…
それは 中沢がマシリトに仕込んだ自身の暗黒瘴気だった…
平家はマシリトの傍に居る矢口は助からないと判断した。
ダン!とカウンターを跳び越えて、加護を抱えて外に連れ出す。
平家は外に出る時チラリと店内を見た。
矢口が崩れるように倒れるのが見えた…
平家は加護の両肩を押さえつけて言い聞かす。
「ええか、圭ちゃ…保田はウチ等とは無関係や」
「……」
「前に一度会った事はあったが、それっきりなんや」
「……」
「…信じるか?」
「……」
「…信じんでもええ…でも、本当の事や」
「……」
平家は店内に戻る、前に加護に忠告する。
「ええか、絶対、中に入いんなや…」
「なんで?」
「店ん中は毒が充満しとる、入ったら死ぬでぇ」
「や、矢口さんは?」
「……」
平家は答えず、店内に入り鍵をかけた。
中沢は横たわる矢口の体に突っ伏してメソメソ泣いていた。
「裕ちゃん…」
「……」
「裕ちゃん!」
平家は中沢の両腕を掴み揺する。
「しっかりしてや!」
「…みっちゃん…矢口が…矢口がぁ…」
平家は矢口の心臓に手を当てる…
心臓は止まっていた…
「裕ちゃん…試したんか?」
「何を…?」
「血や…」
「や、矢口は念を使えへんねん…」
「やってみなきゃ判らへんやろ!」
平家はカウンターに入り、ぺティナイフを取り出した…
主の居ない『レストランプチモーニング』は しめやかに密葬が行われていた。
誰も訪れる者もいない寂しい葬儀…
飯田と辻は入院していて、居るのは紺野と高橋だけだった。
その店内に無言で帰ってきた加護と後に続く人影…
矢口を抱えた中沢と平家だった。
「や、矢口さん!」
「アナタ達、矢口さんまで…」
中沢はそっと矢口を紺野に渡す。
矢口は静かな寝息を立てていた。
「保田は私等とは関係あらへん…」
中沢は静かに話す。
「なっち の仇は私が取るよ…」
「……」
「線香…あげていいかな?」
紺野と高橋は無言で睨む。
「そっか…」
踵を返し店を出ようとする中沢と平家に紺野が声をかける。
「矢口さんは、何故 寝てるんです?」
「矢口は…」
中沢の声は震えていた。
「長くは…持たん…」
「えっ」
「勘違いした 矢口が 悪い … 」
「どういう事です?」
「…矢口が目を覚ましたら伝えといてや…」
「……」
「ゴメンって…」
「…」
「ちゃんと静養するんだよって…」
「…」
それ以上喋らず、中沢達は店を出た…
矢口が犯された瘴気の毒は中沢の血によって辛うじて中和された。
念によって造られた中沢の体に流れる特別な血…
それは 自身の体を暗黒瘴気から守る為の聖血…
中沢の暗黒瘴気は中沢の聖血でしか中和が出来ない…
そして、自身の念によってバランスを保てなくては その血は毒になる…
中沢裕子の血…
それは 念を持たない矢口にとっては気休めのカンフル剤…
瘴気によって蝕まれる矢口の命の灯は あと何ヶ月…いや、何日持つかも分からない…
それは 逃れる事が出来ない矢口真里と中沢裕子の運命でもあった…
【 BATTLE AFTER 】第四十話
保田の体はボロボロだった…
エネルギーのほとんどを使い果たし、飯田の念攻撃に変身も出来なくなっていた。
体を治す為に辛うじて辿り着いた所…
そこはマシリトの研究室が有った洋館だった…
深夜の洋館を月光が照らす…
照らしたのは洋館だけではなかった…
「…誰だ?」
ひっそりと佇む人影…
それは中沢裕子だった…
ポツリと中沢は呟く。
「ここで待てばアンタが来ると思ってね…」
保田の目は漏れる中沢の瘴気を捉えた。
「どうやら、仲間にするお誘いではないようだね」
答えない中沢の体から念の瘴気が立ち上る。
バイクを降りる保田の手首が落ちる。
伏目がちな中沢の瞳が静かに保田を見据えた。
「お前は おおよそ人を殺すとき何を思う」
「…別に…」
「以前の仲間を殺すとき何を思う」
「…何も…」
「私もそやったわ」
「…」
「でもな、今は違うねん…」
中沢に向けた保田の手首が光りだす。
保田の最後のエネルギー『保田砲』だった。
「!!」
中沢は発射されたソレを辛うじてかわす。
『保田砲』は洋館に当たり、屋敷はメラメラと燃え始めた。
「それで なっち を殺したんか?」
「…そうか…私が殺したのは かおり では無く なっち だったか…」
「何も思わんのか?」
「思わない…」
「そっか……保田圭…今は何の ためらいも無くお前を殺せる」
中沢の手からブワッと瘴気が溢れる…
手を握るとソレは鞭の形に変化した。
ーービュンーー
鞭は蛇のように這い保田の体に巻きつく。
「…!!…」
保田の体からプスプスと煙が上がる。
暗黒瘴気で出来た鞭は全てを腐食させるのだ。
保田は何の抵抗もせず、為すがままだった。
「最後に何か言う事はないか?」
「…無い…」
「そうか…」
巻き付いていた鞭がマントのように広がり保田を覆う。
抵抗も無く崩れ落ちる保田…
無言の中沢の手にスルスルと瘴気が戻った。
残ったのは保田の残骸だった…
カチカチと光っている残骸の部分が有った…保田の機械の目だ。
その光る保田の目もスーと光を失う…
もう…
もう、生きていても意味が無い…
人の心を失った今の保田の全てはマシリトが造った仮面を破壊する事だった…
その目的を達成すると何も残っていなかった…
目的を失った保田は自ら死を選んだのだ…
焼け崩れる洋館が保田に向かって倒れる…
メラメラと燃える炎は全てを焼き尽くした…