★★【小説】 ☆☆【 BATTLE AFTER 】 ★★

このエントリーをはてなブックマークに追加
【 BATTLE AFTER 】第三十話

中沢は石黒から連絡を受けて高橋の件は知っていた。
だが、他のメンバーには話していなかった。

石黒からの連絡が無くなり、平家を屋敷に向かわせた。

平家からの連絡は屋敷の庭に小さな墓標が二つ並んで建っていたとの事だった。


「裕ちゃん…あやっぺから何か聞いてへん?」
「い、いや何にも…」
「そう…」

中沢は『バー パンサークロー』のカウンターで気だるそうに溜め息をつく。
それをひっそりと見詰める平家。
中沢は平家の視線に気付いた。

「な、何 みっちゃん?」
「…メンバー…少なくなったね」
「あ、ああ そやな…」

中沢は平家が差し出すブランデーを口につける。
【 BATTLE AFTER 】第三十話

「なあ、みっちゃん…」
「なに?」
「…生き返った時、どう思った?」
「…生き返った時?」
「あ、いや、こっち(本島)に来てからや…」

平家はニコリと微笑んで見せた。

「裕ちゃんには感謝してるよ…」

平家は中沢と同時期に改造され、同時期に日本に放逐された。
そして何も考えずに、中沢と行動を共にした。
一人では不安だったのだ。

中沢は当初から何かを悟っていたように見えた。
平家は中沢の手足になる事を自ら選んだ。
『パンサークロー』結成時にメンバーを探し出したのも平家だった。

平家には解かる、その中沢が今、何かに悩んでいる事に。


 
【 BATTLE AFTER 】第三十話

「そういえば 裕ちゃん言ってたなぁ」
「なにを?」
「この組織を結成した時…」
「…なんだっけ?」

「わたし等は自由やって…」

「好きに生きていいって…」

平家は自分の力を持て余していた。
それを解放してくれたのが中沢だった。
自分を縛っていた理性は中沢の言葉で吹き飛んだ。

人を殺しても何とも思わなくなった。

それは理不尽に殺された過去に対する復讐でもあった。

「だから、こっちに来てからの感想は『自由になった』だよ」
「…そっか」
「私はね みっちゃん」
平家は黙って聞き役にまわる。
「生き返った時に思った事が一つだけ有ったんよ」
中沢の目が遠くを見詰める。
「もう、絶対 死ぬのはゴメンやって 寿命が来るまで天寿をまっとうするんやって…」
「……」
「例え、自分の為にどんなに人が死んだって…」
「……」
「…そう、思ってたんや…」
「思ってた?」
「いや、今でもそう思ってるねん…」
中沢はグラスに付いた水滴を指でなぞる。
「たぶん やけどな…」
そう言ってブランデーのグラスを傾けた。

こんなに弱気な中沢は初めて見た。


 
  …だが…

平家はタバコに火を点けてフーと一息つく。

「あやっぺ の仇は討つよ…」
ひっそりと呟く。

「そやなぁ…」
伏し目がちな中沢は曖昧に答える。

「かおり と紺野、高橋は生きていた…」
ピクリと中沢は反応する。
「手がかりは それしか無いねん…居所を探すよ」

中沢は黙っていた。
平家は空になったグラスにブランデーを注ぎ水割りを作る。
無言の中沢はカラカラと回るグラスの氷を見詰めていた。
【 BATTLE AFTER 】第三十一話

中沢は『レストランプチモーニング』の前に立っていた。

高橋の学校で石井と面会してこの場所を教えてもらったのだ。
勿論、石井を脅しての事だ。

以前の中沢だったら、石井を殺していただろう。

怯える石井を見て可哀相に思った。

おおよそ自分に関係ない人間に対してこんな感情を持ったのは何時以来だろう。

生き返ったからは 初めてのような気がした。


午後2時の気だるい時間…
辻 加護 高橋 紺野は学校の時間だ。
飯田は肋骨を折り入院していた。
店には矢口と安倍しか居なかった。

ドクンドクンと心臓が高鳴る。

カラカラと喉が渇いた。

中沢は店に入る前に2度3度と深呼吸をする。

ーーーカランカランーーー

店には2,3人の客が居ただけだった。

「いらっしゃい…」
矢口の顔が固まった。

中沢は立ち尽くしたままだ。

「に、似合ってるじゃん…その格好」
エプロン姿の矢口に思わずその言葉が口をついた。

…涙が出そうになった…

「す、座ってええんかな?」
話す声が震えているのが自分でも分かった。

「ど どうぞ…」
言われてカウンターに座る。

そこに厨房から出てきた安倍と顔が合った。
「ゆ、裕ちゃん!」
「なっち…生きてたんや…」
死んだと思っていた安倍がこの小さな店にいた。
矢口と一緒に この店をきりもりしてたんだ…
驚きと懐かしさに、話そうと思っていた事を全て忘れた。

中沢はキョロキョロと所在無げに店内を見渡す。
「なかなか良い店じゃん…」

「何しに来たの?」
ドンと水を置く矢口。
「えっ?」

安倍は不審の目で中沢を見詰める。

「…やっぱり知ってたんか 私達の事…」
「あれだけテレビで暴れればね」
「マスクしてたんやけどなぁ」
「マスクしてても判るよ…」

「それに紺野達をさらったし…」
安倍は腕組みをして睨む。

「あれは私じゃ無いやん…紗耶香が勝手にやったんよ」
「でも、大変な目にあったべさ」
「……」
中沢は言葉が無かった。

「なあ…」
「なによ」
「コーヒー」
「…」

中沢はサイフォンでコーヒーを立てる矢口をボンヤリ見詰める。

「はい、どうぞ」
出されたコーヒーの香りに鼻腔をくすぐられる。
「なあ、矢口」
「なによ?」
「ここに住んでるの 矢口と なっち と高橋と紺野と かおり だけなの?」
矢口と安倍は顔を見合わせる。
「そんな事聞いてどうすんのよ」
「言い方がキツイなぁ 別に狙ったりせえへんよ」
「じゃあ、何よ」

「あのなぁ 今日は手打ちに来たんよ…」
「手打ち?」
ウンウンと中沢は頷いた。


中沢は初めて知った。
あの島で本当に生き残ったのが矢口、辻、加護、安倍、飯田だった事を…

「良かったなぁ 生き残ってて…」
中沢は矢口と安倍を見てしみじみと思った。
この2人は あの頃と全然変わっていなかった。

たぶん辻、加護、飯田も変わってないんだろう。

そして改めて判った…
新垣、市井、石黒、真矢の死を…
しかし矢口と安倍も詳しくは知らないようだった。

それよりも驚いたのが後藤と吉澤が生きている事だ。

特に後藤と吉澤が特殊警察官で念法を使いこなし
市井と石黒、真矢を殺害した事は驚嘆した。

その後藤と吉澤も石黒と真矢との死闘で負傷し、今は動く事が出来ない。

中沢は何故か仇を討とうとは思わない。
あの2人も自分達と同じ、蘇生強化手術を受けた人間だったからだ。

「もう、わたし等に関わらないで欲しいねん」
矢口と安倍は顔を見合わせる。
「関わってきたのは そっち!」
安倍はプウとほっぺを膨らませる。
「…そりゃまあ…そやけど…」
上目遣いに睨む安倍を中沢は抱きしめたくなる。

「相変わらず可愛いなぁ なっち」

なんじゃそりゃと突っ込む矢口。

その場の空気が心なしか和む。

中沢は昔のじゃれあいを思い出した。

矢口と安倍も同じ事を思った…懐かしいと…
 
 矢口が腕を組んでウ〜ンと唸った。
「…関わらないのはいいけど…ごっちん と よっすぃ がなぁ…」

後藤と吉澤は矢口達とは関係が薄い。
そして、あの2人が中沢の提案を受け入れるとは思えなかった。

「なあ矢口、あの2人と関わらない方がええで…」
「なんで?」
「わたし等でも命は惜しいねん…狙われたら迎え撃つだけやから…」
「……」

中沢はタバコを取り出し火を点ける。
「裕ちゃん…タバコ吸うんだ」
矢口がビックリしたように言う。

「…?…あ、この店 禁煙か?」
慌てて灰皿を探す中沢に矢口が首を振りながら灰皿を差し出す。
「初めて見たよ 裕ちゃんがタバコ吸うとこ」
「……」

ーーそっか…前はタバコ吸ってなかったんやーー


 
  
 矢口を見る中沢の目が潤む。


泣きそうな顔の中沢に矢口が慌てる。

「なに?どうしたの?」

「わ、私 変わったんかなぁ?」

「なに?急に…」

「だって、あんた等 全然変わってないやん」

「……」

「昔のままやん」

中沢の瞳から涙がポロリと零れた。


 中沢は矢口の淹れたコーヒーを飲みほすと静かに立った。
「矢口、美味しかったでぇ」
「裕ちゃん…」
「なんぼや?」
矢口は首を振る。
安倍は涙ぐんでいた。
「いらないよ…」
「そっか」

出ようとした中沢は思い出したように立ち止まって言う。
「あ〜  とにかく後藤と吉澤にも伝えといてや…もう関わるなって…
こっちだって相当譲歩してるんやから」

店を出ると矢口と安倍が追いかけて来た。
「裕ちゃん!」
中沢は振り返らない。
「約束して欲しい事がある」
「なに?」
「もう…人を殺さないって」
「…」
背中を向けたまま中沢は無言で頷いた。
矢口と安倍は顔を見合わせてニコリと笑う。

「裕ちゃん!また来てもいいよ!」

中沢は振り返らず そのまま両手を上げて振って見せた…

【 BATTLE AFTER 】第三十二話

 帰り道…

ポツリ ポツリ と雨…

見上げる中沢の視界を花柄の傘が覆った。

「みっちゃん…」

傘を差し出したのは平家だった。

「そのへんの女子高生からちょっと借りてきたんよ」

「あんた…後 着けてたんか?」

ポリポリと鼻を掻きながら平家はもう一本の傘を広げる。

「全部 聞かせてもらったわ…」

「…そっか…」


 
無言で歩く2人…

不意に平家が口を開いた。

「裕ちゃんが人を殺すのを止めるんなら 私も止めるよ…」

「…そっか…」

「でも、あやっぺ の仇は討つよ…」

「…好きにしいや…」

「まあ、あっちが仕掛けてきたらやけど…」

平家の殺意のトーンは落ちていた。

「おおきに…」

中沢はペコリと頭を下げた。
  
「ところで かおり は…どうするん?」

「どうするって?」

「新垣を殺ったのはアイツやん」

「…新垣を殺したのは かおり ちゃうよ…」

「えっ?」

「みっちゃんは知らへんけど アイツを殺したのは私なんよ」

「…?…どういう事なん?」

「…アイツは最初っから死んでたんよ」

「……」
 
「新垣は死んでる事を知らへんで動いてただけや」

「…」

「それを新垣に教えて解放したのが かおり って事…」

「…」

「つまり かおり は新垣を天国に送っただけなんよ…」

「…そうなんだ…」

「新垣は感謝せにゃならんでぇ かおり に…」


ハハハと笑う中沢は悲しげだった…

 
傘を持つ2人の前方から2人の少女がキャーキャー言いながら走ってくる。
顔を傘で隠した中沢と平家の横を走り抜けるのは辻と加護だった。
セーラー服の2人は雨に濡れないように鞄で頭を覆い、
ケラケラ笑っていた。

「相変わらずなんや…」
立ち止まり2人の背中を見送る中沢は微笑んでいた。
「そやなぁ…」
平家も微笑む。

その辻、加護を追いかけるように2台のジンジャーが中沢と平家の横を過ぎる。
紺野と高橋は傘で顔を隠した中沢と平家に気付かなかった。
「辻さ〜ん!待ってくださ〜い」
「あさ美ちゃん!早く早く!中沢さんが家に来てるかもしれないから!」
高橋は石井に中沢の事を聞いて学校が終わると直ぐに紺野と共に家路を急いだ。
その途中で辻と加護の後姿を見つけたのだ。

2人に追いつき一生懸命 何事かを説明する紺野と高橋に
辻と加護はキョトーンとしている。

中沢と平家は顔を見合わせて肩を竦める。
「わたし等 相当嫌われてんねんなぁ」
「フフ‥でも今日はオンパレードやね」
「ハハハ、そら言えるわ」
2人は気付かれぬように 静かにその場を離れた。
  
みっちゃん…」

「なに?」

「ごめんな…」

「ハハ‥なに言うてんねん」

「……」

「裕ちゃん 私も思ったわ…」

「なにを?」

「あの娘達に わたし等が立ち入っちゃ駄目だって事をや…」

「…ありがとう」

「…」

「…」

「なあ、裕ちゃん」

「なに?」

「私 これからも 裕ちゃんに着いてくわ」


何時の間にか雨は上がり、雲間からは夕日の赤が差し込んできた…

その空に投げ出された2本の傘がフワフワと浮いた…