98 :
名無し娘。:
夜になって、おにいちゃんが帰ってきた。
なぜか、手にはりんごを1つもっていた。
戦後のどさくさで、最近果物なんか見たこともない。
せやから、ウチはおもわずおにいちゃんの手からそのりんごを奪い取った。
「やった!もらったで」
そういって、ウチはそのりんごを服でごしごしと拭くと、それにかぶりついた。
甘くて、ちょっと酸っぱいりんごの味が口の中に広がる。
「おいしーい」
ウチはそのりんごをみながらおもわず叫んだ。
おかあちゃんは、なんや、はしたないといって怒っていたが、
おにいちゃんは、まあ、ええやんか、と言って笑った。
ウチは、りんごを囓りながら晩御飯を食べ始めるおにいちゃんの横にぴったりと座ると、
「ごめん、これおにいちゃんのやったん?」
と、ちょっぴり悪かったようなそぶりで尋ねた。
おにいちゃんは、あいぼんの為にもらってきたんや、と言って笑った。
「へへへ、分かっとったけど」
やっぱりね。と、ウチは、意地悪っぽく笑う。
ウチはそんな優しいおにいちゃんが大好きでたまらんかった。
おもわず、おにいちゃんのたくましい肩に頭を乗せて、顔を見上げた。
そうしたら、いつものように頭をクシャクシャと撫でて、
なんや、分かってたんか、と笑った。
そんな笑顔が優しくて、なんだか落ち着いた。
99 :
名無し娘。:02/07/18 13:50 ID:fRTtjMDV
おにいちゃんは、どうやら母校の附属病院に職をもらった見たいやった。
ちなみに、そこで少しだけ治療を手伝ったお陰で、患者さんからりんごをもらったらしい。
そして人手が足りないらしく、早速明日から仕事が始まるとのことやった。
ウチはおにいちゃんのためにお布団を引く。
おかあちゃんは、もっとゆっくりしたらええのに、と言ったが、
おにいちゃんは、うちにはお金がないからな、と答えた。
ウチもおかあちゃんも、目の前の生活の現状に、それ以上なにも言えんかった。
さあ、明日も早いし、寝よか。と言っておにいちゃんは布団に入る
ウチも着替えておにいちゃんの横にもぐりこんだ。
いつものおにいちゃんの匂いがする布団。
すでに少し暖かくなって、それは心地よかった。
「ほな、朝も早いし、夜も遅いねんな」
ウチは少し寂しかった。まだおにいちゃんが帰ってきて少しの時間しか経っていない。
せやのに、もうおにいちゃんは仕事で忙しくなってしまう。
そして、このお布団の感触がなくなってしまう。それが嫌やった。
ウチはちょっぴりふくれっつらをする。
「夜遅いから、あいぼんと一緒に寝たら起こしてしまうな」
おにいちゃんは、ウチの表情をみてそう言った。
ウチはそんなつもりなんてなかった。おもわず、慌てて口を開く。
「そ、そんなん、気にせんでええよ。おにいちゃんのお仕事は大変やからね。
ウチもよう分かっとるよ」
そう言って、にっこりと笑ってみせた。
おにいちゃんは、すまんな、と言ってウチの頭をいつものようにくしゃくしゃと撫でると、
「お給料もらったら、新しいお布団こうたるから」
と、言った。
新しいお布団?そんなんこうたら、もう一緒にねられへんやん。
ウチは、ちょっぴり不機嫌そうに、いらん、と答えた。
おにいちゃんは、不思議そうな顔をした。
「ええねん。おにいちゃんお仕事頑張ってくれたら」
ウチはそう言っておにいちゃんの方に体を向けると、ぴったりとくっついてみた。
おにいちゃんの体の暖かさが伝わる。それを感じながら、明日から、あんまり
この感覚を味わうことがでけへんねんな、と思うとなんだか悲しくて涙が出てきた。
おにいちゃんは少し戸惑った表情をして、どないしたんや、と尋ねた。
おにいちゃんは、明日からウチらの為に働いてくれるんや。
わがままなんか言ったらあかん。そう思って、
「なんでもないねん。気にせんでええよ。目にゴミが入っただけ」
と、言うと、おにいちゃんは、ぽんぽんとウチの肩を叩くと、できるだけはよ帰るからな、
今日はゆっくりお休みな、と言ってくれた。
ウチは小さく頷くと、濡れたままの瞳をつぶった。
擦り切れて、固くなったお布団の中は、暖かくて、優しくて
おにいちゃんの匂いでいっぱいやった。