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それから数日後、ののの手術の日がやってきた。
ウチは、病室に運ばれた移動ベッドの上に横たわるのののそばで、
がんばりや、と彼女の手を握っていた。
そばでは、飯田さんがいろいろとお薬の点検をしている。
ののは、緊張しているようで、握っている手が震えているのが分かった。
ウチはただ、だいじょうぶやからと、彼女を励ますことしかでけへんかった。
しばらくして、おにいちゃんと若い先生が現れる。
「よろしくおねがいします」
ののは、丁寧にそういうと、ウチの手を離して、上を向いた。
「じゃあ、いまから行こうか」
おにいちゃんがそういうと、若い先生が病室の扉を開ける。
飯田さんがベッドを押して、その後に続く。
そしてそのままウチも手術室までついていくことにした。
薄暗い廊下。手術室へ向かう道のり。
その距離がなんだかいつもより、とても長く感じる。
前をあるく、二人のお医者さん。白衣が風になびいて、
なんだか頼もしく見える。
ウチは横たわるののの横を歩きながら、きっと大丈夫、と心の中で
つぶやきながら、それを眺めていた。
長い廊下を歩いている途中、突然若い先生がおにいちゃんに、
明日お見合いですね、とささやいた。
おにいちゃんは、それを聞いて小さく頷く。
その声はあまり大きくはなかったのだが、はっきりとウチにも聞こえた。
ドキッと一度心臓が大きく鳴って、はっとウチはののの方をみる。
すると、ののは、閉じていたはずの瞳を見開いて、ウチをみていた。
まずい、ののに聞こえてる──
ウチは飯田さんのほうをみる。しかし、飯田さんは後ろでベッドを押していたせいか
聞こえていない様子やった。
「あいぼん……」
小さな声で、不安げにささやくのの。
「なに?」
しかし、ウチはどう答えてええか、わからんかった。
ウチは慌てて適当な相槌を打つ。
「いや、別にいいれす」
そういって、ののは悲しげにきゅっと目をつぶった。
その表情がとても辛そうで、
ぞくりと、不安なキモチがウチを襲った。
そして、そのまま手術室のドアが開かれる。
「じゃあ、がんばろうか」
と、ののにささやいて、おにいちゃんと若い先生は中へと消えていく。
しかし、ののはそれに頷きもせず、ただぎゅっと目を閉じたままやった。
ののの横たわる移動ベッドを手術室の前に止たままで、
手術室の看護婦さんと、飯田さんは、なにやら話しをする。
「がんばってな」
ウチは不安な気持ちを抑えながら、そうののに語りかける。
「うん」
ゆっくりと目を開いて、小さく頷くのの。せやけど、こころなしか元気がない気がした。
そしてウチは不安が徐々に大きくなるのを感じていた。
そして、ウチはどうしようもない不安感を解消できないまま、
その移動ベッドは、手術室へと運ばれていった。
飯田さんの横で、ウチは不安なキモチと祈るようなキモチで、
手術室の扉がしまるのを眺めていた。
ウチは、休憩所で一人、手術が終わるのを待っていた。
先ほど感じていた不安を振り払うように、
ただ、ののの手術が上手くいくように祈った。
ののの親戚のおばちゃんも来うへんかった。
身内は誰一人として見舞いにすら来ない。
ののは、たった一人ぼっちなんや。
ウチは一人で必死に闘っているののに力をくれるようにと、
天国にいるのののおにいちゃんと、
手術室で頑張っているウチのおにいちゃんに祈った。
そうしないと、不安な気持ちがどんどん大きくなって、
自分自身が押しつぶされそうになってしまうからかもしれんかった。
きっと、天国で見てくれているはず。
きっと、手術は上手くいくはず。
そして、そこには、おにいちゃん同士の強い友情と、
ふたりの妹たちに対する深い愛情があるはず。
大丈夫やんな。ウチの感じた不安は気のせいやんな。
約束は絶対守ってくれるはずやんな。
そうやんな、おにいちゃん──