「そんなもんなんか」
ウチはふーんとうなずく。
「そう。それがね、恋のチカラなの」
飯田さんは、少しうっとりとした表情でそうつぶやいた。
「恋のチカラかあ」
ウチがそういってののを見ると、ののは、
「恥ずかしいれすよぉ……」
といって、両手を振りながら顔を赤くした。
「ごめん、ごめん」
飯田さんは笑いながらののに謝る。
ウチはそんな二人のやり取りがなんだか面白くて、
ちょっぴり、お姉さんがほしくなった。
そんな話しをしていると、二人のお医者さんが
目の前を通りかかる。その一人がおにいちゃんやった。
「あ、おにいちゃん」
ウチは、声をかける。
おにいちゃんは、こちらを振り向くと、軽く手を上げた。
ウチはおにいちゃんを呼ぶ。おにいちゃんは、前を歩く髪の毛の長い
お医者さんに、一言断ると、こっちにやってきた。
おにいちゃんは、ののに気付くと、どうですか?と優しい声で尋ねる。
すると、ののは頬を桜色に染めて、大丈夫です、と答えた。
その表情がまたいじらしくて、可愛かった。
飯田さんが、ののの背中を軽く叩いて、
「先生に、言うことがあるでしょ」
とささやいた。
ののは、しばらくうつむいた後、
キュッとおにいちゃんを見つめると、
「先生。手術を受けることにしたのれす」
と、言った。
その瞳は、真剣で、強い意志があるように感じた。
おにいちゃんは、分かりました、というと、
ののの頭をいつもウチにするように、くしゃくしゃとなでて、
頑張ろうね、と微笑んだ。
ののの頬は、桜色から、真っ赤に変わって、
恥ずかしそうに、うなずいた。
「で、あいぼん、何の用やねん?」
おにいちゃんは、不思議そうに尋ねる。
「あ、えーと……」
ウチ、なんでおにいちゃん呼んだんやろ。
そんなことを考えながら、おにいちゃんを見つめてると、
おにいちゃんは、なんや、ただ呼んだだけか?と笑った。
「別に用がなくてもええやん。めったに帰ってこうへんのに。
たまには帰らんと、おかあちゃんが寂しがるで」
ウチは、少し唇を尖らせる。
寂しいのはおかあちゃんだけちゃうけどな。
ウチも寂しいんやで。
でもな、おにいちゃんが、ののや、ほかの患者さんのために
一生懸命働いとるのは分かってる。
せやから、ウチは文句はいわへん。
でも、やっぱり寂しいで。
すると、おにいちゃんは、ウチの頭をいつものようにくしゃくしゃとなでて、
すまんな、とつぶやいた。
その感触が、優しくて、暖かくて。胸がきゅんとなった。
この感覚はののと同じ何やろか。
ウチはおにいちゃんが、好きや。
ののも好きやと言っている。
でも、ののの好きは「恋」。
ウチの好きとはちょっと違う。
恋するキモチってどんなんやろう。
人を好きになるってどんなんやろう。
そんなことを考えていると、おにいちゃんは少し急いだ様子で、
ウチらの元から去っていった。
「なあ、のの。ののは自分のおにいちゃんのこと、好きやったやろ?」
「あ、うん。大好きれすよ」
「それは、ウチのおにいちゃんが好きなのとどう違うの?」
「え?うーん……」
ののは、ちょっと悩んだ顔をする。
飯田さんはくすくすと笑いながら、それを見ている。
そして、そのままののは
「難しい質問なのれす……」
と、つぶやいたまま、うんうん唸っていた。
「加護ちゃんも、そのうち分かるときが来るよ」
飯田さんはくすくすと笑ったままウチに言った。
ウチは恋をするんやろうか。それはどんなキモチなんやろうか。
そして、まだ、一生懸命考えているののが、
なんだか、ちょっぴり大人に見えてうらやましかった。