おっちゃんは慌てて病室を出て看護婦さんを呼びにいく。
「のの、のの!」
ウチはののの体を思いっきりゆする。
「どうしたの?」
そのとき、飯田さんがおっちゃんと一緒に駆け込んできた。
「ののが……、ののが……、泣いてるねん」
ウチはののを指差す。
頬を伝う一筋の涙。それは明らかに閉じられたののの瞳から出たものやった。
「なあ、飯田さん。ののは、ののは聞こえてるんや。ウチらの話が聞こえてるんや!」
ウチはうれしかった。いくら話し掛けても反応のないのの。
しかし、今日はおっちゃんの死んだのののおにいちゃんの話を聞いて、
きっと泣いてしまったのだろう。
そう思いたかった。いや、そう思えた。
「起きて!起きて!おっちゃんがきてるねん。あの髪飾りを持ってきてくれた人やねん!」
そういってののの体を揺さぶりつづける。
「あ、揺らしたらダメよ」
飯田さんは、そっとウチの腕をつかむ。
「でも……」
「きっとね、聞こえてる。もしかしたら、意識が戻る前兆かもしれないわ」
「そうやんな。そうやんな」
「だからね、慌てないで待とうね。先生も新しいお薬を手に入れて、いろいろとしてくれてるし」
「そ、そうなん?じゃあ、治るん?」
「治ると信じないでどうするの?」
飯田さんは少し厳しい表情でウチをみつめる。ウチの倍以上ある、彼女の大きな瞳は
真剣で、曇りのないものやった。
「うん……」
「あとで先生に伝えておくから。もう遅いからね、早くおうちに帰った方がいいよ」
飯田さんはそういうと、ののの布団を直し、おっちゃんと一緒に病室を出て行った。
「のの……。ウチ、またおしゃべりしたいよ……」
ウチは手ぬぐいで涙でぬれたののの頬をぬぐう。
そして、身支度を整えると、眠りつづけるののに
「はやく、起きてな……」
と、つぶやいて、病室を出た。
なにか小さな期待感が芽生えていた。
ののが顔をしかめたとき、それはまだウチには期待のもてるものではなかった。
せやけど、おっちゃんの話のあと確かにののは泣いた。
反応が出てきた。よくなっているのは間違いない。
きっと治る。ののは必死で生きようとしている。
そして、のののおにいちゃんもきっと守ってくれている。
ののが泣いたのは、そしておっちゃんをこの場に連れてきてくれたのは、
のののおにいちゃんのおかげなんや。
病院をでると、すっかり日も暮れていた。ずっと降り続いていた雨はやんで、
大きな水溜りがあちらこちらにできている。
6月のじめじめとした空気が鼻の中をとおりすぎても、
雨あがりのべったりとした湿気がウチを取り巻いても、全然平気やった。
ウチは小さな確信をもって、真っ直ぐに家路に向かって歩き出した。