少し埃っぽい廊下を抜けて、奥の個室へ向かう。
そして、ウチはガラリとののの部屋の扉を開けると、
先ほどと同じように、やっぱりののは眠ったままやった。
「寝てるんか?」
不思議そうな顔をしておっちゃんは尋ねた。
ウチは、やっぱりそうみえるねんな、と思いながら小さくため息をついて、
「いや、ちゃうねん。意識がないねん」
と、答えた。
「なに?」
おっちゃんは声を上げると、のののほうに近づいた。
「綺麗な子やな。おにいさんそっくりや」
そしてそのままじっと顔を覗き込む。
「でもなんでこんな風に……」
おっちゃんは悔しそうにベッドの柵をたたく。
枕もとに置いてある赤い髪飾りがきらりと光る。
それはのののおにいちゃんがおっちゃんに託したものやった。
それをおっちゃんは手に取ると、
「少尉……」
と呟いた。
「おっちゃん。こういうことやねん……」
ウチはそういっておっちゃんを見た。
おっちゃんは声を殺して泣いていた。
男の人が泣くなんてめったに見たことが無かった。
ウチはどうしていいかわからず、その場で立ち尽くす。
暫く、おっちゃんの嗚咽が続いた後、
「少尉は……、立派な指揮官やったんや」
と、話し始めた。
辻少尉とおっちゃんとの思い出。それはおっちゃんが徴兵されて最初に戦った、
シンガポールでの出会いからやった。その後、戦況の悪化していている南洋への
出撃。そしてあの島での出来事。ウチのおにいちゃんとのののおにいちゃんと3人で、
よく日本を思い出しながら野営したこと。最後、自分が足を吹き飛ばされたとき、
自決を考えていた自分に、生きて日本に戻れと、髪飾りを渡されたこと。
おっちゃんの言葉の端々にのののおにいちゃんがどれだけ立派だったかということを
ウチに説明した。
ウチはだまって、それを聞いて頷いていた。その悔しげで時々詰まりながら話す
しゃがれた声が、またウチを悲しくさせた。
話が終わると、ウチはののの赤い髪飾り、そしてウチの青い髪飾りを並べて
おっちゃんの手のひらに載せた。
──それはおっちゃんと二人のおにいちゃんとの戦地での記憶。
しばらくそれを眺めると、おっちゃんは、
「少尉……。生きて日本に帰ってきました。でも、少尉の大切な妹さんは……」
そう言って、おいおいとまた泣き始めた。
「おっちゃん……」
ウチはそばにあった手ぬぐいをとろうと、ののの枕もとに手をのばす。
ふと、ののの顔が視界に入る。それを見て、ウチはおもわず、
「のの!?」
と叫んだ。
「どないしたんや?」
「おっちゃん、はやく看護婦さん呼んで!」
ウチは大きな声で叫んだ。
おっちゃんは慌てて病室を出て看護婦さんを呼びにいく。
「のの、のの!」
ウチはののの体を思いっきりゆする。
「どうしたの?」
そのとき、飯田さんがおっちゃんと一緒に駆け込んできた。