家に着くと、おにいちゃんの白い粉ぐすりのお陰で、体調の良くなった
おかあちゃんが、晩御飯の用意をしていた。
さばの味噌煮の甘い匂いがする。いつもなら、すぐにおかあちゃんのところへ
行って、御飯まだ?と尋ねるところやったが、なんかそんな気にならへんかった。
手を洗い、ちゃぶ台の前へ座る。そしてため息をつく。
一体、ののは何を考えてるんやろう。
ののの立場ってなに?
夢をみるって何?
ののは病気やねん。それも死ぬかもしれないほどの重症や。
そんな人間がどんな夢をみるんやろう。
助かること?治ること?
それは、きっとウチのおにいちゃんがなんとかしてくれるはず。
それはののもわかってくれて、信じてくれているはず。
ウチは思わず頭を抱えて、
「あー、もう、ようわかれへん!」
と、叫んだ。
すると、台所からおかあちゃんが顔を覗かせて、どないしたん、と聞いてきた。
ウチは、今日のいきさつをおかあちゃんに説明する。
しばらくしておかあちゃんは、台所で野菜を刻みながら、
「そうかあ。ののちゃんも女の子やからな」
と、笑った。
「は?ウチも女の子やん」
ウチはおかあちゃんの言っている意味が分かれへんかった。
「そらそうや。せやけどな、ののちゃんも15歳やろ。もうええお年頃やしな」
「ウチかてそうやん。それにののより、大人っぽいと思ってるで」
それを聞いておかあちゃんは笑いながら、
「あんたは、好きな男の人とかおるんか?」
と、聞いてきた。
「は?」
ウチは驚いた。そしてなぜかおにいちゃんの顔が頭に浮かぶ。
思わず、それを打ち消しながら、
「そ、そんなんおらへんし。それに男の人なんておにいちゃん以外あんまり知らへんよ」
と、口篭もりながら答えた。
おかあちゃんは、台所からウチの顔をまじまじと眺めると、
「おかあちゃんがあんたの年ぐらいのときは、好きな男の子の一人や二人おったもんやけどな」
と呟く。
「そ、そうなんか。せ、せやけど、男の子の知り合いなんて殆どおらへんからしゃあないやん」
「戦争やったからなあ。まあ、ののちゃんも、ウチのおにいちゃんが初めて出会う
若い男の人やったんやろうな」
「ええ?じゃ、じゃあ?」
ウチはそのおかあちゃんの答えに驚いて、思わず立ち上がる。
それを見て、おかあちゃんは笑いながら、
「ののちゃんは、ウチのおにいちゃんに惚れたんちゃうの?」
と言って、また台所に戻る。
「うそやん。ウチのおにいちゃんになんで惚れるん?」
ウチはようわからへんかった。おにいちゃんは、ののの主治医。
それに兄のような感覚で接しているはず。
せやのになんで、なんで好きになるん?
ウチが呆然とした表情をしていると、
おかあちゃんは笑いながら、
「まあ、わからんけど、ののちゃんも女の子やからね」
と答える。
そして、さあ、晩御飯できたから、冷めんうちにはよたべ、と
ちゃぶ台に食事を並べはじめる。
ののは、おにいちゃんのことが好きなんか?
それはウチが感じている好きとは性質の違うものなんか?
なんだか、頭が熱くなってきて、よくわからへんようになってくる。
そして、ウチはもうそれ以上何もおかあちゃんに聞かれへんかった。
おかあちゃんの作ってくれた、さばの味噌煮は甘辛くておいしかったけど、
なんだか複雑なキモチで、御飯をおかわりすることがでけへんかった。