次の日から、ウチは出来るだけののの病室へお見舞いに行った。
結核病棟にはあまり入ってはいけないと言われていたが、
独りで治療を受けるのののことを考えると、行かずにはいられんかった。
それに、戦後の人手不足で、だれもとがめることは無かった。
おにいちゃんは相変わらず忙しいみたいで、夜遅く帰ってくる。
そして、病院でもめったに会うことはなかった。
ウチは少し寂しくて、思わずののに、
おにいちゃんは全然病室に来うへんやんか、どないしてんねん、と聞いてみても、
朝早くにいつも来るし、それに検査や説明のときは必ずきてくれると言うだけで、
そして、おにいさんは忙しいんです、そんなこといっちゃ
ダメです。と逆に怒られる始末やった。
ウチは、そんなもんなんかな、と思ってそれ以上は何もいわんかった。
そんなある日、ウチはいつものように病院へ行く。
ウチが病室に入ると、白い病室で小さな咳をしながら、
嬉しそうな顔をしてくれるのの。
自宅で療養しているときと比べて、少し顔色が良いような気がした。
それが、嬉しかった。
「お薬変わってどないなん?」
「血が出る量が減ったのれすよ」
ののは、そう言って微笑む。
「やっぱ、変わるもんやなあ」
ウチは驚いた声を出す。
治療が始まって数週間。おにいちゃんが苦労して、
進駐軍から手に入れた薬は効果をあげているようやった。
「すごいのれす……、これなら治るのかもしれない……」
そう言って赤い髪飾りを握り締めるのの。
彼女の心の中に、少しずつ生きる希望が湧いてきていること、
それを感じることができるのが、信じられなかった。
病室のドアが開いて、おにいちゃんがやってくる。
ウチの顔をみて少し微笑むと、
「来てたんか」
と頭をくしゃくしゃとなでる。
いつもの感触がよみがえる。
それは久しぶりに会うおにいちゃんやった。
「うん。なんか全然病室来うへんな、おにいちゃん」
ウチはちょっぴり拗ねた顔をしてそう言った。
おにいちゃんは、なんや、寂しいんか?と笑う。
その表情をみて、どくん、とウチの心臓がなった。
それは、ウチの心が見透かされた様やったからやった。
それを悟られないように、ウチは、ののの診察ちゃんとせなあかんやん、
と、口を尖らせる。
すると、ののが、
「ちゃんと診てもらってますよ」
と、答えておにいちゃんに笑いかけた。
おにいちゃんは、ほれみろ、みたいな顔してウチをみる。
ウチは、なんかバツが悪くて、
「そ、それならいいねんけどな」
とそっぽを向いた。
おにいちゃんは、調子はどう?とたずねて聴診器を取り出す。
それは、以前と違ってよそよそしい敬語ではなく、
ウチに話し掛けるような優しい口調やった。
「なんか、いいみたいれす」
ののはそう言って、慕うような視線でおにいちゃんを見つめる。
すると、おにいちゃんはののの頭をウチにするのと同じように撫でると、
暖かい口調で病状の説明を始めた。
そして、それをおにいちゃんの目をじっと見つめながら
頷いて聞くのの。その姿に、信頼関係に結ばれた医師と患者以上の絆を
感じた。
ウチは思わず2、3歩下がって二人の姿を見つめる。
そして、急に激しい寂しさがウチを襲った。
それは、そこになにか入り込めない雰囲気があったからやった。
すこし暗い病室。消毒液の匂い。薄汚れた白い壁。
良くはなっているが、重症には変わりない、彼女の顔色。
せやけど、二人のいる場所だけが温かな光で包まれているような感じがした。