101 :
一:
二人は校長室から出た。ノゾミは魂でも抜かれたように悄気こんでいた。
トリラ村を離れるということが考えられなかった。立派な魔法使いになって
両親を安心させ、できれば一生この村で友達と暮らすというのが彼女の夢
だった。
トリラ村は美しい村だった。丘に登れば、草原の緑にモミや杉などの濃緑
色に、点々とある家々の石壁の灰色がよく映えるのが望見できる。紫紺の
水がゆっくりと流れるハラバリタヤ川も村自慢の美しい川である。子供
たちは自然の中で笑い声を絶やさなかった。ノゾミも小さいころはさかんに
友達と野イチゴを摘んだり、花飾りを作ったりしたものである。彼女はこの
村が好きだった。
それが、わけのわからない魔法で、村を離れなければならないという。
『お母さんと離れなければならないの? お父さんとも? イドヤともサンチ
とも、ヴァシーとも……嫌だ、そんなの』
彼女はカライを見た。彼はまっすぐに教室のある方向を見て歩いている。
「ねえ、あたしたちどこに行くのかな」
「アパラゴヤーナでしょう」
彼は意外にも彼女の問いに間髪を入れず答えた。
「アパラゴヤーナ!? あたしがアパラゴヤーナに?」
トリラ村からアパラゴヤーナまではさほど離れていない。とはいえ、歩い
て三日はかかる距離であるから、商人や出稼ぎの者を除いてアパラゴヤ
ーナまで行ったことのある村人は少ない。そのためか、村の子供たちの中
にはアパラゴヤーナへの道を歩き、どこそこまで行ったと誇らしげに語る者
がいる。ノゾミほどの年になるとそんなことはしなくなるが、それでも王都へ
の憧れというものは抱きつづけていた。イドルハは小さな国であるが、特産
品の貿易が成功して首都であるアパラゴヤーナは栄えており、若者は若者
らしい憧れを胸に秘するのだった。