アレ、石川じゃない?
こんな廊下のソファでナニやってるの?
「石川っ!」
呼ばれた本人は、声のほうに顔を向けたが、
声の主が誰かわかると、またうつむいた。
「あぁ、保田さんかぁ〜」
「『保田さんかぁ〜』って失礼ねっ!」
「あ、ごめんなさい」
「下っ腹抑えて、おなかイタイの?」
「い、いえっ、大丈夫ですっ」
あんまり大丈夫そうに聞こえないわね。
保田は、石川の隣に腰掛けた。
「あのぉ保田さん、中澤さん見かけませんでしたか?」
「はぁ?ナニ言ってるのよっ!
今日は、MUSIXの収録日っ!
ゲストでもないのに、裕ちゃんが来てるわけないでしょっ!」
「そーですよねぇ・・・は〜ぁ」
ホント失礼な子ねっ!
中澤さん、中澤さん、そればっかり。
『今の石川があるのも、中澤さんのおかげですぅ!』
確かにそーだとしても、テレビで言うことないじゃないっ!
あんたが裕ちゃんにゴマすって、そんなこと言うから、
『教育係だった頃の保田は、何やってたんだろう保田』
なんて書かれるのよっ!
「裕ちゃんに何か用なの?」
「いえ、別にぃ・・・」
いったい何なのよっ!
あやしい、あやしいわっ!
こないだのハロモニの収録の後も、石川ニヤニヤしながら
スキップで裕ちゃんの楽屋に駆け込んでいったの見たし・・・。
あな〜る。
石川は裕ちゃんといつも、綿密なネタ合わせしてるんだわっ!
関西出身の裕ちゃんから、あのブリっ子&空回りキャラを
どーやったら笑いにつなげられるのか、教えを受けてるのよっ!
そーよ、そーに違いないわっ!
生意気だわっ!
笑いの指導なら、ワタシだって珠代ねえさんから、
毎晩浴びるように飲んで・・・いや、受けてるわよっ!
ワタシより数段かわいくて、黙ってたって目立つ石川が、
なんで笑いまで取ろうとするのよっ!不公平じゃないのよっ!
ん?いや、ちょっと待てよ・・・。
ワタシも来年の春には、モーニング卒業して女優に、
ってことになったけど、果たして大丈夫なの?
悪いけど紗耶香みたいにはなりたくないのよね。
でも・・・今のワタシの人気では、その可能性も十分あるわっ!
それに比べて石川は、2冊目のソロ写真集の売れ行きも絶好調。
ごっちんが抜けて、一般ファンにとっては娘。の次期エース。
ヲタ人気も、超新星=紺野に追い上げられつつあるるとはいえ・・・
ううん、キモヲタ数ではあいかわらずダントツのトップだわっ!
暴走機関車・保田の思考は、いっこうに止まらない。
この石川に、かつての教育係の偉大さを再認識させて、
『石川を育ててくれたのは、保田さんですぅ!』
なんてテレビで言わせることができたら・・・。
そーなったら、ワタシの卒業ライブの客席は、
『ケメコ畑がいっぱいだよぉ〜!』なんてことに・・・。
そーよ、このチャンスを逃すことはないわっ!
何を悩んでるのか知らないけど、相談に乗ってあげるのよっ!
どーせ石川のことだから、どーでもいいようなこと、
ウジウジと悩んでるに決まってるわっ!
『ポジティブ、ポジティブ!』って例の呪文を唱ればすぐに、
『そーですよねっ、石川、すっきりしましたぁ!
さすが保田さんっ!一生ついていきますぅ!』ってなるわよっ!
うふっ!ケメコ、あったまイイーっ!
ここまでの保田の思考時間は、わずか0.3秒。
保田の唇の両端は引き上げられ、眼球は今にも飛び出しそうだった。
もし万が一、心臓疾患を持つ者が見たら、間違いなく命の危険を
感じるにちがいないような形相になっていた。