これは私たちの住む世界とは少し違う世界の物語。
「姉ちゃん、ホントに行く気なの?
そういうことは王国の討伐隊に任せておけばいいんだよ」
「その討伐隊が当てにならないから私が行くんでしょ」
狭い一軒家の中、一人の少女とその弟らしき少年が言い争いをしている。
「だからって… 危険すぎるよ! 魔物は一匹じゃないんだよ!
せめて何人か村の人をつれて行かなきゃ!」
「この村の人は争いを好まないよ。
大丈夫。私の剣の腕前はあんたが一番知ってるでしょ」
少女はそう言うと必死に止めようとする少年を無視して準備を始めた。
* * * * * * * * * * *
この村に魔物が現れるのは今に始まったことではない。
魔物は村に現れると畑の作物を奪い、森に帰っていく。
わけあって、ここの村人はそれに抵抗しようとはしなかった。
魔物が恐ろしかったのもその一つだが
一番の理由はこの魔物たちが村人との共存を願っていると思われていたからだ。
一般の魔物は人間から一方的に食料を奪う存在で
ひとたび現れるとあちこちを荒らしまわり、略奪し、
ひどい時にはその犠牲になる者まで出した。
だがこの村の魔物たちは違った。
この村の魔物たちはたしかに食料は奪ったが
それは魔物が生きていくのに最低限必要だと思われる量だけであり
決して必要以上に奪おうとはしなかった。
しかも被害にあった畑にはほとんど荒らされた形跡はなく
代わりに町で高価で売れる美しい宝石が残されているのであった。
直に会ってのコミュニケーションこそなかったが
村人と、この村の魔物たちは互いに助け合いの関係にあったのである。
その関係が怪しくなってきたのはつい最近のことであった。
魔物の様子は今までとはあきらかに変わっていった。
美しい宝石は日に日に残されなくなっていく。
その残された宝石の量に反比例して畑が荒らされ、
家畜が奪われ、ついには村人が襲われるようにまでなっていった。
ここにいたって村長は王国へ討伐隊の派遣を求めたが、
村人に犠牲者が出ていないのと他国の侵略を理由に、その派遣はのびのびになっていた。
「これ以上待ってられない。私が魔物を倒しに行く」
幾度となく開かれた村の評議会の中で
最年少の参加者、マキはこう宣言したのであった。
* * * * * * * * * * *
森の中は薄暗く、静寂がつつんでいた。
その静寂が草木の揺れる音で破られたかと思うと一人の少女が姿を現した。
評議会で魔物の討伐を宣言し、さきほどは弟と言い争いをしていたマキである。
(確かに相手は数も多いし強暴だけど… 誰かが犠牲になってからじゃ…)
マキは強張った表情で森の中を進む。
その体には動きの邪魔にならない程度の鎧と
あまり大きくない道具袋、使い古されたような剣があった。
(待ってるだけじゃだめなんだ。自分から動かなきゃ何も変わらない)
マキは一瞬腰の剣に視線を落とし、さらに森の奥へと歩を進めていった。
…しかしいくら歩いても一向に魔物が出てくる様子はなかった。
この村の魔物たちがどのようにして生活しているか知っている者は誰もいない。
村人は魔物を怒らせることを心配して森の中には入ろうとしなかったからだ。
(一旦引き返して違うところを探してみるかな…)
マキがそんなことを考えたときだった。マキの視界に魔物とその住処らしき洞窟が入ってきた。
マキは静かに剣を抜くと、神経を集中させてその様子をうかがった。
外にいる魔物はあくびなどしながら同じところをうろうろしている。
その後ろにある魔物の住処らしき洞窟は暗くて中の様子をうかがうことはできない。
(あの魔物は多分見張り… ってことは中の魔物は休んでいて油断しているはず。
気付かれないうちに見張りを倒せばあいつらの不意をつける!)
マキは一回大きく深呼吸をした。
評議会では自分が魔物を倒すなどと言っていたが、実は実戦はこれが初めてだ。
いくら剣の腕には自信があるといっても、緊張は隠せない。
(落ち着いてやればできる…)
マキは自分に言い聞かせて周囲を見回した。
…見張りをしていた魔物は何かが草むらの中を動いたのに気付いた。
侵入者かと思いながら、ゆっくり気付かれないようにそちらのほうへ近づいていく。
問題の草むらに近づいてくると魔物はいつ攻撃が来てもいいように身構えた。
果たして攻撃は来た。ただし前の草むらからではなく後ろから。
魔物は頭だけ後ろを向かせ、侵入者を確認すると断末魔の叫びをあげた。
(失敗した…)
マキは見張りの魔物にとどめを刺すと舌打ちをした。
石を投げて魔物の注意をむけ、後ろから攻撃するところまではよかったが、
最後に叫び声を出されてしまった。
おそらく中にいる魔物は今の叫びで異常を察知しただろう。
(こうなったら自分の剣を信じるしかない!)
マキはそう気持ちを切り替えると洞窟から出てきた魔物たちに切りかかっていった。
* * * * * * * * * * *
…どれくらい戦っただろうか。マキの剣と鎧は血で真っ赤になっていた。
それはなにも魔物の返り血だけではない。
(このままじゃ… 負ける…)
マキの誤算はなんといっても魔物の数だった。
畑の被害や村人の目撃談から、魔物の数はせいぜい五、六匹だと考えていた。
だから見張りを倒し、うろたえながら出てきた二匹の魔物を簡単に倒すことに成功した時、
(これならいける)と、確信した。
しかし魔物はその後も次から次へと洞窟から湧いてきたのであった。
魔物の動きは鈍いがその攻撃は強烈で、剣では受け流すので精一杯だ。
囲まれれば魔物の集中攻撃をかわしきれないと判断し
囲まれないように常に移動しながら戦っているおかげか、
まだ致命傷は負っていない。その代わりに体力と精神は激しく消耗している。
一方の魔物は十近い仲間を失い、
半数ほどになっても一向に戦意が衰える気配はなかった。
「ぐっ…」
受け流し損ねた魔物の一撃を体に受け、マキは吹っ飛ばされて尻餅をついた。
幸い鎧に当たったので大して出血はしていないが
転んだ拍子に足首をひねったらしく、立とうとすると右足首に激痛が走る。
(これまでなの?)
口の中に血の味が広がっていくのと同時に、心の中であきらめが広がっていく。
しかしマキはすぐさまその気持ちを振り払う。
(まだ終わったわけじゃない!)
気力だけで、その鎧と同様に傷だらけの体を無理矢理立たせる。
だが足は悲鳴をあげ、剣を握る手にも力は入らない。
そんなマキを見て、魔物たちはさらに息巻いて突進してくる。
マキはもうその攻撃を受け流そうとは思っていなかった。
(相手の勢いを利用して反撃する!)
リスクの大きい戦法だが
もうほとんど力の残っていないマキが魔物を倒すとしたらこれしかなかった。
マキは一瞬のチャンスをものにしようと精神を集中する。
その集中は魔物が近づいてくるにつれ高まり、
魔物が耳障りな金切り声とともにその腕を振り上げたところでピークに達した。
(私は負けない!)
マキは剣先を魔物に向け、勢いよく地面を蹴った。だが蹴る右足に力が入りきらず、
一瞬魔物の攻撃の方が早くマキの体を捉える!
…かに見えた。
魔物と一体になって倒れこんだマキは
その魔物が息をしていないのを確認すると、重い体をあげ、残りの魔物に注意を払った。
息巻いていた魔物たちは一転して浮き足立ち、戸惑いを見せている。
(倒れてるところを攻撃されたら危なかった…。残りは六匹。
でももうこの攻撃は通じないだろうな。きっと慎重にくるに違いない…)
そう思考をめぐらせたときだった。魔物の一匹が急にその場に倒れた。
かと思うとその近くにいた魔物も同じように倒れる。
遅れて倒れた魔物の体から血が流れ出す。
マキも魔物も一瞬何が起こったかわからないでいた。
「まさか魔法の素質まであるなんてね…」
その声に振り返ると、いつの間にかマキと同じような格好の
―しかし血はほとんど浴びていない― 女性が立っていた。
「あなた…誰?』
その顔に見覚えはなかった。
「説明はこの魔物を片付けてからにするよ」
女性はそう言うと魔物の方へ向かっていった。
魔物たちは反撃を試みるがその攻撃はことごとく空を切り、
女性に傷一つ負わせられず全滅した。
「さて、魔物も片付けたし、さっきの質問にも答えようかな。
…その前にあなたのお名前聞かせてくれる?」
「マキ… マキ=ゴトーです」
マキの口から自然に言葉がこぼれた。
「私の名前はサヤカ=イチイ。これでもチャーミー王国の遊撃隊長なんだ」
サヤカはそうさわやかな声で言った。
よく見ればその鎧には美の神チャーミーの彫刻が施されている。
「信じられない…」
遊撃隊長といえば討伐隊等を率いる、チャーミー王国の軍事二本柱の一人である。
マキはそんな人物がこんな辺境の地に来たことに驚き、
思わず声を出した。それが聞こえたのか、
「あんたの方が信じられないよ。これだけの魔物に一人で立ち向かって行くんだからね。」
と、サヤカは苦笑いを浮かべながら言った。その声には無茶に対する非難の響きが含まれている。
だが考えてみると、討伐隊が来ればマキは魔物を退治しようなどとは考えなかったはずである。
「討伐隊が来ないから、私がこんな無茶をする羽目になったんじゃないか…」
マキはサヤカに不満をぶつけた。それにはサヤカは真顔で答える。
「ただでさえ戦力が少ないチャーミー王国がナカザワ王国の侵略をうけているんだ。
兵は一人でも無駄にするわけにはいかなくてね。」
サヤカはそう言うと暗くなり始めた空に視線をやった。
* * * * * * * * * * *
「しかしまさかこのような小さな村のために遊撃隊長殿がじきじきにいらっしゃるとは。
なんとお礼を申したらよいものか…」
村の最年長である村長は
白いひげが蓄えられている口元を微かに揺らして感謝の言葉を述べた。
ここは村長の家の一室で、この場にいるのは村長とサヤカだけである。
サヤカはその言葉を聞くと自嘲気味に微笑み、軽く首を振って答える。
「実は魔物の討伐のためにここに来たわけじゃないんだ。
それに魔物を倒したのはほとんどあのゴトーって子だしね」
そのマキは今この場にはおらず、
サヤカに遅れて到着した救護班のところで手当てをうけている。
「…さきほど魔物の討伐に来たわけではない、とおっしゃいましたが
それではなんのためにこの辺境の村へ?」
村長のしわだらけになった顔にさらにしわがよった。
立派な眉毛によって窺い知ることはできないが、
その目には困惑の色が浮かんでいるのだろう。
「その前に今のこの国の状況について説明しておこうか。
行き届いていない情報もあるだろうしね」
サヤカはそう言うと今のこの国の置かれている状況について説明し始めた。
* * * * * * * * * * *
『モーニング』と呼ばれる陸の孤島にチャーミー王国はある。
モーニングはその東西南北を天まで届くほどのそりたった岩山、
通称『ハロプロ』で囲まれておりその外の世界を知る方法はない。
伝説では、人間の争いを憂えた三人の神が
当時平和であったモーニングにまで戦渦が及ぶのを避けたいがために
モーニングの周囲を岩山で囲ったとされている。
チャーミー王国はそのモーニング南東に位置する
美の神チャーミーを信仰する国である。
その歴史は古く、モーニングが陸の孤島となったときから王国は存在していたと言われている。
チャーミー王国の特徴と言えるのが国王の選出方法で、
前国王が自分の美しさが失われたと感じたとき、
新しい国王を国民の中から指名するという方法がとられている。
これは美の神チャーミーへの信仰より生まれた制度とされている。
あやふやな制度にもかかわらず、この制度が成り立っていたのは
やはり選ばれた国王の心が美しかったからなのだろうか。
その国王は国を運営していくというよりはむしろ国のシンボルであった。
政治は実際は国王の任命する大臣を中心として、
国民に選ばれた議会によって行われている。
その国家方針には非侵略無同盟が掲げられており、
南と西をハロプロに、東を険しい山と川に囲まれていることもあって、
たびたび起こる戦争にもほとんど巻き込まれることなく発展を遂げてきた。
その雲行きが怪しくなってきたのは二月程前からだった。
隣国のナカザワ王国がチャーミー王国の国境付近に砦を築き、兵を集め出したのである。
ナカザワ王国は十年前に起こった新しい国である。
十年前、モーニングの北東一帯を治めていたツンク帝国が突然の魔物の来襲で崩壊した。
その魔物たちを討伐し、その元凶を断ったとされる五人の勇者のリーダー格の一人が
ナカザワ王国の国王ナカザワである。
ツンク帝国の崩壊後、モーニング北東部にはナカザワ王国の他にも無数の新興国家が起こった。
その中でもナカザワ王国はナカザワの強力なリーダーシップのもと、急激に力をつけていった。
まだ東北部に残っていた魔物の残党に苦慮していた他の新興国は
そんなナカザワ王国の庇護を求めて次々と併合を申し入れていった。
こうしてナカザワ王国の領土が旧ツンク帝国と同じ規模になろうとしたとき
今回の事態が引き起こされたのである
チャーミー王国はナカザワ王国が不穏な動きを察知すると事情を聞くために使者を送った。
それに対するナカザワ王国の返事は
『これらの兵は魔物の討伐のためである』というものだった。
しかしそれにしては集められた兵の数はあまりに多く、
チャーミー王国の国境付近の村からは被害の知らせがないのも妙だった。
チャーミー王国は『国境付近での問題なのでこちらからも兵を出す』
と宣言し、万が一ナカザワ王国が侵攻してくることに備えた。
そしてついに一月前にナカザワ王国の侵攻が開始されたのである。
両軍はチャーミー王国の中心からやや北西に位置する首都『ピース』と
ナカザワ王国が侵攻した国境のほぼ中間点にあるある『パスタ平原』で衝突した。
ナカザワ王国軍の氾濫した川のような激しい攻撃にチャーミー王国軍は統制の取れた防御で
かろうじて持ちこたえた、というのがパスタ平原での戦いの結果だった。
ナカザワ王国軍は、チャーミー王国軍が平和ボケしておらず意外と戦えることに気付き、
無理はせずにパスタ平原からやや引いたところで本国からの援軍を待った。
そしてナカザワ本国からの援軍の出発が、チャーミー王国に確認されたのが一週間前だった。
* * * * * * * * * * *
「なんと! 事態はそこまで悪くなっていたのですか!」
村長は自分の国が存亡の危機にあることにいまさらながらに気付いた。
討伐隊がなかなか派遣されなかったのもこの戦争のせいなのだろう。
「しかし、ますますわからなくなりました。
なぜそのような大切な時に遊撃隊長殿がこのような戦場から放れた場所へ?」
この名もない村は主戦場であるパスタ平原からずっと東に行った森の中にある。
この村にあるものといったら自然と近頃はめっきり少なくなった魔物の運んでくる宝石、
そして村人が食べていくのに必要な分だけの食料だけである。
「まさか我々から食料をとりあげるために…」
村長の顔は真っ青になった。今の季節は春。まだまだ収穫までは時間がある。
この時期に食料を持っていかれたら、到底秋まで持つとは思えない。
「そういうわけじゃないんだ。ただ、場合によっては同じようなことが起こるかもしれない」
そう言うサヤカの顔は真剣だった。
「ナカザワ王国の援軍の別働隊がこちらに向かっているとの情報を察知してね。
おそらく別働隊はこの森を抜けてパスタ平原にいるこちらの主力の背後を突くつもりなんだと思う。
それを阻止しようにも正規軍の方はパスタ平原で敵の主力と睨み合って身動きが取れないから
私が遊撃隊より兵を割いてここまで来たんだ」
チャーミー王国軍は大きく二つに分かれている。
主に王国の防衛、治安維持を任される正規軍と、魔物の討伐を主任務とする遊撃隊である。
規模が大きい代わりに議会の承認なしにはほとんど自分から行動ができない正規軍に対し、
遊撃隊は迅速な対応が必要との理由にある程度の行動の自由が約束されている。
「おそらく敵がここを通るのは明日。
この村も戦闘に巻き込まれるかもしれないから村人の避難をお願い。
…話しておかなくちゃいけないのはこんなところかな。
用がなければこれで私は失礼するよ。」
サヤカはそう伝えると村長に背を向けた。
「…私たちは争いを好みません。
ですがこの村、この国を愛しております。どうか皆様にチャーミーの御加護があらんことを」
サヤカは村長の言葉に振り返って軽く礼を言い、部屋を後にした。
保全
* * * * * * * * * * *
マキは夢を見ていた。小さい頃の自分が母親に泣きついている夢を。
「なんでお父さんは帰ってこないの?マキがいい子にしてなかったから?」
小さいマキは泣いてくしゃくしゃになった顔で母に聞く。
「そうじゃないのよ。お父さんは…
お父さんは遠いとおーいところに行っちゃったんだよ…」
マキの母はまるで自分に言い聞かせているかのようにつぶやく。
その視線は母に泣きつく幼いマキにも、つられて泣いているマキの弟のユウキにも向けられず、
ただただ虚空をさまよっているだけだった。
「お母さんのうそつき! いい子にしてたらお父さん戻ってきてくれるって言ったじゃない!」
その言葉にマキの母は返す言葉がなく、ただ「ごめんね」としか言うことができなかった。
そしてずっと泣き続けていた幼いマキはいつしか泣き疲れて寝てしまった。
気がつくとマキの目線の先には白い天井があった。
「ここは?」
その声に返事はない。マキはだるい体を動かしてあたりの様子を探った。
自分はベットに寝かされており、周りには包帯やはさみ、薬草などがきれいに整理されている。
そのどれもがマキには見覚えがない。
マキは今日の記憶を呼び起こしていった。
たしか魔物の討伐に出て、魔物の棲家を発見し、苦戦して、
サヤカという人に助けてもらい、そして…
「…そのまま寝ちゃったのか」
どうやら魔物を倒した安心感とそれまでの疲労が重なって眠ってしまったらしい。
おそらくサヤカという人がここまで運んできてくれたのだろう。
「あ、サヤカ隊長。お戻りになられましたか。ご苦労様です」
ここからは見えないが、外の方で兵士らしき声が聞こえた。
「まあね。明日は忙しくなるから、あんたも今のうちに疲れをとっておきなよ。
…ところであの子は?」
「ええ、傷の方は大丈夫です。数は多かったのですがどれも比較的浅いものだったので。
ただ身体の方はかなり疲労していたみたいですね。
治療のために起こそうとしたんですが、決して起きようとしないんですから」
兵士らしき声には軽いあきれの色が聞き取れた。
「ふふ。大物だこと。今も寝てるの?」
「あ、はい。起きたら避難するよう伝えますか?」
避難… マキはその言葉に疑問を持った。魔物は全滅したのではないのだろうか?
やや遅れてサヤカらしき人物は返答した。
「…そうだね。ここが戦場になったら救護班のところも安全じゃなくなるからね。
起きたら村人が避難した場所教えてあげて」
ここが戦場になる… その言葉を聞いたマキは外に出た。
「ここが戦場になるって、どういうこと?」
いきなり後ろから浴びせられた言葉に、
サヤカと話をしていた兵士は驚いてその場に尻餅をついてしまった。
「あ、起きてたの。その言葉どおりだよ。おそらく明日この村は戦場になる」
もちろんこのサヤカの言葉だけでだけでマキが納得するはずがない。
マキはさらなる説明を求める。
「さっき村長にした話をまたするのも面倒だから、あんたが教えてあげて」
サヤカは地面にへたりこんでいた兵士にナカザワ王国の兵が向かっていることを説明させた。
そして村人が避難を始めていることも。
「そういうわけだから君も早く避難するんだな」
そう言って兵士は話を結んだ。
「…私も戦う」
「は? なんだって?」
マキの言葉に兵士は目を丸くした。そして何かを言おうとしたが、それをサヤカが手でとめた。
「さっきの魔物退治のようにピンチになっても助けられないかもよ? それでも?」
「覚悟はあるよ。そして遊撃隊に遅れをとらない自信も」
マキの至極当然といったふうな言葉にサヤカは表情を崩した。。
「ははっ! たいした自信だ。それじゃ明日の戦いに参加してもらおうかな」
「た、隊長!?」
兵士はサヤカに信じられないという表情を向けた。
声には出さないが、その顔はなぜこんな馬の骨とも知らない小娘を戦闘に加えるのか、と訴えている。
「言い忘れてたけど森にいた魔物はほとんどこいつが倒したんだよ。
その数およそ十匹。そんな手練が遊撃隊に何人いる?
ただでさえ戦力が足りない私たちにとっては心強い味方じゃないか」
兵士は反論できなかった。
たしかに一人で魔物を十匹も倒せるのは遊撃隊ではサヤカぐらいのものだ。
それにチャーミー王国の兵力はいくらあっても足りないほどに不足している。
ただ、遊撃隊としての誇りが小娘とともに戦場に立つということを拒否していた。
「隊長さん、私にはマキ=ゴトーっていう立派な名前があるんだけど」
マキはそんな兵士の葛藤を無視してサヤカにこいつ呼ばわりされたことに不満をあらわす。
「それは失礼。今度からはゴトーって呼ばせてもらうよ。
もう遅いから今日はここで疲れをとりな。
戦いの細かい打ち合わせは明日の朝の軍議でする。ゴトーも出席してもらうよ」
軍議といえばある程度の隊を任せられている兵で行われるものである
そちろん新兵が顔を出すところではない。
その場にいた兵士は半ばあきれて、
サヤカとマキがそれぞれのねぐらに帰っていくのを見送るしかなかった。
* * * * * * * * * * *
会議に参加するために仮設の会議室に集まってきた兵士たちは皆その場にいる少女に疑問を持ってた。
腕組みをして静かに目を閉じている少女は昨日までの会議ではこの席にはいなかったはずだ。
戦地で昇進が行われることはないから新しく隊を任されたものではないはず。
だが少女が座っている席は、どう見ても会議に参加する兵の使う席なのである。
しかし座っている少女の態度には堂々たるものがあり、
あえて確認しようとするものはいなかった。
まもなく隊長のサヤカが会議室に姿をあらわし、会議が始まった。
「さて、今日の作戦の説明の前にもう一度状況を確認しておこうか。
まず、チャーミー軍とナカザワ軍の主力はパスタ平原で対峙している。
そして膠着を打開するためにナカザワ王国が援軍を出発させたのが一週間前。
今私たちが戦おうとしている別働隊はそれに遅れること数日で
ナカザワ王国の首都『クロウワイフ』を密かに出発した」
サヤカは淡々と事実を述べる。
「これらから推測されるのは、おそらくパスタ平原に向かった方の援軍は
そちらに私たちの目を向けさせるためのもの。
敵のねらいはむしろ今から戦う方の援軍に主力の背後を突かせて、一気に勝敗をつける事だろう」
会議に出席している兵士は神妙そうにサヤカの言葉に頷いている。
つまらなそうに話を聞いているマキを除いて。
「裏を返せばここでこの援軍を叩くことで敵のねらいは失敗するわけだ。
パスタ平原にいる主力も少なからず動揺するに違いない」
そうサヤカが言うと部下のものがこの村周辺の地図を壁に貼り付けた。
その地図の中心には村があり、村の北と西には街道がつながっている。
その他はすべて森を表す緑色に塗られていた。
「敵は北の街道を南下し、この村を通って西へ抜けるルートをとっている。
そこを私たちは村の前で待ち伏せして奇襲する。
斥候の報告では、幸運にも敵はこちらの存在に気付いていないみたいだ。
ここで敵を散々に打ち破って意気揚々とパスタ平原に戻ることにしよう」
サヤカの言葉に兵士たちはおおー! という威勢のいい掛け声で答えた。
中には手柄を競い合う約束を交わすものなどもいる。
「ただ、忘れちゃならないのは、数は敵の方が多いということ。
それにナカザワ軍の攻撃がどれほどすさまじいかは一度戦ったみんなはわかっているはず。
だから各自が自分の仕事をきっちり果たしてもらわないと
奇襲に失敗して逆にこちらが手ひどい損害をうけるかもしれない」
サヤカはそう釘を刺した。初めから敵を恐れていては戦いに勝てるはずもないが、
今回は武勇をたのんで単独行動に走られても困るのだ。
万一奇襲が失敗すれば敵の半分ほどの戦力しかない遊撃隊は窮地に陥る。
「それじゃ、各部隊の配置を決めようか。
配置は部隊を六つに分けて街道の両脇にそれぞれ三部隊づつ、ってことで」
会議に参加している兵にそれぞれの持ち場が割り当てられていく。
マキは地図で言うと街道の西側の、村に一番近い持ち場に割り当てられた。
「こいつは自分から遊撃隊に加わりたいって言ってきたゴトーっていう子。
無愛想だけど剣の腕は私が保証する」
そう言ってサヤカはマキを兵たちに紹介した。会議場にどよめきが起こる。
新しく入ってきた兵士が会議に参加しているだけでも異例であるのに、
その少女はサヤカが剣の腕を認めているというのだ。
「…私は村を守るために戦うだけで、遊撃隊に加わりたいだなんて言ってないんだけど」
「これは失言だったかな。でも村を守るためにはこの作戦に従ってもらうよ」
マキの、会議場の雰囲気を気にもとめない発言はいっそう会議室のどよめきを大きくする。
兵士でないとはいえ、チャーミー王国の軍事の二本柱の一人に対する言葉づかいではない。
兵士たちのマキを見る目には不快の感情がうかがえる。
「みんなの不満はゴトーの戦いを見てもらってから聞こうかな。
ゴトーの戦い振りを見ればみんなの不満はなくなるはずだからね。
奇襲開始の合図は私の部隊が敵に突撃すること。それまで他の部隊は物音を立てずに待機。
何か質問はある?」
兵士たちの表情には晴れないものがあったが、
隊長がそう言うのなら、といった感じでしだいにざわつきは収まっていった。
「質問がなければ各自隊に戻って準備ができ次第それぞれの持ち場に移動すること。
それじゃ解散」
サヤカの一声で会議は終了した。
兵たちは若干の不満を残したまま会議室を退出していった。
「少しは愛想よくしたら? 前だけじゃなくて後ろにも敵が欲しいの?」
兵が全員出て行くとサヤカはマキのところに寄っていった。
サヤカの表情を見る限りではそれは非難の気持ちからではなく、面白がってのことのようだ。
「遊撃隊は魔物の次に嫌いなものだから、兵士と仲良くする気はない」
マキは剣と鎧の点検の傍らそっけない返事をする。
「嫌われたものだねぇ…。まあ、魔物の討伐が遅くなったのは事実だからしかたないか」
「…そういう意味じゃないんだけどね…」
マキのつぶやきにサヤカは何か言ったかと聞き返したが、
マキがそれ以上しゃべる意思がないことを知り、自分も出発の準備をしようと会議室を出た。
全部隊がそれぞれの持ち場についたのはそれから一時間ほど後のことだった。
* * * * * * * * * * *
「…おい、あのゴトーって奴寝てるぞ…」
昼も過ぎ、太陽も傾いてきた頃、兵士の一人が近くにいる兵士にささやいた。
見るとマキは目をつぶって木にもたれかかっている。
耳を澄ませばすぅー、すぅー、という規則正しい呼吸音も聞こえてくる。
「まったく、隊長の命令とはいえ
なんで俺たちがこんな小娘のおもりをしなきゃいけないんだろうな」
正規の訓練も受けていない者が
幾度となく魔物との戦いを経験してきた遊撃隊の者より優れているはずがない、
というのがサヤカの話を聞いて兵士たちが思ったことであった。
事実、剣の腕では正規軍より遊撃隊のほうが一枚上手だ。
いきなり隊長に剣の腕は保障するといわれても信じろというほうが無理である。
兵士たちが話をしていると鎧がこすれる金属音と足音が聞こえてきた。
「敵が来たみたいだね」
兵士が振り返ると寝ていたはずのマキはいつの間にか起きていた。
その目は敵の来た方角をじっと見つめている。敵兵は斥候の報告ではおよそ千人。
それに対してこちらは六百ほどの兵が街道の脇に潜んでいる。
兵士は今にも飛び出していきそうなマキに声をかける。
「隊長に上手く取り入ったようだが、せいぜい怪我しないように後ろで戦ってるんだな」
「無駄口なら終わってから叩いて。敵に見つかる」
ゴトーのもっともな意見に兵士たちは口をつぐむしかなかった。
ナカザワ軍はそんなマキたちのやり取りにはまったく気付かずに街道を進んでいく。
長時間行軍をしてきたのだろうか、心なしか兵士たちの顔には疲れが見える。
(攻撃はまだ? 敵の先頭はもう村に入るのに…)
村を戦場にはしたくないと、マキが命令を無視して突撃を敢行しようと思った瞬間、
整然としていたナカザワ軍の隊列が乱れ始めた。
村から遠い位置にいたサヤカの隊がナカザワ軍の最後尾に奇襲を開始したのだ。
「敵襲! チャーミー軍の待ち伏せだ!」
その声があがったのと時を同じくして、
サヤカの隊以外の五箇所からも次々に遊撃隊が飛び出していった。
ナカザワ軍の混乱は見る見るうちに全部隊に波及していった。
* * * * * * * * * * *
マキは部隊の先頭で剣を振るっている。
その剣技は蝶が舞うように敵の攻撃を受け流し、
隙を見ては稲妻のような速さで切りかかるという、鮮やかなものだった。
(こいつ、本当に強い…)
マキと一緒の隊に配属された兵士は皆その剣技に舌を巻いた。
マキの活躍のおかげでこの隊は他の隊よりはるかにナカザワ軍を押し込んでいる。
もっともサヤカの隊に奇襲された所にいたナカザワ兵は
すでにほうほうの体で退却を始めていたが。
「退却! 退却!」
ナカザワ軍の指揮官らしき男がついに全体に退却の命令を出した。
奇襲を受けたにもかかわらず、すぐさま総崩れにならなかったのはさすがにナカザワ軍、
といったところだが、いかんせん混乱した隊を立て直すにはこの街道は狭すぎた。
退却の命令を受けたナカザワ軍は
比較的被害の少なかった兵が中心となって、退路を切り開こうと最後の突撃を行う。
突撃を受ける形になったサヤカの隊は正面から当たろうとしないで横に展開し、
突撃してそのまま通り過ぎていく敵兵を脇から攻撃して、その数を確実に減らしていった。
「よし、このまま追撃に移行する!」
ナカザワ軍の突撃の勢いが鈍ると遊撃隊はサヤカの隊を中心に追撃を開始した。
どんな兵士にも後ろに目はついていない。また立ち止まればすぐさま周りを囲まれてしまう。
遊撃隊はさらに戦果を拡大していった。
* * * * * * * * * * *
「うわっ!?」
遊撃隊の後方からその声が聞こえたのは追撃を開始してまもなくの頃だった。
何事かと振り返った兵は思わぬものを見ることになる。
後ろでは二十は下らない数の魔物との戦闘が繰り広げられていた。
その報告を受けたサヤカは追撃を中止して、魔物と戦っている兵士への加勢を指示した。
本当はここで少しでもナカザワ軍の数を減らしておきたいところだったが、
後ろに敵を抱えて十分な追撃が望めるはずもない。
サヤカは自らも数人の兵士を引き連れ、一体づつ確実に魔物に対処していった。
(そういえば後ろの隊にはゴトーがいたな…)
何体かの魔物を倒し、魔物との戦闘が下火になってくるとサヤカはふとマキのことを考えた。
そのマキのいた後方の部隊はいきなりの魔物の来襲に数名の死傷者を出してしまった。
来襲してきた魔物は昨日マキが戦った種族とは明らかに異なっている。
マキが戦った魔物が人間より一回り大きい二足歩行する豚、という感じのものだったのに対し、
この魔物はガリガリで手が異様に長い人と同じくらいの大きさのサル、とでも表現すればいいのだろうか。
そのすばやい動きに兵士たちは最初はついていけなかった。
しかしそこは魔物退治を主任務とする部隊、
すぐさま何人かでまとまって一体の魔物を取り囲み、そのすばやさを発揮させない戦い方に切り替える。
傷ついた兵は戦闘を離脱し、代わりに無傷の兵がその兵の分の穴を埋めていく。
後方でも魔物が優位に戦闘を進められていたのは最初だけであった。
その中でもマキの活躍は群を抜いていた。何人かの兵がマキの援護しようとしたが、
マキのスピードは魔物に負けておらず、他の兵は魔物が逃げ出さないようにするだけで十分だった。
(魔物はあと何匹?)
すでに四体の魔物を片付けているマキは五体目を倒すと周りを見わたした。
魔物はあらかた片付けられていて、兵士たちにも余裕が見える。
そのときマキの視界に見慣れた人影が入ってきた。
「ユウキ!?」
思わずマキは声に出してしまう。
しかし本当にマキを驚かせたのは魔物の一匹がそちらに向かっていったことだった。
マキはすぐさまユウキの方へ駆け出した。
だが魔物に追いつくには少し距離があった。魔物はみるみるユウキに近づいていく。
「ユウキ!!」
マキはもう一度声に出した。
ユウキはその声で魔物の接近に気付くも、すでに魔物はユウキの目と鼻の先に迫っていた。
魔物は地面を蹴り、ユウキに躍り懸かる。
ユウキはその場から動けず、両手で頭をかばうことしかできなかった。
「ユウキ!!」
叫んでも無駄だとはわかっていたが、叫ばずにはいられなかった。
父を失ってすぐに母も無くしたマキにとって、今やユウキはただ一人の肉親だ。
いつも自分の後ろをついて歩く弟。近所の子に泣かされてマキに助けを求めてきた弟。
いつもおろおろしてて泣き虫で、そんなユウキに腹が立ってつい怒鳴ったこともある。
でも…
(ユウキを守りたい!)
マキのその思いは形となった。魔物の手がユウキを捉える瞬間、突然魔物の目の前で爆発が起こった。
爆風に吹き飛ばされたユウキは地面にへたり込み、事の成り行きに唖然としている。
爆発をもろに受けた魔物は顔をおさえて、もだえ苦しんでいる。
マキはやっとのことで魔物に追いつくとすぐさま魔物にとどめを刺した。
「バカ! なんでこんなとこに出てきたんだ! 避難してろって言われてただろう!」
「だって姉ちゃん昨日帰って来なかっただろ…。心配して捜しにきたんだよ」
ユウキは恐怖で震えながらもそうはっきりと告げた。
「バカ…私の心配をするよりも自分の心配をしなよ…」
マキはユウキを抱きしめた。いつもマキに守られていたユウキが
危険を冒してまで自分を捜しに来てくれたことが危なっかしくもあり、うれしくもあった。
気がつけばマキの頬を汗でも返り血でもない液体が流れていった。
二人はしばらくそのままでいた。マキの感情が静まるまで。
「魔法にさらに磨きがかかったようだね」
マキがユウキと離れると、サヤカが声をかけてきた。
サヤカは戦況を確認しようと自分の部隊を離れて後方まで来ていた。
「魔法? 私が?」
「そう、魔法。昨日の魔物との戦いでも使ってたけどね。
あの時は目くらまし位にしかなってなかったけど、
一日でここまで成長するなんてゴトーは魔法の才能があるのかもね」
「私が魔法を…」
マキは信じられなかった。魔法を使えるのは修行を重ねた人間だけだといわれている。
自分はそんな特別なことはしていない。だがあの爆発はどう考えても自然現象ではないだろう。
「…魔物はこれで最後みたいだね。ゴトー、他の村の人にも戻ってくるよう伝えて来て」
サヤカはそう言い残すと各部隊に戦闘終了の指示を与えていった。
マキはユウキに村人を呼びに行かせ、自分はその場にたたずんでいた。
「魔法…」
マキはもう一度その言葉をつぶやく。そのつぶやきはいつまでもマキの周りの空気を揺らしていた。
* * * * * * * * * * *
ナカザワ軍への奇襲から始まった一連の戦闘は、マキが最後の魔物を倒したことで終了した。
この戦闘で遊撃隊のうち二十名ほどがこの世を去り、その二倍近い兵が負傷した。
ナカザワ軍の別働隊はそれをはるかに上回る被害をうけ、
パスタ平原に向けて大きく迂回するルートを取って退却した。
遊撃隊は周囲に魔物が残っていないことを確認すると、
敵味方の区別なく戦死者を手厚く埋葬し、村に戻っていった。
サヤカは村に戻ってくると明日の朝に会議を開くとだけ連絡して、
全部隊に十分休養をとるよう伝えた。
ナカザワ軍の迂回作戦は阻止したが、
まだパスタ平原には敵の主力が健在である。まもなくナカザワ本国からの援軍も到着するだろう。
明日からはまた苦しい戦いが始まる。この勝利に浸れるのも今日だけなのだ。
だからこそ兵士たちはささやかな勝利を十分に堪能した。
夜になっても兵士の寝床には明かりが煌々とついており、兵士は酒のつまみに己の武勇を語り合っていた。
そこから少し離れた小さい家にも明かりが灯っていた。
マキとユウキが住んでいる家である。
(いくら魔物が凶暴とは言っても自分から危険に飛び込んでくるなんて聞いたことがない)
マキは自分の部屋で今日の戦闘を思い出していた。
ナカザワ軍が退却し始めると遊撃隊の追撃を阻止するかのように現われた魔物。
これが意味することは…
(もしナカザワ王国が魔物を操っているのなら…)
マキは自分の中で一つの答えを出し、部屋の明かりを消した。
マキには闇がいつもより深いように思えた。
* * * * * * * * * * *
仮設の会議室は活気であふれていた。
昨日の勝利のおかげで兵士たちの表情は明るく、時に笑い声も聞こえる。
昨日の軍議と戦闘とに参加した少女の姿がないことなど誰も気付かなかった。
それでもサヤカが入ってくると、兵士たちは私語をやめ、おのおのの席へと戻っていった。
「まず、昨日の勝利を導き出したみんなの働きに感謝する。
みんなのおかげでナカザワ軍には目に物見せてやれたよ」
兵士たちから歓声が上がる。
「ただ、みんなもわかっているように戦いはこれで終わりじゃない。
まだパスタ平原には敵の主力が残っているからね」
サヤカの言うとおり、昨日の戦いに勝ったとはいえ
チャーミー軍とナカザワ軍の戦力差はほとんど縮まっていない。
ツンク帝国の崩壊後の混乱の中から誕生し、
建国時から魔物の討伐が国政の最優先事項になっていたナカザワ王国に対して
戦乱に巻き込まれることがほとんどなかったチャーミー王国の戦力が少ないのは当然といえよう。
「それに昨日の戦闘で気になったこともある」
「魔物……ですか?」
兵士の一人から声があがる。サヤカの表情には心なしか暗いものが見える。
「そう。何度も魔物と戦ったことのあるみんなは当然知っていることだけど
魔物は危険だと感じたところにはほとんど近づかない。
それが昨日の戦闘では自ら望んだように魔物が現われた。
もしかしたらナカザワ王国は魔物をも支配下においているのかもしれない」
兵士たちもうすうすは感じていたが、
いざサヤカの口から聞くと改めて事態の深刻さが思いやられる。
ただでさえナカザワ軍とは戦力差があるのに、魔物の戦力まで加わるかもしれないのだ。
魔物がどれだけの脅威かは魔物の討伐を専門にする遊撃隊が一番知っていた。
「だけど、ナカザワ王国が魔物を使ってこの国を征服しようとしてるなら
なおさら負けられない。そんな国が人を幸せにできるとは思えないからね」
そう言うサヤカの瞳には静かな闘志がみなぎっていた。
その闘志は兵士の間にも広がっていく。
「私たちはこれからパスタ平原の主力と合流して再度ナカザワ軍と決戦を行う。
敵には援軍が来るだろうし、魔物の加勢もあるかもしれない。おそらく苦しい戦いになるだろう。
だけど私たちに勝ち目がないわけじゃない。
私たちにはこの国を守るという大義がある。守るべき人がいる。
チャーミーがそんな私たちを見放すわけがない。みんなの活躍に期待している!」
* * * * * * * * * * *
(チャーミーがそんな私たちを見放すわけがない、か……)
サヤカは軍議が終わり、兵士がいなくなった会議室で先ほどの自分の言葉に苦笑していた。
いるのかいないのかわからない神よりも
気の置けない仲間の方が信じるに足る、というのがサヤカの持論である。
だが向こうの兵士は英雄と呼ばれるナカザワを信じ、絶対の自信で戦場に立っているのだ。
今、チャーミー王国でナカザワと同じほど兵士の意思を高められる存在は
国民のほとんどが信じている美の神チャーミーしかいない。
(心にもないことを平気で言える私は美しさからは程遠いのかもしれない。
でも私はこの国を守りたい。それがかつてあこがれていた英雄の侵略からであってもね)
会議室に伝令の兵士がやって来た。どうやら出発の準備はできたらしい。
サヤカはわかったと告げ、静かに立ち上がった。
保全
111 :
:02/06/30 09:36 ID:8r3k+muo
.,,-=⌒″ ^'-,,
_ノ'″ \
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,i″ /| / / |\ ヽ
,ノ _,vノ'| / | ./| /| | | ヽ
ノ ..,r''''─レ─-l/,レ"|ノ |∧ .|
| ,, ─-、 r'′ -ーl'~'''ァ‐′ ノ __リ_│ l .l
| /r'¨ゝ〃 | o'''┴-" _,,,_ ^ソ.. ノ ソ
│ {(,r ゙| | _( ゙ソ!| ノ|ノ
ヽ, ヽヾソ | l | ヽ`'゙。 |ノノ|丿
ヽ、゙\,| | l | u ´,ィ′ .|
ヽ、 | │ u ..___ l l i ・・・やっと・・・
`l | l ~`ー-ソ 。゚ノ ・・・111が取れました・・・
(三|. | ,/
( ノ.| | _/
/'゙ヾ...| l _ .-v、,,,__,,ノ'′
,| ソ ⌒''¬v、,,,__ |、
._vi《,,,_ ` ⌒^'^ト
* * * * * * * * * * *
マキは目が覚めると自分がベットの下に寝ているのに気が付いた。
どうやら寝ている間に落っこちてしまったらしい。
「あ、姉ちゃん、おはよう」
すでに朝食を食べ終わっていたユウキは、マキが自分の部屋から出てくると
朝食の準備をしようと炊事場に向かった。
「……今、何時?」
マキは昨日の残りのスープを温めようとしているユウキに聞く。
遅くまで起きていたことと昨日の疲労のせいか、まだ意識は朦朧としている。
「もう昼になるよ。姉ちゃん、朝と昼の飯はいっしょでいい?」
マキはその言葉を聞きながらもぼーっと窓の外を見ていた。
太陽はすでに高い位置まで上り、村にはいつもののんびりした風景が広がっている。
(あれ?)
何か昨日までの村の雰囲気と違う。
昨日まであったはずのものがなくなっているような……。
寝惚けた頭で考えているうちにあることに思い当たった。
「遊撃隊の兵たちは? どこ行ったの?」
マキは完全に覚醒した頭でユウキに尋ねた。
「ああ、さっき出発していったよ」
「しまった…… 寝過ごした……」
マキはすぐさま自分の部屋から鎧と剣を引っ張り出す。
そして素早くそれらを身に付け、旅に必要と思われるものを次々と道具袋に入れていく。
「姉ちゃん、何する気?」
ユウキはいつに無く焦っている姉の姿に、調理の手を止めて様子をうかがう。
「ちょっとナカザワ王国と戦ってくる。すぐに戻ってくるよ」
マキはそう言うが早いか、家の戸を勢いよく空けて外に飛び出した。
「飯はどうするのさ!」
「帰ってきてから食べる」
ユウキの少しピントのずれた問いにマキは適当な返事を返す。
マキの姿は村の西にある街道の方へと消えていった。
「父ちゃんもこんなふうに勝手な人だったのかなあ……」
マキの姿が見えなくなって、ユウキはふとそんなことをつぶやいた。
ユウキの記憶にある母はきわめて常識的な人物だった。
なのでマキのこの性格は父親譲りなのだろうと思ったのだ。
(無理だけはしないでくれよ、姉ちゃん……)
ユウキは魔物から人々を守ろうとして命を落としたと父のことを思い出し、
マキの無事を祈らずにはいられなかった。
* * * * * * * * * * *
走り続けていたマキは少し走るスピードを緩めた。
(遊撃隊はどれぐらい先を進んでるの?)
しばらく走ったが遊撃隊の姿が見える気配は全然無い。
ユウキに遊撃隊が出発した正確な時間を聞いておけばよかった、
と思ったがもう後の祭りである。
(向こうにこちらのことを知らせられれば追いつけるんだろうけど……)
そう考えたマキに、あるアイディアが浮かんだ。
マキはそれを実行した。
* * * * * * * * * * *
いきなり遊撃隊の後方の上空で爆発が起こった。
その音に驚いてか、森の鳥たちは一斉に飛び立った。
(この爆発は…… 魔法?)
隊の最後尾を進んでいたサヤカは思わず後ろを振り返った。
一瞬、敵の奇襲かとも思ったが、それならばわざわざ自分の位置を知らせるようなまねはしないだろう
と思い直し、兵士たちに落ち着くよう呼びかける。
だが放っておくわけにもいかず、数人の兵士に後方の様子を探るよう命じ、
他の兵にもしばらく待機するよう伝えた。
様子を探るよう命じた兵が戻ってくると、その人数が一人増えていた。
サヤカを始め、この場にいる多くの兵士がその人物に見覚えがある。マキである。
「こんな所まで追ってきたんだね。挨拶もしないで出発して悪かったよ。
手助けしてくれたお礼もしたいところだけど、あいにく持ち合わせも無いから
これからの戦いに勝ってから何かお礼をするよ」
サヤカはそう言って他の兵に行軍を再開するよう指示を与える。
マキはそんなサヤカに近づいて言った。
「ナカザワ軍との戦い、私も参加できるかな?」
「なんで?」
マキは昨日の戦いに参加したのは村を守るためだと自分で言っていた。
それに遊撃隊は嫌いだとも言っている。
サヤカはマキがどのような理由でそう言いだしたのか聞いてみたかった。
「ナカザワ王国が魔物を戦いに使っているのか確かめたいんだ」
「確かめてどうするの?」
「もし使っていないんだったら村に帰る。国と国との勢力争いには興味が無いからね。
使っているのだったらナカザワ王国と戦う。魔物が人を傷つけるのは許せない」
口調は変わらないがマキの目はその決意の程を示していた。
サヤカにはマキの申し出を断る理由が無かった。
「そういうことか。私は歓迎するよ。……どうやら他のみんなも文句は無いみたいだね」
サヤカは周りに目をやる。
マキの活躍を知っている周囲の兵士は皆、心強い味方を得たというような顔をしている。
「それじゃしばらくお世話になるよ、イチーチャン」
隊長を敬称もなしに呼んだマキに兵士たちは一瞬嫌な顔をしたが、
サヤカに不満そうな表情が無いので口には出そうとはしなかった。
新しくマキを加えて行軍は再開された。
遊撃隊は森に囲まれた街道を抜け、パスタ平原へと近づいていく。
それにつれて決戦の時も徐々に近づいて来るのであった。
七夕
120 :
名無し:02/07/13 16:56 ID:SHLU7Zxu
仮面ライダーシザース
保全
ほぜん
123 :
白烏:02/07/16 22:14 ID:sPRVeT03
* * * * * * * * * *
――パスタ平原のやや南にチャーミー軍は陣を敷いている。
ほとんどの兵にとっては一ヶ月前の戦闘が初めての本格的な戦闘だった。
その上、戦闘終了後も長期の対陣となり、兵士たちの士気の低下が
心配されていた。にもかかわらず兵士たちの士気が衰えていないのは、
将軍ケイ=ヤスダの統率力のたまものと言えるだろう。
司令部の白い帳の周りでは数人の兵達があわただしく動き回っていた。
司令部の中に入ると長方形のテーブルを中心に、数人の隊長格らしき
人物が深刻そうな面持ちで座っているのが見られる。その中でもひときわ
渋い顔をして一番奥に座っているのがチャーミー軍の将軍ケイである。
栗色の髪は、鮮やかな装飾を施された青い鎧の肩の部分まで伸びており、
その顔にはやや疲れが見えていた。
「サヤカ隊長が帰還なされました!」
司令部に伝令の兵が報告に来た。ケイはご苦労様と言い、さっそく
司令部に通すよう指示する。高圧的ではないその声の調子は、ケイが兵に
慕われている要因の一つでもあった。伝令は了解の旨を告げると司令部を
退出した。
伝令が司令部を出てまもなくして、二人の人物が司令部に入ってきた。
「とりあえず別働隊の方は撃退したよ。あまり損害は与えられなかった
けどね。だけどこれで少なくともいきなり後ろから敵に襲われることは
無くなったよ」
口を開いたのは遊撃隊の隊長、サヤカである。
124 :
白烏:02/07/16 22:14 ID:sPRVeT03
「ご苦労様。これで後方の心配もなく、目の前の敵に専念できるわね」
ケイの表情が微かにほころぶ。これほどの大規模な戦闘と長期の対陣、
そして負ければ国が滅ぶかもしれないというプレッシャーのために、
心身ともに参ってはいたが、それでも今のサヤカの報告でケイは少しは
気持ちが楽になった。
「それでこちらからのナカザワ軍への攻撃は議会に承認されたの?」
「だめね。議会は、こちらからの攻撃は危険が大きすぎる、と言って
聴かないわ。このままだと向こうに援軍が到着して、ますます勝てる確率が
下がる、って言うのにね」
そう言うケイに怒りの感情は見て取れない。平和を愛する議会、ひいては
国民が、自ら戦いを挑むという決断を下せないのもわかるからだ。ただ、
状況が悪くなっていくのを黙って見過ごすしかないのが歯がゆかった。
「自国の平和ばかり考えていた代償かな。いざ自国が戦乱に巻き込まれる
と、どうすればいいのかわからない……。で、ケイちゃんはどうするの?」
「このまま様子見だね。議会の意見は無視できない」
「それじゃあこの戦い、勝てないよ?」
「でも、議会の意見を無視すれば、この戦いには勝っても国民の動揺や
議会の反発を招く。そうやって国が混乱している時に再度ナカザワ王国が
侵略してきたら防げるとは思えない。それに今のうちに攻撃を仕掛けても
勝てる確率は五分五分を上回らないしね」
国が一つにならなければこの危機を乗り越えることはできない。
そのことはサヤカもわかってはいたが、なにかやるせない気持ちで
いっぱいだった。
「別働隊を撃破して士気が高まっているうちに敵に当たりたかったんだ
けどなぁ」
「ごめんねサヤカ。とりあえず今日のところはゆっくり休んで。……ところで
後ろにいるのは誰?」
125 :
白烏:02/07/16 22:15 ID:sPRVeT03
会話が一段落すると、ケイはサヤカの後ろで興味なさそうに話を聞いて
いた少女に目をやった。ケイもすべての兵士の顔を覚えているわけでは
ないが、司令部に顔を出す者くらいは一通り覚えている。しかしその
少女には明らかに見覚えが無かった。
「ああ、紹介するよ。この子はナカザワ軍の別働隊と戦った時に加勢して
くれたゴトーっていう子。ちょっと無愛想だけど、剣の腕はなかなかのもの
だよ。その上魔法まで使えるんだ」
ケイはマキをまじまじと見つめた。マキの表情はうつむいていてよく
わからないが、微かに唇がほころんでいるのが見えた。
「チャーミー王国一の剣士、サヤカが剣の腕を認めるなんね。心強い
味方が増えたわけだ」
心強い味方、という言葉にサヤカは先の戦いのことを思い出した。
「そうだ、他にもケイちゃんに報告しておかなきゃいけないことがあったんだ」
サヤカはナカザワ軍との戦闘での、あまりにタイミングがよい魔物の出現に
ついて話した。
126 :
白烏:02/07/16 22:16 ID:sPRVeT03
「偶然じゃないの? 魔物が人の命令を聞けるほど賢いとは思えないん
だけど…」
ケイはサヤカの話に半信半疑の様にして言葉を返す。
「まあ、そう言われればそうなんだけど……。一応報告しておこうと思ってね」
サヤカはケイの表情を見てあっさりと自分の主張を取り下げた。
「……サヤカも戦いを前にして少しナーバスになってるのかもね。
今夜、二人でちょっと息抜きでもしない?」
サヤカがケイの言葉にうなずいたことで遊撃隊の帰還の報告は終わった。
集められていた各部隊の隊長は、それぞれの持ち場に戻っていく。
サヤカも遊撃隊に指示を与えようと、マキを連れてその場を離れる。
ケイは一人になると、鎧の重さが倍にでもなったかのように肩を落とし、
大きく一つのため息をついた。
帆蝉
128 :
白烏:02/07/18 22:32 ID:V+Z6GV4j
* * * * * * * * * *
「ナカザワ王国が魔物を従えてるってのは確かなの?」
夜の帳が空を覆う中、ケイは訪ねてきたサヤカにそう切り出した。昼間は
他の兵に余計な心配をかけぬよう聞き流した話題だが、そのままにして
おくには重大すぎる問題だった。
「報告のとおりだよ。確かなことはわからない。ただ、状況から考えるとその
可能性は高いね」
ケイはサヤカに飲み物はいらないかと尋ねる。サヤカは紅茶を頼んだ。
「そう…。魔物の軍勢のことも考えないといけないわね…」
コーヒーと紅茶を持ってきたケイはテーブルにそれらを置く。ケイが口に
したコーヒーは苦かった。二人はしばらくそうしてそれぞれの飲み物を
味わった。
「……魔物対策に遊撃隊の一部を派遣してくれないかしら。」
ケイはコーヒーを飲み終えると提案した。
「いいよ。正規軍は魔物との戦い方を知らなすぎるもんね」
魔物は総じて人間よりはるかに強い力を持っており、また様々な能力を
持つものもいる。よって魔物にはケイが叩き込んできた対人用の戦い方
での対処は難しい。ここはそのスペシャリストたる遊撃隊に対処を任せるのが
妥当なところだった。
「本当なら、遊撃隊にはその名のとおり遊撃を任せたいところなんだけど…」
「大丈夫だよ。人数が少なくとも遊撃の役割は果たせる。むしろ統率の
手間が省けて動きやすくなるかもね」
サヤカの言葉に嘘はない。ケイはサヤカが気休めを言うような性格でないのを
知ってはいるが、倍近い軍勢に加え魔物までも相手にしなければならないと
思うと不安は尽きなかった。
129 :
白烏:02/07/18 22:32 ID:V+Z6GV4j
「……決戦の日は近いね。」
サヤカは、カップの中の残り少なくなった紅茶を見てつぶやいた。
「そうね。斥候の報告だとナカザワ軍の援軍は明後日には到着するらしいわ」
すでにコーヒーを飲み終えたケイは手持ち無沙汰のまま返事をする。
「となると、三日後になるかな」
「……多分ね。その戦いの結果しだいで、モーニング最古の王国の存亡が
決まるわ」
首都ピースは守りやすい所とはいえない。防衛用の塀や堀は効果的に
機能しているとは言えず、城も装飾の方に力が注がれている。
このパスタ平原の戦いに負ければ、その勢いのままピースも攻略されて
しまうだろう。
「……この戦い、勝てると思う?」
「勝てないね」
「……随分はっきり言うわね」
「事実だよ。でも勝てなくとも負けないことはできる」
サヤカはケイを諭すように言う。
「この戦力差をひっくり返してナカザワ軍を打ち破るのは無理。でも向こうの
攻勢を受けきることは不可能じゃないと思う。連携という点では向こうより
こちらの方が上だからね。隊列さえ崩されなければ十分に戦える」
サヤカの自信に満ちた説明にケイはため息をつく。
「……サヤカの方が将軍に向いているね。戦略眼があって、カリスマも十分。
それに比べて私は……」
「そんなことない。戦闘を経験してなかった兵がナカザワ軍と互角に戦えたのも
ケイちゃんへの信頼があってこそだよ。ケイちゃんは自分を過小評価しすぎ」
サヤカがケイの言葉をさえぎる。その目はじっとケイを見つめていた。
「……ありがと。私がこんなに弱気だったら兵に示しがつかないわね」
ケイはそう言って部屋を出て行った。間もなくして戻ってくると、その手には
ワインが一本とグラスが二つあった。
「……戦いに勝つまで飲むまいと思ってたけど、今日空けちゃうわ。付き合って
くれる?」
サヤカは静かに微笑んでうなずき、グラスを受け取った。
夜が明けるまでにはまだまだ時間がある。
保全パスタ
チャーミー保全
132 :
白烏:02/07/22 22:38 ID:QAbP8nHr
* * * * * * * * * *
空は雲ひとつない晴天だった。早朝ということもあって日差しはそれほど
強くはなく、そよ風も吹いている。
だが、チャーミー軍の兵士達にとって、その場は少しでも長居をしたくない
場所だった。なぜなら彼らの目の前では、八千以上のナカザワ軍兵士が
突撃の指示を今か今かと待っているからだ。
チャーミー軍の兵は五千に届こうか、というところ。倍近い兵力差がある。
それでもチャーミー軍の兵士は自分達の国を守るために、恐怖をこらえて
戦場に立っていた。
その本隊の後方に布陣する遊撃隊は正規軍よりも落ち着いていた。直接
敵と対峙していないのもあるが、個々の腕ではナカザワ軍に引けを取らない
という自負があるからだ。遊撃隊は全員が乗馬しており、先頭にはサヤカと
マキの姿がある。
「まったく、ゴトーは多才だね。なんで二日で馬を乗りこなせるようになるかな」
サヤカの側に馬を止めているゴトーは、その言葉に反応を見せない。
「今回の戦いは前のとは規模が違う。周りの状況に気を配らないと取り返しが
つかない事態になる」
サヤカはそんなマキに向かって言った。マキの剣の腕は認めているが、
同時にマキがそれを頼んで孤立するのを恐れていた。マキはわかったと告げ、
いくぶんか表情を引き締める。
それが合図になったわけではなかろうが、ナカザワ軍の攻撃が開始された。
133 :
白烏:02/07/22 22:38 ID:QAbP8nHr
* * * * * * * * * *
戦いは初戦と同じように個々の力を頼むナカザワ軍に、チャーミー軍が
統率力で対抗するという形になった。違うのはナカザワ軍の数。
程なくしてチャーミー軍の左翼が崩れようとしていた。
「いくよ! これから敵の右翼に突撃する!」
サヤカの命令に遊撃隊は「おおー」と叫ぶ。チャーミー軍の左翼がすっと引き、
本隊がやや右に寄って間に空間が開いた。と同時にサヤカがその空間めがけて
一直線に馬を走らせる。寸分遅れずマキや他の兵も続く。
「立ち止まるな! 一気に駆け抜けるよ!」
遊撃隊はナカザワ軍右翼に向かって右から突撃、そのまま斜め左に
突っ切っていった。ナカザワ軍右翼は勢いを減じ、逆に引いて隊列を整えた
チャーミー軍左翼が盛り返す。戦況は一進一退になる。
「何人欠けた?」
敵陣を駆け抜け、その後の戦況を見届けるとサヤカは被害を確認した。
幸い大きな被害はない。速やかに隊を整えると、今度は右翼が崩れかかって
いる。遊撃隊はすぐさまそちらに向かい、ナカザワ軍を押し返す。
遊撃隊の活躍で、チャーミー軍は崩れそうで崩れない。
134 :
白烏:02/07/22 22:38 ID:QAbP8nHr
* * * * * * * * * *
マキは前方に密集している敵兵に向かって神経を集中した。瞬間、強烈な
熱気が敵兵をつつみ、はじけた。敵兵を無力化するには至らないが、明らかに
敵兵は動揺している。そこをマキが駆け抜け、遊撃隊も続く。
敵陣を突破し、マキが方向転換しようとすると、一瞬目の前の風景がぼやける。
マキは頭を振った。
「魔法の使いすぎだよ」
いつの間にかサヤカがマキの隣にいた。
「少し休みな。精神力を消耗し過ぎてる。それじゃ足手まといだ」
言葉はきびしいが、マキの身を案じた言葉であることが見て取れた。
マキは負傷した兵とともに一旦前線を離れる。
その間にも、チャーミー軍はナカザワ軍の猛攻にじりじりと押されている。
135 :
白烏:
「まったく、休む暇もない……」
遊撃隊が四度目の突撃を行おうという時、急に隊が乱れた。サヤカが状況を
確認しようとすると兵の一人が駆け寄って来る。
「魔物です!」
その言葉とほぼ同時に、真横から鋭い爪がサヤカを襲った。サヤカは背中を
そらせてそれをかわす。サヤカの頬に赤い線が引かれた。飛び掛ってきた
魔物は、サヤカを仕留め損なったのを見ると奇声をあげながらもう一度
突進してきた。
素早い魔物の動きに翻弄されながらも、やっとのことで魔物を切り倒す。
見れば他の兵士たちもいくつかの黒い影に向かって剣を振り下ろしている。
「まずい!」
サヤカの口から思わず言葉が漏れた。この程度の数の魔物で遊撃隊は
やられはしない。だが完全にナカザワ軍への突撃の機を逸してしまった。
戦場はチャーミー軍が突き崩され、乱戦になってしまっている。こうなると
数も個々の技量も勝るナカザワ軍のほうが断然有利だ。
「魔物にはかまわなくていい! 本隊を援護するよ!」
すでに手遅れに近いが、この場に留まっていても意味がない。サヤカは
乱戦となった戦場に馬を走らせた。