132 :
白烏:
* * * * * * * * * *
空は雲ひとつない晴天だった。早朝ということもあって日差しはそれほど
強くはなく、そよ風も吹いている。
だが、チャーミー軍の兵士達にとって、その場は少しでも長居をしたくない
場所だった。なぜなら彼らの目の前では、八千以上のナカザワ軍兵士が
突撃の指示を今か今かと待っているからだ。
チャーミー軍の兵は五千に届こうか、というところ。倍近い兵力差がある。
それでもチャーミー軍の兵士は自分達の国を守るために、恐怖をこらえて
戦場に立っていた。
その本隊の後方に布陣する遊撃隊は正規軍よりも落ち着いていた。直接
敵と対峙していないのもあるが、個々の腕ではナカザワ軍に引けを取らない
という自負があるからだ。遊撃隊は全員が乗馬しており、先頭にはサヤカと
マキの姿がある。
「まったく、ゴトーは多才だね。なんで二日で馬を乗りこなせるようになるかな」
サヤカの側に馬を止めているゴトーは、その言葉に反応を見せない。
「今回の戦いは前のとは規模が違う。周りの状況に気を配らないと取り返しが
つかない事態になる」
サヤカはそんなマキに向かって言った。マキの剣の腕は認めているが、
同時にマキがそれを頼んで孤立するのを恐れていた。マキはわかったと告げ、
いくぶんか表情を引き締める。
それが合図になったわけではなかろうが、ナカザワ軍の攻撃が開始された。
133 :
白烏:02/07/22 22:38 ID:QAbP8nHr
* * * * * * * * * *
戦いは初戦と同じように個々の力を頼むナカザワ軍に、チャーミー軍が
統率力で対抗するという形になった。違うのはナカザワ軍の数。
程なくしてチャーミー軍の左翼が崩れようとしていた。
「いくよ! これから敵の右翼に突撃する!」
サヤカの命令に遊撃隊は「おおー」と叫ぶ。チャーミー軍の左翼がすっと引き、
本隊がやや右に寄って間に空間が開いた。と同時にサヤカがその空間めがけて
一直線に馬を走らせる。寸分遅れずマキや他の兵も続く。
「立ち止まるな! 一気に駆け抜けるよ!」
遊撃隊はナカザワ軍右翼に向かって右から突撃、そのまま斜め左に
突っ切っていった。ナカザワ軍右翼は勢いを減じ、逆に引いて隊列を整えた
チャーミー軍左翼が盛り返す。戦況は一進一退になる。
「何人欠けた?」
敵陣を駆け抜け、その後の戦況を見届けるとサヤカは被害を確認した。
幸い大きな被害はない。速やかに隊を整えると、今度は右翼が崩れかかって
いる。遊撃隊はすぐさまそちらに向かい、ナカザワ軍を押し返す。
遊撃隊の活躍で、チャーミー軍は崩れそうで崩れない。
134 :
白烏:02/07/22 22:38 ID:QAbP8nHr
* * * * * * * * * *
マキは前方に密集している敵兵に向かって神経を集中した。瞬間、強烈な
熱気が敵兵をつつみ、はじけた。敵兵を無力化するには至らないが、明らかに
敵兵は動揺している。そこをマキが駆け抜け、遊撃隊も続く。
敵陣を突破し、マキが方向転換しようとすると、一瞬目の前の風景がぼやける。
マキは頭を振った。
「魔法の使いすぎだよ」
いつの間にかサヤカがマキの隣にいた。
「少し休みな。精神力を消耗し過ぎてる。それじゃ足手まといだ」
言葉はきびしいが、マキの身を案じた言葉であることが見て取れた。
マキは負傷した兵とともに一旦前線を離れる。
その間にも、チャーミー軍はナカザワ軍の猛攻にじりじりと押されている。
135 :
白烏:
「まったく、休む暇もない……」
遊撃隊が四度目の突撃を行おうという時、急に隊が乱れた。サヤカが状況を
確認しようとすると兵の一人が駆け寄って来る。
「魔物です!」
その言葉とほぼ同時に、真横から鋭い爪がサヤカを襲った。サヤカは背中を
そらせてそれをかわす。サヤカの頬に赤い線が引かれた。飛び掛ってきた
魔物は、サヤカを仕留め損なったのを見ると奇声をあげながらもう一度
突進してきた。
素早い魔物の動きに翻弄されながらも、やっとのことで魔物を切り倒す。
見れば他の兵士たちもいくつかの黒い影に向かって剣を振り下ろしている。
「まずい!」
サヤカの口から思わず言葉が漏れた。この程度の数の魔物で遊撃隊は
やられはしない。だが完全にナカザワ軍への突撃の機を逸してしまった。
戦場はチャーミー軍が突き崩され、乱戦になってしまっている。こうなると
数も個々の技量も勝るナカザワ軍のほうが断然有利だ。
「魔物にはかまわなくていい! 本隊を援護するよ!」
すでに手遅れに近いが、この場に留まっていても意味がない。サヤカは
乱戦となった戦場に馬を走らせた。