【T・E・N】 第7話 安倍と辻
「ののォ、まだあいぼんと喧嘩しているの?」
うつむいている辻希美に、心配そうに話かける。
「ん〜」
イエスともノーとも取れる返事を貰い、表情から確かめようと安倍なつみは
下からのぞき込んだが辻はすぐに目を逸らす。
答えは「イエス」だったようだ。
ここは日本武道館。
モーニング娘。ファイナルコンサート会場。
そのモーニング娘。のふたつある控え室のうちのひとつ。
そしてこの日はモーニング娘。解散の日。
観客席を埋め尽くした会場では、今まさにタンポポが数々のヒット曲をファ
ンに最後のお披露目。
このあと、プッチモニ、ミニモニ。と続くのなか辻もその準備に追われてい
たが、ユニット参加の無い安倍は比較的余裕があるので、目がうつろな辻を心
配し話しかけてきたのだった。
「あいぼんもね、悪気があってあんなこと言ったわけじゃあないと思うよ」
「・・・・・・」
「今日でもう最後なんだよ? ここで仲直りしなかったらこれからずーっと、
ずぅぅーっと、あいぼんのこと嫌いなまま毎日を過ごさなきゃなんなくなる
よ? それでもいいの?」
「・・・・・・」
目にいっぱいの涙をためて、辻は下唇を噛んでいる。
辻と加護が、楽屋の廊下でつかみ合いの喧嘩をしているのを見かけたのは3
週間前。
モーニング娘。はファイナルコンサートツアーで、全国のアリーナクラスの
会場を行脚していた。そのうちのひとつ、博多公演での出来事だった。
安倍が発見したときは、すでに後藤と保田が間に入って二人を引きはがそう
としていた。
「何ゆうとんのやオチコボレのくせしてボケがぁ!」
「うっせぇ、デブデブ言うんじゃねぇよ!」
「音程外しとってエライ歌いにくかったわアホ!」
安倍が聞いたときは、すでにそういった罵倒合戦になったので喧嘩の原因は
よくわからなかった。
あとで保田から聞いた話によれば、きっかけは些細なことだったらしい。
「ののはええなぁ、ユニット少ないしヒマやろ」
そう加護が漏らしたことから、辻の中に長年累積していたコンプレックスが
爆発したらしい。
確かに加護は、娘。本体のソロパートでも4期メンバーの中では特権的地位
が与えられていた。
それに加えてユニットであるタンポポ、ミニモニ。でも新規ファンの獲得に
大きく貢献していた。
シャッフルユニットである三人祭ではセンターを努め、歌唱力という点では
同期メンバーの中でもつんくは大きな信頼を得ていることが、傍目からも明か
であった。
また、バラエティという面でも最年少(加入当時)ながらもサービス精神の
カタマリのような加護は、モノマネなどで常にクリーンヒット飛ばし、無邪気
で面白い娘というキャラを確立していった。
その加護とワンセットで扱われることの多かった辻は、待遇の差に戸惑いを
感じていた。
予期しない言動で周囲をハラハラさせたり、甘え上手のようなところは辻の
十八番であり、それはグループの中で見事にキャラ立ちしていた。しかし辻本
人にとっては、モーニング娘。という世界が解体されたら、そのキャラは通用
しなくなるのではないかといった焦りがあった。
あくまでも辻のキャラは周囲に年上のメンバーやしっかり者の矢口などがい
て、初めて活きてくるものであり、シンガーとして認知されていない現状で芸
能界で一人でやっていけるのだろうか・・・? そういったことを(意識はし
ていなかったとしても)本能的に感じとっていたのである。
加護も辻も解散後は芸能界に残ることが決定していた。
ソロデビューが決定してその準備に着々ととりかかっていた加護。
それに対して、あまり勉強も好きではなく高校にも進学しなかった辻にとっ
ては、モーニング娘。時代の知名度に頼りつつ、これから生き延びるしかない。
解散の日が近づき、不安と焦りは限界に達していた中での加護の発言。
「ののはええなぁ、ヒマやろ」
安倍は静かに語りかける。
「なっちもねぇ、中学校のころ仲良かった友達が、片思いだった男の人とつき
合いだしたときなんかはシットしてねぇ、その友達が嫌いになりかけたこと
もあったよ。でもやっぱり嫌いになれなかったなぁ。最後まで。
だって友達が幸せそうだと、やっぱ自分もうれしいし」
「あべさん・・・」
「ごっちんが加入してきたときも、なっちと比較とかされて落ち込んだときも
あったけど、色んなトコロで活躍しているごっちん見るのはヤッパリうれし
かった。
だって今日で解散しちゃうけど、私たちみんなこれからもずっと」
安倍は辻の頭を包み込むように撫でた。
「仲間じゃない」
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