【T・E・N】 第64話 保田
後藤がアメリカに留学していた、そして銃で自らの頭を撃ち抜き命を絶った
というニュースは、あっと言う間に日本にも知れ渡った。
それはつまり、あのインターネットで出回っている画像の信憑性を高めるの
には十分といえた。
保田は後になってから、その時の日本の様子を断片的にではあるが、和田マ
ネージャーのおかげで知ることができた。
当然テレビや新聞では大きく報道されたが、自殺の原因まで深く追求するこ
とはなかった。せいぜい、記憶を失っていたという新事実がクローズアップさ
れたぐらいで、自殺の原因となった「例の画像」のことについては何処も言葉
を濁していた。
しかしネットやゴシップ誌では、ここぞとばかりに興味本位の研究サイト・
特集記事が相次ぎ、それにより公然の秘密として後藤の死因は一般にも知れ渡
るようになった。小さな子供を持つ親は、その対処に相当困惑したらしい。
ある者は、マスメディア毎の報道姿勢にこれほど顕著な差が現れた事件はな
い、と皮肉った。
保田を驚かせたのは、この2人はドラッグに手を染めていたということ。
警察は、後藤の現地での友達に遺体の確認を頼もうとしたが、ほとんど断ら
れたという。クスリ仲間が「それ」が原因で自殺したやつを確かめるために、
わざわざ警察署に足を運ぶほどバカじゃないよな、とさきほどの小太りの警官
は苦笑いを浮かべたのが保田にとっては印象的だった。
あの死体安置室で見た後藤の目の周りがくぼんで変色していたのは、ドラッ
グ常用者の遺体によくある特徴だと、その時―――後藤のアパートからの帰り
の車の中で―――教えられた。
信じられない。
あのバスの中で見た、爽やかにじゃれあっていた恋人同士が。
―――薬漬けだっただなんて。
ネットの画像で真っ白な肌をさらけ出していた後藤。
バスの中で見た、無邪気な笑顔を浮かべていた後藤。
警察署地下で見た、生気を失って肉塊と果てた後藤。
そしてモーニング娘。だった頃の、甘えん坊な後藤。
それらの後藤が、ぐるぐる保田の頭の中をかき回す。
ぐるぐる。ぐるぐる。
いろんな後藤の顔が頭から離れなくて、保田は夜中に突然汗だくで目が覚め
ることが多くなった。
後藤が同じアメリカに住んでいると知って、いてもたってもいられなくなり
何かにすがるような想いで逢いにいったあの日。
もしもバスの中で後藤に話しかけていたら、あるいは今のような結末は無かっ
たかもしれない。
保田はこの悪夢を自分に対する罪の償いとして、受け入れることにした。
その苦しみは、後藤の死から2年余りたった今も続いている。
保田はバイクにまたがりながら、虚しくなるのは分かっていてもまた後藤の
ことを考えていた。
モーニング娘。同窓会―――久しぶりに人生で最も輝いたあの時期を共に過
ごした仲間達が一堂に会する。
その場に後藤がいないことが、保田にとっては悲しかった。彼女のことにつ
いては死因が自殺なだけに、実際他メンバーもやはり話題に出しづらいのでは
ないか。
きっかけが必要だ。
だからこそ保田は「特別ゲスト」として後藤を呼ぶことにした。胸の奥に潜
ませている生前のピュアな後藤の想い。
それはまた新たな謎の渦中に、メンバーを巻き込むことになるかもしれない。
それでも保田はその想いを自分一人で抱え込むほど、心のキャパシティが大き
いわけではない。
誰かに伝えなければ―――。
伝えるなら最も彼女を理解していた、かつての仲間たちに―――。
涙で濡れたサンフランシスコでの再会から3日後。
ポートランドの施設に保田宛に一通の絵はがきが届いた。夕日をバックにし
たゴールデンゲート・ブリッジの写真が輝かしい。宛名はもちろん英語だった
が、はがきの裏の右半分には細々とした、あまり上手いとはいえない雑然とし
た文字が日本語でギッシリ詰まっている。
差出人は後藤真希だった。
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