【T・E・N】 第47話 加護と矢口
「きたっ、なっちだ!」
「矢口さんも!」
呼び鈴を聞きつけ、2階から飯田があらわれた。
飯田は着替えると言って自分の部屋に引っ込んでいった割には、ここへ来た
ときと同じピンクのベルボトム(足の長い飯田にしか似合わないだろう)と淡
いイエローのコットンのスモックブラウスのまま、階段からゆっくりと降りて
くる。
屋敷にいるメンバーの中で唯一吉澤は1階東棟に入ったきり出てこない。
「あれ、吉澤さんは?」
紺野がオロオロする中、加護が冷静に答える。
「多分地下室に行っているんじゃないの? あそこは完全防音だからインター
ホン聞こえないし」
石川たちも料理の手を止めて、久しぶりの再会となる二人を出迎えることに
した。エプロンで手を拭きながら、高橋を伴い入口の大きな扉を開ける。外で
待ちかまえていた矢口と安倍が、笑顔で中に入ってくる。
「おひさしぶりです、石川さん。それに愛ちゃん」
そう言い軽く会釈する安倍。慌ててその真似をする矢口。
石川は二人のその笑顔がどこか、つくりもののように感じた。以前の人なつ
こいこの二人なら、いきなり抱きついてきたりもありえるかもしれない―――
そう身構えていたが、特にこの屋敷の内装に感激する様子もなくスタスタと奧
へと進んでいく。
エントランスホールを抜け、石川・高橋と矢口・安倍の4人はメンバーの待
ち構える居間へと進む。
玄関での微妙な歯車の食い違いを察したのか、居間にいるメンバーもそれま
でウワア〜っと盛り上がっていたテンションにバケツ一杯の冷水を浴びせられ
たかのような、どこかそんな気分になる。
「みんな、久しぶりぃ!」
安倍がピースマークを突き出す。真顔で。
「元気だったかぁ〜紺野ぉ?」
矢口も明るい声だが、値踏みをしているかのような目だ。
「ええっ、元気ですた」
それを敏感に感じとり、どこか緊張した様子の紺野がうわずった声で返事を
する。約2時間ほど前の、高橋とのウェットな再会とは、えらい違いだ。
加護も立ち上がって出迎えていた紺野の影に隠れていたが、車椅子を少し移
動させて矢口の見えるところまで移動した。
「やぐっさん、ひさしぶりです!」
矢口はその声に反応し加護の姿を視線を向けると、一瞬眉間にシワを寄せて
何か見てはいけないものを見てしまったかのような目をした。慌ててその表情
を取り繕って、ぎこちない笑顔で応える。
「ああ、久しぶりだね、うん、加護・・・ちゃん」
そしてすぐに目をそらした。気まずい空気が一帯を包み込む。
石川が慌てて、説明する。
「えっとね、安倍さんの部屋は2階のこっち側になります。矢口さんも。ドア
に名前の張り紙がしてあります。そこの階段から2階にあがれます。荷物が
あれば運びますけど」
「いや、そんなに無いから自分で運ぶ。ほかに何か注意点は?」
あくまでも矢口の口調は淡々としている。
「・・・今みんなでお茶していたんですよ。矢口さんと安倍さんの分もすぐ用
意しますから、一緒にどうですか?」
「別にいい・・・運転で疲れたから、しばらく部屋で休む。夕食は何時?」
「・・・6時から始まりますので、それまでにここに集まってきてください」
「わかった」
しん、と再び沈黙。
この二人とは古いつき合いになる飯田だが、それを諌めることも無理に盛り
上げようとするでもなく、その様子をただ茫然と見つめている。
安倍と矢口との再会が、まさかこういった淡々なものになるとは予想だにし
ていなかった。現役のころあれほど感情をあらわにして、それが最大の魅力で
もあった二人だ。この屋敷じゅうに響きわたるような歓喜の叫び声が沸き上が
る、という場面を紺野と加護のコンビもついさきほどまで居間で予測していた。
去り際に安倍は居間の階段踊り場にパタリと足をとめて、飯田のほうに振り
返って何か手を大きく動かした。飯田もそれに対する返答として、何か手話で
返したようだ。
「ねえ紺野ちゃん、今何て・・・?」
加護は手話の理解できる紺野にそう問いかけた。
しかし当の紺野はうつむいたまま、口を真一文字にしたまま黙り込んでいる。
「安倍さんが笑顔失ったってのは本当だったんだね・・・」
やがてボソっと、そう呟いた。
【47-加護と矢口】END
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