【T・E・N】 第2話 石川と加護
「まだリーダーたちは来ないの?」
1週間前からこの洋館に滞在している元モーニング娘。の一人、加護亜依は
同期加入メンバーの石川梨華に語りかけた。
「朝8時頃には民宿から電話があったから、もうとっくに到着しててもいい頃
なのにね」
石川はすべての料理をテーブルの上に並べてから、ゆっくりと着席する。
テーブルに向かい合った二人は、真ん中の大皿に盛られた「山菜きのこクリ
〜ム乙女パスタ(加護命名)」を自分の皿に引き寄せながら、食べては会話し、
また食べてはをくり返していた。
「せっかく梨華っちが腕を振るって、お昼ゴハンも4人分作ったのにねー」
「ねー」
石川も同調して加護と一緒におどけてみせる。
娘。解散後はメンバー同士がお互い遭うということは、仕事にしろプライベ
ートにしろ滅多なことがない限りなかった。解散と同時に芸能界を引退したメ
ンバーに関しては当然といえば至極当然だが、芸能界に残った者同士でもテレ
ビ局や事務所のスタッフが気を遣って娘。時代の話題をとりあげたり、共演さ
せるということはなく、それが当たり前のように暗黙のルールとして成立して
いた。
ますますそれがメンバー間が疎遠になるきっかけとなっていたのだが、不思
議と石川と加護は解散後も連絡をとり会い、一緒に食事したり、深夜に長電話
をするといったことが5年たった今でも途絶えることなく続いていた。
この二人に共通していること。
それは「あの事件」により、心身ともに大きく傷つけられ、そして芸能人を
続けるという予定を大きく狂わせて引退することになったふたり。
加護の身体の都合もあり、彼女が一人きりで過ごすことは滅多になく、常に
肉親がそばに付き添っている。
今回の「モーニング娘。同窓会」は、あくまでも「メンバーだけで5年振り
の再会を分かち合いたい」という飯田の強い希望もあり、山奥の洋館で過ごす
にはあまりにも困難なハンディキャップを背負っている加護は当初参加を断念
するかに思われた。
しかし加護の身のまわりを石川がつきっきりで世話することを条件に参加し
たいということを、彼女らが両親に必死になって説得したのだ。渋々承諾を得
ることが出来て、それに関して加護は石川に心から感謝していた。
「梨華ちゃん、それにしても料理じょーずになったよねー」
「えへへ〜このパスタは割と自信アリだったんだぁ」
事実芸能界を引退した石川は、その過密スケジュールから解放されてからの
自由な時間を料理に費やすことが多くなり、今ではかなりの腕前にまで上達し
ていた。
「あんまり食べ過ぎるなよ〜夜が本番なんだから」
「わかっているって、梨華ちゃん」
そう言いながらも、パスタは次々と加護の口の中に滑り込んでいく。
石川の心配をよそに、ここに来てから加護の食欲はますます旺盛になっていっ
た。あの、モーニング娘。の頃のように。
「そういえば覚えている? 梨華ちゃんモーニングだったころに自分で作った
焼きソバ私たちにご馳走したことあったじゃん」
「え〜そんなことあったっけなぁ?」
「あったよお! そしたらその焼きソバ便所臭くってもう」
「ぶぶぶっっ!思い出した思い出した!」
思わず口の中に含みかけていたコンソメスープを石川は吹き出した。もう汚
いんだからぁ、と加護。
「あったね〜そうゆうことが」
口の周りを拭きながら、現役時代から変わらぬ特徴あるアニメ声で石川は続
ける。
「そうそう焼きソバといえば、何かの番組で辻がゲームで負けて食べられなく
て涙目になって・・・」
しまった、と石川は言葉を切った瞬間に表情を歪めた。
それまで「国民的アイドル」だった頃となんら変わらない笑顔をたたえてい
た加護の表情も、みるみる曇っていった。
手にしていたフォークを静かに置き、加護はうつむいたまま車椅子の車輪
(ハンドリム)に手を掛けた。
「・・・ごちそうさまでした」
広い食堂に車輪の擦れる音だけが鳴り響き、それが加護の嗚咽のように石川
の耳に届いた。
その後ろ姿を見ながら、石川は何か声をかけなくちゃ、何か雰囲気を変えな
くちゃと口をぱくぱくさせたが、今の加護に掛ける言葉がどうしても見つから
なかった。
そして食堂から居間に通じる大きな扉がバタン、と閉まる音が響くと同時に
石川は小さな声で「ごめん・・・」と呟いた。
しかし、当然ながらその言葉が加護に届くことはなかった。
【02-石川と加護】END
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